予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章7話「準備は慎重に計画的に」



「つまり、原科先輩は峯藤先輩が言っていた『もう一人の同級生』だったのですね」


八重垣が言った。


ショップの中にある椅子にオレたちは座っていた。時裂さんが用意してくれたもので座り心地がいいものだった。


「その通りよ、八重垣さん。朝、食堂で冴ちゃんと会って話をしたって聞いたのよ。その時は生徒会の仕事をしていたから、顔合わせは出来なかったけど、こうして改めてお話をすることが出来て嬉しいわ」


「そりゃ、どうも。……まさかオカマとは思わなかったけど」


牛嶋は、あははと小さく笑いながら言った。


「それにしても、結構個性的ですね、原科先輩。そう言うのが好きなのですか?」


八重垣が原科先輩に聞いた。いや、直球すぎるだろ。


この手の人間はどうかすればそれが不快と思う人間がいるかもしれないし、怒って攻撃をしてくる可能性すらありうる。


……いや。彼女は他心通があるから、ある程度心を読んで聞いているのかもしれない。そのはずなのにこうして普通に質問をするのはどうかと思うが、それは置いておこう。


「うふふ。いい所に目をつけたわね、八重垣さん。牛嶋君もその疑問、バッチナイスよ。そう、アタシは――――――――」


いきなり椅子から立ち上がりだし、バッとポーズを取り始める。


……その一刹那、瞬間的ながら、オレは見とれてしまった。


ポーズを取るまでの仕草、呼吸、そして最後のポージングと言った一つ一つの挙動に、このオレが見とれてしまった。瞬間的に魅了されてしまったのではないかと思うぐらい。


「アタシは美の求道者!アタシに性別という概念は関係ない!体は男なれど、心は乙女!そう!アタシは、美の魔術師よ!!」


バァァァァァン!!とけたたましい効果音が出そうなほどに、変なキラキラが見えそうなぐらいの華やかさを、文字通り全身全霊でアピールをしていた。ビックリするほど清々しいドヤ顔付きで。


見ているこっちは、どこからツッコミを入れたらいいのかわからないが。というかリアクションに困る。しかも時裂さんと八重垣はパチパチと笑顔で拍手しているし。


「なんだかよくわからないが、えっと。貴方はそういう感じの人ということでいいのか」


「いいわよ、全然OKよ!美の探求には努力を怠らないし、心装士としての努力も怠らないわ。いつか、最も美しき心装士として名を馳せるつもりなの!ステキでしょう?」


「あ、ああ。そうか、わかった」


微塵もよくわかっていないけど。


……クセが強いという峯藤先輩の言うことに間違いはなかったようだ。いや、だいぶ強い。オレ、苦手かもしれない。こういうタイプの人。


「そもそも美しき心装士って……。心装士は戦うだけの存在だろう。何をどうしたら、心装士が美しく見えるんだ?」


彼が目指すという「美しき心装士」というのが、全くわからない。


「あら、どうしてそう思うのかしら?」


「心装士はあくまで怪魔を殺すためにある存在だ。貴方の言う『美しき心装士』って何なんだ?貴方の言うその目標は、心装士としての在り方とは違いすぎる」


疑問しか浮かばなかったそれを、思い切って口にする。


「そう疑問に思うのは当然だわね。でも、今のアナタには教えてあげないわ」


「何故だ?」


即答でハッキリと断られた。


「何故って?今のアナタには理解できないお話だわ。だから教えられない。だって、。ほら、形の見えないモノを理解出来ない人に教えても無駄なお話でしょう?」


「―――――――――」


その言葉に、オレは黙り込む。


この言葉が、単純に蔑みの意思で言っていたのであれば、オレは怒りをもって反論でも何でもしていただろう。


だが、出来ない。


何故なら、彼の言うことはどうしようもなく正しくて、軽蔑も何もなく、ただ正論をオレにぶつけてきただけだから。それに対して反論する術を、オレは持っていないから。


「せ、先輩!それはいくら何でも言いすぎってモンじゃ」


「いいえ?アタシは事実しか言っていないわ。それをどう受け取るかというのは、彼次第だもの。アナタが何か言った所で彼は何もわからないわ」


「う……」


原科先輩の反論に、牛嶋はそれ以上言えなかった。


「……」


それを牛嶋の隣で聞いていた八重垣は複雑そうな表情で見ていた。恐らく彼女も何も言えないと思ったからだろう。


原科先輩の言うことは事実だ。


「心装士は怪魔と戦う存在」としてしか認識していないオレには、原科先輩の目指す「美しき心装士」が何たるものなのかを理解出来ない。だから、仮にここで原科先輩がそれを目指すきっかけを聞いたとしても、オレには全く理解できないだろう。


理解出来ない理由を、オレは自覚している。きっと、それを理解できるのは遠い未来か、わからないまま死ぬのかのどっちか。


「まぁ、アナタは発展途上と言った所って感じだし、いずれわかるかもしれないわ。そこにアタシは首を突っ込むつもりはないし、何よりも自分で気づいた方がいいもの。それじゃ、さっさと本題に入りましょう!」


確かに、今はその話をしている場合じゃない。


「本題は、パーティーとしてやっていくためにはと言いたかった所だけど、工藤俊也に目をつけられた挙句、八重垣さんは決闘をすることになってしまった。そこはOKね?」


「はい。すいません、わたしのせいでご迷惑をおかけしてしまいまして……」


八重垣が申し訳なさそうに言った。


「いや。君は悪くない。……すまない。君に、あんなことをさせてしまった」


元はと言えば、オレが崇村家だった事と「今ここにいること」が原因で起きたことだ。本来の計画では、オレが単独行動をしながら奴らに復讐するためであったのに、彼女たちと関係を持ってしまったせいで、連中に目をつけられるハメになってしまった。


「それはいいのです。わたしは、ただ黙って聞いていることが出来なかっただけですから。それに、決闘に応じたのはわたしです」


「だが、君とヤツとでは力量差が違う。下手をすれば、君はとてつもなく痛い目に遭う」


これは、工藤俊也の力量差は8年前の頃から昇華されているかもしれないという憶測からだ。どれほど強くなっているのかを明確に把握することは出来ないが、何となく想像はつく。


元々槍術を始めとした武術関係に関しては高い才能と力量を持っていたアイツは、魔術ではなく心装だけで怪魔を十分に倒すことが出来るほどの素質を持っていた。8年という月日の中で修業を怠るなんてことはあの男の性格上ありえないだろうし、力をつけている可能性は明白だ。


八重垣の実力はオレからすれば未知数と言った所だが、何となくではあるがオレより弱いのは確かだ。工藤とどれぐらい打ち合えるかもわからない。


……何故これほどに彼女が心配なのかはわからない。


まだ出会って2日しか経っていないというのに、こんなに必死に考えるなんて。こんな気持ちになったことなんて、今まで一度もなかったのに。


「構いません。決闘に応じたのに逃げるなんて事があれば、わたしの剣士としての誇りに傷をつけてしまいます。ですから逃げません!」


「……そうか。そこまで言うなら、オレはもう何も言わない」


勇ましいその言葉に、オレはそれ以上かける言葉を見つけられなかった。これ以上、彼女に何を言っても無駄というものではなく、彼女の意思を尊重するという形で。


剣士としての誇り。そんなことを言われたら、止めようとするのも野暮というものだ。


「はいはい、ボーイズ&ガールズ?青春をしている所悪いけど、対策をしないといけないのでしょ?それを話し合いましょう」


原科先輩が言った。


「まず、最初に確認をしましょう。まず『決闘』のルールは知っているわよね?」


「両者の同意の下で条件を提示し、指定の闘技場で行うんですよね?」


「概ね正解だわ。だけど、『決闘』を行う場合は見届け人がいるの」


「見届け人?何だ、そりゃ」


牛嶋が首を傾げて言った。


「第三者の立場で、決闘の審判や証人として読んで字のごとく決闘を見届ける人の事だ。魔術師の正式な決闘でも決められている」


魔術師同士の決闘は、市中などでは周囲に被害を与える可能性があり、一歩間違うと関係のない人間まで負傷者、最悪死者が出てしまう事がある。そのため、万が一のために見届け人が「決闘」を監視し、事前に提示された「条件」から逸脱した状況に陥らせないようにする。


逆に「見届け人」のいない「決闘」は法的に認められておらず、仮に「見届け人」がいない状態で「決闘」なんてしようものなら、法的に罰せられる場合がある。殺したりすれば殺人罪にもなりうるのだ。


「なんだか、色々とめんどくさいな。魔術師って」


はぁとため息交じりに牛嶋は言った。確かに、それは事実かもしれないが。


「まぁ、今も昔もそんなものと割り切るしかないわ。それで、この見届け人はアタシがやるわ」


「は?生徒が見届け人がやっていいのかよ?」


「大丈夫よ。見届け人は誰がやってもいいの。公の試験とかだと資格持ちの人がやらないといけないけど。今回の場合は私的事情による決闘だから、アタシたちのような生徒でも見届け人は出来るの」


原科先輩の言う通り、決闘の見届け人は誰がやってもいい。単純な所、見届け人がいるかどうかで罰則があるかないかの違いだが、重要な事ってだけの話だ。


しかし、実技試験の時のように、公的機関などで行われるような正式な決闘だと、特定の資格を持つ魔術師及び心装士でなければ見届け人を行うことが出来ない。


「そうなのか。もしかして、これ授業とかで習うヤツ?」


「魔導法学(社会)の授業で習うわ。入学してまだ2日しか経っていないのだからしょうがないけど。それに、アタシも当事者だからね。最低限のケジメはつけなくちゃ」


ケジメをつける、か。


確かに、原科先輩もあの場にいたからということもあるかもしれないが、彼は生徒会の一人だ。生徒会に在籍をしている生徒が見届け人なら、ある程度問題はないのかもしれない。


「あの、こういう場合って先生たちは出てこないのでしょうか。『決闘』をやるわけだし、何かしら言われそうな気がしますけど……」


確かにそうだ。


決闘はただでさえケガに繋がることだ。条件によっては命に関わる場合もある。


「ああ、これに関しては問題ないわ。生徒会のアタシなら、ある程度だけど今回の決闘に関わらせないようにする事は出来る。下手をすれば、連中は教師たちを丸め込んで何かを画策しかねないからね」


「間違いなく、そうした方がいいだろう。奴らなら本気でやりかねん。念には念をだ」


工藤の性格からして、教師たちを買収して何かしらの不正行為をするとは考えにくい。しかしヤツは崇村家の分家筋だし、周囲の人間がそそのかして自分たちに有利になるように教師たちを買収したりする可能性もありえる。


胸糞悪いが、オレがいた所はそういったことが出来る所だ。だからこそ、ヤツらには思い知らせてやらなければならない。


「じゃあ、見届け人は原科先輩がやるって事でいいよな。でもよ、上手くいかなかったらどうするんだ?」


「そうなった場合、アタシは連中を監視しないといけないわ。当事者の一人としてね。そうならないようにするために、この時間の流れが違う場所で話すことにしたのだけど」


決闘は放課後に行われる。その間はレクリエーションやらで作戦を立てたり、準備をすることが出来ない。だからこそ、原科先輩はこの場所を選んだのだろう。


「それで?結局どうするんだ?わざわざ魔女の工房にまで来たんだ。勝算はあるのか?」


牛嶋は頭をかきながら言った。


「そうね。勝算は低いわ。魔術師、心装士としての力量を考えると八重垣さんが工藤に勝てる見込みは薄い。そこは、八重垣さんもわかるわね?」


「……はい。恐らくですが、今のわたしでは工藤さんに勝てないかもしれません」


これはさっきの会話でも言った通りだ。八重垣の今の力量では、恐らく工藤には勝てない。彼女の使う魔術である六神通がどこまで通じるのかにもよるが。


それに、心装士の力が「心の力」であるため、8年もの間に武芸に身を置き、精神と武道を磨き続けたであろう工藤と八重垣とでは差が出てしまう。十二師家の分家というのもあるのかもしれないが、それはそれで致命的な差でもある。


「相手が魔導器などと言ったアイテムの使用禁止を提示してきたらマズイけど、そこはそれ。でも、仮にこれを提示してきた時の抜け道はあるの。魔導器を使わずに、八重垣さんの決闘を手助けする方法が、ね」


「え、本当にあるのですか?」


八重垣が驚いた表情で言った。


オレもそんな方法は聞いたことないし、考えたことがなかった。


「それは一体、どういうものなのですか?」


「うふふ。聞いて驚かないでちょうだい。それは―――――――――」


その方法を聞いて、非常に納得した。


これは、いけるかもしれない。

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