聖剣が扱えないと魔界に追放されし者、暗黒騎士となりやがて最強の魔王になる

つくも

第7話

魔族だろうが部外者に他ならない。好奇の視線が注ぐ中、竜人の少女の後についていく。
「……自己紹介が遅れたな。あたしの名はヴィーラという。火の竜人だ」
そう、彼女は言った。
純潔の竜人はその髪の色や瞳の色で大凡の属性を分別できる。彼女が火属性の竜。火竜(レッドドラゴン)を背景(バックボーン)としている事は容易に推察できた。
火竜は攻撃性が高く単純である。単純であるが扱いやすい。だが怒らせると凶暴な為怒らせないように注意が必要である。
ヴィーラはラグナ達を案内する。
「ここが長の家だ」
古びた作りの家に案内する。土作りの家だろう。そもそも建築様式が異なっていた。耐久性が卑く、地震などくれば簡単に崩れてしまいそうだが、竜人は頑丈なので特に問題がないのだろう。個体の耐久値が高い為、文明があまり発達していないかもしれない。そんな推察ができた。まあいい。本筋に戻ろう。
「入るがいい」
ヴィーラは言った。中に入る。
中にいたのは黒髪の女性だった。黒の瞳、黒髪。恐らくは闇属性の竜人だろう。暗黒竜(ダークドラゴン)という事か。美しい顔立ちではあるがその目は鋭く威厳がある。そして何もせずともほとばしるその力の波動は高い戦闘能力を有している事が容易に察せれた。若い女に見えるからと言って、舐めてかかれる相手ではない。
「私が族長のノワールと言います」
彼女は言う。
「人間及び魔族の方々とお見受けします。黒の魔王国からの使者とお聞きしました。何故に我が竜人の地を訪れました」
「竜人の姫君が攫われたとお聞きしました。姫君を奪還する見返りとして竜人の力をお借りしたいのです」
そう、使者であるリリスは言った。
「馬鹿娘のやった失態ですから。そんなものお他人様の手を借りる程の事でもありません」
ノワールは馬鹿娘といった。ノワールにとって姫とは娘の事だった。
「ですがそもそも竜人の姫がどこにいるのかがわからなければ、いかに竜人といえども探し当てるのは困難でしょう」
「まあ、それはそうですが」
「ここに蒼の魔王国の姫君がいます」
リリスは言う。せっかくアスタロトがいるのだ。交渉のダシになる事だろう。
「なんで、うちの娘を攫った国のお姫様がいらっしゃいますねん」
ノワールは言う。
「それはその正確には攫ったのは同盟国の人間であり、蒼の魔王国ではありません」
「同じようなものじゃないですか。敵側には変わりありますまい」
「そ、それはそうかもしれません。彼女もまたその人間達により利用されていたんです。それを我々が救助し、現在保護しているというわけです」
リリスは要点を纏める。
「彼女は蒼の魔王国の内情に精通しています。恐らく侵入する際に役に立たれる事と思っています」
「はぁ……それで。ようはうち等竜人の力を借りたい、その為にうちの馬鹿娘を助けるのに協力するって事でいいんですの?」
「はい。平たく言えばそうなります」
リリスは言う。
「どれくらいの期間? 借りたい必要な人員は?」
「魔界が秩序を齎すまで。無期限での同盟関係をお願いしたいのです。人員に関してはそちらの負担にならない人数で構いません」
「まぁ、ええか。遊んでいる若いのおるし。うちの自慢の……戦闘力だけで頭抜けてるのおるけど。四人娘を貸したるわ」
ノワールは言う。
「本当ですか」
「本当や。後で紹介したるわ」
ノワールは言った。

長の家に四人の少女達が案内される。
「まずは簡単に黒の魔王国の方々に自己紹介せーや」
ノワールは言った。
「火竜ヴィーラ」
そう、ヴィーラは言う。案内をしてくれた子なので大凡は理解している。
「水流、アクアです」
そう、水色の髪と目の子が言う。この子は対照的に大人しそうな印象を受けた。
「地竜、ノエル」
そう、茶色の髪と目の子が言う。
「風竜、エアロ」
そう、緑色の髪と目の子が言う。この子は物影に隠れていたが最初ら辺で登場していた。声だけは聞いていた。
「「「「我等! 竜人四人娘! エレメンツドラゴン!」」」」
謎な決めポーズを竜人四人娘はした。どうやらチームの決めポーズのようだった。
「言っては何ですが、この娘っ子さん達、四人だけですか?」
アモンは無自覚に失言をする。正直でもあり、馬鹿でもあるアモンらしい。馬鹿正直、この男を表す上で便利な四文字熟語だった。
「ああ? あたし達をなめてんのか? ああ?」
ヴィーラは不機嫌そうに睨み付ける。
「……まあ、学のない魔族にはそう映るのも仕方ないわ。ヴィーラ、そこの魔族の男にその力見せてやりな」
「はいっ! 長(おさ)!」
ヴィーラはアモンの手を握った。
「へへっ」
一瞬、可愛い女の子が手を握ってきた事に対して、アモンはにやにやと喜んできた。
「熱……って! 熱い! がああああああああああああああああ!」
アモンは丸焼きになった。発火現象が起きた。
「へへっー」
「馬鹿が。竜人の戦力比は並の魔族1000人分だ。四人いれば大隊4隊分の価値がある。そんな事も知らないのか」
ラグナは毒づく。十分に戦局を左右できるだけの戦力なのである。
「可哀想、可哀想なのです」
アクアは水をかけてアモンの火を鎮めてあげた。
「はあ……はあ……はあ。死ぬかと思った」
アモンは肩で息をする。
「これほどまでにフォローができない失態はあまり見ないよ」
ライネスは呆れる。
「ではこの四人娘(エレメンツドラゴン)をお願いします。それとうちの馬鹿娘もお願いします。あの馬鹿娘、出歩くなって何度も言っていたのに平気で出歩いていたさかい。ついには捕まってしまったようです」
そう、ノワールは言った。
こうして黒の魔王軍は竜人族と同盟関係を結び、竜人四人娘(エレメンツドラゴン)の加勢を得た。

「でかしたぞ! 我が娘よ!」
「パパーー!」
魔王城での会話だった。周囲の視線も気にせず親子でじゃれつく、サタンとリリス。
「流石は俺の娘だぞー! かわいいぞー! リリス」
「やだー。当たり前じゃない。だって私はパパの娘なんですからー」
「こほん!」
咳払いをした魔王サタン。
「よくぞ我が国、黒の魔王国と同盟を結んでくれた。竜人族の少女達よ。その力、是非我が軍に貸して欲しい!」
「は、はい」
「…………」
「わかった」
「うん」
竜人の少女達は各々答える。魔王とその姫のいちゃつきっぽりに若干引いていたようだ。呆然としている。
「今日は君たちには個室を与えている。ゆっくりと休んで欲しい。夕暮れ時になったら夕食にしよう」
魔王サタンは言った。
四人なので通常の兵を養うよりは燃費が良いと思っていた。しかしそこがそもそもの計算ミスだった。彼女たちはアスタロトばりの大食漢だったのである。
一人で1000倍食べると言っても過言ではなかった。
魔王国からすれば、食料の消費から言えば4個大隊を養う事と大差がなかったのである。
「……ははは……あー。頭いたいわ。魔王は辛いよ。とほほ」
魔王サタンは半べそをかいていた。

「君たちに言いたいことがある!」
何日か経っての事だった。魔王サタンは言う。それは食事の最中での事だった。
「我が国は深刻な食料危機にある!」
魔王サタンは言う。
「ガツガツガツ!」
「もしゃもしゃもしゃ!」
「……もらいっ!」
「あーヴィーラずるい! 私の」
「へへーん。アクアがトロいからいけないんだ!」
「もぐもぐもぐ(アスタロトの咀嚼音)」
賑やかな食事の最中だった。料理人がフル稼働で食事を用意している。
「聞いているのか!」
「あー。聞いているよ。食料危機なんだって。ガツガツガツ」
ヴィーラは気にせず食べ続けていた。
「食料危機という四文字熟語の後に猛烈に食事をかっ込んでいるのが矛盾しているが」
「だって仕方ないんだよ。あたし達って可愛い見た目しているけど本質的には竜(ドラゴン)だから。燃費が悪いんだ」
そう、ヴィーラは言う。竜は大型のモンスターである。それ故に必要な摂取カロリーというのも異様な程多い。見た目が可愛いだけで、その戦闘力は凶悪そのものであり、また必要な熱量的にも凶悪そのものだった。要するに維持する為の食料がその分半端ないんだ。
「…………」
魔王サタンは押し黙る。そもそもの話竜人の長がこの竜人四人娘(エレメンツドラゴン)を任せたのは食い扶持を減らす為だったのではないかと勘ぐりたくなる。まあ、それは邪推というものか。
今はまだ役に立っていないが、彼女達は貴重な戦力なのだ。それだけの価値はある。
「へー。あんたは竜人じゃないのに、よく食べるね。あたし達と同じくらいには食べるよ」
ヴィーラはアスタロトに言う。
「うん。アスタロトよく食べるねってよく言われる」
「魔族なのに大した胃袋だ。関心したよ」
ヴィーラは言う。
「こちらとしては実に頭が痛いんだ。そして食糧危機について考えなければならない」
魔王サタンはそう言った。

『黒の魔王国を救え! 食糧危機問題!』

「さーて。それでは今の魔王国の食料危機問題について議論をしようじゃないか」
そう、魔王サタンは白板の前に立った。マジックペンで色々と書く予定のようだ。眼鏡をかけてスーツを着ている。何となく先生っぽい。
「はい。ここで問題です」
魔王サタンは言った。何となく先生っぽいのでサタン先生とこの場は言っておく。
「自国で生産できる食料を100とします。消費量が150になりました。食料が50分足りません。どうすればいいでしょうか? わかる方、挙手お願いします」
「はいはーい」
アスタロトは手をあげた。
「他の国から輸入しまーす」
「はい。正解。ですが、戦時下では不正解です」
「なんで?」
「誰が敵国に輸出をするんだ。まあ、敵対国でなければ可能性はあるが。今の魔界の勢力構造的にそれは厳しい」
「ふむ。では生産量を増やしてみてはどうだろうか?」
エアロは言った。
「そうだ。それが最もシンプルだ。自国で手に入る食料を増やす。それともうひとつシンプルな方法がある。それは消費量を減らす事だ」
「ま、まさか。ヴィーラ達を友食いさせて食い扶持を減らす気か」
ヴィーラは恐れ戦いて言った。
「そんなわけあるか! まあ、フードロスを減らすとか色々だ。君たちに食べる量を減らせと言っても些か難しいだろう。ともかくだ。君たちにこの食糧危機問題を何とかして貰いたい」
「「「「えーーーー」」」」
「働かざるもの食うべからずだ!」
「はあ……仕方ない」
竜人四人娘(エレメンツドラゴン)は仕方なく労働に勤しむ事になった。
「がんばれー」
アスタロトは手を振る。
「君も働くんだよ。アスタロト君」
「えーーーーーーーー!」
不満そうにアスタロトは言った。
「君も同じくらい食べてるんだよ。不公平じゃないかい?」
「ぶーーーーーーーー!」
明らかに不満そうにほっぺたに息を送り込む。
「そんな君もいい年なんだから子供みたいにほっぺた膨らまさないでくれ」
「わかった。アスタロトも働く。仕方ない」
「北西に未開拓の土地があるから、耕すならそこを耕してくれ。南の方に氷結地獄(コキュートス)と言われる氷結地帯がある。大型のマンモスがいるから狩りをするならそこでするがいい」
魔王サタンはそう指示をした。
その後竜人四人娘(エレメンツドラゴン)+アスタロトは二手に別れ、この食糧危機問題に立ち向かうべく、労働に勤しむ事となった。

「てりゃあああああああああああああああああ!」
荒れ果てた大地を耕すのは地属性の竜人であるノエルだった。桑を持って猛烈な力で耕す。 農作業をする班(チーム)はノエル及び水竜アクア、そしてアスタロトという事に決まった。 アスタロトは使い魔である虫を使役し、農作業をする。
「……はあ、退屈」
アスタロトは溜息を吐く。
労働というものは退屈で単調なものだ。ここは苛烈な戦場ではない。刺激的な命のやりとりもない反面、危険もない。
「仕方ないですよ。仕事ってそういうものですから」
アクアは笑みを浮かべる。
「まあ、それもそう。あっちはあっちで大変そう」
氷結地獄(コキュートス)まで狩猟にいったヴィーラとエアロを心配した。

「てやあああああああああああああああああああああ!」
ヴィーラは遭遇した巨大マンモスに拳を放つ。燃える鉄拳、ヒートナックルだ。
「ちっ!」
巨大マンモスは怯みこそすれど崩れない。並外れた巨大を持つ巨大マンモスは膨大なHPを持つ。竜人の攻撃といえども一撃で減らしきる事はできない。
「はあ。仕方ない。エアロ! 必殺技だ!」
「うん!」
竜人四人娘(エレメンツドラゴン)はそれぞれ四つの属性を持つ。中には火と水のように相性の悪い属性もあるが、相性が良い属性同士であれば連携(コンビネーション)が可能だ。
「いくよ! 連携必殺(コンビネーションアタック)!」
ヴィーラは紅蓮の炎を放つ。
「ファイアーヴォルケーノ!」
エアロはその炎を煽るように、風魔法を放つ。
「エアトルネード!」
紅蓮と合わさった竜巻は巨大マンモスを飲み込んだ。
ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
巨大マンモスは大きな断末魔をあげ、果てた。
「巨大マンモスの丸焼き! 一丁上がり!」
ヴィーラは言った。
「ふう……けどこれどうやって運ぶの?」
「人間形態では無理か。しょうがない。竜化するか」
「替えの服持ってる?」
エアロは言った。竜化するという事は体積が増加するという事。竜化すれば人型の時服は破ける。服までは大きくならないのだ。
「あっ……」
ヴィーラは気づいた。
「あっ、そうだ。最初に脱いでおいて後でまた着ればいいんじゃん」
「それしかないね。でも」
ヴィーラとエアロは全裸になる。猛烈な吹雪の中、極寒冷の地帯で。
「今の私達もの凄い変態にしか見えないね」
「そうだな。こんなところ誰にも見せられないな」
全裸の少女が氷結地獄で二人。異様な光景である。
「寒いね」
「寒いな」
流石に竜人でも寒いようだった。
「よし! 竜化変身!」
「うん。変身!」
ヴィーラとエアロはそれぞれ火竜と風竜に変身した。そして巨大マンモスを二人でぶら下げて飛び立つ。
こうして狩猟任務(クエスト)は完了した。

「……はぁ、はぁ」
ノエルは肩で息をする。
「大体できたね」
作物を植え終わり、なからではあるが畑の形を成した。アスタロトの虫たちも肥料を蒔いたり働いていた。
「大分できたようだな」
魔王サタンが様子を見に来た。
「サタン様」
と、アクア。
「これで食料の問題は解決できそうだよ。やった……食料危機で自滅したらどうしようかと思った」
魔王サタンは感激のあまり涙をながした。
「あっ、ヴィーラとエアロ、帰ってきたんだ」
アクアは言う。
遠方から飛翔してきた二匹の竜。丸焼きになった巨大マンモスをぶら下げていた。
着地する。土煙が立った。
ヴィーラとエアロは竜化を解き、人化する。
「おーい! みんなー!」
ヴィーラは手を振る。
「ヴィーラ! 大きな獲物だね」
「うん。うん。苦労したんだよ。あたし達は!」
「うん。大物だった。ところで、ヴィーラ。魔王様いる」
「え?」
「私達、まだ服着ていない」
先ほどからヴィーラは撓わな膨らみを揺らしている事に気づいた。
「ま、魔王様の……」
「ん?」
「魔王様のえっちーーーーーーーーーーーーー!」
放たれた紅蓮の炎。不意打ちだった事もあり、もろに食らう。
「ぐああああああああああああああああああああ!」
「水、水」
アクアは水をかける。
「てめーーーーーーー! なにすんだーーー! 俺は魔王だぞ!」
「あっ。ごめんなさい。魔王様」
「い、いい。今回は不問とする。いいから服を着ろ。何度も丸焼きにされても敵わん」
「う、うん。い、いえ。はい。わかりました」
ヴィーラとエアロは慌てて服を着た。
「しかし大きなマンモスだ。これだけあればしばらく持つだろうな」
魔王サタンも満足げだった。
こうして黒の魔王国を襲った食料危機は一応の解決をしたのである。

王国アヴァロンでの事だった。多くの人間の兵士達が王宮に集められた。兵士というよりは冒険者、あるいは傭兵などと呼ばれるような人間達だった。雑多な装備であり、そしてその職業、役割も剣士的な職業から魔法使いまで様々であった。
「これより我が王国アヴァロンは朱の魔王国と共同戦線を張る予定である」
そう、超えた王ガウェインは言う。
「諸君等はその為の言わば援軍である。それだけの貢献をした者にはそれ相応の金品を支払うとしよう」
ガウェイン王はそう言った。既に先行部隊は紅の魔王国に派遣されている。そして、念の為にさらなる増員をする事になった。
その中には最近まで勇者学院で学んでいた生徒達も含まれていた。
アリスの姿もあった。
何が正義で、何が悪かもわからない。
そんな状況下で彼女もまた大きな流れに振り回され、ただただ自分の身を守る事に必死だった。
頭の中にあるのはリュートの事だった。
彼の事が好きだった。だが、卒業するまで結局言えなかった。その事を。
彼女は伝えたかった。だからこの度の徴兵に応えたのである。
程なくして、二人は再会を果たす事になる。

「ルシファー様……!」
「なんだ?」
「王国アヴァロンより援軍がとどきました」
「そうか」
それから数日後の事である。部隊の指揮を務める大隊長ルシファーに対して、兵士が報告をする。
「いかがされましょうか?」
「適当に休ませておけ。宿舎は与えたはずだ。案内しろ。進軍は三日後だ。それまで準備をしておけ。黒の魔王国に攻め込むと」
ルシファーはそう言った。
「はっ!」
手下の兵士は応える。

リュートは宿舎で与えられた個室で一人佇む。鞘に収まった聖剣デュランダルを抱えていた。物思いに耽る。
黒の魔王国には間違いなく、生き別れた兄、ラグナがいる。もしかしたら剣を交える事になるかもしれない。兄は無能ではなかった。むしろ剣の才、頭の良さ、魔術に対する適正の高さはリュートに全く引けをとらなかった。ただ聖剣を扱う適正がなかったというだけで一族を追放されたのである。だから魔剣を手にした兄の強さがどれ程のものか。
再会を喜びたい気持ちもあるが、今は武人としての好奇心が勝っていた。
果たして闘えばどうなるのか。どちらが強いのか、弱いのか。結末がわからない以上、剣を交えてみるより他にない。そしてそうなりそうな運命の予感というか、確信のようなものをリュートは抱いていた。これも聖剣と魔剣の導きだろう。
その時だった。
コンコン、というノックの音がする。
「誰だい?」
「アリスです。勇者学院で一緒に学んだ」
「アリスか」
リュートはドアを開ける。
「どうしたんだい? そうか。今日は王国からの増軍の到着だったね」
「あ、あの。リュート君、話があるの!」
アリスは顔を真っ赤にして言った。
「話って? ここでは出来ないような話」
「う、うん。できれば二人きりで。話がしたいの」
アリスは言ってきた。
「うん。わかった。外に出て話そうか。テラスがあるから、そこなら今は誰もいないよ」
リュートは答えた。

場所を移す。夜のテラス。今はそこには誰もいなかった。
「それで話って」
「その、えっと、その。わ、私ーー」
アリスは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。
「わ、私はリュート君の事が好き! 勇者学院の時からずっと好きでした」
「ありがとう。アリス」
リュートは微笑む。
「念の為確認だけど、それは友達として、という事ではないよね」
「う、うん。恋愛対象として好きって事」
「それをまたなんで急に?」
「それは、戦争中だし。いつ死んでもおかしくないから」
いつ死んでもおかしくないという切迫した状況が彼女の背中を押したようだった。
「どんどん嫌な気持ちが私の中に吹き上げてきて、リュート君を独り占めしたい、ずっと一緒にいたい、触って欲しい、手を繋ぎたい、って。その気持ちをもう抑えきれなくて」
「いいよ。付き合おうか。僕達、付き合うっていうのは勿論恋人同士のでの事。それでも戦争中だ。デートしたり、どこかに一緒に遊んだりはできないけど君はそれでもいいのかい?」
「う、うん。それでも構わない。リュート君が私を抱きしめてくれたり、キスしてくれるだけでも構わない」
アリスは言う。
「わかったよ」
「リュート君」
リュートはアリスを抱き寄せる。そして瞳を合わせた。目をつむる。優しくキスをする。
そして慈しむように唇を離した。
「これで満足かい?」
「わ、私我が儘だ。もっとして欲しい。リュート君に好きって言って欲しい」
「好きだよ。アリス」
「も、もっと言って」
「好きだよ。アリス」
「あ、ありがとう……リュート君と恋人になれるなんて夢みたい」
アリスは顔を真っ赤にした。
「……これでいいかい?」
リュートは身体を離そうとする。
「待って! ……最後までして欲しい」
アリスは言った。顔を真っ赤にしていた。恋する乙女は欲張りだった。歯止めが効かない。
朝になった。小鳥の囀りがする。
「んんっ……」
隣には全裸のアリスがいる。勿論布を被っているはいるがそれでもその下が全裸なのには間違いない。
やっちまった、などという勢いに身を任せた行動ではない。リュートは自己の判断に基づき、彼女と行為をした。その結果どうなるかまで考えていた。
性行為とは当然のように愛を育むだけの行為ではない。女性を妊娠させる行為である。その結果どうなるのか。人間の場合妊娠した場合、大凡一年程度の間はとても激しい運動などできない。当然のように戦闘など無理だ。
だから避妊をするべきだった。だったとは何か、結果的には避妊をしなかったのである。
避妊具を持っていないという事もあった。それともうひとつ、彼女がそれを要求してきたのである。
彼女は優秀な神官(プリースト)だ。だが、絶対的に代わりが効かないわけではない。もし妊娠した場合、本国に帰還してもらった方がいい。
そういう思惑があった。ここに来た目的が自分(リュート)に会う為だったのなら本国に帰還するのが彼女の為でもある。その方が安全だった。
「ううっ……リュート君」
アリスは起き上がる。改めて明るいところで彼女の裸を見ると、行為をした事を実感し恥ずかしくなってくる。
「あ、アリス……服、服を着てくれないか?」
「う、うん」
アリスは脱いでいた下着を身につける。それを横目で見る。男として視線が追ってしまう。女性の生着替えというものは。また全裸とは異なった性的な嗜好があった。
リュートもまた着替えて服を着る。
「アリス……これだけは約束してくれ。無理はしない事。戦場では僕も君を守り切れるかわからない」
「う、うん」
「そしてもし身体の不調があったら大人しく本国に帰って欲しい」
不調があったら、という言い回しをしたがその中には当然のように妊娠した場合も含まれている。
「う、うん」
「僕と離れたくないのはわかる。だけどこれも君を守るためなんだ」
リュートはアリスを抱きしめる。
「やだよ。リュート君と離れたくない」
「アリス、僕を困らせないでくれ」
リュートはアリスを見つめる。
「う、うん。わかった。リュート君を困らせたくない。大人しく本国に帰る」
「もうすぐ、戦争が始まる。これから本格的な軍事行動が始まる」
リュートはそう言った。
「さっきも言ったけど。僕が君を守ると言いたいところだけど、戦争には優先順位がある。一介の神官(プリースト)でしかない君を僕がつきっきりで守る事はできない。戦争である以上、そこに私情を持ち込めないんだよ」
リュートは言った。
「わ、わかってる。私だって遊びできたわけじゃないんだから」
「それじゃあ、準備して。僕もそろそろ行くから」
「うん」
しばらくしてリュートとアリスは宿舎を出た。

一方その頃だった。黒の魔王国での事。
ラグナとリリスだった。リリスの私室での事。
「……戦争が起こるのよね?」
改めて、とリリスは聞いた。
「ああ……正確に言えば戦争状態だったが、戦闘が起こると言った方が正しい。大きな戦闘になるだろう」
「そうよね。ラグナ、死なないよね。別に大丈夫だよね」
リリスは心配そうに言う。
「死なない、っていう保証はない。強いから死なないとかそういうわけではない」
ゲーム理論というものがある。要するに強い奴は弱い奴が生き残る為に集中して攻撃してくる為に逆に生き残れないという理論だ。強いが故に狙われる。そしてこの世界に不死身などという都合の良い存在はない。死ねば死ぬ。それだけの事だ。
蘇生アイテムや魔法などで生き返る事もあるかもしれない。だがそれは例外だし発動までには厳しい条件がある。蘇生可能な程度の肉体の損傷、そして時間だ。あまりに時間が立ちすぎた死体は蘇生させるのが当然難しくなる。
「そうだよね。死なないなんて保証はないよね」
「それはそうだ。それは誰にでも言える」
「ねぇ。ラグナ。抱いて」
リリスは言う。
「どうしたんだよ。いきなり」
「いきなりじゃない。あたしはずっとして欲しかった。あたしだっていつまで生きれるかわからない。だからラグナの赤ちゃん、欲しい」
リリスはラグナの胸に顔を埋める。
「私のお母さんも、私を生んですぐ死んだの。戦争なんてなくたってそう。魔族だって人間だって、いつ死ぬかわからない。だから今して欲しいの」
「……困った奴だな」
ラグナはリリスの頭を撫でる。
「戦いの前に俺の体力を使わせるなんて」
ラグナはリリスの唇を塞いだ。リリスは瞳を閉じる。熱い口付けを交わす。
激しい夜はまだ始まったばかりだった。





黒の魔王国と紅の魔王国には国境がある。戦場となったのはこの国境付近の事だった。
そこにはニブルヘイムと名付けられた平原があった。平原の隣には森と山岳地帯があり、そこより西に行けば海域もある。
このフィールドマップが戦場となった。
黒の魔王国及び紅の魔王国はそれぞれ陣営を取る。
作戦指揮を取るのは黒の魔王サタンであり、紅の魔王ベリアルだった。
ここは黒の魔王の本陣である。
「これより我々は赤の魔王軍及び王国アヴァロンとの共同戦線に対して交戦を挑む。作戦としてはだな。なんというか、ガーっといって、ガーっといって、ガーだ」
あまりに抽象的すぎる魔王サタンの表現に一同は呆然とする
「レヴィアタン。代わりを頼んだ」
「はっ」
レヴィアタンは代弁する。
「戦陣を切るのはラグナ大隊長率いる第一大隊。及びその後衛より竜人部隊を率いて中央突破し、敵の本陣を狙う!」
「うむ。そういう事だ」
魔王サタンは頷いた。
よくあの抽象的な表現であそこまで理解できたものだった。阿吽の呼吸と言っても過言ではない。
「それではこれより作戦を実行する」
魔王サタンは言った。

先の一悶着からラグナに対して反発する者もいなかった。皆大人しく従っていた。馬に跨がり、移動する。ただの馬ではない。魔界の戦馬スレイプニルだ。その速度は軽く100キロを越す移動速度を持っていた。
「作戦としては言う事はない。ただ相手に聖騎士がいたら注意しろ。無理に交戦せず俺に任せろ」
ラグナはそれだけを伝えていた。
「ラグナ大隊長」
スレイプニルでの移動中の事だった。中隊長のケイオス。ラグナが大隊長になった時、剣を交えた少年だーーが話かけてきた。
「なんだ?」
「相手の聖騎士の事、何か知っているんですか?」
「手ごわい相手だと聞いている。なんでも人類でも最強の存在である勇者の称号を得るかもしれないと言われているらしい」
「それだけですか」
「それだとは?」
「いえ。なんか大隊長はそれ以上の事を知っている気がして」
カンが鋭いな、とラグナは思った。だが知った所でどうしようもない事だった。
「今は作戦中だ。要するに相手が油断ならない相手だと知っていればいい」
「は、はい。わかりました。警戒してあたります」
ケイオスはそう答えた。早速前衛が敵と衝突したようだ。激しい剣戟が聞こえてくる。
そこら中で金属と金属のぶつかる音が聞こえ始めた。
「戦が始まったな」
ラグナは呟く。果たしてこの戦場にリュートはいるのか。いるとしたならば、恐らくは巡り会う運命なのだろう。聖剣と魔剣の導きに従って。

「突撃! 突撃!」
平野での事。
紅の魔王国の前衛部隊だった。紅の魔王国もまたスレイプニルに騎乗し、武装をしていた。普通の騎士団のような編成だった。
「竜人四人娘(エレメンツドラゴン)が一角。烈火のヴィーラ!」
ヴィーラが一人戦場に立つ。
「こっから先は一人として行かせない!」
烈火の炎を放つ。
「くっ。竜人か!」
紅の魔族達は怯む。

別の場所での事。森林を進む部隊があった。
その部隊を突如の疾風が襲う。木々がなぎ倒され、紅の魔王軍の部隊が丸裸になる。
「くっ! なんだ、この突風は」
「竜人四人娘(エレメンツドラゴン)が一角。疾風のエアロ!」
エアロは叫ぶ。放たれた突風はエアロの風魔法である。
「ここを通るのは我を倒してからにして貰おうか!」
「くそっ! 竜人めっ!」
当然のように黒の魔王国が竜人国と同盟を結んだ事は紅の魔王国としても既知の事だった。だから竜人が現れた事自体に対する驚きはない。

別の場所での事。平原での事だった。
「進め! 進め!」
紅の魔王軍の進軍中だった。
「な、なんだ!?」
突如地面を地割れが襲う。
「な、何だと! ううわああああああああああああああああああ!」
多くの兵士が地割れに飲み込まれていく。
地震(クエイク)の魔法だった。
「竜人四人娘(エレメンツドラゴン)が一角。大地のノエル!」
ノエルが姿を放つ。先ほどの地割れはノエルの能力である。
「ここから先は行かせはしない!」
ノエルは言い放つ。

「行け-! 行けー!」
別の場所での事だった。紅の魔王国の兵士達が進軍する。
「うわああああああああああああああ!」
突如起こった水流に兵士達は飲み込まれる。
「竜人四人娘(エレメンツドラゴン)が一角。水流のアクア!」
そう、アクアは言う。
「ここから先は何人たりともいかせません!」
「く、くそ! 竜人め!」
兵士は吐き捨てる。

戦場での事だった。黒の魔王軍に協力している部外者は竜人四人娘(エレメンツドラゴン)の他にももう一人いた。
蒼の魔王国、魔王ベルゼブブの娘であるアスタロトである。
「うわっ! なんだっ! 虫が!」
「くっ! 刺された! うわっ!」
兵士達を多くの蚊など害虫が襲う。
「虫さん、虫さん、虫さん。アスタロトのためにがんばってねー」
土いじりをしつつアスタロトはその戦況を見守っていた。
「アスタロトだって、ただの大食いじゃない。少しは役に立つもの」
アスタロトは言う。
「えっへん」
誰も聞いていないと思われたが、アスタロトは胸をはってふんぞり返った。
ーーと、その時だった。
ボワッと、幾多もの炎が発現する。発火現象のようだった。
「なに!?」
アスタロトの使い魔である虫を突如焼き払っていった。
「ルシファー様」
「もうよい。お前達は進め。こいつの相手は俺がする」
「ルシファー!」
アスタロトの前に現れたのはルシファーだった。あの時とは違い、鎧を着ている。あの時は学生服だった。その点が違うくらいだ。先ほどの炎はルシファーのものだった。
「久しぶりだな。アスタロト。対抗戦の時以来か。あの時は俺とお前で直接闘う事はなかったな」
ルシファーは言う。
「久しぶりだね。まあ、紅の魔王国と闘う事になったんだから。ルシファーが出てくるのは別に不思議ではなよね」
アスタロトは言う。ルシファーは紅の魔王ベリアルの息子である。当然、紅の魔王軍の側の魔族だ。
「その通りだ。俺はお前がそっちについているのは意外だったぞ。何せお前も俺と同じで蒼の魔王ベルゼブブの娘だからな。話には聞いているぞ。何でも人間の作った生体兵器の生贄として捧げられたと」
「お、思い出させないでよ。嫌な過去なんだから」
アスタロトは動揺した。
「父の元へは帰らないのか?」
「帰るわけないじゃない……娘を売ったんだよ、人間に。アスタロトがどれだけパパ(魔王)に裏切られたと思ったか。失望したか。行く当てのないアスタロトを黒の魔王国の皆は受け入れてくれた。アスタロトにとっては今はこの国(黒の魔王国)が守るべき居場所なの。帰るべき国なの」
「……ふうん。そうか。ならば俺の敵として立ちはだかっている以上、屠ればならんな」
ルシファーは炎を発現させる。
「……今度は事前準備もなしか」
アスタロトは蝶のような羽根で飛び立つ。対抗戦でも説明したようにアスタロトはルシファーが苦手である。属性相性的には最悪の相手だ。虫は炎に弱い。
「けど」
盾となる虫を左手に装着。剣となる手を利き腕である右腕に装着。
今できる最大の装備だった。アスタロトの接近戦モードだ。
「絶対に負けない!」
滑空する。アスタロトはルシファーに剣と共に襲いかかった。
「ふん」
ルシファーは素手を持ってその剣を受け止めた。竜人とのハーフであるルシファーは鋼鉄以上の皮膚を持つ。
けたたましい金属音がなった。

「……くっ。竜人が」
紅の魔王ベリアルは竜人の戦闘力の高さに戦いていた。
「いかがでしょうか? 紅の魔王様。そろそろ人間の軍を動かしてみては」
そう、隣にいるガウェイン王が言う。相変わらず間食をしていた。お菓子を食べている。
「人間なら勝てるというのか?」
「勿論一個の強さでは人間は竜人には敵いません。ですが人間はずる賢く、そして連携を取ります。相手の弱点をつき、その叡智で人間は文明を築き、他の種族を圧倒してきたのです。一個として弱いからといって、竜人に引けを取るとは限りませんよ。ひょっひょっひょっひょ」
そう、ガウェイン王は笑う。
「それもそうだな。各竜人に対して、人間の部隊を当てる! 前衛を兵士で固め、後衛から魔術師(キャスター)の魔術で弱らせてダメージを与えろ!」
そう、紅の魔王ベリアルは言った。

人間種により構成された軍が動く。
前衛に防御力の高い盾役を置いて、後衛に魔術師(キャスター)というオーソドックスな構成だった。
竜人には属性があり、その弱点属性に対して有効な呪文を有する魔術師(キャスター)を主に編成されていた。
当然のように火属性の竜人であるヴィーラに飛んできた魔法は水属性、あるいは氷属性の魔法だった。
氷の礫が沢山飛んでくる。
「あー。うざいなー! もう!」
ヴィーラは苛立つ。それは他の竜人にも同様だった。弱点属性でぺちぺちと攻撃されHPが削られる。
これは戦争であり、命のやりとりである。それを汚いとも思わない。至極当然の事だ。
戦況は多少ではあるが変わりつつある。

「報告します」
「なんだ?」
「人間軍が加勢した途端、竜人が後退を始めました。弱点属性を攻めた攻撃に相手も怯んでいる様子」
紅の魔王国の陣営での事だった。
「おおっ、そうか」
「そろそろよいのではないですか。我々の切り札を投入しても」
「切り札?」
「リュート・デュランダルですよ。彼は我々人類でも最強と目されている聖剣の使い手です。 戦局をこちらに大きく動かす事ができますよ。ひょっひょっひょっひょ」
そうガウェイン王は言った。
「そうだな。彼の言う通りだ」
ベリアルは命令する。
「リュート大隊長率いる部隊に中央突破を命じさせろ」
そう、ベリアルは指示をした。

「……来たか」
白い鎧を来た騎士達が敵陣に攻め入ってくる。
「前衛部隊を前に出せ」
ラグナは命令する。
「はっ」
伝令係は命令を伝える。
前方では激しい激突が繰り広げられていた。

「……くそっ! こいつ等! なかなかに訓練されてやがる!」
ラグナ率いる黒の魔王軍第一大隊に対して、紅の魔王軍の兵士達は苦戦の一途だった。
「……どいていてくれ」
聖剣を持ちし、まだあどけない少年にしか見えない騎士が前に現れる。
「後は僕が何とかする」
閃光のような白刃が走る。
魔族の腕が両断される。
「うああああああああああああああああ! 腕があああああああああああああ! 腕がああああああああああああ!」
魔族といえども腕が勝手にはえてくるわけでもない。治癒魔法を施さなければ死ぬのも時間の問題だろう。
流れるような剣術を持って、瞬く間に敵を撃破する。その攻撃のすさまじさ、速さはまるで雷のようであった。
手だれた兵士達でも一気に戦意がもがれていく事が手に取るようにわかった。
「はああああああああああああああああああああ!」
敵を切り裂くべく、振り下ろした聖剣の一太刀。何者にも止める事のできないはずのその剣の一振りは魔剣によって食い止められた。
「!?」
その事に対してリュートは面を食らった。だが、それよりももっと驚くべき事が目の前で起こってたのである。
ーーそれは。

同時刻。ルシファーとアスタロトの闘いでの事だった。
火属性のルシファーに対しての虫使いのアスタロトの相性は最悪だった。
虫は燃やされる運命にある。飛んで火に入る夏の虫とはよく言ったものだ。
最終的には逃げる算段である蝶の翼、背後にアスタロトを掴んで持ち上げていたようだ。
も、燃やされ、為す術もなくアスタロトは地に転がる。
「ぐっ……ああ……ああ」
アスタロトは丸くなる。
「ふっはっはっはっはっは! 団子虫のようで実に虫使いらしいではないか! なぁ、アスタロトよ」
「う、うるさい」
「トドメをさしてくれよう」
ルシファーはアスタロトの首根っこを持ち上げる。
「くっ!」
隠し持っていた毒針、毒虫から取ってきたのだろうーーを用いてアスタロトはルシファーの首を狙う。
だがそれもあっさりと防がれた。バレていた? 相手の反応速度があまりに高かったか。どちらにせよ結果は同じ事だ。
「見え見えだ。アスタロト」
「くっ……ああっ、があっ!」
首を締められる。
「戦場で俺に会ったのが不運だったな」
ーーと。その時だった。
「ちょっとまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! とぅ!」
アスタロトの窮地が視界に入ったヴィーラが唐突に現れる。
「その子を殺すのはこのあたしを倒してからにしなさい! ん?」
ルシファーとヴィーラの視線が交錯する。
「るー坊」
「え? んあ?」
ルシファーは動揺した。アスタロトを放す。だが、反撃の気力すらないようだった。地面に伏せ、虫の息のように呼吸をする。
「るー坊じゃない」
「くっ! 貴様は!」
戦場でばったりと遭遇したのはヴィーラとルシファーだった。
「はぁ……はぁ。知り合い?」
アスタロトは聞いた。
「知り合いも何も、あたしの甥っ子よ。ルー坊は」
何を隠そうこの二人は甥と叔母の関係である。ルシファーの半分の血。母方は竜人。それも火竜(レッドドラゴン)であるルージュだった。ルージュはヴィーラにとって実の姉なのである。
「ヴィーラ叔母さん」
「誰が叔母さんだごらぁ!」
ヴィーラは怒った。
「ヴィーラお姉さん」
「素直でよろしい」
ヴィーラは笑った。
そもそもヴィーラもルシファーが敵国の言わば王子である事は知っていただろう。だから流石に「どうしてここにいるの?」とまでピントがずれた質問はしなかったと思われる。
「姉さんが帰省してきた時にルー坊を抱えてきた事があって。それでルー坊はあたしがおしめを替えた事があるんだから」
「ああ…………あああああああ」
ルシファーの精神が壊れていく。
「一緒にお風呂入った事もあるし」
「……うああああああ、いやだぁ。やめろおおおおお。うわああああああ」
「添い寝してた時なんてお漏らしはして大変だったし」
「や、やめろ……聞きたくない……うわああああああああ……」
「将来はあたしと結婚するって聞かなくて。三歳くらいの時の話よ」
「うわああああああああああああ! いやだあああああああああああ!」
ルシファーは精神崩壊を起こした。最大の敵、自らの叔母。いや、ヴィーラお姉さんから逃げ出した。敵前逃亡をした。
「あっ。ルー坊いっちゃった」
ヴィーラは唖然とした。
「ルシファーの思い出したくないトラウマを抉った。見事な精神攻撃だった」
アスタロトは感服した。
誰でも子供の頃の話を身内にされるのは嫌なものだ。
こうしてアスタロトは窮地を救われた。
それにしても。
「ルシファーよりヴィーラちゃんは年上なんだ。って事はアスタロトより年上。ルシファー同じ年だから」
アスタロトが19才という事は。ヴィーラが20才以上なのは確実だろう。
「竜人『娘』?」
なんだかそういうようなチーム名を名乗っていたように感じる。
「う、うっさい! はったおすわよ! 竜人は人間よりも寿命が長いの! エルフだってそうでしょう! 寿命が長かったら40才でも人間の20才に匹敵する事もあんのよ!」
そうヴィーラは叫んだ。
「……」
アスタロトは黙る。まあ、今はどうでもいい事だった。

戦闘は最終局面へと向かっていく。
聖剣と魔剣がぶつかり合い、けたたましい火花と音が鳴り散る。
「くっ」
リュートは顔を歪ませる。目の前には漆黒の鎧に魔剣を構えた一人の青年がいた。兜も被っている。顔面が完全に露出しているわけではないが、覆い隠せてもいない。その顔は間違いない。もう数年は会っていない。あの時とは大分顔の形は変わっているが同一人物である以上、年をとっても面影というものは残っていた。
何より双子である以上、他人には知れない、第六感のようなもの、シンパシーが働いていた。雰囲気でわかるのだ。
「兄さん……ラグナ兄さんだね」
剣と剣の押し合いの中、そう話かける。
「ああ。久しぶりだな。リュート」
「生きていたんだね。やっぱり、黒の魔王国の暗黒騎士(ダークナイト)は兄さんだったんだ」
「俺もお前の武勇伝は聞いている。人間界に聖剣の使い手がいると。すぐお前だとわかっていた」
「生きていたのは嬉しいけど……何でこんな再会を」
リュートは感激、というよりは無慈悲な運命に悲しみを覚え多少瞳に涙を浮かべた。
「今は戦争中だ。久方ぶりの再会に感傷的になっている時と場合ではない」
ラグナの剣圧に圧され、リュートは距離を取らされた。
「そうだね。それに、何より武人として兄さんと手合わせをしたかった。純粋に興味があるんだ。どっちが強いか」
リュートは言った。
「手合わせは何年ぶりだ?」
「10歳の時が最後だから、もう8年近く前になるね」
「継承の義の時か。それまではどうだった?」
「大体、五分くらい」
「そうか。だったら俺もただ武人として。お前との差が広がったのか、あるいは力関係が変わっていないのか。試してみるとしよう」
改めてラグナは魔剣を構える。
息を飲むような展開。その独特な空気はあまりに重く、戦争の最中ではあるが決して横やりを入れてはいけないという不文律をその場に齎していた。
戦争中であるにも関わらず、その場の戦士達はその闘いに身っていた。
黒き剣と白き剣が交錯する。その速度は凄まじく早く、凄まじく重く、凄まじく巧かった。 同じような剣の軌道を描き、同じように交錯する。
それは決闘というよりは剣舞をしているかのようだった。
膠着状態が続く。
「なかなかやるな」
「兄さんこそ」
二人は戦争中である事を忘れる程に気分が高揚していた。そんな場合ではないはずではありながら固唾を呑んで見守っていた。その戦闘に拍手でも送りたくなる気分だった。それほどに見事なものを見せられたと感じていた。
ーーだが、その時だった。誰もが見守っていた瞬間。
第三者による無粋な横槍が入るとは誰もが思ってもいなかったのである。

それは時を遡る程十数分といった時の出来事だった。
蒼の魔王国。蒼の魔王国には巨大な砲台が建造されていた。この時の為に数ヶ月をかけて急ピッチで完成させたのである。実際のところは完成率は八割といったところではあるが、それでも実用レベルではあった。
何よりハイド博士はこの時を逃したくなかったのである。
「おお~馬鹿どもがやっとりますな~クックック」
ハイド博士は遠隔操作しているイビルアイを通じて、その状況を見守っていた。ゴーグルを通じて魔物(モンスター)イビルアイ(目玉の化け物)の視覚が共有される。
「ハイド博士。あなたは一体何をするつもりですか?」
蒼の魔王ベルゼブブは言う。
「何をするって、大砲(カノン)ですよ。大砲(カノン)。大砲はぶっ放す為にあるに決まってるじゃないですか」
「しかし、どこに?」
「そりゃまあ、戦場にですよ」
「何百キロ離れていると思うんですか!? ここから」
蒼の魔王ベルゼブブは言う。
「ですから試運転もかねてですよ。私のエネルギー計算からすれば現段階でもまあ、十分な威力が出せるはずですよ。道中の空気抵抗によりエネルギーの減算など諸々含めて」
ハイド博士は言う。
「しかし」
「しかし、だとかでもとか。駄々っ子ですか、あなたは。一応一魔王国の王でしょうが。見てればわかりますよ。この平気の恐ろしさが。出力を最大まであげろ」
「はい!」
助手のような男がカーソルを叩く。モニター画面のゲージが上がっていく。
「んっ……んんっ!」
殆ど無反応だった竜人姫が呻く。多少反応を示しているようだった。それだけ負担なのだろう。
「この砲台は竜人の膨大なエネルギーを砲弾として撃ち込む、シンプルにして協力な平気です。名付けて竜気砲(ドラゴニックカノン)です」
ハイド博士はニタニタと笑みを浮かべる。
「発射せよ」
命令する。
「はっ! 竜気砲(ドラゴニックカノン)発射準備!」
ゲージが最大まで上がり「発射OK」の文字がモニターに表示される。
「竜気砲(ドラゴニックカノン)発射!」
その瞬間。蒼の魔王国が大きく揺れた。大地震が起きたようだ。
それだけで撃ち出された砲弾のエネルギー量の大きさ、凄まじさに蒼の魔王サタンは身震いをした。

空気が揺れた。大地が揺れた。
「なんだ?」
「い、一体これは」
リュートとラグナは不穏な空気に流石に交戦を続ける事ができなかった。その手を止める。 その瞬間。凄まじい勢いでエネルギーの塊が迫ってくるのを感じた。直径にして200~300メートル程の塊。
気づいた時にはもう遅かった。避けるのは不可能だ。
「……くっそ!」
「……ちっ!」
リュートとラグナは瞬間的に剣を構えた。多くの兵士がそのエネルギー体に飲まれていく中、同じようにリュートとラグナも飲まれていった。
しばらくの時間が過ぎた後、二人を含め姿が見えなくなった。
皆が呆然としている。
もはや交戦どころではなくなっていた。両大将は撤退を決断。この戦を休戦とし撤退した。





          

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