Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)

オミィ・ランバード

第26話 Hand Over or Not (渡すのか、渡さないのか)

「待って」

 ネーフェから奪ったガイルタクトをいじくっていた愛染が、三人の会話に割って入った。

「沙織のFはともかく、このタクトは先生が持っていたもの。もともと自分のものではないので、みなさんが悪い人でなければ素直に渡そうと思います。でもその前に、できるだけでいいので現状を教えて欲しいのです。このまま何も知らず、災難だったねで終わらせるなんて、どうしても納得できません」

 愛染がいつもの興味津々病にかかっている。だが、沙織以外の人にとっては、納得できないことを理論的に自分の中で解決して恐怖から逃れようとしている不安な美少女に見える。気丈に見える眉をしかめ、肩まで震わせている。

 イノギンは愛染を見上げた。自分よりも長身だが、「怖かった」という高校生らしい純粋な気持ちが見た目からも窺える。

「こんな事件に巻き込んでしまった俺たちにも責任があるし、君が安心するように出来るだけでいいなら教えてあげる。だけど、今日起きたことは親友にはもちろん、両親にも内緒にしていてほしい。それが守れるのならば、だけど」

「守ります」

「ギン!」

 イノギンは、モーゼの制止を軽く押さえた。
 愛染は、これ以上モーゼが喋らないように、間髪入れず質問を開始した。

「このタクトは人を操れると聞きました。どのようにしたら操れるのですか?」

 イノギンは、自分たちが襲われた理由などを知りたいのかと思っていたが、タクトの使用法について聞かれたので驚いた。今回の事件とは関係ないからだ。
 だが、答えると言ってしまったので仕方がない。イノギンはぶっきらぼうに答えた。

「どのように操れるのか、俺は知らない。今から本部に持って帰って研究してもらうつもりだ。そして、本当に人を操れるのなら、使用できないように封印する」

「どうやって封印するのですか?」

「わからない。それは俺たちとは違う班がおこなうから」

「その班が封印しているということはなんで知っているのですか?」

「そういう部署だからだ」

「封印していなかったらどうします?」

「KOKはちゃんと封印しているで」

 それまで黙っていたクマオが、自分の出番だとばかりに話し始めた。

「KOKは、人類の歴史とともに誕生して、今までずっと世界のバランスを保ってきた組織や。KOKがいなかったら、今この世界は滅びてんねん。それだけは間違いない。ワイを信じろ」

 愛染は、わざとらしく屈んで、イノギンの股の間越しにいるクマオと目を合わせた。クマオの顔は真剣だ。
 愛染は、弾けるように笑った。

「わかった! 信じる!」

 愛染は立ち上がって、イノギンと話を続けた。

「それにしても、こういうものをたくさん集めているのなら、KOKは凄い力を持っているはず、よね? なぜその力で、積極的に世界平和に介入しないのですか? 私の瑣末な頭で少し考えても、このタクト一本あれば、新興国や独裁国の権力者を操って平和な国に作り上げられるのに。世界中の有力な国の首相を操るというのもいいわね」

 クマオは言葉を発する瞬発力が速い。イノギンが話す前に割り込んだ。

「それは世界のバランスを壊すことに他ならへん。大きい力っちゅーのは、どこかにひずみを起こすもんや」

「それをいったらAIや原子力や遺伝子研究、見えないところではマスコミや宗教による一般人への洗脳なんていうのも世界のバランスを壊すことにならないかしら? いや、そもそもルールが力の強い誰かに作られているから、社会は平和なんじゃないかしら?」

 言い澱むイノギンの代わりに、モーゼが割り込んだ。

「その通りだ。我々ダビデ財団は巨大な力を持っている。そして、力を持つものには世界のバランスを守らなければいけないという責任が発生する、という自覚も持っている。KOKは、あり得ないものを封印する組織だ。原子力は原子力委員会。遺伝子研究は人間研究所。他にも世界のバランスを保つために、ダビデ財団は沢山の団体を設立している。信じられないのなら今すぐにでもネット検索をしてご参照いただきたい。もしもお前がお嬢様なら、募金ページをクリックしてぜひ寄付をお願いしよう。さあ、もういいだろう。お嬢様の興味本位の時間は終わりだ。ギン。Fをおさえろ」

 重要なことを次々と話してしまうイノギンに苛立っていたモーゼは、明らかに話を終わらせたい雰囲気で愛染の質問に答えた。
 愛染は新奇探索欲求の塊になっている。これで話を終わらせられてはたまらない。雰囲気を読めないふりをして、さらに質問を続けた。

「Fとは、なぜFというのですか?」

 愛染の質問に、Fを知っているクマオとイノギンとモーゼは同時に顔を見合わせた。愛染はかまわず続ける。

「Fはおそらく、『ファンタジー』のことですよね? それを扱えるのが『ファンタジスタ』。『アルカディアン』というのは何なのか。アルカディアを使える者、とするとアルカディアが理想郷という意味である以上、辻褄が合わない。『アルカディアに住む者』という意味? だとするのなら、アルカディアは理想郷という意味で、理想郷は本当に実在するのですか? もしかしてアルカディアンとは宇宙人のことですか? それとも、これは『ルール』で、言えないものなのですか?」

ーー恐ろしく頭の回転が早い子だな。

 二人と一匹が黙っている中で最初に口を開いたのは、ダントツの最年長であるモーゼだった。

「先ほど、UFOやUMAやオーパーツの話をしただろう? Fやアルカディアンというのは、そういうものを分類するための我々の専門用語だ。それ以上は教えられん。さ、お嬢さんも。好奇心は猫をも殺すと申します。今宵のことは一夜の夢。タクトをお渡しになり、全てをお忘れください。もしお望みなら、代金もお支払いいたしましょう。精神的に苦痛だとおっしゃるのならば、記憶を失うお薬も差し上げましょう」

「だめでしょう。その薬は副作用が強いから、一般人への使用が禁止されてるじゃないですか。ま、でも、そうですね。話しすぎてしまったけどそういう訳です。お二人とも。Fを渡してくれたら、また平穏な日々が戻ってきますよ。これだけ話したのですから、俺たちを信じてください」

 沙織の前に改めてイノギンの手が差し出される。沙織は、イノギンの手をじっと見た。銀色の薄い手袋に包まれているが、男にしては柔らかそうだ。
 次にイノギンの顔を見た。戦闘能力は高かったが、カブト越しの表情には、まだあどけなさが残っている。年齢的には大学生くらいだろうか。ゴーグルの奥の目は照れている。

「クマオは?」

 沙織はイノギンに尋ねた。

「ん?」

「クマオはどうなるんですか?」

 不思議なものを封印するなら、喋るぬいぐるみ、なんて、KOKの保護対象になってしまうに違いない。

ーーもっとクマオと遊びたい。

 沙織の不安な表情を見て、イノギンは言葉を濁した。

「んー。……とりあえず一緒にKOK本部に連れていきますが、悪いようにはしませんよ」

「蜂蜜色の日々は……?」

「蜂蜜色の日々?」

「せや! ワイら、これから蜂蜜色の日々を過ごすて約束したんや!」

「クマオは夢の中の住人ですから、きっと沙織さんの夢の中で会えますよ」

 イノギンは好機とばかりに慰(なぐさ)めるふりをして沙織に触れようとしたが、予備動作ですでに嫌がられそうな気がしたので近寄るのをやめた。

 沙織は黙った。

 イノギンの声を聞きながら、沙織はずっと考えていた。

ーーこれで終わってしまうのかな……。

「Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く