Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)

オミィ・ランバード

第31話 Styx (地獄の一丁目)

 まぶたの裏側で感じる光が先ほどまでと違う。沙織はそっと眼を開けた。

ーーん? んん?

 だだっ広い空間に沙織が今まで見たことのない明るさ。アフリカやインドの明るすぎる日差しでも、コンサートの照明のような痛い明るさでもない。どんな明るさが一番近いかといえば北欧の白夜がそれに近いだろうか。

ーー優しく冷たい明るさ。

 見渡す限りただ明るく光り輝いていて、地平線も天井もない。よく宇宙人に捕らえられた人が「突然まばゆい光に包まれて」と言っているが、こんな感じなのかもしれない。VRゴーグルをはずした時のよう。まったく変わった景色に佇んでいる自分に、沙織は驚きを隠せなかった。

ーーミハエル。 ん? 愛ちゃんしかいない ?

 周りを見回してみても愛染しか。

ーークマオ?

 自分でしっかりと抱きしめていたはずのクマオもいない。

「沙織」

 愛染は、沙織の肩に手を置いた。

ーーひとりじゃなくて、愛ちゃんいてよかった。

 沙織は気丈に振る舞った。

「愛ちゃん。ここ、どこ? ロコ、モコ?」

 愛染も周りを見渡しながら言う。

「イノギン、こと井上銀次郎さんのお話では、ここがKOKの本部で、クリスタルパレスってことなのかな?」

「本部、何もない」

「これでどんな仕事ができるんだろうね」

 愛染は笑いながら、さらに見回す。

「イノギンさんも、ミハエルもクマオもいなくなっちゃった」

「うーん。私たちはどうすればいいんだろ? ま、なるようにしかならない、か」

「さしずめ寿司詰。まな板の上の鯉」

「注文の多い料理店だったら、まだ看板が出てるのにね」

 二人は何らかのヒントを探るべく更に辺りを見回したが、やはり何もなかった。
 何もないというのは恐ろしいもので、上下や地面もよくわからなくなってくる。

「少し、探検してみる?」

「でも、この場所にまた戻ってこられるようにはしないとね。なにか目立つモノを置いておこうか?」

 そんなことを話していると、天から声が聞こえてきた。

「そなたらは、ダビデ王の騎士団、井上銀次郎の名において推薦された、加藤沙織、藤原愛染の両名で間違いないな?」

 どことなく物憂げで面倒臭そうな、老婆の声だ。

ーーダビデ王の騎士団? そういえば先ほどイノギンさんが言っていた。

「はい。そうです」

 沙織の不安などどこ吹く風という体で、愛染は元気に答えを返した。沙織も慌てていない風を装って元気にうなづく。

「わかった。ちょっと待ってな」

 しわがれた声だ。それっきり静かになる。

ーーちょっと? ちょっとって人によって感覚違う。十秒か十分かわかんない。

 沙織が考えていると、すぐにまた天の声が聞こえてきた。先ほどとは違う若い女性の声。今回の「ちょっと」は三十秒程度だった。

「加藤沙織。藤原愛染。確認、照合が完了いたしましたので、こちらへどうぞ。ただいまから入国審査を開始いたします」

 光の空間に突如、漆黒の入口が出現する。まるで宇宙船の乗り込み口のようだ。

ーーわー。最新技術。

 沙織は、新しいことに対する好奇心が旺盛なので気分が高揚した。何もないところから出られる安心感もあったのかもしれない。

「行こう」

「ミハエルとかクマオ、どうしよう……」

「でも、ここにいてもわからないから」

ーーそりゃそうか。

 愛染に押し出されるように肩をそっと抱かれ、沙織はタタラを踏みながら入口に向かった。

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