Saori's Umwelt (加藤沙織の環世界)

オミィ・ランバード

第6話 Kitchen room (調理室)

 沙織は、廊下を走りながら、今すぐにおこなうことを考えた。

ーーまずは、桃から完全に逃げ切る。
 そして、落ち着く時間を作る。

 ピーチーズが、ようやく一階に降りてきた。

 息を切らしながら、沙織を探している。

 沙織は、沙織にしては大胆に両手を上げ、勢いつけてブンブンと、分度器の最大角度と同じくらいに両手を振った。

 ピーチーズは、すぐに気づいて追ってくる。
 沙織は、わざと大きな足音を立てながら、一気に、階段を駆け上がった。

 二階の廊下に飛び出し、近くの教室の扉を勢いよく開く。
 けれども、教室には入らない。
 ただ、勢いよく扉を閉めた。
 そして靴を脱ぎ、足音を立てない歩き方、仙体術『真夜中の黒猫歩法』を使用した。

 このまま足音を立てずに階段に戻り、素早く三階に上る。

 そんなことをしているとは露知らず、ピーチーズは、息を切らしながら、沙織を探しに、二階の教室に向かっていった。

ーー作戦成功!

 沙織は、離れていくピーチーズの足音を確認した。

ーーさて、じっくりと考えられる場所はどこだろ?

 迷う時間はない。扉が開いていて隠れやすい教室。
 沙織は、近くにある、調理室に入ることにした。


 調理室は、冷たい色で沙織を出迎えた。
 前方に教壇があり、後はまるで、巨人の棺桶のような銀色の調理机が四台二列、整然と並んでいる。
 この机の影に隠れれば、考えている最中に誰かが来ても、すぐに逃げることが出来る。

 沙織は、机の影に身を潜めた。

「ステイクール。ステイクール」

 沙織は呟いて、仙術特有の腹式呼吸で落ち着いた。
 もう一度、今までの経緯を思い返す。

ーーまずカメからメールが来たでょー。
 で、教室行った。
 そしたら、急に襲ってきた。
 諭吉とウサも襲ってきた。
 アタピ、逃げた。
 ナウ。

ーーんー。なんでだろ? 
 これが本当に、ただのサプライズだとしたら、「お主、やるのー」と褒めてみたいけど。

 沙織は、自分の白くて細い腕を見た。
 左の前腕には、やはりカメの爪痕がくっきりとついている。うっすらと血も滲んでいる。

ーーカメがここまでやるなんて、どう考えてもありえない。もし、これでカメが正常なのだとしたら、力と道徳の感覚が、バカになってしまっているに違いない。体力テストの時に、これくらい本気出せばいいのに。

 沙織はさらに、廊下で、三人が同時に襲いかかってきた時のことを考えた。

ーーあの襲いかかってくるタイミング。まるで練習したかのようだったな。あれだけ息合ってたら、踊りの動画でも投稿したら、「イイね!」もらえること、間違い無しなのに。

 沙織は、ひとしきりシニカルなジョークを自分に言い、いよいよ本格的に、事件の解決方法について考えてみることにした。

 持っている情報の中から予測を立て、可能性が高いと思われるものを検証していく。
 沙織は、ピーチーズが襲ってきた理由について、可能性が高い順番を考えてみた。

ーーちょっと度が過ぎたサプライズ。
 催眠術。
 本当にゾンビになった。
 それどころか、町中ゾンビ。
 世界に生き残っている人間、アタピ一人。

 一通り考えたところで、沙織は、結論を諦めることにした。
 解決の糸口をつかむには、あまりにも情報が少ないからだ。

 解決するには、次の段階に進まなければならない。
 つまり、「がむしゃらに、立ち向かって、行動する」ということだ。
 この場合の「行動する」というのはどういうことか。

 本人たちに直接理由を聞きにいく。

 これ以外にないだろう。

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