聖剣が扱えないと魔界に追放されし者、暗黒騎士となりやがて最強の魔王になる

つくも

第9話

戦闘に出ていた兵士達は黒の魔王国に帰還した。もはや戦闘ところではなかった。ラグナは大隊長ではあったが、それ以上に軍の最大戦力である。それ故に彼を失った(既に多くの人々はラグナが死んだと認識している)事は大きな痛手であり、精神的な喪失感を多くの者にもたらした。
だが、落ち込んでばかりもいられない人がいた。魔王サタンである。魔王サタンは一国のリーダーである。指導者が落ち込んでばかりでは国が立ちゆかなくなる。
魔王サタンは今後の作戦会議を開いた。
「皆の者、落ち込んでいるところすまない」
軍の関係者が何名か集まっていた。リリスは含まれていないがセラフィスにアモン、そしてライネス、アスタロト。そして側近であるレヴィアタンなどなどだ。竜神四人娘(エレメンツドラゴン)を含んでいた。
「先日の戦闘はご苦労だった。だが、今はそんな事を言っていられる余裕はない。先日の攻撃は蒼の魔王国から行われたものだ。恐らくだが、先日竜人姫が誘拐された事と関係しているようだ。我々はこの状況を感化できない。とはいえ、あの攻撃だ。大規模で進軍すると、大きな被害を被りかねない。少人数で攻め込み、竜人姫を奪還する。幸いこちらには内部の事情に詳しいアスタロト君がいる。比較的、容易に侵入できるはずだ」
比較的容易、と魔王サタンは言ったがそれでも比較的である。当然のように敵国に侵入するのは簡単ではない。ましてや竜人の姫は相当厳重なところに幽閉されているだろう。
簡単に奪還できるとは思えない。
「……それでは今回の竜人姫奪還のメンバーを読み上げる。ライネス中隊長及びアモン中隊長そしてアスタロト君。及び竜人の四人」
魔王サタンが奪還作戦のメンバーを読み上げている時の事だった。
「待って! パパーーいえ、そうじゃなかった。魔王様」
「リリス、どうしてお前が」
リリスが現れた。
「……泣いているだけじゃだめだと思うの。私の皆の役に立ちたい。それに、きっとラグナは死んでない。きっと帰ってくる。めそめそしていたらあいつに顔向けが立たない。だから、私も行かせて」
リリスはそう言った。
「わかった。行ってこい」
「はい」
「では、その通りだ。作戦メンバーにリリスを追加する。作戦は明日の朝方から結構だ。ともかく行ける範囲までは蒼の魔王国に近づかなければならない。とはいえ国境近くからは敵の警護を抜けていかなければならない。何か抜け道のようなものがあればいいのだが」
「ノエルが穴掘る」
そう、地竜ノエルがいった。
「そうだな。地竜がいたな。助かるよ」
魔王サタンは言った。
ともかくこうして、竜人姫の救出作戦が始まった。

冥界での事だった。久しぶりの弟の再会、とはいえ、どう会話したらいいかわからない兄(ラグナ)であった。その重苦しい過去故に楽しい話題など一切思い浮かびそうにもない。
「……糞親父は何をしている?」
考えた末に出てくる事などろくな話題ではなかった。やはり身内の話になる。それが絶縁された肉親であったとしても。
「一年前に病気で死んだよ」
「そうか」
あっけないものだな、人の死など。
「哀れな人だったよ。家系に取り憑かれて。けどそれもしょうがなかったんだ。それが人類の為であり、家系の為だと妄信的に信じていた人だから。恨むなとは言えないけど、哀れだったよ。あの人(父)は」
「母さんは?」
「母さんは普通に生きているよ。使用人が世話をしているし。普通に不自由はないよ。幸いな事に貧しい家系ではなかったら、僕がいなくても問題なく生きて行けている」
「そうか」
……話題がなくなる。
それにしても全裸の女二人を引き連れているともの凄く。なんというかそういう羞恥プレイ的なもの、露出プレイ的な事をしているようにしか思えない。
異様なシチュエーションだった。気にしないようにしていたが、なかなか気にしないのも難しい事であった。
「ーーと。着いたようだよ」
扉を開ける。この奥に冥界の王がいるはずだった。

「だああああああああああああああああらああああああああああああああああああ!」
地竜ノエルはもの凄い勢いで穴を掘り進めていった。
蒼の魔王国、国内に侵入する。
そして堀着いた先に辿り着いたのは、どこかの倉庫のようだった。
「……どこかの倉庫のようだね」
ライネスは言う。雑多な木箱が詰まれた埃っぽい場所だった。
「ここは魔王城の倉庫。アスタロトが住んでいたところ」
「そうか。へー」
「お城の中ならある程度わかる。バレないように外に出る」
アスタロトは言った。アスタロトに先導され、一同は外に出る。

廊下を歩く。行き当たりでばったり、と一人の男とはち会う。その男はもっともはち会いたくない相手だった。魔族の男。
アスタロトの顔が硬直する。
その瞬間、雰囲気だけで目の前の男がアスタロトの父親。つまりは蒼の魔王ベルゼブブである事が理解できた。
「ア、アスタロト」
魔王ベルゼブブは目を丸くする。
「パパ……」
「生きていたのか。アスタロト」
「……パパ」
何を言えばいいのか、アスタロトは悩んでいた。
「すまなかった、アスタロト」
「え?」
「お前を人間に売り渡すような真似を」
ベルゼブブは涙すら流しそうだった。
「う、うるさい! パパはアスタロトを人間に売った! 娘よりも戦争での勝利を優先した! それは魔王としては正しかったかもしれない! だけど父としては間違っていた! アスタロト(娘)の父(パパ)としては間違ってた!」
アスタロトは主張する。
「そうだな。お前の言う通りだ。アスタロト、間違いなくお前が正しい。私は娘に恨まれても仕方のない事をした。言い訳のひとつもないよ」
ベルゼブブは言う。
「罪滅ぼしにもならないが、これを持って行ってくれ」
ベルゼブブはカードキーを渡した。
「なにこれ」
「竜人の姫が囚われている研究所のカードキーだ。これがないと中には入れない。どうせ竜人の姫を助けにきたのだろう」
ベルゼブブはカードキーをアスタロトに渡した。
「パパ」
「……アスタロト行くんだ。もうお前は私の元へは戻らないだろう。だが父として娘の無事を祈っているよ」
「う、うん」
「君たちに会った事は見なかったことにする。さあ、行くんだ」
魔王ベルゼブブにそう、言われる。
カードキーを手に入れたアスタロト達は、外にある研究所を目指した。

研究所は外に出て程なく見つかった。何せ馬鹿でかい筒があるのだ。砲台というべきか。
あれが戦争の時に発射されたのだろう。その根元あたりに建物があった。
カードキーがある為、侵入が容易だった。中にも兵士などはいなかった。カードキーで保護されている為だろう。人的な警護は面倒なのか節約している様子だった。
研究所の最奥部まで辿り着く。
「……う、うわっ!」
アモンは叫ぶ。
「どうした? アモン君」
ライネスは聞く。
「ぱ、ぱいおつ……ぱいおつが」
「ん?」
「ひ、姫様!」
ガラス越しに竜人の姫が囚われていた。全裸で全身にはチューブが何本も取りつかれている。辛うじてチューブにより下半身、というよりは秘処部だけは隠せてはいたが上半身は剥き出しだった。
アモンがいっていた「ぱいおつ」とは要するに「おっぱい」の並び替え用語であり、隠語である。一応説明。
「さ、最低!」
リリスが視線で責める。
「動けない女性の身体を性的な目で見るなんて!」
「し、しかたねぇだろ。男なんだから。それに不可抗力なんだしよ」
そう言いつつ、横目でちらちらと竜人姫の裸体を覗き見る。
「くっ。後ろ向いてなさい!」
「えー!」
「いいから!」
リリスはアモンを向かせる。
「ライネスはいいのかよ」
「あんたと違って邪な目で見ないわよ」
「ひでー、差別」
「くそっ! 人間め! よくも姫様!」
ヴィーラは憤る。
「あらあら。これは一体どういう事ですか」
その時だった。研究員らしき男が戻ってきた。確か名をハイド博士と言ったか。
「……あ、あなたは」
「私はこの研究所の研究員。ハイドと申します。クックック!」
「ひ、姫様に何をした!」
「いえいえ。研究にご協力頂いたんですよ。勿論ご本人の許可を貰っていませんが。クックック!」
「ひ、姫様になんて事を」
「それより、おかしいですね。研究所はカードキーがないと入れないはず。そしてそのカードキーを持っている者も私以外に数名しかいない。ああっ! そこにいるのはアスタロト様ではないですか!」
「くっ!」
アスタロトは表情を歪める。
「これはこれは。あなた様も我々の研究に随分と役だってくれましたよ。ええ。あなたがいるという事はそうですか。ベルゼブブ魔王様が温情でここのカードキーを渡したんですか。いけませんね。これは我が国に対する重大な裏切り行為ですよ」
ハイド博士は言った。
「ごちゃごちゃうっさい! 姫様は返して貰うぞ!」
ヴィーラは言った。
「せっかくの研究体を返す奴がいますか」
ハイド博士は近くの壁の警報ボタンを押した。警報が鳴る。
「ちっ! ここまで来て!」
「クックック。そのうちに大勢の兵士がこの場に来ます」
「ここまで来て姫様を諦めきれるか!」
ヴィーラは強化ガラスを殴って壊す。竜人にとっては目の前のガラスが強化ガラスでも普通のガラスみたいなものだ。
「姫様!」
チューブを外す。
「……んっ。ヴィーラ」
「……姫様! 助けに参りました!」
「ほら! あんた! 上着脱ぎなさい!」
リリスはアモンに言う。
「え? 俺?」
「あんたなんて裸になってもいいのよ」
「ひどくない? 男女差別」
アモンは嘆く。
「いいから!」
アモンの上着を脱がせる。全裸のヴァイス姫に上着を着せる。
「もういい。飛ぶ!」
ヴィーラは竜化する。人型から巨大な竜に変身する。すると天井より高くなり、天井が壊れる。青空が見えた。
「皆、乗ってくれ!」
竜化したヴィーラは言った。声帯により声というよりいは思念波のようなものを感じた。
皆がヴィーラの背に乗る。
それをハイド博士は呆然と見ていた。
「おかしいですねぇ。兵士が到着するのに随分と時間がかかっている。どこぞの魔王様が妨害しているようにも感じてますねぇ。わざと遅くしているとしか」
ハイド博士は呟く。
「これは聖女ソフィア様に報告しなければなりませんねぇ。明らかな同盟違反ですもの。クックックックック」
ハイド博士は笑った。

数時間の飛翔をかけて、黒の魔王国の領域圏内に戻ってくる。ここまで来ればもう敵は手出しができないはずだった。
「姫様!」
地表に降り立ったヴィーラはすぐに人型に戻り、ヴァイス姫に抱きつく。
「姫様! 姫様! よかった! 姫様!」
他の竜人四人娘(エレメンツドラゴン)の面々も姫君を救出した事に対して感激をしているようだった。各々が瞳に涙を浮かべる。抱きつきたいのは他の面々も一緒なのだろう。
「ヴィーラ、離れなさい。皆様が見ております」
「はい」
「う、うわっ。ぱいおつがまた」
「え?」
ヴィーラは竜化して人型に戻った。服までは大きくならないと何回か説明した事がある。当然のように竜化を経て人型に戻ると全裸になる。
ぷるんとヴィーラの乳房が揺れた。
「燃えろーーーーーーーーー!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
アモンは燃えた。
「あちーーーーーーーーー! あちーーーーーーーーーー!」
「かわいそ、かわいそ、なのです」
アクアに水をかけられ、アモンの火は鎮火した。
「んでだよ! 俺以外にもライネスが男でいるだろ!」
「あんたがやらしいからよ!」
リリスは言った。
「これを」
ライネスは着ていた上着をヴィーラに羽織らせる。
「あっ、ありがと」
ヴィーラは顔を赤くした。
「イケメン無罪……なんて格差だ」
アモンは項垂れた。
「あんたの場合、顔だけじゃなくて思考もいやらしいのよ」
リリスは言った。
「ありがとうございます。皆様。皆様のおかげで助かりました」
ヴァイス姫は言う。
「い、いえ。当然の事をしただけです」
「これからどうするのです?」
リリスは聞いた。
「些か、お腹が空きました。どこかで食事をしたいです」
ヴァイス姫は言った。
「魔王国まで戻った方がよろしいかと思います」
リリスは頭を悩ませた。ただでさえ竜人四人娘は大食漢なのだ。それにアスタロトもいる。その上竜人の姫である。竜人である以上、四人娘と同じ程度には食料を必要とするはずだ。本質的には竜(ドラゴン)である以上、その必要摂取カロリーは普通の魔族の1000倍程度なのだ。
「まあ。お言葉に甘えさせて頂きます」
ヴァイス姫は言った。とりあえずは黒の魔王城に戻る事になる。

「姫の生還は嬉しいんだがね。私も」
その日の事だった。
竜人の姫ヴァイス姫を助けた面々は黒の魔王城に帰還した。それはめでたかった。それは。 帰還してすぐに行われたのが食事である。
料理人をフル稼働し、大量の料理が振る舞われる。
「「「「「「「がつがつがつがつがつがつ!」」」」」」
無数のがっついたような咀嚼音がする。
「……これは。それにしてもよく食べるね。はぁ」
魔王サタンが肩を落とす。
「いやですわ。魔王様。まるで私たちが大食漢みたいな事を」
ヴァイス姫が言った。
「普通ですわ。この程度」
「竜人の感覚だとそうなんだろうねぇ」
何となく、竜人が少産なのもうなずけた。こんなに沢山食べる種族を沢山産まれたら世界的な食料危機になってしまう。
「食料の備蓄が心配だね。はあ」
溜息をつく。
「せっかく、食料危機が解決したと思ったのに」
魔王サタンは溜息をつく。
「もう。魔王のおっさん。食事中に溜息吐くなよ。飯がまずくなるだろ」
ヴィーラは言った。そうは言いつつも彼女は食事の手を止めない。
「ヴィーラ、魔王様に対しておっさんはひどいですわ」
注意しつつもアクアも食事の手は止めない。
「はぁ……けど竜人の姫も奪還したんだし同盟関係もこれで終わりだろうね」
魔王サタンは言った。竜人国と同盟関係になる条件として竜人姫の奪還に協力するという目的があった。その目的が果たされた以上は竜人が同盟を続ける理由はない。つまり竜人四人娘も引き取られ故郷に戻る事になる。
「嬉しいような、悲しいような」
「なっ! 嬉しいってどういう事だよ!」
ヴィーラは言った。
「それに関してですが、そちらもお話を聞いた限り大将格を亡くされている様子です」
ヴァイス姫は言う。
「あまり詳しくは知らないのですが、相当戦力に響いているのではないでしょうか。よろしければいかがでしょうか。同盟関係を維持したままにするというのは」
「それは、つまり、この大飯くらいの娘達を……ううっ!」
魔王サタンは泣き始めた。
「まあ、魔王様は嬉しくて泣き始めたのでしょうか。悲しくて泣き始めたのでしょうか」
アクアは笑った。
「両方じゃねーの」
ヴィーラは言った。
「こんな複雑な涙は初めてだ」
魔王サタンは複雑な表情を浮かべる。
リリスは明後日の方を見ていた。
「どうしたの? リリス」
ライネスは聞いた。
「別に……」
「ラグナ君の事でしょ」
「う、うん。そうだけど」
あの時、あの現場には死体は見えてなかった。死体事消失してしまったという可能性もあるが。それに敵の聖騎士と姿を消したと聞いている。
竜気砲は完全にあの場で消失していた。本来ならその場を通過してその先にある山まで抉っていただろうに。
「多分、あいつは生きてる」
「え?」
「そんな気がするの」
リリスは言った。
「……そうか。そうだといいね」
ライネスは微笑んだ。
それぞれの想いを乗せ時間だけが過ぎていく。

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