自転車と狂恃

七星奈星

第1話

これは僕達の田舎に自転車が普及し始めてからまだ間もない頃の話。

僕は早朝3時半に起床しすぐに新聞配達員として自転車を乗り回し地域の家々を回っていた。

ある日金銭的にも余裕が出来て何か自慢できるようなものを持ちたい、皆に出来なくて自分にはできること…
そこで僕は自転車を思いついた。

田舎のこの地域には自動車は走っているものの
自転車を持っている人は少なく、持っているのは新聞配達員のような地域も巡らなければならない仕事をする人だけだった。

僕はすぐに自転車屋さんに向かい新品の自転車を購入した。かなりいい値段がしたが
喉から手が出るほど欲しかったものだと思うとすんなり購入できた。

翌日から僕はその自転車で学校に行った。
まだ自転車通学をしている人は少なかったから、同級生を追い抜く度に驚かれた。

「おい、武夫!自転車かよう!」

喋っている間にも僕はどんどん遠ざかるから
自然と大きな声で発せられた"自転車"という言葉に道行く人が反応してその日僕は有名人になれたような気分になった。

そんな清々しい朝を迎えた僕は
昼間の授業でもすごく調子が良かった。

「武夫、byとuntilの違いわかるか?」

「はい、byはなんとかまで、という意味で
untilはなんとかまでずっとです」

こんなの知らないという質問が飛んできたりもしたけど当てずっぽうで言ったら当たってたりとにかく最高の1日だった。

気分もよく調子に乗っていた僕は
密かに思いを寄せていた貴理子ちゃんに声をかける。

「貴理子ちゃん、今日一緒に帰らない?
自転車の後ろ乗せてくよ!」

その時の貴理子ちゃんはもちろん自転車には乗ったことがなかっただろうし、ましてや
自転車の後ろに乗ることも初めてだっただろうから戸惑っていたが、僕はなりふり構わず
彼女を連れ出していた。

掃除用具の倉庫の裏に置いておいた自転車を回収し校門で待つ貴理子ちゃんの所まで軽くこいだ。

「貴理子ちゃん、後ろ乗りな。」

貴理子ちゃんはおどおどしながら自転車をまたぐ。

「しっかりつかまっててくれよう。」

そして彼女が僕の腰元に手をやる。

それから僕はいつもの倍ぐらい重い自転車(貴理子ちゃんが重いだなんて言ってないからな)を力いっぱいにこぎ始めた。

スピードに乗ってくると軽くこいでもある程度進む。

僕らはすぐに田んぼ道に差しかかる。
生徒たちに当たらないように避けながら、
さらに田んぼに落ちないよう力を調節しながら、
はらはらと心を弾ませて
僕達は冗談を言い合ったり風になびかれたりして2人で穏やかな時間を過ごした。

田んぼ道を走り終えると彼女の家に着いた。
まだ彼女と一緒に居たい。
好きな女の子と少しでも長く一緒に居たいという感情は年頃の健全な男子にとって当たり前のものだ。

「貴理子ちゃん、遠回りしていい?」

「もちろん!」

それから僕らは彼女の家を通り過ぎて、
商店街に入った。商店街にいる人は自転車に乗って仕事をしてる人もいるから朝ほど目立たないがそれでも驚く人はいた。

そんな人達を横目に颯爽と商店街をすり抜ける。

それから丘に差し掛かり、緩い上り坂を時間をかけてゆっくり登っていく。

この丘を下ったらまた彼女の家まで違う道で引き返し見送る予定だったので残り少ない二人の時間をできるだけ長くしようと思った。

上り坂では自転車を手で押しながら彼女とは横に並んで歩いた。

下り坂ではブレーキをいい塩梅でかけながら
何分もかけて下ろうとした。
しかし、彼女は「一気に駆け下りましょう」
と言うのでブレーキなんて、一切かけず
蝉の声で溢れた夏の音、吹きつける熱い風を受け鮮やかな景色の流れに包まれながら
登りの時より急な坂道を転がった。

終盤さすがにスピードが出過ぎたと思ったからブレーキを思いっきり握ってみた。

耳を刺す不快な高音を立てながら自転車はタイヤの回転ではなくタイヤと地面の摩擦のみで進む。

道路に出た僕は鉄の塊に横から猛突進を受けた。後ろの彼女が途中、自転車から振り落とされてたら助かるかな、でも確かに僕の腰元に彼女の手がある。

気づいた時には僕の目の前が赤く染まり、
騒ぎが起きているようだった。

自転車もどこにあるのか。




正直どうでもよかった。




彼女の手はまだ僕の腰に掴まっている。
僕は彼女に頼られているんだ。

ああ、なんて幸せなんだ。




















幸せだなあ。

























          

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