『クロス・ブレイド~剣爛舞踏~』

つくも

第9話 第二章『シーサイドクロスブレイド』⑤

ーー長い道中だったはずだが、その爽快感からか、あまり長くは感じなかった。流石に道中で悲鳴をあげたりはしなかったが。恐怖心よりも爽快感の方が勝り、決して悪い気分ではなかった。
そしてついには着水する。ーーと。その時だった。
むにゅん。
と、音がしそうだった。それくらいの弾力感が襲ってきた。主に手と顔のあたりに。心地よい感触が走る。
一瞬にして目の前がブラックアウトする。瞬間的なことで何がなにやらわけがわからなくなる。呼吸が苦しい。
慌てて顔をあげる。
ーーと。今まで自分が何に顔を埋めていたのかを一瞬で理解をした。
自分は姫乃の胸に顔を埋めていたのだ。
「悪い・・・・・・」
わざとではないとはいえ、こいつの過去の行動分析からすると無事では済まないだろう。鉄拳くらいは平気で飛んできそうなものだった。
ーーしかし、襲ってくるであろう、衝撃も痛みもやってこない。
ただ、姫乃は恥ずかしそうにその場に座り、胸を守るように手で押さえていた。
「も、もう・・・・・・刀哉のえっち」
そういって恥ずかしそうに顔を赤くした。
おかしい。こいつ熱でもあるんじゃないだろうか。鈍感な刀哉は思った。そして体温をはかろうと自分の額と相手の額に手をおく。
熱はないようだった。平熱だ。
「な、なにするのよ」
「いや、熱はないようだ」
刀哉は安心をした。
ーーと。その時だった。水が暴れ出す。そもそも水が暴れるという表現はおかしい。水自体に意志はない。意思もまたない。万物の水は全て外圧によって動いている。風だったり、潮の満ち引き、月と地球の引力の関係。それに例外はない。だが、ここにあるプールの水はまるで自ら意思を持ったように動き始めた。そして、刀哉と姫乃の周りを水の壁が覆い始めた。周囲が慌ただしくなっていたが、水でできた密室の中とは完全に断絶されてしまった。
「・・・・・・・お姉さまから離れなさい! この下郎!」
「お姉さま?」
「全く、お姉さまをどのような手を使いたらし込んだのかは知りませんが」
少女は現れた。片手に刀を持った少女。可愛らしいワンピースタイプの水色の水着を身につけている。胸のボリュームがいささか足りないが、それは彼女が発展途上なのか。あるいは発展した末にその程度のボリュームに収まったのか。定かではない。
「だ、誰だよお前は」
「あなたに名乗る名などない。この痴漢! 下劣! 強姦魔! 淫獣! 悪魔! 人でなし!」
ひどい。そこまで言われるようなことをした覚えはないのに。ひどい、ひどすぎる言われようだった。
「水穂! あんた。何してるのよ」
姫乃はそう言った。
「お姉さま」それは時と場合によっては血縁のないものの間でも用いられる場合がある。純粋な姉と妹の関係だけではなく、例えば特別な関係にある女性と女性の関係。ただ、当然のように年齢が下のものが、上のものを呼ぶ場合は存在する。そして下のものが上のものを敬意を込めて、あるいは愛情を込めて「お姉さま」と呼ぶ場合は存在する。その場合、お互いに、あるいは一方的に特別な感情が秘められていることはもう言うまでもない。
だが、彼女たちの関係はそうではないようだった。血縁者として「お姉さま」と呼んでいる。だが、恐らくは血縁だけの問題ではないようだ。そう、後者で説明した「特別な関係」としての意味も込められているのだろう。
つまりは彼女は相当なシスコンのようだった。
「……どのような悪辣非道な行いでお姉さまを手中に収めたのか、敢えてそれは訊きません」
水穂は刀を構える。恐らくはあの刀が今の現象を巻き起こそうとしているんだろう。
「いや、待て。お前は根本的な勘違いをしている」
「嗚呼。どんなR18指定の表現でお姉さまも卑しい雌豚に落していったんでしょうか。そう、時には鞭や蝋燭を使い、また恥ずかしい××撮り写真を使い脅し、時には媚薬を使いお姉さまの精神を蝕み。そうやって、お姉さまの心を言いように操っていった。そうに違いませんわ!」
水穂はそう言い切った。
「いや、だから待て。誤解だ。俺は何も」
「そんな悪辣非道な鬼畜。この私が刀の錆にして差し上げます」
そういって水穂は猛然と斬りかかってくる。泳いでいたのである。ウォーター・スライダーでは当然のように荷物を持っての利用などできるはずもない。係員に止められるであろう、普通は。つまり二人は手ぶらである。徒手空拳だ。剣道三倍段という言葉がある。つまりは空手の有段者と剣道の有段者が闘った場合、三倍の段位が必要。三倍剣道の有段者の方が有利なのである。さらにはリーチの長い薙刀などの場合、その有利はさらに大きくなるらしい。それほどに獲物の有無、リーチの違いというのは戦局を大きく左右する要素なのである。
「行きますわ!」
来られても非常に困るとしか言いようがない。彼女は素手の刀哉に斬りかかってきた。刀哉は受け止めるわけにもいかない。間一髪のところで避ける。
「ま、待て。お前には武士道精神とかそういうのはないのか。明らかにフェアじゃないだろ」
「見苦しい命乞いはよしてください。それに私は武士としてあなたに勝負を挑んだのではありませんわ。お姉さまに付きまとう害虫を駆除しにきたまでのこと」
悠然と言って放つ彼女の目には嘘の色は見て取れない。どうやら本気のようだ。
何度か斬りかかる。それを刀哉はギリギリのところで受けた。幼い頃から受けていた訓練の結果だ。例えそれが乗り気でやっていたわけではないにしても、その訓練は彼の体に染み着いていて、そして今の彼にとって必要なもの。今日まで彼を生かしてきたものでもある。紙一重でそれを避け続ける。
「や、やめなさい! 水穂!」と姫乃。
「・・・・・・お姉さま、まだこの害虫を庇うのですか。そうまで洗脳されているとは」
「だ、だから私は洗脳なんてされてないって」
「いいえ。お姉さまは洗脳されています。お、お姉さまが私以外の存在に心惹かれるなんて。洗脳を受けた以外にありえません。お姉さまが私以外の存在にみるなんて」
「だ、だから。べ、別にそういうのじゃないんだから。そういうのじゃ」
姫乃は言い訳をする。
「お姉さまをこんなふしだらな雌豚にしたこの卑劣感を許せません」
抗弁しても無駄そうだ。こういう相手はもう無力化させるしかない。勿論、相手は人間であり、姫乃の妹だ。流石に命を奪うわけにはいかないが。気絶くらいはさせるしかない。
ーーと。
水穂は水の結界を解いた。そもそもその場から逃げられなかったのはその水の結界があったからだ。
なぜ、このようなことをするのか。そもそも逃げ道を作ってやる利点など考え得る限りない。
だが、次の瞬間なぜ彼女がそのような真似をしたのかを理解することになる。
水の結界は解けた。しかしその水は別のものに変貌する。どうやら同時に展開することは適わないらしい。
水は渦を巻いた。まるで竜巻のように。そしてその姿を作り出す。それは何かの生き物の顔のようだった。龍だった。どちらかというと西洋で言う竜(ドラゴン)というよりは和製の龍というイメージ。細長い蛇のよううなフォルムをしていた。
「死になさい! この鬼畜変態!」
そう言って、彼女は自らの刀を振り下ろす。
「水龍!」
彼女の明確な意思に従い、龍は刀哉に襲いかかってきた。叫び声こそない。意思無き生物のようなその水の龍は刀哉を射抜く。
着水。大きな水柱をあげた。
「はっはっはっはっは! お姉さまに付きまとう害虫を駆除しましたわ」
既に多くのギャラリーができている。だが、そんな事など彼女はおかまいなしに高笑いする。
・・・・・・・と。その時だった。
水しぶきが止む。
「ちっ。しぶといですわね」
「つっ」
流石に無傷とは行かなかった。右腕が折れたかもしれない。着弾する瞬間、何とか致命傷を避けた刀哉ではあったが、避けきれなかった。
「もうやめて! これ以上は!」
姫乃は叫ぶ。
「お姉さま! なぜその男をそうまで庇うのですか!」
ーーと。
「きゃー!」
という甲高い悲鳴が聞こえてきた。最初は女性の悲鳴。
そしてさらには男の悲鳴。子供の悲鳴。さらにはその場にいた人々は雪崩のようになって、出口の方へ逃げ出していった。
「・・・・・・・妖魔」
現れた無数の陰。そう、妖魔だった。一般の客は一目散になって逃げ出す。
そもそも、別に驚くには値しなかった。姫乃とこの施設に来た元々の目的は妖魔退治である。遊びにきたわけではない。
ーー恐らくはである。そうでなかった可能性もある。遊びに来た時、たまたま妖魔が現れた。という可能性もまた存在した。
だが今、それがどっちだったのかという事を証明するのはさしたる問題ではないような気はした。
楽しかった水のテーマパークは一点してパニックになり、そう、それは阿鼻叫喚の地獄絵図へと変化する。
「う、うそ。そんな事って」
動揺する水穂。当然のように彼女の差し金ではないようだ。今、彼女といざこざを起こしている場合ではない。
「刀哉!」
姫乃はプール再度においてあった刀を渡す。刀哉は無事な左腕でそれを受け取る。
こうして妖魔との闘いが始まった。

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