『クロス・ブレイド~剣爛舞踏~』

つくも

第19話 第四章『村正×村正』④

幾多もの斬撃が繰り広げていたかもはや記憶していない。数多もの鍔迫り合いが繰り広げられた。鋭い斬撃の応酬。静寂の中、剣戟は繰り広げられる。
誰もギャラリーのいない中での剣舞だった。世界でも最高峰の剣舞。恐らくは見る人が見れば感嘆し、また驚愕する事であろう。
しかし、悲しい事に今、この場にギャラリー(観客)はいなかった。ただ、男二人がその場にいるだけだった。
激しい闘い。永遠に続くかと思われた攻防だった。
――しかし。突如、大きな揺れが生じた。
「な、なに?」
一瞬、男の注意がそれる。
原因が何かを考える手間も惜しかった。刀哉はそれを見逃さなかった。
有無を言わさず、打突を放つ。突きを放った。卑怯などと言われる筋合いはない。ここは試合ではない、死合といってもいい。戦場だ。勝つために手段など選んでいられる場合ではないし、隙があればそれをつくのが定石だろう。
「ぐおっ!」
声が漏れる。
深々と、刀が突き刺さった。
あっさりとしすぎていた。手ごたえがなさすぎる。
「くくっくくはははははははは!」
男は突如笑い始める。
致命傷だった。しかし、あくまでもそれは相手が人間だった場合だ。この男はとっくに人間を辞めていた。体が膨張をする。魔力が充実しているのを感じる。負の波動が極限にまで高まった。魔王城が大きく揺れる。次第に崩壊を始めた。いや、魔王城自体を取り込んでいっているようだった。本来の姿、真なる姿を現そうとしている。
男は――いや、妖魔村正は人の殻を破り、妖魔としての本性を現すのだった。

「影縫い」
「させるか!」
刀哉が激しい戦闘をしている最中。姫乃と水穂も戦闘中だった。
敵は単体なれど、油断はならない。しかし、前回の戦闘とは異なる。ネタはバレているのだ。
相手の影踏みに付き合う道理はない。相手の剣(ブレイド)は影を操る。その予備知識さえあれば、前回のようになる事はない。
「万事休すね」
姫乃は勝ち誇ったように言う。
「いえ。これくらいの対応は予測通りです」
「なに? 負け惜しみ?」
アリシアはそれに答えず続ける。
「私の剣(ブレイド)は他人の影を操るだけではありません」
影。そう、影はどこにでも存在する。魔王城により形成されたこの空間には太陽がないがそれでも薄暗い光が差し込んできた。天候というものも存在しない。雨が降る事もないだろう。ここはもはや首都ではなく、魔都である。
つまりは前回のように人為的に天候を操作する事は出来ないというわけだ。
影は無数にあった。そう、建築物の影だ。ありとあらゆるところに物体はあり、影は存在する。影からは無数の人影が出てきた。人の形をした、人ならざるもの。
影の傀儡。
しかし、木偶は木偶である。複雑な思考など持たず、意思も持っていない。
だが、それの質量が増大したとなれば話は別である。
この場にあるのは普通の建物だけではない、そう、高層ビルが作りだす、巨大な影もあった。現れたのは影の巨人。影で出来たゴーレムだ。
「……ちょっと。そんなの反則じゃない」
ゴーレムは右こぶしを振り上げた。そして、二人がいる地点へと振り下ろす。
それはもう、瓦割と同じような要領で、ビルがひしゃげた。アリシアはゴーレムにまたがり、その情景を見下ろす。

「……けほっ。……けほっ」
「……ごほっ。ごほっ」
二人は瓦礫の中から何とか這い出してきた。幸いうまい事空間ができた為か、圧死を免れた。
「……全く。しぶといですね」
彼女はそう言った。留めを刺そうとする。
――と。その攻撃が直後に止まる。
大きな地響きがした。また、地の獄から何かが這い出てくるような音が聞こえる。
「……な、なによ。この音は」
「そうですか……ついに始まりましたか」
「な。一体何がですの?」と、水穂。
「せっかくですからあなた達も見て行けばいいのです。あの方の本当の姿――」
彼女は言う。
「真なる魔王の誕生です」
彼女は言った。途端に、魔王城の中にあったありとあらゆるものが飲み込まれ始めた。車も、ビルも。そして、それは彼女もまた例外ではなかった。
彼女もまた、飲まれ始めたのだった。ありとあらゆるものは、何らかの質量、いや、贄にされているのだ。
「……なんだったのよ。一体」
「――ともかく。お兄様のところへ向かうしかありませんわ」
不安を感じつつも。
二人はその震源地へと向かう事になった。

体は膨張を続ける。そう、いつの間にか、それは妖魔である村正を核にして、あらゆるものを取り込んでいった。そうやって質量を増大し続けた。
刀哉は慌てて魔王城から避難をする。崩れ落ちていく魔王城から避難をする。
そして、命からがら、抜け出した。外から魔王城を見る。それはまるで受胎をしているかのようだった。何かが目覚めようとしている。そう、何かが。
そしてその目覚めを邪魔する事はできない。
「刀哉。無事だったのね」
「お兄様!」
胸に水穂が飛び込んでくる。
「お兄様。わたくし、心配していたんですよ」
涙目で言われる。
だが、今はそんな事にかまけている場合ではなかった。
目の前の脅威は依然として終わっていない。むしろ、脅威は拡大していると言ってもいい。
「……なっ。何よこれは?」
姫乃は受胎をしている妖魔村正の姿を見て驚く。それはグロテスクな情景だった。思えばその数分にも満たない、数十秒程度の時間は最後の好機だったのかもしれない。いや、そんな隙などなかったのかもしれない。しても無駄だったのかもしれない。
魔王は受胎を終えた。それは幾百、幾千をも時を超えた魔王である妖魔の復活だった。
それは人のようでいて獣のようだった。もはや人の形を止めていない。
全ての時間は止まったかのような錯覚が起きた。それはまるで世界の終焉のようだった。
物言わぬ化け物だった。見ようによっては、神の降臨に見えたかもしれない。それくらいのスケール感がその妖魔にはあった。
もはや、人の力で出来る事など何もないかと思われた。
「お前達、逃げろ」
刀哉は二人に言った。
「え? どうしてよ?」
姫乃は困惑していた。
「いいから逃げろ」
「そんな、お兄様。ここまで来て、お兄様を見捨てて逃げるなんて」
「いいから逃げてくれ。お前達を危険な目に合わせるわけにはいかない」
刀哉は言った。
「あいつを斬れるのは、あいつを止められるのは俺だけだ。それに、俺の役目なんだ」
刀哉の目は悲しそうな目をしていた。ただ、どこか覚悟を決めたような目だった。相手が自分の父だったとしても、そうだったとしても、斬るという覚悟を決めた目だった。そういった決意の込められた目だった。
彼の意思は固く、どんな説得や言葉も通用しないだろう。
「わ、わかったわ……」
それを理解したのか、姫乃は渋々頷く。
「お姉さま」
「行くわよ。水穂」
水穂も姫乃に言われ、渋々ではあるが納得せざるを得ない。今、自分達がこの場にいれば、足手まといになるのだ。それを理解してしまった。それでは彼が本気を出す事が出来ない。何より彼は自分達の事を大切に思っているから、危険な目に合わせたくないからそういう事を言っているのだ。
ここまで来て足手まといにしかならないという事を認めるのは悔しかったが致し方なかった。この場に残れば迷惑になるのだ。
「……わかりましたわ」
二人はこの場から逃げる事を決断した。
「お兄様。どうかご無事で。そしてご武運を」
「刀哉……絶対、生きて帰ってきてね」
二人はその場から走り去っていく。そして、ついには二人だけになる。果たして二人という感情でいいのかわからない。あの存在を一体どういう単位で数えたらいいのか理解できない。勿論、そんな事が重要なわけではないが。
今、この空間にいるのは刀哉とあの化け物だけだった。
「村正」
刀哉は刀を構える。これで出し惜しみをする必要はなくなった。村正真打。
その力を刀哉は解放する。刀哉の持っている村正は精気をエネルギーとするブレイドだ。
多くの場合、その精気というものは斬った相手から補給する。しかし、最も効率のいいエネルギー変換の方法は使い手のエネルギーを使う事だった。消耗するエネルギー量が多ければ多い程力を発揮する。つまりは命を削れば削る程力を発揮する、いわば諸刃の剣だった。命をベットにして、相手を斬る。
生存が可能なギリギリのところ。いや、それすらも踏み越えて、刀哉はこの妖刀に力を注ぎこんだ。
まさしく決死の特攻だった。
時間にしてその時の攻防は一分にも満たない程の時間だったかもしれない。しかし、それは永遠にも続くかと思われた、息が詰まるような展開だった。
刀哉はもはや化け物としか形容のできなくなった妖魔村正から発せられる無数の魔手を搔い潜り、その心臓部までたどり着く。心臓部――かつて自らの父だったあの男のいる場所。
刀哉は斬った。完全に捨てきったと思っていた人の情であったが、それでも完全に捨てきる事は敵わなかったらしい。
そう。脳裏には父との昔の思い出の記憶が蘇ってきた。一瞬の事ではあったが、まるで走馬燈のように駆け巡ってきた。
刀が走る。刀が切り裂いていく。自らの父の心臓あたりに走っていった。自らの父を切り裂いていった。一瞬の事ではあったはずだが、全てがゆっくりと感じられた。
その時。父はどんな顔をしていただろうか。
わからない。
心臓部を失ったからか、妖魔である村正は崩落を始めた。奇怪な断末魔をあげ、ゆっくりと崩落していく。
刀哉は地に伏した。もはや精も恨も尽き果てた。
(すまない……姫乃、水穂……約束守れそうにない)
意識が切れる寸前、刀哉は胸中でそう呟いた。

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