Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)

オミィ・ランバード

第36話 Round Table (円卓)

 沙織たちが入った鉱石を完全に飲み込んだ後、巨大深海魚は銀次郎に質問した。

「どこへ行きたいのじゃー」

「ダビデ王の元に」

「ダビデ王じゃなー」

 深海魚は、ふむふむ言いながら何かをしている。上の方で、柔らかいものがくっつく音がした。

「ダビデ王との確認が取れた。今から向かう場所は、円卓の間じゃー。ラウンドテーブルにゲストが行くのは、久しぶりじゃー」

 深海魚の口の裏側を見ながら、沙織は深海魚が上がっていく重力を感じた。深海魚の速度は徐々に速く、いや、速すぎるほど速くなり、光と同じくらいの速度になったのではと勘違いするほど速くなる。そして、速くなりすぎたからだろうか。今度はなぜか、時間が止まっているような感覚になる。

「やっと落ち着いたな」

 銀次郎は誰に言うとでもなく呟いた。
 愛染はうなづく。

「しかし、ラウンドテーブルか」

「ラウンドテーブルというのは、KOK本部とは違うの?」

「うん」

 銀次郎は、愛染の問いに答えた。

「俺たちはKOKと呼ばれているが、ナイツ・オブ・キングダビデ(Knights Of King-David)、つまり『ダビデ王の騎士団』なんだ。任務は、主にリアルで起きるアルカディア関係の事件に対応している。逆にKOQ、ナイツ・オブ・クイーン、『女王陛下の騎士団』もある。これは、アルカディアで起こるリアルに関係する事件に対応する騎士団だ。二つの騎士団が同時に作戦を遂行する時は、KOR、ナイツ・オブ・ラウンドテーブル、『円卓の騎士団』という名前になる。ラウンドテーブル、つまり円卓に行くということは、KOKのメンバーとKOQのメンバーが両方いるということになる」

「それは……」

「そう。この事件は、ただ沙織さんのFの発動を止めるということだけではなく、何かもっと大きな事件を含んでいるのかもしれない」

「例えば?」

「うーん。例えば、クルリンがS3DF(エスキューブ・ドープ・ファンタジー)なので、もはや発動していること自体が大事件であるとか、そのせいで今アルカディアで大変なことが起きているとか、アルカディアンのはずのクマオが何故リアルに来られているのかとか……」

「あー、ワイが来た理由は簡単や」

 その時、深海魚がクマオの話に割り込んできた。

「間も無く到着するのじゃー。準備をしておいてくれーい」

 沙織は、再び自分の体が高速で上がっているのを感じ、その上昇にブレーキがかかってきていることを知った。まぁ、知ったどころではなく、体に負担がくるほどの衝撃が来たのだが。

「着いたぞーい」

 ぶら下がっていたものから離れたような感じがして、深海魚はゆっくりと沙織たちを包み込んでいる鉱石を吐き出し、またゆっくりとエレベーターの下に泳いで消えていった。

 だが沙織には、深海魚がどこまで下がっていくのかを見る時間も、クマオがなぜアルカディアからリアルに来られたかを聞く余裕もなかった。
 到着した階は、ギリシャ神話などで見たことがある大きな大きな円卓が一卓、中央に置いてあるだけの、まるで雲の上のような景色だったからだ。
 円卓の周りには、大きな円卓に負けず劣らずの大きな人間、だけでなく、スライムやらエルフやら見たことのない多種多様な生物が五十体ほど、おしゃべりを交わしている。

ーーなるほど。知性がありそうなのは人間だけじゃない。だからこそ全員を総称してクリーチャーと呼ぶわけだ。

 クリーチャーたちは全員、沙織たちに興味ある視線を投げかけていた。

ーー危険かも。

 だが、沙織の気持ちとは関係なく、今まで沙織たちを包み込んで守ってくれていた透明の鉱石は地面に溶けて消えていく。止めることはできない。
 沙織は、身構えたいほどに緊張した。
 が、相変わらず愛染は堂々としている。剣道で鍛えた体幹の賜物だろう。
 悔しいので、沙織も小さな体をめいっぱい弛緩させ、緊張していないふりをした。緊張に気づいているのは、手が震えていることがわかるクマオくらいだ。
 沙織は、呼吸を深くして、再度、円卓の間を眺めた。よく見てみると、どのクリーチャーも、興味を持つというよりも好意を抱いているように見える。

「よく来たな」

 円卓から小さな男、いや、円卓と比べたから小さく見えただけだ。ネーフェよりも大柄の、白髭をたくわえた老人がやってきた。
 派手な刺繍が施されている祭司のように威厳のある服を着て、白髪には長めのパーマをかけている。
 顔立ちは整っており、大きな鷲鼻が特徴的だ。
 背筋は曲がっているものの、まだまだ体の中は精力が溢れているように見える。

「ダビデ王だ」

 銀次郎が小声で教えてくれる。主人に仕える騎士というのは、こういう時に何かしら緊張するものかと思っていたが、銀次郎には緊張の面持ちがない。
 むしろダビデ王がいるおかげで、たくさんのクリーチャーがいても動じていないようにも見えた。

「ごくろうだったな」

 ダビデ王が、銀次郎の肩をたたく。

「いえいえ」

 銀次郎は嬉しそうだ。さぞかしダビデ王のことが好きなのだろう。

「さて」

 ダビデ王は、そのまま沙織の前にやってきた。

「はじめまして。グスタフ・ダビデ。みなにはキングダビデと呼ばれておる。加藤沙織だな。よく来た」

 沙織はダビデ王の顔をじっと見た。老齢だが端正なその顔が緩んでいる。まるで孫を見ている表情だ。

「沙織です。よろしく」

 沙織は、何か親しみを覚えて、敬語こそ使わなかったが、自分が今まで持った中で一番といっていいほどの敬意を持って返事をした。

「うむ。カトゥーの面影がみえるのぉ。ほう。これがカトゥーの。確かに確かに」

 ダビデ王は、驚くほど自然に沙織の左腕を掴んだ。腰をかがめ、クルクルクラウンに耳を当てる。ダビデ王は何度もうなづいた。

「なるほどなるほど。そうかそうか。わかったぞ」

 その時、クルクルクラウンから雅弘の気配が消えた。

ーーなんで?

 ダビデ王は再度、沙織と目を合わせてお茶目な顔をした。

「沙織。カトゥーが沙織をよろしくと言っておるぞ」

「聞こえるの?」

 沙織は、自分でも驚くほど大きな声が出た。

「うむ」

 ダビデ王は立ち上がり、満面の笑顔で沙織の頭に手を置いた。雅弘やミハエルと同じような温かい優しさを感じる。
 続いて、ダビデ王は愛染を見た。

「お前が藤原愛染、だな」

「はい」

「天皇の外戚、ということは、ワタシと先祖がつながっているということだな」

ーーえっ? 愛ちゃんて、天皇の外戚なの?

 沙織は、初対面の人間が、愛染のことを自分より知っていることに驚いた。ファンタジーの力なのだろうか。
 愛染は特に驚いた様子もなく、リラックスしてダビデ王と話をしている。

「血が繋がっている割には、随分とお顔の濃さが違いますね」

「確かに確かに。だが、身長だけは似ておるわ」

 ダビデ王は、顔中をシワだらけにして笑った。

「どれ。愛染もファンタジーを持ってきていると聞いたぞ」

「はい。ただし、私の持っているファンタジーは私のものではありませんし、使えもしません」

「正直だな。だが本当は、誰かのモノ、などは、自分が作ったもの以外は一つとしてありゃせんよ」

 ダビデ王はご機嫌な顔で、愛染がコートのポケットから出したガイルタクトを受け取った。

「ほうほう。これはなかなかの代物ではないか。もっと詳しく知りたいのぉ。おい、ドランクンや」

 ダビデ王の問いかけに答えて、少し後ろから、十五メートルはある大きな爬虫類がやってきた。

ーードラゴン!

 こんな世界ならドラゴンがいてもおかしくはないと沙織は思っていたが、こんなに早く会えるとはさすがに予想していなかった。感激する沙織に少しでも水を差そうとでもしているのか、ドランクンはドラゴンのくせにやけに礼儀正しい。大きな体をかがめて、沙織の身長と同じくらい長い親指と、愛染の身長と同じくらいの長さの人差し指で、器用にガイルタクトをつまんだ。タクトがまるで消しゴムのカスのようだ。
 ドランクンは、じっとタクトに顔を近づける。沙織と愛染とも目と鼻の先だ。熱量がすごい。熱い新幹線といったところだろうか。ドランクンはドラゴンなのに、右目にルパンのような丸い片眼鏡をかけている。そのメガネで、じっくりとガイルタクトを見た。
 そしてうなづいた。

「なるほど。そうですね、ダビデ王。これは素晴らしい。SDF(エスランク・ドープ・ファンタジー)で、本人の指の数だけの人を操れるファンタジーです。KORで使用可能なアルキメスト(錬金術師)は二名おります。詳細なデータは、後でダビデ王のPカードに送っておきましょう」

「ドランクンは四人までしか操れないんじゃな」

「確かにそうでございますが、もしレブラスリッカンが操れるなら、百人は余裕ですよ」

 KORは、円卓内ジョークでひとしきり盛り上がった。ダビデ王は再び愛染に話しかけた。

「愛染よ。ここまで来てくれてご苦労じゃった。それでは、ガイルタクトはKOKで保管させていただくぞ」

「一つ条件がございます」

「先ほどまでは自分のものじゃない、なんて殊勝な心がけだったのに。急に強欲よのぉ」

 ダビデ王はさらに豪快に笑った。が、一転して真面目な顔で愛染と目を合わせた。

「して、なんじゃ?」

 愛染は食い気味に答えた。

「私をKOKに入団させていただきたいのです」

「だと思ったぞ」

 ダビデ王も負けじと食い気味に答えた。

「では?」

 愛染は目を輝かせた。ダビデ王はうなづいた。

「うむ。もちろんオーケーじゃ。愛染。お前のことが気に入った」

「ありがとうございます」

「だが、KOKにはワタシの意見だけでは入団できん。入団に値するだけの人格があり、KOKの誰かが師匠として愛染を認め、さらに試験をクリアした場合に限り、となる。それでもよいか?」

「もちろんです!」

「ふむ」

 ダビデ王は一息入れた後、柔らかい声で再度愛染に尋ねた。

「なぜ愛染は、ワタシがお前を入団させてもいい、と言うと思っておった?」

 愛染は、少し驚いた顔をした。

「お見通しなのですね」

 そして微笑みながら話を続けた。

「強いて言えば、勘です。沙織は、雅弘が元々KOKだったので入団の資格は持っています。一方、私はオーラが使用できるくらいで、他に資格という資格は持っていません。けれどもイノギンさんが、KOKは人材不足だ、というお話をされてらっしゃいました。そこで、ダビデ王が欲しい人材を今までのお話から考えさせていただいた結果、私を入団させれば必ずやKOKの役に立つ逸材であると、自分自身でも確信したのです。ただ、自分から言わなければ入団はできない。そこで、ガイルタクトを話の導入として取り入れたのでございます。別に入団したいという意志を示せれば、ガイルタクトでなくとも、何でもよかったのです」

「もしワタシがオーケーだと言わなかったら?」

「その時はゲイルタクトを渡しませんし、他の計画もいくつか考えておりました。それでも無理なら、自分の人生にKOKなんて必要ないんだなと思いますし……、まあ、そんなことにはならないと思っておりましたよ」

 ダビデ王は、愛染が喋っている間、ワクワクが止まらないという顔をしてじっと見つめていた。愛染もダビデ王を見つめ返した。この見つめ合いが、二人同時の大爆笑につながった。

「ばーっはっはっは! こいつは頭がいい! ヤマが言った通りじゃったわい! いいぞ、愛染。交渉を突破する際の躊躇のなさ。頭脳と行動の回転力。全て素晴らしい」

「お褒めに預かり、光栄にございます」

 愛染は恭(うやうや)しくお辞儀をした。

「ふむ」

 ダビデ王は、背筋を伸ばして後ろを向いた。

「さて、ワタシたちは沙織と愛染、二人を実際にこの目で見た。話もしてみた。その結果、どうだろう? 彼女たちを、ワタシたちの仲間として迎え入れるということに同意だろうか?」

 ダビデ王は、人間魔獣天使悪魔入り乱れて五十はいるクリーチャーたちを見回した。ファンタジーだろうか。誰も話していなくても、意見は全てダビデ王の頭に直接入ってきているようだ。ダビデ王は、ブツブツと独り言を呟きながら全員を目で追った後、真面目な顔をして沙織と愛染の方に振り返った。

 ごくり。

 つばが飲み込めない。沙織は、自分の喉が渇いているということを感じた。

「沙織」

 沙織は、ダビデ王とじっと目を合わす。

「愛染」

 愛染は、ハイと声を出さずに口だけ動かし、同じようにダビデ王を見る。

「二人とも、第一段階は合格だ」 

 ダビデ王はニコッと笑った。

「ありがとうございます」

 愛染が言った言葉だが、沙織も、視線で同様の気持ちを乗せてダビデ王を見つめた。

 ダビデ王は何度もうなづいた。

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