『クロス・ブレイド~剣爛舞踏~』

つくも

第17話 第四章『村正×村正』②

魔王城。その最奥部。建物は既に普通の建物ではなくなっていた。
負のオーラが通っている。建築物自体がまるで生きているかのように脈打っている。そしてその支配は段々と支配領域を広げていった。連鎖的に広がっていく負のオーラは次第にその勢力を広げていった。まず町が飲み込まれた、そして次第に勢力を広げていき、隣の町、隣の区。そして後数日程すれば、首都圏全てが飲まれてしまう事だろう。首都圏そのものが魔王城へと変化を遂げる。首都圏そのものが妖魔――村正の支配領域へと変化するのである。
「主様」
――彼女。アリシアは平服する。人形のような彼女、まるで機械仕掛けのような女だった。感情の起伏というものが存在せず、感情の機微も読み取れない。ただ目的の為に動き、目的を遂行する為に存在する。彼女はそういう存在だった。
元々、彼女は妖魔村正が生み出した道具に過ぎない。意思を持った道具だった。人間の形をした傀儡に過ぎない。故に感情など持ち合わせていないし、裏切ることもない。彼女は人間であって、人間ではないのだ。
「――魔王城が首都圏の全機能を掌握するまで、おおよそ4日程になります」
彼女はそう報告した。
「うむ……」
玉座についた魔王村正は答える。順調だった。全ては良いペースで進んでいる。
「はい。ですがひとつだけ懸念事項がございます」
「懸念事項?」
「はい。あの連中です」
皆まで言わずとも理解をする。そう、自らの息子、と言って果たして良いものか、憚られるが刀哉達の事である。
「……念の為使い魔を放っておきましたが、何やら怪しい動きをしています」
「……そうか」
「どうされますか?」
「どうもしない。お前の好きにしろ」
「――そうですか。でしたら、念には念を入れさせていただきます」
そう。彼女は言って姿を消した。

そこは山奥だった。○○県の山奥。そこに目的地はあるらしい。
「はぁっ。はぁっ。ったく、なんでこんな人里離れたところに住んでいるのよ」
姫乃はそう愚痴る。しかし愚痴っても仕方のない事だった。山奥。それもバスは通っていない上に途中からはタクシーでもあがれないくらい狭い道中だった為、仕方なく徒歩での移動となる。時間は惜しかった状況ではあるが、それでも仕方がない。他に手段がない以上、徒歩で移動するより他になかったのだ。
徒歩で移動をする事、数十分、ついに目的地が見えてきた、ところだった。
――と、誰かが走ってこちらへと来ていた。
「た、助けてください!」
一人の少年がこちらに駆け寄ってきた。転がり込むようにして泣き縋ってきた。
只ならぬ様子だった。
「……どうしたんだ? 一体何があった?」
冷静に刀哉は尋ねる。
「妖魔です! 突如妖魔が僕の工房を!」
少年は言った。
妖魔。こんな山奥に妖魔が出現するとは。恐らくは人為的な犯行だろう。刀哉は感覚を研ぎ澄ます。つけられている事を悟る。
小型の虫のような使い魔だった。一瞬で間合いを詰め、切り落とす。
落ち度だった。今の今まで、敵に監視されていた事を理解する。
刀哉達は急いで妖魔を駆除する。とはいえ、小型で低級の妖魔だった。それこそ害虫を駆除する程度のものだった。
「……助かりました」
少年は礼を言う。
「……ところで、皆さんなんでこんな山奥に来たんですか?」
少年は訊いた。
こんな山奥に人間はそんなに住んでいない事だろう。恐らくはこの少年が目的の人物で間違いなかった。

「……なるほど。そんな事があったんですか」
刀哉は説明をした。そもそも彼は下界でそんな問題が起きている事すら知らなかったらしい。魔王城の出現、それに及び下界で起きている騒動を彼は知らなかったようだ。おおよそ文明とは無縁のこの場所。貨幣すら必要があまりないだろう。電気もなく、新聞もなく、食糧も恐らくは自給自足をしなければならない。おおよそ便利さや文明とは大局にあるこの環境に、彼はなぜこの場に身を置き続けるのか。文明人からすれば、甚だ疑問が尽きない事であろう。
少年は名を緋村といった。下の名前は知らないが。
「僕がここに住んでいる理由ですか? ――それは」
単にそれが家の系譜だったというだけ。一族は山の中に閉じこもり、代々鍛冶を続けていた。ただただ、刀を打ち続けるだけの毎日。それが彼にとっての日常であり、世界だった。外界の情報などない。だから、彼は自らの境遇を不幸だとも思わなかった。また幸福だとも思わなかった。比較対象がないのだから、他人と比べようもない。便利だから幸せなのか、不幸だから幸せなのか。幸福感などというものは単に、主観に過ぎないのだろう。
ともかく。今はその事が問題なのではなかった。重要であり、急くべき事は他にある。
刀哉は緋村少年に事情を伝える。魔王城の出現は先ほど伝えたが、刀哉の持っている妖刀村正を打ち直さなければならない事。そして、その技術は代々その技術を継承してきた鍛冶師でしか打てない事。
「……他にご家族の方は?」
「……去年、母に続いて父も病に倒れて、生憎、僕一人になります」
――つまりは彼一人をおいて、村正を打ち直せる人間はこの世に存在していない事になる。彼をおいて他に村正を打ち直せる人間はいないのだ。
――しかし、である。
彼個人が生きながらえていたのは不幸中の幸いだった。刀哉達は事情を打ち明ける。
「……そうですか。そんな事が」
少年はそう言って、
「僕にその刀を打ち直してほしい、という事ですか」
「ああ……」
「僕にできる事ならしてあげたいのですが――」
少年は表情を曇らせた。
「……残念ながら僕の工房は御覧の有様です。どうやら、僕ではもう力になれそうにありません」
少年は申し訳なさそうに言った。低級の妖魔は恐らくは妨害の為に放たれたのだろう。恐らくは敵によってだ。その程度の低級妖魔、足止めにすらならない。だが、敵も恐らくは考えたのだろう。直接的な妨害はできずとも、目的のものを破壊してしまえばいい、という事に。それだったら低級の妖魔であっても十分可能だった。使い魔を放たれ、同行を監視されていたのだ。魔王城が復活したとはいえ、敵はこちらへの警戒を怠っていないようだった。
全く。なめておいてくれた方がこちらとしても助かったのだが。
彼の家――そして工房。簡素な木造作りの家は完膚なきまでに破砕されている。鍛冶に必要な道具一式もまた、跡形もなくなっていた。幸いだったのは鍛冶師が無事だったという事。
だったら下界におりて鍛冶を行えばいいのではないだろうか、とも思う。その可能性について尋ねてみた。
「その刀はどうやら普通の刀ではないようです。僕たち一族に伝わる工房ではないと、打ち直せそうにありません」
少年はそう語る。
「くそっ」
刀哉は苛立ちを隠せなかった。ここまできて無駄足を食った。時間は残り少ないというのに。
もはや打つ手はないのか。
「……いえ。ひとつだけ方法があります」
少年は言った。
「ここからさらに山奥にいったところに、ご先祖様が使っていた工房があります。そこに行けば恐らくはその刀を打ち直すことができるかもしれません」
少年はそう語った。
「ほんとうか?」
「はい。ですが、その場所はここ以上に危険な場所です。道中、妖魔に遭遇するかもしれません。生憎、僕個人に戦闘能力はありません。だから、皆さんの力で僕を守ってください」
少年は語った。
「よろしいですか?」
よろしいも何も、他に方法がないのだ。行くより他になかった。

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