予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

プロローグ



「西暦の黙示録」。


記録によると、「旧世界」の先史文明が滅んだとされているこの大災害は、それまでは神秘ではなく、科学技術による発展で栄えていた人類の文明を破壊したと言われている。


当時の人類はその前人未到の大災害に成す術もなく、まさしく「黙示録」の如く追い詰められ、絶滅の危機に瀕していた。


だが――――――――――、人類は救われた。


かつてこの惑星に「信仰」という形で残された「神」という存在によって、人類は絶滅することなく、その大災害を乗り越えたのだ。それまでに栄えていた科学文明の多くを代償にして。


神々は人類に再び関わることを望んだ。救われた人類は「信仰」と共に神々と共に新たに世界を立て直すことを望んだ。


我々ですら予想だにしなかったパラダイムシフトは、再びこの世界を別の方向性への発展へと導いた。「西暦の黙示録」と後に呼称される大災害から数百年の月日が経ってもそれは変わらず、人類は再び神々と共存する道を選んだ。


しかし、人類と神々の発展に水を差す存在が、現れた。現れてしまった。


「怪魔」と呼称される正体不明の生命体が確認されたのだ。それらは人類の生存圏を攻撃し、喰らい、殲滅する存在だった。最上位の個体となれば、人間の手に負えなくなるほどの力を持った怪魔は、疲弊しきった人類と人類に手を貸すことで精いっぱいだった神々を追い詰めた。


それでも人類は諦めなかった。怪魔への対抗策を生み出した人類は怪魔を相手に勝利を重ねた。


今現在でも怪魔の事についてはわからないことが多い。だが、確かに言えることは、神々と共存を始めた人類は先史文明と異なる発展を遂げ、再びこの惑星に君臨することになる。










星暦550年 日本帝国 帝都・東京 学園都市「百華」


季節は春。「旧世界」の大災害を何とか乗り越え、復興を遂げた日本の中心である都、帝都・東京には多くの桜が満開しており、街を彩っていた。


学園都市「百華」はそんな帝都の一部でありながら、郊外、旧神奈川県との県境に建設された巨大都市である。特殊な外壁で囲まれ、その内部に都市が存在しており、「旧世界」の建築様式を用いたビル群が並んでいる。しかし「旧世界」のビル群と異なる点は、「旧世界」のものより低いことぐらいか。


建造物は火に強くなるように品種改良された木材が使用された、木造建築物が主体でありながら一部の建物には特殊なコンクリートが使われた建物が多く見受けられる。「旧世界」の人間が見れば、「和風」と「モダンチック」を掛け合わせたような創作物の中にしか出てこないようなものに見えたに違いない。


「……遂に、ここに来ることが出来た」


巨大な木造の正門の目の前に、一人の少年が立っていた。


黒が主体の日本人らしい髪色でありながら、毛先が青いという珍しい色をしたショート。目も特にこれと言った特徴があるわけではない黒目。顔立ちはやや童顔で支給された紺色を主体とした制服を羽織っている。身長は170cmを超えており、体つきは服の上から見れば細身に見える。


「どうだ?お前が望んだ場所に来ることが出来た感想は?」


少年、崇村柊也の後ろに一人の女性がいる。ここに来るまで彼を連れてきた女性であり、軍服のような多少目立つような出で立ちだった。


「ああ、とても嬉しいですよ。ここに来ることが出来たのは、椿さんのおかげだから。ありがとう」


柊也は目の前の女性、椿に言った。真っすぐ彼女の目を見て言うその姿には誠実さと感謝が込められており、その視線に慣れていない彼女は軽く目を逸らす。


「……ふん。所詮は私の気まぐれに過ぎん。ここに来ることが出来るようになったのは、ひとえにお前の努力の成果だと言っておこう。私としてはまだ合格とした覚えはないが」


古風な口調で言う彼女の表情は険しい。あまり居心地がいいとは言えないのか、柊也は彼女の様子に納得しつつも聞く。


「それでもです。オレは、貴女がいなかったらとっくに死んでいたのですから。力も扱えるようになった。武術も身に着けることが出来た。それを教えてくれたのは―――――」


「わかっている。確かに、私はお前に武術や魔術も教えた。だが、お前の目的はそのためだけじゃないだろう?」


「……はい」


椿のその一言に柊也の表情は暗いものに変わった。


「何度も言うが、私がお前を育てたのは利害が一致しただけに過ぎない。互いの目的が同じなだけでそれ以上もそれ以下もない。それを何度も言ったはずだ」


「……もちろん、わかっています」


「理解したのならいい」


強い口調で放たれたそれは、文にすればただ突き離しているようにも見える。


だが、これまでの経緯と、今の柊也からすれば、その言葉が突き放すためのものじゃないことを理解していた。


「オレには、やらなきゃいけないことがありますからね。そして、その目的を果たすまで止まらないことも誓ったし、貴女にも誓った。その誓いをここで証明するだけの話じゃないですか?」


「ああ。だが、お前の持つ力は下手をすると、連中にとって脅威になりかねないという事を重々承知することだ。一歩間違えればお前の目的の邪魔になる。最も、更なる困難な道を歩むというのであれば、話は別だが」


「それもわかっていますよ。なるべく気を付けるし、目的の邪魔をする奴らがいれば振り払うだけなので。椿さんが気にしなくてもいい」


「口の減らないバカ弟子め。……たく、人形みたいだったあの時のお前が懐かしく感じる」


「……まぁ。それはしょうがないということにしてください。どうしようも出来なかった頃だったから」


ため息交じりに言う椿に、柊也は表情を変えずに言った。


その話は柊也にとって変え難い、いや、変えることも出来ない過去の事だ。


ある事件がきっかけで棄てられた彼を拾ってくれた人が、今柊也の目の前にいる椿だった。本人曰く「気まぐれ」で助けたが、その後に強く頼み込んでくる柊也に根負けし、柊也の「力」を理解し、可能な範囲で魔術も武術も叩き込んだ。


結果、同年代の少年たちの中でも鍛えられた肉体になった。服を着ているのでわからないが、服の下はかなり筋肉がついており、大抵の事では傷つかないほどになっている。


「冗談だ。何しろ、お前の敵は多いぞ。それもわかっているな?」


「百も承知です。味方がいなかったらいなかったで、孤軍奮闘してでも力をつけていくつもりですので」


「……なるべく、そうならないようにしてくれたらいいのだが。まぁ、一筋縄では絶対にいかないということは覚えておけ」


「はい」


そう。


柊也には敵が多い。あの事件の後に捨てられ、柊也の記録は抹消されていた。つまり、死んでいたことにされていたのだ。


柊也の最大の敵。それは自分を捨て、記録まで抹消して死んだことにした者たちとその関係者。強大でこの国の中枢の一角と戦うに等しいことだ。力を手に入れたとは言え、それが簡単に叶う相手ではないことは、柊也も十分に承知している。


死者であるはずの人間が、突然目の前に現れたとなれば誰だって混乱するだろう。神々と共存している今の世界ですら、死者の完全なる蘇生は不可能だと言われているのだ。いきなり攻撃をしてくる可能性だって否定しきれない。無論、柊真からすればその可能性も十分に頭の中に入れているわけだが。


何もかもが変わった。変わってしまった。


生まれた時から何もかもが平凡で特別なものを持っていなかった。それは、あの地獄を生き残って捨てられた後もそうだった。何もなかった。


だが、気まぐれで拾ってくれた椿だけは、柊也の隠れた才能を見つけた。見つけてくれた。


しかしそれでも欠点がある部分は、武術などで補い、何かが起きた時にいつでも対処が出来るように鍛錬を施された。自分の目的を達成するために必要なことだったから、例え限界が来ても必死に食らいついた。


おかげで、昔の自分とは色々変わった。目や髪の色が少し変わったりしたが、体つきも全く変わった。変わることが出来た。


柊也は椿との鍛錬の日々を思い出しながら、再び門の方に向き直る。


「学園長にも話は通してある。何も恐れる必要はない。行くがいい」


椿はそう後押しするように言った。


これ以上に心強く、暖かいと思える言葉はなかった。何しろ、昔はまともに声をかけてくれることなんてなかったから。


「―――――はい。行ってきます」


柊也は頭を下げてそう返し、自らの荷物を持って正門をくぐる。


特別な期待をしているわけでもない。あくまで自分の目的を果たすためだけに、この8年間を鍛錬に費やしたのだ。文字通り命懸けで。


引き返すなんて選択肢は初めから存在していない。むしろそれしか道は残されていなかった。


既に真っ当な生き方をするなんて選択肢もとっくにない。例え、あの事件がなかったとしても、柊也自身にそのような選択肢を取ることは出来なかった。


ある程度の日用品を収納しているカバンを握る手をぎゅっと握りしめながら、柊也は心に改めて誓った。


――――――――――必ず、奴らに復讐してやる――――――――――


それは、捨てられて這い上がった少年の、この世界に対する復讐宣言だった。



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