Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)
第35話 Crystal Palace (クリスタルパレス)
ーー人間の目や感覚というものは、いくら鍛えてもあてにはならない。なんせ気がついたらこんな場所にいるのだから。
シューヤマーに触りながら何歩か進んだ沙織は、自分が先ほどの法廷にはいないことに静かに驚いていた。
ーーここは?
煌めいている。
天上から光が降り注ぎ。
壁に反射し。
そう。
この壁は。
水晶であろうか?
なんという美しさなのだろう。
まるでオーロラにでも入っているかのような。
否。
もっと人工的な。
そう。
万華鏡の中とでもいうのだろうか。
とにかく、こんな場所に来たことは今まで一度もない。
諭吉だったら間違いなく、「映える」とか言いながら、一時間はここで写真を撮るだろう。
「ここがクリスタルパレスのようね」
愛染が言う。そういえば、先ほどヤマは「クリスタルパレスに送る」と言っていた。
沙織はうなづいた。
天井が高い。
夜空を反転させたように光る空に、黒い星が瞬いている。
沙織たちを囲むようにひらひらと光を通す、シルクのようなカーテンが舞う。
目の前には一本の曲がりくねった道ができている。
となると、やることは一つしかない。
二人は前に進んだ。
少し歩くと、フランス貴族が使うような丸テーブルと椅子が置いてあり、誰かが紅茶を飲みながら話をしている。
沙織は目がいい。すぐにそれが誰だかわかった。
スラッとしたスーツを着た短髪の若者と、ピンクのクマのぬいぐるみ。
まぁ、目が良くなくとも、こんなに特徴的なシルエットのコンビは流石にすぐわかる。
銀次郎とクマオだ。
沙織と愛染は、一人と一匹のいる場所へと歩いていった。
空気の感覚からクリスタルパレスは広いような気がするが、オーロラのカーテンが視界を遮るので全体は見えない。
行き先以外は見えないし、カーテンもめくることもできない。
結果、沙織たちも調査などは一切できず、ただ前に向かって歩くことしか出来なかった。
少し歩くと、すぐにクマオも沙織に気がついたようだ。
「沙織ー。遅いでー」と大きく腕を振ってくる。沙織も小さく手を振った。
「来られてよかったな」
「うん」
沙織は辺りを見回した。
ーーあれ? おかしい。
沙織が質問したいことは、愛染が代わりに尋ねてくれた。
「ミハエルは?」
銀次郎は言い澱んでいたが、クマオはあっけらかんとした声で話した。
「あいつは来られへんで」
「えっ!」
クマオは、驚いた声を出す沙織に驚いた。
「そない驚嘆の表現されたかて」
「なんで?」
愛染は、クマオにではなく銀次郎に問いただした。
「えっと……、そうだね。ミハエルさんは……、あのー、よくわからないんだけど……」
あの時の騎士が本当に銀次郎だったのかと訝(いぶか)しんでしまうほど、銀次郎の歯切れは悪かった。それでも沙織は耐えて、言葉を待った。
銀次郎は、困った顔をしたまま続けた。
「なんか……、過去に、リアルカディアで規則を破ったようで」
「秘密を暴露したか、暴力行為を働いたか、KOKの敵になったってこと?」
「詳細はわからないけど……、どうも、リアルカディアに入ることが禁止されているみたいな……」
沙織は、ミハエルの顔を思い出した。そういえば、いつもと違って何か寂しそうな顔をしていたような気がする。
ーーそうかぁ。ミハエル……。
何もかも完璧な人格者と思えたミハエルにもそういう面がある。
沙織は初めて、大人にも大人の歴史があるのだということを考え出した。
大人も、自分たちと同じように人間で、人格者にも黒歴史がある。
「それじゃあ、この四人、いや、三人と一匹で、全て揃ったということ?」
「四人、て呼んでもええで」
愛染はクマオを見た。
「ワイは人間差別をせえへんのや」
偉そうだ。
クマオは自分のことを人間より偉いと思っていて、別にそれでも対等でも良いと言っている。なんだか和む。
「じゃあ、行くとしますか。いよいよダビデ王とご対面です」
銀次郎は立ち上がり、奥に向かって進んでいった。
沙織はクマオの腕を掴んで、愛染と共に後をついていった。
道すがら、銀次郎と愛染は話をした。愛染は、もうすでに丁寧語を使っていない。
「最初に会った時に、世界塔へ連れていくと言ってたけど、ここがその世界塔なの?」
「ここはクリスタルパレス。世界塔の一階さ。KOK本部へは、これからエレベーターでいくんだ」
「このクリスタルパレスは大きい感じがするけど、これが塔の一階だとすると、世界塔はもの凄く大きいね」
「世界塔は、高さも階数も、知っているものが誰もいない不思議な塔なんだ。噂では、夢の数だけ階数があるらしい。各階に入れるのは、各階の所有者から認められたものだけで、俺もまだ、三つの階しか入ったことがない。ただ、俺の見た階は、クリスタルパレスほど広くはなかったよ。日本武道館のアリーナよりも狭かった」
銀次郎は、愛染にもわかりやすいように、剣道の試合場の大きさで喩(たと)えた。
「そうなると、他の階も全て見てみたいね」
「確かに。でも全ての階に入ることができるのは、リアルカディア首長であるジョセフ・シュガーマンだけらしいよ」
オーロラカーテンに沿って歩きながら話をしていると、いつの間にか沙織たちはエレベーターホールへとたどり着いた。
エレベーターといわれた場所にはボタンがついていない。全員が上に乗ると、地面からうっすらとした透明の鉱石があらわれ、沙織たちをひとまとめにして包みこむ。竹橋の科学技術館で、シャボン玉の中に入ったことを思い出す、ひんやりとした空気だ。
下を覗くと、澄んだ湖のような青一色が広がっていて、底から、十メートルはあろうかとでもいうような巨大な生き物が泳いでくる。見たことのない魚だ。ヌメヌメとしていそうな皮膚から、深海に住んでいる生物と推測される。
魚は水面まで上がってきて、大きな口を開くと、うんねりとしながら、沙織達の包まれている透明の鉱石をゆっくり飲み込んだ。銀次郎とクマオは、「これが普通」という顔をしていたので、沙織も真似して、これが普通という顔をしてみた。
だが、内心は、ドキドキとワクワクが止まらなかった。
シューヤマーに触りながら何歩か進んだ沙織は、自分が先ほどの法廷にはいないことに静かに驚いていた。
ーーここは?
煌めいている。
天上から光が降り注ぎ。
壁に反射し。
そう。
この壁は。
水晶であろうか?
なんという美しさなのだろう。
まるでオーロラにでも入っているかのような。
否。
もっと人工的な。
そう。
万華鏡の中とでもいうのだろうか。
とにかく、こんな場所に来たことは今まで一度もない。
諭吉だったら間違いなく、「映える」とか言いながら、一時間はここで写真を撮るだろう。
「ここがクリスタルパレスのようね」
愛染が言う。そういえば、先ほどヤマは「クリスタルパレスに送る」と言っていた。
沙織はうなづいた。
天井が高い。
夜空を反転させたように光る空に、黒い星が瞬いている。
沙織たちを囲むようにひらひらと光を通す、シルクのようなカーテンが舞う。
目の前には一本の曲がりくねった道ができている。
となると、やることは一つしかない。
二人は前に進んだ。
少し歩くと、フランス貴族が使うような丸テーブルと椅子が置いてあり、誰かが紅茶を飲みながら話をしている。
沙織は目がいい。すぐにそれが誰だかわかった。
スラッとしたスーツを着た短髪の若者と、ピンクのクマのぬいぐるみ。
まぁ、目が良くなくとも、こんなに特徴的なシルエットのコンビは流石にすぐわかる。
銀次郎とクマオだ。
沙織と愛染は、一人と一匹のいる場所へと歩いていった。
空気の感覚からクリスタルパレスは広いような気がするが、オーロラのカーテンが視界を遮るので全体は見えない。
行き先以外は見えないし、カーテンもめくることもできない。
結果、沙織たちも調査などは一切できず、ただ前に向かって歩くことしか出来なかった。
少し歩くと、すぐにクマオも沙織に気がついたようだ。
「沙織ー。遅いでー」と大きく腕を振ってくる。沙織も小さく手を振った。
「来られてよかったな」
「うん」
沙織は辺りを見回した。
ーーあれ? おかしい。
沙織が質問したいことは、愛染が代わりに尋ねてくれた。
「ミハエルは?」
銀次郎は言い澱んでいたが、クマオはあっけらかんとした声で話した。
「あいつは来られへんで」
「えっ!」
クマオは、驚いた声を出す沙織に驚いた。
「そない驚嘆の表現されたかて」
「なんで?」
愛染は、クマオにではなく銀次郎に問いただした。
「えっと……、そうだね。ミハエルさんは……、あのー、よくわからないんだけど……」
あの時の騎士が本当に銀次郎だったのかと訝(いぶか)しんでしまうほど、銀次郎の歯切れは悪かった。それでも沙織は耐えて、言葉を待った。
銀次郎は、困った顔をしたまま続けた。
「なんか……、過去に、リアルカディアで規則を破ったようで」
「秘密を暴露したか、暴力行為を働いたか、KOKの敵になったってこと?」
「詳細はわからないけど……、どうも、リアルカディアに入ることが禁止されているみたいな……」
沙織は、ミハエルの顔を思い出した。そういえば、いつもと違って何か寂しそうな顔をしていたような気がする。
ーーそうかぁ。ミハエル……。
何もかも完璧な人格者と思えたミハエルにもそういう面がある。
沙織は初めて、大人にも大人の歴史があるのだということを考え出した。
大人も、自分たちと同じように人間で、人格者にも黒歴史がある。
「それじゃあ、この四人、いや、三人と一匹で、全て揃ったということ?」
「四人、て呼んでもええで」
愛染はクマオを見た。
「ワイは人間差別をせえへんのや」
偉そうだ。
クマオは自分のことを人間より偉いと思っていて、別にそれでも対等でも良いと言っている。なんだか和む。
「じゃあ、行くとしますか。いよいよダビデ王とご対面です」
銀次郎は立ち上がり、奥に向かって進んでいった。
沙織はクマオの腕を掴んで、愛染と共に後をついていった。
道すがら、銀次郎と愛染は話をした。愛染は、もうすでに丁寧語を使っていない。
「最初に会った時に、世界塔へ連れていくと言ってたけど、ここがその世界塔なの?」
「ここはクリスタルパレス。世界塔の一階さ。KOK本部へは、これからエレベーターでいくんだ」
「このクリスタルパレスは大きい感じがするけど、これが塔の一階だとすると、世界塔はもの凄く大きいね」
「世界塔は、高さも階数も、知っているものが誰もいない不思議な塔なんだ。噂では、夢の数だけ階数があるらしい。各階に入れるのは、各階の所有者から認められたものだけで、俺もまだ、三つの階しか入ったことがない。ただ、俺の見た階は、クリスタルパレスほど広くはなかったよ。日本武道館のアリーナよりも狭かった」
銀次郎は、愛染にもわかりやすいように、剣道の試合場の大きさで喩(たと)えた。
「そうなると、他の階も全て見てみたいね」
「確かに。でも全ての階に入ることができるのは、リアルカディア首長であるジョセフ・シュガーマンだけらしいよ」
オーロラカーテンに沿って歩きながら話をしていると、いつの間にか沙織たちはエレベーターホールへとたどり着いた。
エレベーターといわれた場所にはボタンがついていない。全員が上に乗ると、地面からうっすらとした透明の鉱石があらわれ、沙織たちをひとまとめにして包みこむ。竹橋の科学技術館で、シャボン玉の中に入ったことを思い出す、ひんやりとした空気だ。
下を覗くと、澄んだ湖のような青一色が広がっていて、底から、十メートルはあろうかとでもいうような巨大な生き物が泳いでくる。見たことのない魚だ。ヌメヌメとしていそうな皮膚から、深海に住んでいる生物と推測される。
魚は水面まで上がってきて、大きな口を開くと、うんねりとしながら、沙織達の包まれている透明の鉱石をゆっくり飲み込んだ。銀次郎とクマオは、「これが普通」という顔をしていたので、沙織も真似して、これが普通という顔をしてみた。
だが、内心は、ドキドキとワクワクが止まらなかった。
「Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが
-
2.9万
-
-
転生貴族の異世界冒険録~自重を知らない神々の使徒~
-
2.1万
-
-
引きこもりLv.999の国づくり! ―最強ステータスで世界統一します―
-
8,812
-
-
とある英雄達の最終兵器
-
7,516
-
-
殺せば殺すほど命が増える!!??~命喰らい~
-
2,180
-
-
世界にたった一人だけの職業
-
1,855
-
-
家族全員で異世界転移したのに俺だけ弱すぎる件
-
53
-
-
ガチャって召喚士!~神引きからはじめる異世界ハーレム紀行~
-
2,599
-
-
召喚された賢者は異世界を往く ~最強なのは不要在庫のアイテムでした〜
-
6,572
-
-
世界最強が転生時にさらに強くなったそうです
-
4,814
-
-
職業執行者の俺、 天使と悪魔と契約して異世界を生き抜く!!(旧題: 漆黒の執行者)
-
580
-
-
スキル《絶頂》、女性ばかりの異世界で無双する
-
969
-
-
神々に育てられた人の子は最強です
-
4,727
-
-
チートで勇者な魔神様!〜世界殺しの魔神ライフ〜
-
5,026
-
-
モンスターのスキルを奪って進化する〜神になるつもりはなかったのに〜(修正中)
-
1,554
-
-
俺は5人の勇者の産みの親!!
-
797
-
コメント