道化の勇者、レベル1でも活躍したい
勇者パーティー
「単語感知『敵対生物』」
篠目麻耶がそう唱える。この能力はその言葉に近い物体を発見する能力がある。この場合は俺達にとって敵になりえる生物を索敵している。
「沢山います。半径500m程を索敵しましたが、空中に50以上。地上には100以上います。群れで行動しているのが4グループ。単体で行動しているのが多数。更に絞ります『強敵』」
二度目の探知。今回の目的は先ほど感知した生物の強さを測る為だろう。
「私単体では勝利不可能な強さの生物は500m県内に15体。一番近いのは前方右方面、50m地点」
「ああ、視認した。レベルは15。種族名は血牙樹木。スキルは『吸血』『遠隔肉体操作』『吸引回復』『魔力作成』」
「大した能力じゃなさそうだね」
「多分、触れなければ問題ないだろう。ただし、遠隔で肉体を操作って事は切り離された体を操作できる可能性が高い。それは気を付ける必要がありそうだ」
真田の問いに相良が簡単に答える。俺にはレベル15と言うだけで驚異的なのだが、彼らにしてみればそこまでの差は感じていないらしい。忘れてはならないのだ、彼らは勇者として神に選定されているのだという事実を。
「了解、相良さん。私はどうすればいい?」
「坂嶺を起点に攻める。俺がフォローに入るから、四ノ宮と真田は全体のバックアップ。篠目は気が付いた事があったら伝えてくれ。麻霧は……まあ見てろ」
俺は今まで、まともに訓練に参加した事はない。それはつまり、彼らの強さも知らなければ、連携も取れない事を指し示す。まさか、たかだか三日でここまでの戦闘能力差が付くとは思ってもみなかった。
今更、俺が何を言おうと彼らは止まらないだろう。俺の幻想召喚があれば、一度なら失敗を回避できる。イザとなればその札を切ろう。
さ、お手並み拝見だ。
「神速・神経加速、起動。身体強化」
どこから、多分アイテムボックスから取り出した装備をいつの間にか装着していた5人。坂嶺美沙音の武器は腰に携えた真刀だ。鑑定結果に特殊な事は掛かれていない。魔力で耐久値が上がっているようだが、それ以外は通常の刀だ。
それに、よくよく考えれば、神速+身体強化は確実に相手よりも上の速度で行動できるという事ではないのか?
「刻印。自然魔力接続完了。魔力構成完了:魔法名『スピードアップ』」
坂嶺美沙音の全ての能力が向上する。
刻印は刻印を付けた対象を自由に操作できるという能力である。同時展開の最大数は特になく、四ノ宮宮根のマルチタスク能力と刻印を刻む対象物の複雑性に依存する。そして、刻印を対象に付与するには触れる必要がある。
しかし、四ノ宮宮根はその能力で何故か魔法を発動している。
刻印の能力とは離れているようにも見えるが、彼女が操っている物は自然魔力。つまり、魔法を構成する元素その物だ。
恐らく、構造さえわかれば彼女は全ての魔法を発動可能で消費MPも0に抑える事が出来る。もっと言えばオリジナルの魔法を考える可能性も低くはないだろう。
「行くよっ!」
「不動盾!」
不動盾は相良豹麻の意思で移動させる事が出来る。
恐らく、坂嶺の移動速度は不動盾の最高速度と同じだろう。坂嶺の目前に展開された半透明の黄色く光る長方形の盾は、何者も通す事はない。
20m付近まで急速接近した坂嶺に血牙樹木が触手を飛ばす。
巨木に大きな口と目が付いたその身体は、悪魔的な恐怖をあおり、その巨体の為な鈍足な移動速度に反し、触手は高速で不動盾に突き刺さる。
不動盾は質量体であるが、物理法則以前に相良の命令を絶対とする。逆に言えば、相良の意思以外での位置変更は不可能だ。
「坂嶺さん! 触手の数が増えます!」
読切を発動した篠目麻耶は、血牙樹木の予備動作から次の動作を読み切る。それを伝えられた坂嶺美沙音も神経加速によってその言葉を受け入れる。
それを聞き届けたのは相良豹麻も同様であり、不動盾の精密性を上げる。
篠目の読み通り、一本目の触手が弾かれたのを確認した血牙樹木は触手の数を増やして攻撃してくる。
職種の合計は8本。4本は不動盾に阻まれ坂嶺に届く事はない。残りの4本も、不動盾に合わせて落としていた速度を開放する事で簡単に躱していく。
不動盾は置いて行かれるが、それはもはや必要ない。
「ハッ!」
一刀両断。まさに、その言葉を体現するかのように、血牙樹木の身体は二つに分かれる。
神速が斬撃にさえ作用し、彼女の速度は彼女の見た最速を越えている。
「僕の出番はなかったみたいだね」
「昴さん、私もですよ」
「麻耶さんは敵の動きを予知してたじゃない」
そんな会話を後目に、俺はモンスターの死体を眺め驚愕する。
レベル15のその魔物は俺の倒した熊のレベルを超えていた。熊のレベルは11で、レベル的にはたった4の違いだ。
しかし、それでも熊の身体能力が80倍だったのに比べ、レベル15の生物の身体能力は437倍されている。
それは、もはや音速の領域に片足つっこんでいる。この世界の最大レベルが21だという事を考えれば、この場所の魔物は最強クラスの生物だと予想できる。
それをたった三日前にこの世界に来た人間が倒せると一体だれが予想できるだろうか……。
彼らの戦闘センスは人知を超えているといっても過言ではない。俺は勇者の危険レベルを引き上げた。
「あまり歯ごたえは無かったな」
「そうですね、私ももう少し動きたかったです」
相良としても坂嶺としても、どうやら今の敵の強さが不満だったらしい。
「スキルを使用しなかったのと、元が木でレベルによる身体能力上昇の恩恵を十分に受けられなかったんだろうな」
四ノ宮の意見には俺も同意する。確かに、動きが早いとは思えなかったし、スキルも驚異的な何かを持っていたわけでは無かった。勝因にそれは含まれるだろう。
まあ、それでも勇者=化け物の図式は変わりないが。
「それで、麻霧君? これでも私達に不安かい?」
彼らを代表してか、四ノ宮宮根が俺に微笑みかける。そして、一同が俺を見る。
「私達の実力は君に釣り合っていないか?」
再び問われる。
「それでも俺は、俺の為にで人が死ぬなんて御免だ」
「私達の実力は見せた」
「ここには、レベル15の黒龍を食い殺すような化け物がいる」
「私達は負けない」
「なんで言い切れる」
「まさか、さっきの戦闘が私達の全てだとでも?」
「だとしても、いざという時死ぬのは俺だけで良いだろう。危険なのは俺が選んだ事が、お前らに背負わす気にはならない」
「君は……何故……」
もはや、俺の説得は無理だと感じたのか、彼女は俺から視線を外す。すると、今度は真田昴がしゃべり始めた。
「四ノ宮さん。もういいですか?」
「ああ……」
「どういう……」
俺には彼らの会話を理解する事は出来なかった。何か、彼らの間に約束でもあったようだ。
「四ノ宮さんに、麻霧の話を聞いた後、他の勇者は君を許した。別に咎めるような事でもないってね。けど、僕は解らない。君が味方であると確証が持てない。だから、四ノ宮さんと賭けをした。麻霧がもしもこの場所を秘蔵、独占するようなら僕の勝ち。もしも、麻霧が勇者に協力を求めるか加勢するのなら四ノ宮さんの勝ちってね」
「そうか、概ね理解した。それで、勝利した場合どうなるんだ?」
「勇者全員が僕と麻霧が戦う事を邪魔しない事になる」
「なるほどな。無理矢理ここについてきたのはこの世界の人間に干渉させない為か」
「ああ、ここなら人から邪魔される事はないし、勇者という最高の護衛もいる」
「更に、俺を殺しても死体が誰かに発見される事はない」
「正解だ」
「良いぜ。それで、勝利条件と敗北条件は?」
「単純明快。相手を戦闘不能にする事。殺しても、気絶させても構わない。判定は他の勇者がやってくれる」
俺と真田を中心に勇者が離れていく。
「すいません麻霧さん」
篠目の、そんな小さな声が聞こえた。
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