予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
10話「実技試験・下」
崇村柊也が使うことが出来る魔術は「優秀」と言われる魔術師の中でも「平凡」とすら言える。それと同時に「異端」ともいえる。
魔術師にとっての必須科目である基礎魔術はもちろんのこと。そして彼がいた崇村家の人間の誰もが使っている呪術。そして、属性魔術と法術。
しかしこれらは彼の使うことが出来る魔術ではあるが、彼のものではないとも言える。
理由は、彼の特殊な事情が絡んでいるからとも言えるが、とにかく彼が皆月輝夜との戦闘で使用した魔術の多くはどれも十二の相による強化によって使用できているに過ぎない。そして、魔術行使をする際に必要なイメージを行うセンスが優れているともいえるが、これも十二の相によるもの。
これより行われるは、崇村柊也が絶対の自信を持って行使することが出来る魔術。
古代バビロニアのカルデア人により、星の運行の観測を行い、その果てに真理へと至ろうとする魔術師たちによって構築されたもの。後に天文学として成立し、占星術などへと発展することになった魔術。
それが天体魔術。自らを宇宙の中心として定め、疑似天体図を構築することで神秘を発揮する魔術なのである。
「天体図、開帳」
その一言と共に、片膝をついて右手を地面につけ、足元に魔法陣が構築される。
「天は巡り、地は動き、星は輝き、宙は廻り、神は視る」
霊装体の姿ではよくわからないが、口があると思われる場所からは確かに、そして静かに詠唱が行われていた。同時に魔法陣と共に彼の周りには青黒い炎と共に光があふれ出す。
その光を一言で表すなら、星。夜の空を覆う、星の光そのものだ。
恒星という比較的明るい星が存在する。炎と共にそれに等しき強い輝きを示すそれは、少年の周りを衛星のように回転しながら輝いていた。
「我が手は天をつかみ、我が足は地を刻み、我が眼は宙を視る――――――――――!」
最後の詠唱を終えると、彼の目が黒目から赤目に輝いた。
魔法陣は更に強く輝き、周辺の魔力を吸い上げ始める。吸い上げられた魔力は無論、柊也に吸収され、大規模な魔術行使の糧となる。
現在の柊也がやっていることは単純、魔力を自身に集めることだ。
魔法陣の構築により、この闘技場内の空間に干渉し、残っている魔力を全て自分自身に吸い上げる。闘技場内にあった霊脈点は輝夜の魔眼によって支配権を奪われているため、干渉は出来なかったがそれは仕方ない。
霊脈点を奪われた時点で柊也にとって最悪であることは百も承知だった。だからこそ、今自分に出来ることを最大限にやるのみである。
「――――――――――」
柊也の上空にいる輝夜は、半ば周囲を見失いつつあった。
心底から湧き上がる負の感情、そして彼女の持つ魔眼と皆月家が古来より有する性質により、現在の彼女の精神状態は不安定ながらも、弓道で培った精神修行による賜物によって、狂気と冷静さを同時に併せ持っているという、矛盾した状態になっている。
自分を止めることが出来ない狂気の中に、絶対に柊也を撃ち抜くという研ぎ澄まされた冷静さという、言いようの知れない矛盾。それは、恐らく弓を扱う者にとっては正気の沙汰ではないと言っても過言ではない。
こうしている間にも、彼女は半ば暴走させた霊脈点から魔力を吸い上げ、柊也が干渉したことで吸収効率が下がりながらも、空間干渉からの魔力収束によって魔力をため込んでいる。
「ひ、ひぃぃ!」
審判も、目の前で起きている状況に恐怖心と命の危険を感じ、その場から逃げるように立ち去った。最早この場において、2人を止めることが出来る者は誰もいない。
「粉々に、砕け散りなさい!!『新月蝕・大地粉砕』!!」
魔力の収束によるチャージが高まった所で、輝夜は引き絞った矢を強く放つ。
瞬間、矢を前面に展開された魔法陣を潜り抜け、大質量の魔弾と化し、隕石の如き勢いで柊也に向かっていく。
その様は遥か古代に地球に衝突した隕石のよう。災いをもたらすとされる、月女神の如きその一矢は標的をまさに地面ごと打ち砕かんと進んでいく。
それに対し、柊也は大地を踏みしめ、堕ちる月を迎え撃つべく、両手を前に突き出す。
柊也を砲身とし、魔法陣が彼の両腕をの周りをライフリングのように回転し、ため込んだ魔力を彼に装填する。
後はこのままギリギリの所まで引き寄せて、一気に構築した術式を起動させて発射すれば――――――――――。
ブチッ。
「――――――――――――あ」
その瞬間、柊也は自らの体内で、何かが爆ぜたことを感じた。同時に、体中が千切れるような感覚が、全身を襲った。
「(あぁぁあぁ、あぁぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああああぁ!!!!!)」
声にならない絶叫が、漏れそうになる。
狂うような、言葉に出来ない、激痛と言っていいのか、不快感と言っていいのかわからないモノが、全身を駆け巡る。
潰れて、弾けて、裂けて、千切れて、爆ぜて、繋げられて。この世のあらゆる痛みのようなモノが、彼の全身に押し寄せてきた
面頬のように覆っている口元が開かれ、そこから大量に吐血する。足下には血だまりのようなものができ、霊装体の彼の体の一部から血が漏れ出す。
「(だ、ダメ、だ。まだ、ここで止めたら、ダメだ)」
遅くなった体感時間と、一瞬薄れた意識の中で、何とか保たせた。
常人であれば、このようなイタミは狂い死ぬほどのものだったに違いない。だが、それを彼は、耐えた。
途絶えかけた魔力を両腕に集中させ、再度迎撃のために準備する。
自分という砲身が、今ここで倒れてしまえば、彼女の矢はこの闘技場ごと吹き飛ばしてしまうだろう。そうなれば、今この闘技場に残っている人たち諸共吹き飛ばされ、前代未聞の最悪の事態を招く。恐らく、あの魔力の質量では、この闘技場内に展開されている結界を容易く破壊してしまう。
実技試験でここまでの戦闘が行われることは完全に想定外だった。むしろ、ここまで実戦的過ぎる実技試験が行われるという想定が行われていなかったため、結界の強度はそこまで高くなかったのだ。
結果的に、結界は破れ、莫大な人的被害も免れない。そうなれば、柊也も恐らく死ぬだろうし、自身の目的である復讐を成すことも出来ない。
本来であれば逃げるという選択肢を取ることだって出来た。彼女の一矢を迎え撃つという正気の沙汰ではない選択を取り、自分の命を優先して逃げることだって出来たのだ。
彼には、そんな選択肢はない。その理由も、彼にはわからない。
「(オレは逃げたいんじゃない。逃げるもんか。だって――――――――――)」
ただ言えることは一つ――――――――――。
「関係のない人間が死ぬのは、もうごめんだからな――――――――――!」
吐血しながらもそう口にし、魔力を一気に収束させ、強引に安定させる。その度に体中を絞られるような激痛が走るが、そんな痛みは無視した。
痛いことには慣れている。だけど、自分に関係のない誰かを、このまま死なせるなんてことは、もっと痛いのだ。
崇村柊也は自分という砲身に鞭を打ち、魔力を安定させるために意識と神経を集中させた。現段階の限界なんて、もうとっくに超えている。更なる封印の解除なんて今更間に合わないし、そんな余裕もない。
なら今出来ることを全力でやるまで。全力でやって死ぬのならそこまでのことだ。むしろ、簡単に死ぬわけにはいかないし、そんなことは許されない。
彼の周りを周回する星と、燃え盛る炎は、彼の両腕へと集まり、禍々しく光る。そして砲手がその引き金を引く時を今か今かと待つ。
「ッ!来た―――――――――!」
魔力が安定したことを、無くなりかけた感覚で感じ取れた。
全身の血液が沸騰するかのような熱さが身を包み、もしサーモグラフィーがあれば彼の体温は常人を遥かに超える体温が計測されていたであろう。
両腕に集中させた魔力は、確かに装填された。後は引き金を引くのみ。
「魔力収束、完了!両腕砲身、装填完了!炉心、臨界点突破!」
明確に、撃ち返すことを宣言し、挑戦状を叩きつけるかのように、少年は叫ぶ。
止まることは許されない。逃げることも許されない。諦めることも許されない。発射した後に襲い掛かってくる反動による未知の激痛も覚悟した。
まさに絶体絶命。されど、ここに立つは不屈の意志のみ。
これより放たれるは、無慈悲に大地を砕く月の一矢を迎え撃たんとする、破滅の極星。
自らの心臓を炉心/砲身とし、堕ちいく月を復讐の念と意思を以って、天へと撃ち返さんとするモノなり――――――――――!
「『破滅の極星よ、天を堕とせ』!!」
引き金を引くように呪文を発した後、柊也の両腕から青黒い炎の様相をした極星が、持ちうる限りの全出力によって放たれた。
「ぐ、あぁ――――――――――!!!!」
放った瞬間、体中を襲う未知の反動と激痛に、今度こそ声が漏れた。
崇村柊也の体内を流れる魔力は通常の魔力にあらず。
心装士が力とするは心の力。そして、崇村柊也という心装士が力とする心は「復讐」の力。そして、復讐は呪いとなりて、彼の魔術に呪詛をはらむ。
いわば、彼の体内の魔力は心を形とするプネウマ因子と結びついて、自動的に呪詛を持った魔力となるのだ。
通常の魔術師なら、それだけで体内に異常をきたすものだ。呪術師は体内を呪詛に変換して行使するが、柊也は既に魔力に呪詛を持っている。それが霊装体として顕現させてしまえば尚更であり、大規模な魔術行使による肉体のへの反動と負担は半端なものではない。
そして今、月を撃ち抜かんとして放たれた大魔術は、それこそ下手をすれば生死に繋がりかねないものだ。体内を高速で駆け巡る魔力の流れは、柊也の体内をズタズタにし、持ち前の再生力で無理やり繋ぎ合わせている。
「……!」
自ら放った矢に、堂々と撃ち返す姿に輝夜は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
矢と弾がぶつかる。凄まじい衝撃波が闘技場を包み込む。闘技場を囲む結界が悲鳴を上げ、その余波だけで壊れそうになる。
「―――――――っ!!ぐぅ――――――――!」
輝夜の矢と自身の弾が衝突した時、再び饒舌に尽くしがたい激痛に顔をしかめる。
未経験の激痛に体中を蝕まれても、引き金を離さない。負けるつもりなんてないのだから。
そんな子供じみた意地と対抗心で、引き金を絞り続ける。元より覚悟の上だ。投げ出すつもりなら、こんなことはしない。
「しつ、こいわねぇ!!さっさと堕ちなさい!!」
それに追い打ちをかけるように、輝夜は魔眼を光らせ、矢を突き進ませようとする。
矢は彼女の圧力を受け、自らに立ち向かう弾に押し出す。
――――――――――皆月輝夜は、焦っていた。
今まで、自分の兄しか自分を追い詰めなかったこと。自分と対等に渡り合える相手に巡り合えなかったこと。自分に明確な、確実な傷をつけた者がいなかったこと。
そして、自慢の弓道と武術を以てしても、叩きのめせていないこと。
彼女の持つプライドがそれを許さない。敗北を許さない
もし、自身が格下相手に完膚なきまでに打ちのめされたなんてことがあったら、自分は――――――――――。
「だから、負けるなんて、絶対に、絶ッッッ対に、ありえないんだから――――――――!」
何が何でも自分の勝利以外を認めない。それが、自身の生まれながらに持つ欠点を晒すことになったとしても。
彼女にとってそれが全てだ。勝利以外を許さない。
だからこそ、今目の前にいる男は自分の敵だ。倒さなければならない相手だ。
相手への敬意も賞賛も、この矢に込めて全部ぶん投げた。だから後は、木端微塵に吹き飛ばしてやるだけ―――――――――!
バチッ
「あっ……!」
トドメの念押しに、魔眼に力を込めた瞬間、左目が痺れるような痛みが急激に走った。
それによって、彼女は反射的に左目をかばうように矢を抑える手を離してしまった。
「――――――――――それが、お前の敗因だよ。皆月輝夜」
その瞬間を見逃す彼ではなかった。
「このまま一気に、ブチ抜けェェェェェェ――――――!!」
魔竜の咆哮の如く叫び、血を垂らしながら、体内の魔力全てを破裂させんとばかりに放出する。
最大出力で放出された魔力は、矢を押し留める魔弾を後押しし、矢を撃ち抜く。
「!!?きゃあああああ―――――――!!」
自身の矢が破れたことを察した輝夜は、咄嗟の、わずかコンマ数秒の差で判断し、魔力障壁を展開したが、当然その大質量を防ぐことは出来ず、弾き飛ばされた。
魔弾は闘技場の空いていた天井を飛び超え、空へと消えていく。
「ハァ……、ハァ……」
柊也は、息を切れ切れに、脱力していた。霊装体は解け、元の人間の姿に戻り、血まみれになった姿をしていた。
弾き飛ばされた輝夜も、霊装体が解けており、打ちどころが悪かったのか、気を失っていた。彼女は特に目だった外傷はなく、当分意識を取り戻しそうにない。
「全く……、飛んだ、実技試験だった、な……」
彼はそのまま前のめりに倒れた。魔力を使いきったことで、限界だったのだろう。
朦朧していく意識の中で、彼が最後に見たものは、一人の少女が自分の方に向かってきている所だった。
魔術師にとっての必須科目である基礎魔術はもちろんのこと。そして彼がいた崇村家の人間の誰もが使っている呪術。そして、属性魔術と法術。
しかしこれらは彼の使うことが出来る魔術ではあるが、彼のものではないとも言える。
理由は、彼の特殊な事情が絡んでいるからとも言えるが、とにかく彼が皆月輝夜との戦闘で使用した魔術の多くはどれも十二の相による強化によって使用できているに過ぎない。そして、魔術行使をする際に必要なイメージを行うセンスが優れているともいえるが、これも十二の相によるもの。
これより行われるは、崇村柊也が絶対の自信を持って行使することが出来る魔術。
古代バビロニアのカルデア人により、星の運行の観測を行い、その果てに真理へと至ろうとする魔術師たちによって構築されたもの。後に天文学として成立し、占星術などへと発展することになった魔術。
それが天体魔術。自らを宇宙の中心として定め、疑似天体図を構築することで神秘を発揮する魔術なのである。
「天体図、開帳」
その一言と共に、片膝をついて右手を地面につけ、足元に魔法陣が構築される。
「天は巡り、地は動き、星は輝き、宙は廻り、神は視る」
霊装体の姿ではよくわからないが、口があると思われる場所からは確かに、そして静かに詠唱が行われていた。同時に魔法陣と共に彼の周りには青黒い炎と共に光があふれ出す。
その光を一言で表すなら、星。夜の空を覆う、星の光そのものだ。
恒星という比較的明るい星が存在する。炎と共にそれに等しき強い輝きを示すそれは、少年の周りを衛星のように回転しながら輝いていた。
「我が手は天をつかみ、我が足は地を刻み、我が眼は宙を視る――――――――――!」
最後の詠唱を終えると、彼の目が黒目から赤目に輝いた。
魔法陣は更に強く輝き、周辺の魔力を吸い上げ始める。吸い上げられた魔力は無論、柊也に吸収され、大規模な魔術行使の糧となる。
現在の柊也がやっていることは単純、魔力を自身に集めることだ。
魔法陣の構築により、この闘技場内の空間に干渉し、残っている魔力を全て自分自身に吸い上げる。闘技場内にあった霊脈点は輝夜の魔眼によって支配権を奪われているため、干渉は出来なかったがそれは仕方ない。
霊脈点を奪われた時点で柊也にとって最悪であることは百も承知だった。だからこそ、今自分に出来ることを最大限にやるのみである。
「――――――――――」
柊也の上空にいる輝夜は、半ば周囲を見失いつつあった。
心底から湧き上がる負の感情、そして彼女の持つ魔眼と皆月家が古来より有する性質により、現在の彼女の精神状態は不安定ながらも、弓道で培った精神修行による賜物によって、狂気と冷静さを同時に併せ持っているという、矛盾した状態になっている。
自分を止めることが出来ない狂気の中に、絶対に柊也を撃ち抜くという研ぎ澄まされた冷静さという、言いようの知れない矛盾。それは、恐らく弓を扱う者にとっては正気の沙汰ではないと言っても過言ではない。
こうしている間にも、彼女は半ば暴走させた霊脈点から魔力を吸い上げ、柊也が干渉したことで吸収効率が下がりながらも、空間干渉からの魔力収束によって魔力をため込んでいる。
「ひ、ひぃぃ!」
審判も、目の前で起きている状況に恐怖心と命の危険を感じ、その場から逃げるように立ち去った。最早この場において、2人を止めることが出来る者は誰もいない。
「粉々に、砕け散りなさい!!『新月蝕・大地粉砕』!!」
魔力の収束によるチャージが高まった所で、輝夜は引き絞った矢を強く放つ。
瞬間、矢を前面に展開された魔法陣を潜り抜け、大質量の魔弾と化し、隕石の如き勢いで柊也に向かっていく。
その様は遥か古代に地球に衝突した隕石のよう。災いをもたらすとされる、月女神の如きその一矢は標的をまさに地面ごと打ち砕かんと進んでいく。
それに対し、柊也は大地を踏みしめ、堕ちる月を迎え撃つべく、両手を前に突き出す。
柊也を砲身とし、魔法陣が彼の両腕をの周りをライフリングのように回転し、ため込んだ魔力を彼に装填する。
後はこのままギリギリの所まで引き寄せて、一気に構築した術式を起動させて発射すれば――――――――――。
ブチッ。
「――――――――――――あ」
その瞬間、柊也は自らの体内で、何かが爆ぜたことを感じた。同時に、体中が千切れるような感覚が、全身を襲った。
「(あぁぁあぁ、あぁぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああああぁ!!!!!)」
声にならない絶叫が、漏れそうになる。
狂うような、言葉に出来ない、激痛と言っていいのか、不快感と言っていいのかわからないモノが、全身を駆け巡る。
潰れて、弾けて、裂けて、千切れて、爆ぜて、繋げられて。この世のあらゆる痛みのようなモノが、彼の全身に押し寄せてきた
面頬のように覆っている口元が開かれ、そこから大量に吐血する。足下には血だまりのようなものができ、霊装体の彼の体の一部から血が漏れ出す。
「(だ、ダメ、だ。まだ、ここで止めたら、ダメだ)」
遅くなった体感時間と、一瞬薄れた意識の中で、何とか保たせた。
常人であれば、このようなイタミは狂い死ぬほどのものだったに違いない。だが、それを彼は、耐えた。
途絶えかけた魔力を両腕に集中させ、再度迎撃のために準備する。
自分という砲身が、今ここで倒れてしまえば、彼女の矢はこの闘技場ごと吹き飛ばしてしまうだろう。そうなれば、今この闘技場に残っている人たち諸共吹き飛ばされ、前代未聞の最悪の事態を招く。恐らく、あの魔力の質量では、この闘技場内に展開されている結界を容易く破壊してしまう。
実技試験でここまでの戦闘が行われることは完全に想定外だった。むしろ、ここまで実戦的過ぎる実技試験が行われるという想定が行われていなかったため、結界の強度はそこまで高くなかったのだ。
結果的に、結界は破れ、莫大な人的被害も免れない。そうなれば、柊也も恐らく死ぬだろうし、自身の目的である復讐を成すことも出来ない。
本来であれば逃げるという選択肢を取ることだって出来た。彼女の一矢を迎え撃つという正気の沙汰ではない選択を取り、自分の命を優先して逃げることだって出来たのだ。
彼には、そんな選択肢はない。その理由も、彼にはわからない。
「(オレは逃げたいんじゃない。逃げるもんか。だって――――――――――)」
ただ言えることは一つ――――――――――。
「関係のない人間が死ぬのは、もうごめんだからな――――――――――!」
吐血しながらもそう口にし、魔力を一気に収束させ、強引に安定させる。その度に体中を絞られるような激痛が走るが、そんな痛みは無視した。
痛いことには慣れている。だけど、自分に関係のない誰かを、このまま死なせるなんてことは、もっと痛いのだ。
崇村柊也は自分という砲身に鞭を打ち、魔力を安定させるために意識と神経を集中させた。現段階の限界なんて、もうとっくに超えている。更なる封印の解除なんて今更間に合わないし、そんな余裕もない。
なら今出来ることを全力でやるまで。全力でやって死ぬのならそこまでのことだ。むしろ、簡単に死ぬわけにはいかないし、そんなことは許されない。
彼の周りを周回する星と、燃え盛る炎は、彼の両腕へと集まり、禍々しく光る。そして砲手がその引き金を引く時を今か今かと待つ。
「ッ!来た―――――――――!」
魔力が安定したことを、無くなりかけた感覚で感じ取れた。
全身の血液が沸騰するかのような熱さが身を包み、もしサーモグラフィーがあれば彼の体温は常人を遥かに超える体温が計測されていたであろう。
両腕に集中させた魔力は、確かに装填された。後は引き金を引くのみ。
「魔力収束、完了!両腕砲身、装填完了!炉心、臨界点突破!」
明確に、撃ち返すことを宣言し、挑戦状を叩きつけるかのように、少年は叫ぶ。
止まることは許されない。逃げることも許されない。諦めることも許されない。発射した後に襲い掛かってくる反動による未知の激痛も覚悟した。
まさに絶体絶命。されど、ここに立つは不屈の意志のみ。
これより放たれるは、無慈悲に大地を砕く月の一矢を迎え撃たんとする、破滅の極星。
自らの心臓を炉心/砲身とし、堕ちいく月を復讐の念と意思を以って、天へと撃ち返さんとするモノなり――――――――――!
「『破滅の極星よ、天を堕とせ』!!」
引き金を引くように呪文を発した後、柊也の両腕から青黒い炎の様相をした極星が、持ちうる限りの全出力によって放たれた。
「ぐ、あぁ――――――――――!!!!」
放った瞬間、体中を襲う未知の反動と激痛に、今度こそ声が漏れた。
崇村柊也の体内を流れる魔力は通常の魔力にあらず。
心装士が力とするは心の力。そして、崇村柊也という心装士が力とする心は「復讐」の力。そして、復讐は呪いとなりて、彼の魔術に呪詛をはらむ。
いわば、彼の体内の魔力は心を形とするプネウマ因子と結びついて、自動的に呪詛を持った魔力となるのだ。
通常の魔術師なら、それだけで体内に異常をきたすものだ。呪術師は体内を呪詛に変換して行使するが、柊也は既に魔力に呪詛を持っている。それが霊装体として顕現させてしまえば尚更であり、大規模な魔術行使による肉体のへの反動と負担は半端なものではない。
そして今、月を撃ち抜かんとして放たれた大魔術は、それこそ下手をすれば生死に繋がりかねないものだ。体内を高速で駆け巡る魔力の流れは、柊也の体内をズタズタにし、持ち前の再生力で無理やり繋ぎ合わせている。
「……!」
自ら放った矢に、堂々と撃ち返す姿に輝夜は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
矢と弾がぶつかる。凄まじい衝撃波が闘技場を包み込む。闘技場を囲む結界が悲鳴を上げ、その余波だけで壊れそうになる。
「―――――――っ!!ぐぅ――――――――!」
輝夜の矢と自身の弾が衝突した時、再び饒舌に尽くしがたい激痛に顔をしかめる。
未経験の激痛に体中を蝕まれても、引き金を離さない。負けるつもりなんてないのだから。
そんな子供じみた意地と対抗心で、引き金を絞り続ける。元より覚悟の上だ。投げ出すつもりなら、こんなことはしない。
「しつ、こいわねぇ!!さっさと堕ちなさい!!」
それに追い打ちをかけるように、輝夜は魔眼を光らせ、矢を突き進ませようとする。
矢は彼女の圧力を受け、自らに立ち向かう弾に押し出す。
――――――――――皆月輝夜は、焦っていた。
今まで、自分の兄しか自分を追い詰めなかったこと。自分と対等に渡り合える相手に巡り合えなかったこと。自分に明確な、確実な傷をつけた者がいなかったこと。
そして、自慢の弓道と武術を以てしても、叩きのめせていないこと。
彼女の持つプライドがそれを許さない。敗北を許さない
もし、自身が格下相手に完膚なきまでに打ちのめされたなんてことがあったら、自分は――――――――――。
「だから、負けるなんて、絶対に、絶ッッッ対に、ありえないんだから――――――――!」
何が何でも自分の勝利以外を認めない。それが、自身の生まれながらに持つ欠点を晒すことになったとしても。
彼女にとってそれが全てだ。勝利以外を許さない。
だからこそ、今目の前にいる男は自分の敵だ。倒さなければならない相手だ。
相手への敬意も賞賛も、この矢に込めて全部ぶん投げた。だから後は、木端微塵に吹き飛ばしてやるだけ―――――――――!
バチッ
「あっ……!」
トドメの念押しに、魔眼に力を込めた瞬間、左目が痺れるような痛みが急激に走った。
それによって、彼女は反射的に左目をかばうように矢を抑える手を離してしまった。
「――――――――――それが、お前の敗因だよ。皆月輝夜」
その瞬間を見逃す彼ではなかった。
「このまま一気に、ブチ抜けェェェェェェ――――――!!」
魔竜の咆哮の如く叫び、血を垂らしながら、体内の魔力全てを破裂させんとばかりに放出する。
最大出力で放出された魔力は、矢を押し留める魔弾を後押しし、矢を撃ち抜く。
「!!?きゃあああああ―――――――!!」
自身の矢が破れたことを察した輝夜は、咄嗟の、わずかコンマ数秒の差で判断し、魔力障壁を展開したが、当然その大質量を防ぐことは出来ず、弾き飛ばされた。
魔弾は闘技場の空いていた天井を飛び超え、空へと消えていく。
「ハァ……、ハァ……」
柊也は、息を切れ切れに、脱力していた。霊装体は解け、元の人間の姿に戻り、血まみれになった姿をしていた。
弾き飛ばされた輝夜も、霊装体が解けており、打ちどころが悪かったのか、気を失っていた。彼女は特に目だった外傷はなく、当分意識を取り戻しそうにない。
「全く……、飛んだ、実技試験だった、な……」
彼はそのまま前のめりに倒れた。魔力を使いきったことで、限界だったのだろう。
朦朧していく意識の中で、彼が最後に見たものは、一人の少女が自分の方に向かってきている所だった。
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