予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第12話「因果は巡り巡りて」

私――――――崇村菫には、かつて兄がいた。


父親は同じだけど母親が違う、いわゆる腹違いの兄がいた。


物心ついた頃には兄は私とは違って、色んな魔術が使え、将来を有力視されていた。私は特別な才能があったわけでもなく、どちらかと言うと平均より少し能力があるというぐらい。


同じ日に生まれた、双子の弟と共に同じ家に住んでいた。けれど、いつも兄は違う部屋に住んでいて、父からはあまり近づかないように言われたりしていて、話をする機会が少なかった。唯一あったのは、合同で鍛錬をする時ぐらいでそれ以外に会ったことは指で数え切れるぐらいしかない。


思えば、この時から私は怪しむべきだった。気づければよかった。そう考える度に、罪悪感に胸を締め付けられ、一層焦燥感を掻き立てられ、不安を紛らせるために鍛錬に打ち込んで誤魔化そうしていた。


……それが本当に不安なのかどうか、今でもわからない。どれほど長い年月を経ても、その答えは未だに出ない。恐らく、今後その答えを得ることが出来るかどうかもわからない。


だけど、あの事件で、兄は捨てられた。冷酷無慈悲な、あの男に。


どうしてそれが正しい判断だと思ったのか。あの時の愚かな自分を斬り捨てたくなる。


「一体どういうことだ!」


入学式が終わり、帰宅した私たち姉弟を待ち受けていたのは、顔を赤くして怒りの形相を浮かべている父、崇村圭司たかむら けいじだった。その隣には、気持ち悪いほどに涼しげな顔をして控えている母、崇村栞たかむら しおりの姿があった


「……如何しましたでしょうか、お父様」


私は表情を崩さず、目の前の両親に対峙する。


「言わずともわかっているだろう!何故、何故ヤツが生きているのだ!」


「――――――――――――」


その言葉に、私は気づかれないように唇を噛んだ。


自分の子なのに、よくそう言えたものだ。本当に。


「菫、知っていることがあるのなら、今すぐに話なさい。圭司様の手を煩わせてはなりません」


母は私にそう言った。


「姉さん、知っているんだろ!もうネットとかじゃ大騒ぎなんだ。隠さずに何か言えよ!」


私の後ろにいた、双子の弟の崇村葵たかむら あおいが言った。彼も父と同じく怒気を滲ませており、この状況に苛立ちを見せているのがわかる。


二卵性双生児として生まれたからか、双子であっても似ていない。身長も私より少し高く、顔つきはどちらかと言うと、父より母に似ていて目つきの鋭さが似ているぐらいか。


「あの人は、実技試験に来ておりました。報道各局、SNSを始めとするネット上に流布されている情報は真実でございます。私も、試験終了後に彼の実技試験の様子を見学させてもらいました」


「なん……だと……」


「――――――――――――」


私は事実のみを話す。父はそれに対して動揺しており、母に至っては冷や汗のようなものをかきながら表情を強張らせている。


あの実技試験の様子がテレビやネット上を通して広まってしまっている以上、隠すことなんて到底不可能だ。それが例え父の持つ権力であっても同じことだ。


「本当……なのか、姉さん。本当に、アイツが生きていたのか」


「ええ、事実よ。私はこの目で見たわ。……あんな戦い、忘れられるわけもない」


関東六家の中でも多くの実力者を輩出してきた皆月家の皆月輝夜。入学前から実績を残す彼女を相手にして、あれほどの大規模な戦いを繰り広げた。


一言で言えば、目の前で繰り広げられた戦いに現実味を感じられなくなって、正直わけがわからなくなった。むしろ、実技試験の段階で霊装体に変身して戦うなんてことは、基本的にないし、あれほどの無茶苦茶な戦いも知らない。


「ふざけるな!アレは、我が崇村家の汚点そのもの!廃嫡された身でありながら、我が崇村を名乗るなど、あってはならん!菫!何故アレを殺さなかった!?」


「――――――――――公衆の面前で暗殺行為をすれば、それこそ崇村の名に傷がつきましょう。それに、彼の力量だと、仮に私が狙撃したとして絶対に突き止めて反撃することは容易いかと」


父は私を問い詰める。下劣としか言いようのないその言いざまに、私は怒りを抑えながら言った。


仮に私が狙撃をして仕留めようとしても、恐らく兄はそれに気づいて返り討ちにしようとするだろう。見学していただけでもその力量差を明確に把握できた。もし、皆月輝夜の位置が私だったらと思うと、正直言って勝てるかどうかわからない。


あの試合で兄の強さ、使う魔術、使う戦術を見極めろと言われて出来るかどうかと言われたら、多分出来ない。あまりにも変則的過ぎるから。


……話が逸れたが、もしあの場で私が兄を殺そうとしてしまえば、私が半生かけて取り戻した崇村家の信頼が今度こそ地に堕ちてしまう。それだけはあってはならない。


「学園にいるということは、アレは心装士にでもなるつもりなのか……?だが、アレを放っておけば、いずれはマズイことになりうる……」


「裏工作をして、密かに始末をするというのはいかがでしょうか」


「可能なら、とっくにしておる。今ここで下手な動きをすれば、ヤツは即座に動いてやりかねん。それに、生きていたということは協力者がいる可能性がある。その実態すら掴めていない状態で手を出せば、我々の立場が危うくなる」


両親はそのような会話をしている。


自分の息子(母は違うが)だった人に対して、簡単に殺すと言い切れるこの神経が、私には理解出来なかった。


「先ほど、法務省にいる間者に連絡をした所、何者かが抹消したアレの戸籍情報を復元しておりました。強固にロックされて法務大臣の権限がなければ干渉することが出来ません」


「やはり協力者がいたか!やはり、まずはアレの協力者共を暴き、徹底的に潰さなければな。いや……」


そう言うと、父は母に向き直る。


「滝口の小娘に伝えろ。――――――――――――とな」


その内容に、私は思わず目を見開いた。


「かしこまりました。ではそのようにお伝えします」


母は父にお辞儀をして、その場を去った。


「菫、葵」


「はい」


「はっ」


今度は私たち姉弟に向き直った。


その鋭き、嘲りを感じさせる目に嫌悪感を抱きながらも、私は耳を傾ける。


「アレの対処はこちらで考える。お前たちは、出来る限りアレを貶めろ。上手く立ち回り、アレを殺しても問題のないようにするのだ。いいな?」


「――――――――――しかしお父」


「わかりました。父上と崇村家の名にかけて、あの男を何とかします」


私が父に一言返そうとした時、弟は即答で返事をした。


「葵!」


「姉さん、何を言っているんだ。これは俺たち崇村家の問題。他の奴らに付け入れる隙を与えてはいけない。だからこそ、俺たちの不始末は俺たちがつけないといけない。わかっているだろ」


「……!でも……」


淡々と父の命令を聞く弟に、私は思わず声を上げた。


確かに、兄と崇村家の間には如何なる事があったとしても、埋める事の出来ない大きな溝と確執、そして強い因縁がある。


それは、汚泥のように汚く、何よりもおぞましい確執。余人には、到底の理解の及ばない所業。崇村家(私たち)が残した。否、残してしまったモノ。


私からすれば、それは私を崇村家に縛るための鎖のようなもの。同時に、今の私が「私」としてあるための原動力であった。認めたくない事実だが、事実としてこうしている。


そして、私たち姉弟の間にも、こうして溝が出来てしまった。


「でもじゃないだろ。アイツのせいで、俺たちも、あいつらも、みんな人生を狂わされたんだ!アイツのせいで、姉さんも……!」


「……!」


その言葉に、私は言葉が出なかった。


弟の、葵の言葉は事実である。だが、それと同時に虚偽だった。


何故なら、私は人生を狂わされたわけじゃない。むしろ、あの事件は私の人生に道を示したのだ。


そんな事を、葵は知らない。そのことを彼に教えるつもりは、今の所はない。言った所で彼は聞きやしない。聞く耳も持たない。彼は、そうやって育ってきたのだ。


だけど、葵は違ったのだ。


「俺はアイツを許せない。俺たちの人生も、何もかも滅茶苦茶にしたアイツを、死んでも許せない。なのに、なのに、生きているなんて尚更許せない!」


明確な怒りだ。数年にも及ぶ怒りを、彼は持ち続けている。


「だから、いつか俺はあの男を今度こそこの手で殺してみせる。殺して、我が崇村家を今度こそ再興させる。二度と邪魔させない。そうだろ、姉さん!?」


「――――――そうね」


そう頷くしかない。


葵の意志と決意は固い。私と彼とでは、見ている世界が違う。彼は憎悪を糧に育ち、私は憐憫と意志を以って育った。


「(私には目的がある。今はどうしようも出来ない。なら、お父様の指示に従うしかない……)」


諦念と苦悩の二つの感情から、密かに拳を握る。


今の私は後戻りが出来ない状況にある。同時にそれが、今後の崇村家の運命を大きく左右するものであることも重々理解している。それが如何に危険な綱渡りなものなのかも理解している。


「同意したものと見るぞ、菫、葵。これは、我が崇村家のためである。相手は明確な『敵』であることを承知の上で行動しろ。いいな?」


「わかりました」


「はっ」


父の言葉に、私たちは頭を下げる。


「自室に戻るわ。これで失礼します」


「ちょ、姉さん!話が――――――」


「やめて。今、貴方の相手をする余裕はないの」


「!」


父の前にいたくなかった私は即座に自室へと戻ろうとする。弟は私を引き留めようとするが、私は明確に拒絶の意思を示し、振り返ろうとせずに歩む。


明日からはここを出て、学園が運営する寮に入る予定だ。本当であれば今日から入寮しなければいけないのだが、父の呼び出しを受けたという理由で、特例で帰らせてもらうことができた。


予定外であったが、それはそれで好都合だった。何しろ、今後の学園生活で寮の中では出来ないであろう準備を今の内に整えることが出来るのだから。


崇村家の屋敷は、古くから存在する由緒正しき武家屋敷そのものだ。崇村家が秘蔵する文献によると、「西暦の黙示録」以前から存在するものであり、それを生き残ったこの屋敷は数百年ものの神秘を持つ、現存する神秘、即ち「遺産」そのものとされている。帝都にある「帝城」には及ばないが。


ロゴスウォールに守られているわけでもないこの場所が、怪魔を寄せ付けない安全地帯になっているのも、この屋敷が数百年も現存している事で、天然の結界として機能しているからである。屋敷単体ではロゴスウォールほどまでには及ばないものの、崇村家が練り続けた結界術式によって、ロゴスウォールにも匹敵するほどの強度を持つ。


自室に戻った私は扉に施錠型の封印術式を施して誰も入れないようにする。


部屋の中は様々な魔導書や本などで埋め尽くされているが、日々の整理整頓の賜物か、綺麗な状態を保っている。崇村家の侍女すら私の自室に入れたこともないし、私がこの部屋にいない間も封印術式によって施錠をしているため、誰も入ることも出来ない。父すらも。


一息つくために、部屋の中に一つだけある椅子に座り込む。


「はぁ……」


座り込んで出たのはため息。


「何で……、何で、生きていたのよ……。兄さん……」


頭を抱えながら、私はあの実技試験で見たあの人を思い出す。


あの事件からもう8年ものの月日が経っていた。あの事件で死んだと思われていた兄が、今になってこうして現れるなんて、想定外もいい所だ。気持ちの整理なんてつけようがない。


だからこそ、また彼が苦しまないといけないという事実が、あんまりすぎると思考が支配する。


何も出来なかった自分。何も知らなかった自分。何も気づけなかった自分。


何も教えてくれなかった兄。何も伝えてくれなかった兄。急にいなくなってしまった兄。


自己嫌悪と愛憎と憐憫。三種類の感情が、私の頭をかき乱していた。


「――――――それでも、私にはやらないといけない事がある」


だからと言って、私は立ち止まれないのだ。8年前のあの日から、そう決意したのだから。


葵は当てにはならない。当てになると言えば、私の従者2人だけ。


最早、家族すら敵だ。いや、8年前のあの日から、私の家族は「死んだ」のだ。


崇村家を存続させること。そして、あの男に思い知らせてやること。


8年の執念を以って今まで生きてきて、計画を立ててきたことをここで台無しにしてなるものか。


「だから、精々利用させてもらうわ。兄さん。私、もうあの時の弱い崇村菫なんかじゃないんだから」


利用させてもらう。


父の言う通りにするが、それはあくまで私の目的のためだ。


……あの人が、崇村家にどのような感情を持っているのか、理解できる。


だから、存分に、利用させてもらう。


例え、最低最悪の妹だって罵られようとも。



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