Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)

オミィ・ランバード

第33話 P-card (Pカード)

「さて、これで二人もリアルカディアに入れる。だがその前に、我から一つ贈り物を捧げよう。スマホを持っているだろう? 出して我に掲げよ」

ーー写真を撮ってもいいのかなぁ。SNSにあげたら一気に人気者になっちゃうな。ルールがあるからしないけど。

 沙織はドキドキしながら、いそいそとスマートフォンを出してヤマに向けた。透明なクリアケースに自分で小人の絵を描いた、最新のスマートフォンだ。

「違う。画面の方を我に向けるのだ」

ーー写真を撮るんじゃなかった。

 沙織は急いでスマートフォンを裏返した。

「よし、いいぞ」

 ヤマは、ポケットから小さな肌色の何かを取り出し、自分の手のひらに乗せ、ふっと息を吹きかけた。
 何かはヒラヒラと、沙織と愛染のスマートフォンに向かって飛んできた。

ーー小さい……天使だ。

 天使は、二人のスマートフォンの画面に入った。

「よし。画面を見てみろ」

 画面を見ると、見慣れない天使のマークのアイコンが入っている。アイコンの下にはQPの文字。

「それを押すんだ」

 もはや疑うも疑わないも、全てを信じて委ねるしか無い。
 二人はアイコンを押した。
 スマートフォンの画面が変わり天使が映る。
 天使は柔らかい声で沙織に語りかけてきた。

「私はプットー。QとPの王、カルディアンQPから派遣されて参りました。これからリアルカディアにいくあなたには、Pカードが必須です。私が、あなたのスマートフォンをPカードとして登録するお手伝いをいたします。まず本人認証のためにオーラをお出しください」

 沙織は、Pカードとは何かをヤマから聞こうとした。だが、ヤマは「いいからいいから」という顔をしている。その顔は善意の塊だ。

ーーあの顔を信じよっと。

 沙織は言われた通りに、仙丹錬成呼吸をしてオーラを出した。先ほど出したばかりなので出やすかったが、オーラと認識される量に達したのは愛染が先だった。
 愛染のスマートフォンからプットーが飛び出す。

「確認が取れました。藤原愛染さんですね。はじめまして。これからPカードの説明をしますが、必要ですか?」

「お願いします」

 愛染は、毅然とした声で頼んだ。

「かしこまりました。Pカードのメイン機能は、二つあります。
 一つめはピッピのやりとりができること。ピッピとは、リアルでいうお金のようなものです。誰かの役に立つと増えますし、誰かに助けていただいたり、あげたいと思うと減ります。ピッピがあれば、リアルカディアで品物と交換もできますよ。
 二つめは、契約しているアルカディアンの能力をウィッシュとして使用できること。例えば、百萬猫様とご契約を結べば猫の手が借りられたり、パートナーの位置がわかったりします。ジョセフ・シュガーマン様とご契約を結べば、水晶や水鏡をボタン一つで使用することができます。後ほど契約しておくといいでしょう。他にも、クリーチャーの中で自分の力量が何位なのかがわかったり、幻脳ウィキを使用されても見せないように防御できるウィッシュなどもございます。便利ですので、是非ご利用ください」

「初期設定で、オススメのウィッシュを契約できたりなどはしないのですか?」

「それには、最低でも二十万ピッピが必要です。愛染さんはピッピをお持ちでないので、私には何もできません。ただし、無料サンプルのウイッシュがいくつか入っておりますので、是非お試しください」

ーーなるほど。ピッピはお金みたいなもんなのね……。

 愛染にされている説明を横で聞いていると、ようやく沙織にもオーラが溜まったようだ。
 沙織のスマートフォンからもプットーが姿を現す。

「はじめまして。加藤沙織さんですね。沙織沙織……。ああ。珍しい。リアリストなのにアルカディアに来たことがあるとは。もう登録済みですね。機種変更ですか? 説明は必要ありませんか?」

 沙織は、愛染の説明を隣で聞いていたので、Pカードの説明はいらなかった。だが、自分がアルカディアに行ったことがあるということについての説明は欲しかった。

「アタピ、アルカディアに行ったことあるの?」

 沙織は、心の中で思った言葉を、口に出して問うてみた。

「あるみたいですね。ほら、残高も十万二千ピッピありますよ」

「いつ? どうやって行ったの?」

 画面の中のプットーはあっけらかんと答えた。

「私はそういうのわからないんですけど、最後にピッピを使用したのは十年前ですね」

ーー十年前……。

 沙織は考えた。十年前というと、ちょうど雅弘が行方不明になってしまった時だ。今日は雅弘を思い出すきっかけが多い。まるで運命が沙織を導いてくれているかのような気がする。
 日常ではなく、非日常の中にいる今。この時間を、沙織は一生忘れないだろう。

ーーなんかロマンチ。

 沙織は、なにを全てというかはわからないものの、とにかく全てを抱きしめたい気持ちになった。

「沙織さん? どうしたのですか?」

 Pカードの中からプットーに話しかけられ、ようやく沙織は、自分が瞬きもせず、ただ立ち尽くしていることに気がついた。こうしているとすぐに誰かから心配されてしまう。沙織は自分なりに慌てて、真面目な顔で、ただ口角だけを上げるサオちゃんスマイルを作った。

「沙織は、この世界に来たことがあるんだね」

 愛染は目を細めて、沙織を愛おしそうに見つめた。
 沙織は嬉しい気持ちを隠し、両手の平を持ち上げて、そうみたいね、という顔をした。

「それではいいかな。次の者が待っておる。クリスタルパレスへの扉を開くぞ」

 沙織と愛染は、流されるようにうなづいた。

「シャバラ。シュヤーマー」

 ヤマが呼ぶと、ヤマの足元から二匹の犬が現れた。
 犬、というにはあまりにも筋肉質だ。
 沙織より大きな体長に、体重はおそらく三倍はあるだろう。
 片方は茶色いマダラ。
 片方は黒いマダラの毛色をしている。

「シェンコッタ・ドッグっていう犬種らしいよ」

 愛染は、スマートフォンをシャバラとシューヤマーにかざしている。さっそく、最初から入っているPカードのウィッシュ・サンプルを使用しているようだ。

「へー。二匹いればトラを倒せるくらい強いんだって。これだけで色んなことがわかる。Pカードってすっごく便利」

「それではご両人。シャバラとシューヤマーに触るのだ」

 愛染はPカードを見ながら、少し屈んでシャバラに触った。
 沙織は、初めて見る犬種に興奮しながら、屈まずシューヤマーに触れた。

「ダビデ王から正式に許可が下りるといいな。我としては、再びお前達に会いたいところだ」

ーーアタピもだよ。ありがと。

 二人の後ろ姿に、ヤマは声をかけた。

「ご武運を!」

 司禄と司命も同時に声をかけてくれる。
 沙織と愛染は、シャバラとシューヤマーに連れられて、新しく開いた空間へと旅立った。

 いよいよ二人はリアルカディアに進む。

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