道化の勇者、レベル1でも活躍したい

水色の山葵

並列思考と思考加速



 悠々と彼女は戻って来る。圧倒的な勝利。会場は無言に包まれた。召喚されて数週間の人間がこの世界の最高峰、勇者に摸擬戦とは言え勝利したのだ。どや顔の王族を除いて騎士たちからも驚きの表情がうかがえる。


「私もそこそこやるだろう?」


 いや、どや顔の奴がもう一人居た。


「これが歳の力か」


 皮肉ってみると、笑顔を浮かべながら俺の顔に顔を近づけて来る。疑問を抱く隙も無く、彼女は俺の目前……を通り過ぎ、耳元まで来る。そして小声で


「燃・や・そ・う・か?」


 怖っ!


「すんませんした!!」


 うん無理。あんなの食らったら俺死んじゃう。


「分かればいいんだよ」


 まったく。これだから婚期逃した独身は。顔を上げると炎を手の平に浮かべながら笑顔の四ノ宮が見えた。即、土下座に移行する。


「何をやってんだか」


 そう言い放ったのは坂嶺美沙音だ。命の危機なんだほっとけ。そう言おうとしたが、彼女はそのまま中央へ移動した。どうやら彼女が戦うらしい。








 ★








 坂嶺のスキルは神速と神経加速である。速度で彼女を上回る事は不可能であり、彼女の脳と神経の電気信号の伝達速度は0となる。その能力はどう考えても戦闘向きだ。それもダメージディーラーの役割を担う能力だろう。
 今度は簡単には終わらないでほしい物だ。


「二刀の勇者。ハイガミ・クレンツェ」


「異世界の勇者。坂嶺美沙音よ」


 鞘に収まる二本の剣が彼の二つ名の由来なのだろう。ハイガミは剣を鞘から抜く。それは白く輝く真剣だ。それに対し、坂嶺も刀をアイテムボックスから出現させる。


「参る」


 別に速い訳ではない。余裕で目で追える速度だ。勇者が一人負けて面子が無いのか目は真剣だ。だが、坂嶺にとってその速度は遅すぎる。


 剣が届く範囲に入り、二刀の内一本を振り下ろす。坂嶺はそれを余裕をもって弾く。どうやら神速はまだ使っていないようだ。彼女が本気なら今の一刀で終わっている。


「速いな」


 神速など使用せずとも坂嶺は速い。それはレベルと身体強化以外にも彼女自信の身体スペックがアジリティ寄りな為だろう。


「だが、俺も早さでは負けんぞ」


 二刀の剣が一気に加速し、まさに独立した剣のような腕を見せる。そこに相対的な型と呼べる物は存在せず、まるで剣士が2人いるようだ。読みづらい、と言うか読めない。完全に独立した剣技は左右のバランスを完全に無視している。


 しかし、それでは坂嶺美沙音には勝利できない。
 速度で劣っているハイガミでは、反射神経ですら負けている坂嶺には対抗できない。


「先手ってのはね、出す前から決まっているの」


 二刀の剣の内一本がはじけ飛んだ。


「実に速くて、羨ましい限りだ」


「速さだろうと早さだろうと、私が上よ」


「そうようだ。ならば手数で勝負させてもらおう」


 腰に差していた鞘を抜く。鞘を剣のように構えた。それは通常打撃武器としての活用しかできない筈だが、ハイガミの持つ鞘はどんどん変形していく。


全ての物は剣であるオールソード


「それが貴方のスキルって訳」


「ああ、しかし……」


 一歩踏み込むだけで、二人の剣は射程圏内だ。それでもハイガミは躊躇わず踏み込んだ。剣と化した鞘を振りかぶり、それを空に置いた。反応が一瞬送れる。しかし、思考加速の効果は健在だ。一瞬で相手の行動を理解した。ハイガミはタックル。坂嶺はそれをいなす様に身体をひねる。


 そのままハイガミは坂嶺の後ろを通り抜ける。


「私のスキルは一つではない。触ったぞ、無に帰す力スキルブレイク


「やってくれたじゃない。確かにスキルが使えなくなってるわ」


「降参は?」


「しないわ」


「その意気やよし!」


 ハイガミはもう一本の鞘を変形させ、二刀流に戻る。更に突進。スキルの使用を封じられた坂嶺はもはや脅威ではないと判断したようだ。


「でも残念。確かに固有スキルと通常スキルが使えなくなってたんだけどね。新幹線くらいでいいかな。神速、起動」


 スキルを封じてしまったが為にハイガミは地獄を見たのだ。神速の剣技。いいや、全ての速度に置いて坂嶺はハイガミ以上だ。目にも止まらず。本当の意味でこの会場だけでそれを観測できた人間は一体何人いるのだろうか。神速、観測したあらゆる速度と同じ速度を出す事が出来るスキル。


 彼女は文字通り最速なのだ。


 坂嶺が消えて数秒。新たに表れた坂嶺は試合は終わったとばかりに納刀した。


「安心しなさい、峰打ちよ」


 納刀が完了した瞬間、時が戻ったかのようにハイガミは崩れ落ちた。

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