道化の勇者、レベル1でも活躍したい

水色の山葵

覚醒と決着



 そうは言っても、相手はオリジナルスキルを持つ勇者六人を送り込まなければ倒せないと判断された魔王。仮に殴り合いになれば、俺なんて数秒も持たないだろう。


 城の前に浮遊する魔王は、この距離でも俺に圧倒的な強者としての風格と威圧を覚えさせる。見た目だけで判断するのならば、それはただの人に角と翼を付けただけの生物だ。
 しかし、内包する魔力や佇まい一つとっても解る強者の一挙手一投足。


 まともに戦えば万に1つの勝利も無い。それでも俺は倒さなければならないのだ。


「勝利条件と敗北条件を設定しよう」


 城門への廊下を歩きながら作戦を考える。守るべき物の為に。この命を賭してでも。








 ◇◇








「お初にお目にかかります魔王デューザ」


「貴様は?」


「異世界から召喚された勇者。黒峰麻霧と申します」


 俺の頭が恐怖に支配されそうになる。オリジナルスキル『遊戯』には道化師の能力も含まれる。それを最大限発動し、平常心を保つ。それが無ければ俺は今既に立つことすら出来ていない。


「そうか。それでその勇者が我になんのようだ?」


「単刀直入に言いましょう。私と一騎打ち致しませんか?」


「本気か?」


「当然」


「それで、我が勝った場合何か良い事があるのか?」


「そうですね。私が負けた場合、姫を渡しましょう」


「貴様が勝利した場合は?」


「この国に二度と手を出さない事を誓ってください」


「よかろう。貴様、その言葉に二言は無いと誓うか?」


「はい」


《契約スキル起動。対象:黒峰麻霧 デューザ・ウィルバス。契約内容:一騎打ちに置いて勝利した方の条件を敗北者は執行される。要求:黒峰麻霧「デューザ・ウィルバスは今後メラトニアと言う国家に対し敵対行動を行わない」デューザ・ウィルバス「ルーシィ・メラトニア個人の支配権」この契約は魔王デューザ・ウィルバス並びに勇者黒峰麻霧の全ての権限に置いて絶対順守される。そしてこの契約はこの契約に関わる全ての人間に閲覧権限が発生する》


 謎のアナウンスが鳴り響く。遊戯の連絡網から今の情報の補足が届く。『遊戯』は俺を中心に指揮系統を作成する能力だ。これに組み込むには俺が見た事があると言う事が条件になるが、それさえクリアすれば上限無しに念話による情報網を発生させる事が出来る。
 これにより、どういう原理か不明だが今の契約内容の通りに全ての国民が今俺と魔王の映像を閲覧可能となっているらしい。しかも目を瞑るだけでだ。


 これが、魔王の力という訳か。


「さて、今のは貴様が逃げないように縛っただけだ。次の契約に移ろうか、どんな決闘を望む?」


「1対1、能力などの縛りは無しで。先に降参した方が負け。しかし相手を殺す事は不可とします。どうでしょう」


「いいだろう。しかし戦闘範囲はこの街内部。上空は100mまで」


「構いません」


《契約スキル起動。対象:黒峰麻霧 デューザ・ウィルバス。契約内容・相手を降服させる事で勝利としまう。方法は問いませんが決闘者以外が戦闘に参加する事は出来ません。決闘の場を決定します。結界作成。この結界は契約者には絶対に通れなくなります。以上の契約を魔王デューザ・ウィルバス勇者黒峰麻霧の名に置いて絶対順守とします》


 契約スキルの起動と共に街を囲むように立方体の結界が出現した。これがフィールドという訳だ。


「それでは始めようか? 異世界の勇者」


 神剣ディザスターをアイテムボックスから取り出す。その切っ先を魔王に向ける。時空神の加護から時の加速を自らに時の減速を相手に発動させる。これは状態異常ではなく、空間に対しての付与なので防ぎようはないはずだ。


 王城から出て来た他の勇者や王と姫たちが悲痛な顔をこちらに向けているのが空の視界で確認できた。更に『幻想世界』を発動させ飛行魔法を発動させる。
 ある程度の距離まで魔王に近づいた瞬間……


(上に避けろ)


 飛行魔法を全開で発動させ、移動する。いつの間にか持っていた剣で俺のいた場所は切られている。


(次は筒状の魔法です)


 昴の五種身体を発動させ天使の羽を権限する。その効果で上昇した移動速度を以て魔法攻撃を回避する。
 魔法攻撃は結界にぶち当たり消滅した。


「我の攻撃を二度も回避するか」


 カラクリか簡単。俺の遊戯の念話により麻耶と四ノ宮をリンクさせる。麻耶の読切と四ノ宮の思考能力により相手の呼び動作から未来を見るのだ。
 念話は情報系のスキルの効果を別対象にも付与する事が出来る。スキルをそのまま使用できる訳ではないが、今の状態ならほぼ同じ事だ。


 先読みさえできれば、身体強化だけで回避できる。ただし、それは速度がある程度常識の範疇だからだ。これ以上速度を上げられると余裕で死ねる。
 出し惜しみは無しだ。幻想召喚・模倣。


 模倣は見知ったスキルを行使する事が出来る。固有スキルまでだが。


 神経加速・二つの事を同時にするデュアルアクション起動!


(詳細生物鑑定の結果。スキルは『魔力感知』『魔力回復』『魔力軽減』『魔法媒体不要』『身体強化』『硬質』『物理軽減』『韋駄天』『治癒魔法』『炎魔法』『水魔法』『風魔法』。固有スキルが『契約』『雷属性』『死属性』『改造』『呪いの嵐』『死王デットロード』オリジナルスキルは詳細不明。数は3つ。レベルは25)


 神経加速によって一気に理解する。マジか、ミノタウロスよりレベルが上って絶望的すぎるぜ全く。コイツそろそろ本気で世界壊せるんじゃねえか。
 身体能力2万5千倍やぞ。インフレってレベルじゃねえじゃねえか。まあ、物理限界と言う奴はこの世界でも働いているようで、空中分解されるような速度は出ないし、質量と速度で破壊力が決定するのも一緒だ。


 ならば、ステータスは物理的限界値とほぼ同じと言っていいだろう。
 問題はスキルだ。これによってはそれさえも超越する可能性が出て来る。そうなれば奥の手を幾つ吐き出しても確実な勝利は得られない。


(波状攻撃です。属性は炎と雷。どの方向に避けても回避不可能です!)


 空の移動の転移で回避する。スキルを十分に使用して、仲間の協力もあって、それでいて十分とも言い難い状況。
 相手の力は圧倒的で、俺は圧倒的に低レベルだ。階級の上昇も身体能力には殆ど影響しなかった。根本的な能力に差があり過ぎる。
 俺が拳を突き出す間に奴は五回は俺の顔面に魔法を叩き込める。それほどの差が存在している。


 ただし。その程度なのだ。レベルが24も離れているとすればその程度・・の差で済むはずがない。
 俺の反応速度など優に超える一撃が放たれていない事こそが最大の疑問。


「我と貴様の差は歴然。降服を進めよう」


「いいや。むしろ思ったほどじゃなくて安心しましたよ。身体能力だけで見ても俺の知る最大までも行かない」


 ミノタウロスの方がよほど速く力強かった。


「はっ。身体能力など能力を使用した戦闘に置いては殆ど意味のない物だ。人間程愚かであればレベル上昇によって身体能力が強化されると思っているのだろうが、レベルアップというこの世界の法則はその存在の昇格を指す意味を持つ現象であり、決して身体能力の強化などと言う下らない物ではない。存在値、それはその存在の、スキルを除くあらゆる能力を向上させる効果を持つ。つまり、魔力という事だ。レベルが上がる事で身体能力が上がるのではなく、魔力容量が上昇する事で身体強化に注げる魔力が増えているという訳だ。我はそれを自ら抑えている。貴重な魔力を身体能力の強化などという下らない事に割く事は出来ないからだ。なぜか解るか?」


「変換効率って意味ですか?」


「正しい。スキルに魔力を注いだ方が大きな現象を発生させる事が出来るからだ。そもそもスキルを使用しない魔力変換は効率が悪すぎる。レベルアップなど魔力の最大魔力を上昇させる意味しかないのだから。例えば全力で身体能力を強化する場合、スキル無しでは30秒も持たないだろう。だから、我の持ちうるリソースの最大の使用方法が魔法これと言うわけだ」


 魔法が放たれる。それは竜巻だった。荒れ狂う炎と雷。雲が空を覆いつくし大量の雨が降り注ぐ。その様は正しく天変地異。


 しかし、奴の言っていたレベルアップの秘密に俺は深く納得した。確かに、身体能力が何千倍になっているにしてはミノタウロスの夜獄の連中も弱すぎる。最大魔力が上昇した事で身体強化に割ける魔力が向上すると言う説明はその謎を解明するに十分な説だった。


((回避しろ(してください)!!))


 二つの念話が同時に届く。確かに回避しなければ俺は死ぬだろう。しかし転移を使用したとしても結界外には出られない事は確定している。それにここで俺が逃げれば町の住人は皆殺しだ。しかも転移で移動可能な場所は全て攻撃範囲に入っているからどっちにしても回避は不可能。


 しかし、諦めるわけではない。奴の言葉で俺は一つの可能性を導き出した。レベルアップで魔力が増えると言うのならその魔力容量の拡大にはどんな力が影響しているのか。十中八九倒した敵の魔力が影響を与えているのだろう。
 倒した敵の魔力を吸収する事で魔力容量を上げているのだとすれば、レベルストップを持つ俺が倒した敵の魔力はどこに行ったのか。単純に空気中に露散したと言う可能性も捨てきれないが、そうであれば俺は賭けに負けたと言う事で終わりだ。他に選択肢も無い事だし。


 この世界に来てスキルを始めて使った時に感じた事。それは『自分の手足の様に動く』と言う事だった。
 人間の体の全ては脳によって支配されている。スキルが手足の様に動くと言うのならばスキルだって脳の命令によって動いていると言う事だ。


 昴とミノタウロスを討伐した際に発生したスキルの進化。その感覚とレベルストップに蓄えられたエネルギーの消費と言う言葉を思い出す。
 レベルストップに意識を向け、俺のスキル全体に進化の兆しを見つける。必要なエネルギーはレベルストップに蓄えられているはずだ。


 あの時のパンドラの扉に入った時の感覚を思い出す。
 俺の意識は薄れていく。深い海の底へ沈んでいくようなそんな感覚。
 そこで待ち構えていたのは俺と同じ姿で同じ声で喋る、そんな人物。
 その存在、いや俺はは俺に問いかける。


【お前の力は何のために?
 これから先、未来に起こる全ての不条理に立ち向かう覚悟はあるのか?
 お前はその為に何を捧げる?】


《俺は俺の世界で俺の為に俺が考える最高を求め続ける。
 その障害となり得るものは全力を以て叩き潰す。理不尽と不条理がどれだけ前に立とうとも、それは俺が諦める理由とならない。
 そのためなら俺の人生を捧げよう》




 染み渡るように、その能力は俺に適する形で顕現する。幻想召喚発動。俺が望むのは、大切な人を死なせない力だ。


 消費するスキルは『遊戯』と『幻想召喚』。
 そして、俺の得た新たな力は『盤上神の加護』。その能力は思念伝達、感覚共有、能力共有という3つの能力を併せ持つスキルだった。


 思念伝達は元々遊戯の含まれる能力の一つでしかなかった。しかし、感覚共有を得たことでそれは確固たるものになる。
 能力共有は詠んで時のごとく、一定の条件を達成している人物同士でネットワークを構築し、この3つの能力を共有することとなる。更にこの能力はスキルも共有することが可能なのだ。勇者達をネットワークに組み込めば、俺が幻想召喚で行っていたように他の人物のスキルも使用可能ということだ。


 しかし、この絶大すぎるスキルには当然のように難しい条件が設定されていた。


 一つ、このスキルの対象として選ぶには使用者と一定以上の時間を一定距離内で過ごす必要がある。
 一つ、このスキルの対象として選ぶには対象はオリジナルスキルを習得していなければならない。
 一つ、このスキルの対象として選ばれるには対象が持つオリジナルスキルを使用者が1度以上使用しなければならない。
 一つ、このスキルの使用者は対象からスキルを贈られることはできない。


 この4つの条件が存在していた。特に三番はこの世界の通常の法則では絶対にありえないものだ。オリジナルスキルは固有スキル以上にその個人しか使用することができない。それを他の人物が使うことを条件としているこのスキルはほとんどの人物にとって意味の無いスキルだろう。


 だから、そして、俺にはこの4つの条件すべてを達成する人物が5人存在している。


 真田昴
 坂嶺美沙音
 篠目摩耶
 相良豹麻
 四ノ宮宮根


 俺にはその矛盾を壊せる人物が5人だけ存在していた。




「貴様、なんだその強大な魔力は。それでは真の魔王、いや神と同じ力ではないか……。くっ、しかし覚醒めたばかりの能力で我に勝てると思わぬことだ!」


 魔王デューザが手をかざすと底の見えない暗黒が出現した。それは完全なる闇。純真なる黒。
 しかし、俺にそれを止める手立ては無い。転移を使用すれば回避できるかもしれないが、あの魔法から発せられる波動は俺の行動を阻害している。恐らくは物理的な移動阻害、いつの間にか俺の周りはそんな目に見えない魔法で覆われていたようだ。


 もう魔法は目の前。転移する時間は残されていない。俺は落下する。それを追いかけ魔法が迫った。


 まあ、単純に避ける必要が無かっただけの話だ。


 俺の能力はすべて、全勇者が使用可能となっている。つまり、転移も可能ということだ。


 さて、ゲームを始めよう。俺は道化でいいのだから。目の前の暗黒が霧となって消えた。


 眉間にシワを寄せる凛々しい目の女性が一人。


「殺しましょうか」


 白い腕、紫の瞳、純白の翼、薄緑の鎧、金色の足。そんな歪な格好の人間が俺の目の前に出現する。


「大丈夫かい麻霧」


 憂うような、どこか儚くそれでいて憤怒を纏う彼女は落下している俺を抱きとめた。


「麻霧さんを傷つけたこと、絶対に許しません」


 豪傑で豪快で、しかし他人を思いやり最善の行動を選択するだけの勇気を持つ男。


「一人で戦場へ向かうなんて俺でもやったことはない。君は誇っていいぞ」


 俺のために怒っているのだろうか、それとも俺に怒っているのだろうか。彼女は俺にその表情を見せることなく、俺の前に立った。


「君には迷惑を掛けたんだ。頼りたくも無かったし役に立ちたかったんだ。私は君を守ると決めた。それは再優先事項だ」




「あんたはここで死なせない」


「僕は君を認めてる。だからまだ死なせない」


「お前は勇敢な男だ。そして無謀。だから俺にも手伝わせろ」


「麻霧さん、私は貴方がいない世界は嫌です」


「お前が死んでいいのは私が許可した時だけだ。これは今決めた絶対事項だ」


 全員が神速で全員が無敵で全員が全てを読切全員が全員を完全な形へ再生できる。
 そんな最速で無敵で未来視で不死身な最強の勇者達。


 勝負は一瞬だった。


 真剣・ディザスターの分解が発動した時点で魔王に勝ち目は無い。思考加速と並列思考と思念伝達が最強のチームワークを作り出す。
 契約など等の昔に摩耶の読切と四ノ宮の刻印、再生によって破壊された、何もかもをブチ壊す5人の勇者の姿だけが観衆の記憶に残ることとなった。
 そしてもう1人。厄災の魔王と1人で戦う道を選択し敗北した愚かな勇者の記憶は民衆に稀代の愚者として名を残した。












 ただ、そうだとしても俺はみんなを守ることをやめるつもりは無い。



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