道化の勇者、レベル1でも活躍したい

水色の山葵

神話



 暗い場所だった。トンネルの中に一人でいるような不安が押し寄せる。
 俺は何のためにここに居るのだろうか。日常だった。異世界とやらに召喚された。そして、変な門に入った。結果がこの暗い世界だ。
 光も無く、希望もない。それは、出口がない事を指し示し。それは、明日が無い事を意味した。
 結局、自分にできる事などごくわずかな事なのだろう。ただの人類で、70憶人の内の一人としての価値しかなく、それでいて一人前のプライドを持っている。
 そんな愚かで滑稽な人間って生き物の一体でしかない。俺にははなから、自由も権利も保護も何もなかったのに。
 なんだこの暗闇は。出口はどこだ。何が言いたい。何をしたい。
 前を向いて歩きたいのか? 明日を夢見ているのか? どこからか旅立ちたいのか? お前は何に向かって歩いている?


 溢れ出す言葉達。俺はそれを知っていた。なのに、意図して無視していた。聞こえない振りをしていた、素直になっても何も解決しないと言い訳を重ねていた。
 知っている。前を向いても何も解決しない事を。解っている。夢を見るだけでは何もできない事を。じゃあ一度諦めよう。全てを。
 前を向いて歩け? 誰だそんな訳の分からない事を言った上司は。 夢は信じれば叶う? 誰だそんな都合のいい夢を見ている教師は。
 逃げる事は悪であろうか。断じて否だ。
 壁を越えない選択は正しくないか? 断じて否である。


 この暗闇が指し示す意味を俺は知っている。
 暗闇に手を伸ばす愚かさを、壁に突進する愚かさを、俺は知っている!!


 後ろを振り返る。
 光が見えた。そうだ、逃げる事は悪ではない。越えられない壁を避ける事は悪ではない。必要な物があるなら一度踵を返すべきだ。自分じゃ解決できないなら人にやらせればいい。
 不変の悪を定めよう。悪とは自分の為に行動しない事だと見つけたり。


『『道化師』が進化』
『必要エネルギーの不足を確認。『レベルストップ』に蓄えられたエネルギーを消費。スキル『認識阻害』を消費。固有スキル『無機物再生』を消費』
『オリジナルスキル『遊戯』を獲得。条件達成。階級『盤上の王』を獲得』


 スキルはその人間が成長する事で進化する。
 ただ、それにはそれ相応のエネルギーが必要で、本来はレベル上昇による総エネルギーの上昇が不可欠だ。しかし、それをスキルを消費するという形で補っているのだろう。
 そして、階級の変化。


 しかし俺はそれに反応するよりも早く、意識を失った。いや、取り戻したと表現する方が正しい。


 目覚めると霧がかった森の中だった。隣には気絶した昴が倒れている。恐らく、門に入ると強制的に自分の精神との戦闘が開始される。
 さっきの感覚からするとあれの解決は本人以外には不可能だろう。だからこいつは今は放置するしかない。
 周りを見渡してみるが、危険という訳ではなさそうだ。なんというか生命の気配を感じない。
 通常であれば、気配察知スキルで虫や動物の反応を感知できるのだが、全くそれを感じない。
 周りの植物も動かないし、何よりも風が存在しない。まるで時が止まっているかのような錯覚に陥る。


 一先ず危険はなさそうだが、昴を放置はできないし、引きずっていくのはどこにって話になる。
 それと、俺の目の前の台座に突き刺さったあからさまな伝説の剣も気になるしな。多分抜けって事なんだろうが、さすがに何のトラップも無いと楽観はできない。
 何をするにしても昴が起きてからだ。起きない可能性は考えない。というか考えるだけ無駄だ。


「もう起きてるだろお前」


「バレた?」


「ホントに性格悪いよなお前」


「いやいや、本当の話今起きたばっかりだって」


 嘘くせえ。そもそも、なんでも出来るこいつがあんな弱みに付け込むような罠にかかる訳がない。なんでも出来るんだから弱みも何もないみたいなもんだろう。


「それで、どうしよっか」


「まあ、あの剣以外に変な物は見えないし抜いてみるしかないんじゃないか?」


「詳細物質鑑定っと……」


 あれは世界最高、Sランクの武器だ。俺の鑑定でもある程度解る。神剣・クラウド。ただでくれるって訳じゃないだろうな。


「あの台座……」


「台座?」


 すぐに鑑定を掛ける。名前は『封印の契石』。


「あの剣を封印してるって訳か」


「まあ、なんにしても抜いてみなきゃ始まんないかな」


 昴は台座に近づき、剣の柄を握り、引き抜きにかかる。特に抵抗も無いようで簡単に抜けた。
 しかし、それだけでは終わらない。台座が横にずれ始めた。
 台座が隠し扉になっていたらしい。


「これは、ちょっとまずいな……」


 昴が台座と距離をとる。理由は単純。さっきから気配察知が急に高密度の何かと捉えている。


「やっぱりこの剣と台座で何かをここに封印していたらしい」


「やっぱりって解ってたのか!?」


「この剣を詳細物質鑑定にかけたとき能力が結界だったからね」


 つまる所、俺達の勝利条件はこいつの無力化か再封印ってとこか。


「来るよ」


 爆音と共に入口が爆発した。どうやら中から何かしらの衝撃を与えて入口を大きくしたらしい。
 出て来たのはあからさまな化け物。悪魔のような捻じれた角、5mを軽く超えるであろう巨体、筋肉は盛り上がり、目は赤く光っている。


「ミノタウロスって奴か……」


 息を呑む。鑑定結果。神話の異形ミノタウロス。レベル20。その数字を見た瞬間俺の油断は消滅した。格が違う。


「畜生。俺が注意を引き付ける。その間にどうするか考えとけ!」


 幻想召喚! 勇者の異能、読切+神速+神経加速。これで戦える。
 これで見える。これで避けれる。これで対する事が出来る。


 アイテムボックスから鉄の剣を取り出して殴りかかる。ミノタウロスは無反応。
 叩きつけた剣は砕け散った。
 やっと俺に気が付いたのか、目があった。それは敵の目ではなく上位者の目だ。こいつにとって俺は戦うに値する敵ではない。


「麻霧。そいつのスキルは『身体強化』『腕力向上』『反応攻撃』『感覚強化』『自己再生』『リミッター解除』『硬質化』『威圧強化』! 単純に身体能力で戦うタイプだ」


「分かった!」


 一瞬でミノタウロスが視界からから消える。
 しかし、読切で予備動作から次の行動が読める。神速があればスピードで負ける事はない。神経加速で対応速度も最速。背中に回っていたミノタウロスの拳を折れた剣で受け止める。


「クソがっ!」


 腕力勝負じゃ絶対勝てない。吹き飛ばされるなんて生ぬるい攻撃じゃない。俺の腕が中から破壊される。 剣に体重を乗せていた左腕は使い物にならにレベルで損傷した。撃ち合えねえ。
 それを見てミノタウロスは笑っている。こいつにとっては今のパンチも遊びでしかなさそうだ。
 防御じゃやられる。回避一択だ。
 連続で拳が飛んでくる。認識阻害は遊戯と結合しても使用可能で、むしろ効果範囲が向上している。本来は俺の身体から数センチ程度まで認識をずらす能力だったのだが、どうやら数メートルまで拡張しているらしい。
 それを全力で使って回避する。しかし、手数も多いく、単純に拳が大きいせいで攻撃範囲が広い。
 神速は見た中で一番移動速度の速い速度で動く能力だ。しかし、このミノタウロスは俺が見た事のある生物で一番早い。同等の速度しか手に入らないのだ。


「昴、どうする!?」


 この状態で何分持つか怪しいとこだ。ぶっ割れた左腕は治癒魔法で治療しているが、それでも完治まではかなり時間が掛かる。何よりもこちらからダメージを与える術がない。
 これじゃあワンサイドゲームだ。


「麻霧、幻想召喚を使えば僕のオリジナルスキルもコピー出来るか!?」


「一度だけなら出来る!」


「あと何分持つ?」


「1分だ」


「分かった。僕が決める。『五種身体』天使の羽・獣の脚、解放!」


 昴の背に大きく純白の翼が出現する。更に、足が獣のそれに変化し、筋肉量が増長した。骨の形すらも変化しているように見える。靴は破け飛んだ。
 そのまま、全力で地面を蹴り飛ばし、飛来する。剣を掲げて、突き進む。


 そうか、あの暗闇で新たなスキルに目覚めたのは俺だけじゃ無かったようだ。


「麻霧、一瞬でいい。そいつの動きを止めてくれ!」


 まったく、無茶苦茶言いやがって。それでも、迷わず突っ込んでくるって事は俺にそれが出来ないと思っていないという事だろう。


「行くぜ、ミノタウロス! 幻想召喚・無敵!」


 超重量同士がぶつかり合い、けたたましい音が響く。ミノタウロスの拳が俺の顔面にめり込んでいるのだ。
 ただし、結果はこいつが想像していたものとはかけ離れているだろう。


「効かねえな! 不動盾!」


 不動盾で頭から押しつぶす。不動盾は物理的に破壊も抵抗も不可能なはずだが、どうやら通常などと言う言葉はこのミノタウロスには適応されないらしい。
 不動盾に抵抗している。押し返すばかりか、角を突き刺しヒビを入れている。このままいけば破壊されるのは時間の問題だろう。
 ただし! それまで命があればだ。


「麻霧! これを!」


 昴が追突寸前に俺の方に剣を差し出す。読切と神速によって全てを理解する。


「幻想召喚……」


「オリジナルスキル……」


「「真価!!」」


 神剣・ヘブンの元々のランクはS。それに昴の真価、三段階上昇が加わる。ランクはEX。
 更に、俺の幻想召喚で真価を上乗せする。ランクGOD。神剣・ヘブンディザスター。
 効果は分解と吸収。


「「はあああああああ!!」」


 昴の速度と俺の神速を乗せ、最強の剣は最速で走る。ミノタウロスの脚は地面に縛り付けられ、腕と頭は不動盾に完封されている。
 回避も防御も不可能。


 今更気が付いたのか本気で不動盾を壊しにかかる。
 遅すぎる。


 不動盾が破壊されると同時に神剣が胸を突き刺す。風穴を開けた。
 対象を分解吸収する能力が発動する。ミノタウロスは霧のように分解され、剣に吸収された。
 それは俺達に流れ込んでくる。


「レベルアップ。しかも一気に10は上がってる……」


 なるほど、確かにそれは神剣だ。


『討伐ルートでのクリアを確認』
『報酬選択。神剣ヘブン・神剣ディザスターどちらか一方を選択してください』
『階級『王』を付与』
『攻略成功です。お疲れ様でした。帰還します』



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品