戦闘狂の迷宮攻略 〜早熟と模倣でお前のスキルは俺のもの〜

水色の山葵

鬼退治



 身体の主動権を得た僕はすぐさま行動を開始する。リモートアームズがあれば、基本的に僕の手のひらからしか発動させる事ができない魔法を、リモートアームズの腕によって発動することができる。僕が同時に展開できる不可視の腕は今のところ2本。風の魔弾を全力で鬼人に叩き付ける事で、時間を稼ぐ。


 その間に僕は彼女の下まで移動した。


「あいつを倒すには君の力が必要だ」


 そう言って差し出した手を彼女が握り返してくることはなかった。その瞳は迷いの瞳。戦う恐怖と戦わない恐怖が戦っている。
 彼女からしてみれば、ここから逃げることができないという理性と、しかしあんな化け物に勝てるはずがないという本能があるだろう。僕にそれはない、『あいつ』と同じ理解はするが共感はしない。
 僕は僕の目的を果たすために、ここにいる普通の女の子を、使う。


「僕が君を守るよ。君の身体も君の言葉も君の思いも僕が全て解決して完遂して完璧に成功させよう。君は傷つけさせない。君に涙は流させない。君の居場所は奪わせない。だから僕を信じてくれ」


 弱っている人間への声掛け等容易い事。自分だけで解決できない問題に直面した時、人は誰かに頼ってしまう。それはどれほど成熟しようが変わらない。そしてその誰かの明確な選別方法など、誰も持ってはいない。
 つまり誰でもいいのだ。過ごしてきた時間もかけられた言葉も、そんな程度の物で決まる時点で僕みたいな嘘つきが一番誰かを救えるという結論に達してしまう。
 この世界がクソでも人間がクソでも、そんなことはどうでもいい。僕は僕のために生きている。そして僕は全人類も自分のために生きるべきだと思っている。
 だから彼女を救うのは僕のためで、そもそも救うつもりすらない。


 優しい音色で、優しい手つきで、優しそうな顔をして、彼女に近づく。


 頬に触れながら涙を拭う。そして手を差し伸べる。


「大丈夫だよ」


 目じりに溜めた涙を抑えて、彼女は僕の顔を見た。


「私は貴方には頼りません!!」


 僕は目を見開く。彼女は僕の手を取る事なく一人で立ち上がった。


「私は戦える。私は自分の身くらい自分で守れる。私はもう歩みを止める事などありません。だからどなたか存じませんが、私が力をお貸ししますから力を貸してください」


 そして彼女は僕に頭を下げた。それが彼女のプライドなのだろう。頼る訳じゃない、自分はただ自分が生きるために僕と協力するのだと。人の弱さに付け込もうとしたら人の強さに否定されてしまった。
 僕もまだまだだな。そして僕の予想を外させたからこそ、僕はそれを気に入った。




 まったく、相棒は偏屈なんだよ。


 うるさいよ。




「いいよ。僕は君に力を貸そう、だから君も僕に力を貸してくれ」


「私とあなたは対等ですよ?」


「当然だよ」


「ならば、これを」


 彼女が渡してきたのは一枚の丁寧に折りたたまれた紙切れだった。そこ書かれていたのは彼女のステータス。




 椎名しいな ねい
 レベル8
 ユニークスキル 守護霊・安倍晴明あべのせいめい
 スキル 料理3 命中2 弓術2 槍術1 降霊術3




 降霊術ね。てか有名人も有名人じゃないか。安倍晴明、平安時代に実在する最強の陰陽師だ。


 それを降霊させる事でモンスターを消滅させている訳か。
 いやおかしい。最強の陰陽師を口寄せしているにしては威力が低すぎる?
 それとも陰陽術とはこの程度の物なのか? 『俺』が遊び半分で戦っても勝てる相手を一撃て倒せないていどの。


「簡潔に答えてくれ。君の能力であの鬼人を倒すことはできるか?」


「可能です。しかし、私の降霊術は不完全です。だから怪異を滅するにはその怪異がどういう存在なのか知る必要があります。ある程度詠唱を変えて試していますがあの怪異を消し去るほどの術には至りませんでした。名前でも分かれば違うのですが……」


 つまり、やはり彼女の能力は相手の情報を知ることによって相手を分解する能力。


「ですが、他の問題もあります」


「なにかな?」


「詠唱にはかなりの霊力を使います、ですので詠唱できる回数は後一度が二度でしょう」


 それは問題だ。失敗が許されないのでは使うタイミングがかなり遅れることになるし、何よりその詠唱でも消滅させることができない、というヒントが得られなくなる。


「それは厳しいな」


「はい……すいません」


 彼女は肩を落とし悲痛な表情を見せる。僕は彼女のその問題を解決する手段を持っている。しかし、いいのか?
 普通に考えれば一発アウトだ。だが、彼女の性格ならもしかするかもしれない。


「なあ、君はこの戦いに勝つためならどこまでできる?」


「勝てるというのなら、両手両足も惜しいとは思いません」


「そうか」


 彼女の目は本気の目だった。だから僕は躊躇することなく、彼女の唇に僕の唇を合わせた。


「ん、ぃゃ……」


 彼女の制止も聞かずに彼女の口を強引に開ける。
 DNA情報所得。魔力容量確認。魔力残量把握。魔力循環出力最大。魔力変換開始。
 彼女の霊力不足とは確実に魔力不足の事だ。彼女の能力は魔力感知に反応しなかったのはあの術が放出系魔法ではないから。彼女の能力は情報解析を起因に相手の魔力を分解する事。つまり魔力感知では魔力を分解する能力を感知することはできなかったということだ。
 そして実際に計測してみた結果、彼女が能力を使う前と後では体内の魔力量に変化があった。使った後の方が魔力量が少なかったのだ。
 それは彼女の能力も魔力を消費して行われているという事だ。


 通常、体外から取り込んだ魔力は体内を循環してその人物の使用可能な魔力へと変質する。しかし、錬金術があれば魔力を強制的に変質させることは可能だ。
 そしてそれには相手の遺伝子情報が必要になる。唾液から検出した遺伝子情報を元に俺の体内の魔力を彼女が使用可能な魔力へと変質させ口から取り込ませる。
 つまり魔力譲渡だ。


「はっ、何をするんですか!?」


 ビンタされた。めっちゃ睨まれてるし。まあそりゃそうか。


「霊力とやらは回復したか?」


「え? なんで……霊力が元に戻っている?」


「まあ怒る気持ちも分かるしビンタでもなんでも後でしてもらって構わないからあいつを倒すのに協力してもらっていいかな?」


「あっ! すいません、私……」


 そして作戦を説明する。
 探索隊の皆さんも僕のハイヒールで完全回復しているので手数は合計32人。






 作戦は聞いてたな?


 ああ、俺はいつでも戦えるぜ?


 じゃあ身体は好きに使っていいよ。負けるなよ?


 誰に言ってんだよ。








 さてとやっと早熟の本当の意味が解ってきたんだ。本気で行くぜ。一瞬にして鬼人の目の前まで接近して二度・・切り付ける。この技の名前は、


「アクセル、ダブルスラッシュ!!」


 短剣二刀流でアクセルスラッシュを放つ俺の新たなスキル。そう、早熟の本当の能力とは新たな技や能力を作るために必要な技術や経験が半減するという物。


「クアットジャンプ!」


 四回まで空中で跳躍することができるスキル。そのスキルは相手を翻弄し俺の姿を見失わせる。


「トルネードファング!」


 回転しながら相手の首を二本の剣で挟み込み切り飛ばす技。
 しかし、鬼人の装甲はやはり破れない。


「シャドウドライブ」


 ワンステップの間、俺の物理的干渉を無効化するスキルと一歩の距離を倍加するスキルの合わせ技。
 鬼人の反撃はこれで避ける。


 鬼人との距離5m。


 鬼人の選択肢は上段からの切り下ろし。鬼人の持つ大太刀でも5mの長さはない。しかしあいつの斬撃は飛んでくる。


(それは僕が止めよう)


 声が聞こえた瞬間正面に突っ込んだ。
 俺の髪の毛が数本切り裂かれたとき、斬撃は嘘のように消え失せた。


(マジックディストラクション。やっぱりね、身体能力だけであんな魔法のような芸当ができる訳がない)


 それは放出された魔力を分解するスキル。


 早熟による必要熟練度の半減化。そして、身体操作性能が向上する剣術武術体術による習熟速度の上昇。つまり、俺はほぼイメージだけで新たな技を創り出せる。
 お前のその技、貰うぜ?


「ダブルウェーブスラッシュ!!」


 それは魔力感知によって解析した魔力の流れと生命感知によって解析した身体の動きをトレースする事による新スキルの作成。
 早熟と高いレベルの身体操作性能系スキルを併せ持つ俺だけの技。


「模倣」


 そして魔力操作は相棒に任せている。つまり、お前のカマイタチよりも高性能な技として昇格している。
 その不可視の斬撃は音よりも早く鬼人の硬い装甲を断ち切り壁にまで亀裂を入れた。
 大きい傷と言える物ではない。しかしこの戦闘が始まって最初のダメージ。それは俺たちでもコイツに勝てる事を意味する。


「ウウォオオオオオオオ!!」


 痛みに悶えているのか鬼人は大声で絶叫する。
 その絶叫は俺たちに絶望を植え付ける。無論それは大声にビビったわけではない。
 目に見える絶望。鬼人の身体が変化していく。


 俺は剣を取りこぼした。勝てない。少なくとも今の俺では絶対に傷つけられない、そう悟った。


 俺の目の前に一人の少女が現れる。その眼は諦めていない瞳だった。強い瞳、俺はそれに魅せられた。


「諦めてはだめです!! 私たちは生きて帰るんです!!」


 その言葉を聞いて、俺は笑ってしまった。勝てる訳がないと諦めたからじゃない。勝てないと諦める事がどれだけ愚かか理解したからだ。
 短剣を握りなおす。


 鬼人の姿が変化していく。その姿がもはや鬼人と呼べる物ではなく、正しくそれは鬼。5mを軽く超える巨体と5本の角、そして顔の上半分を埋め尽くす程の無数の目。
 更にはゴブリンやホブゴブリンがどこからともなく現れた。その数は数十匹を下らない。


 俺は咄嗟に少女を抱えて探索隊が集まっている場所まで下がる。


「おい!! ゴブリンとホブゴブリンは任せてもいいか!?」


「任せろ!! そのかわり……」


「ああ、俺はあのデカ物をやる!」


「照準、ゴブリンとホブゴブリン、一斉射撃、構え、撃て!!」


 隊長の号令と共に、探索隊の全員がゴブリンとホブゴブリンに射撃を開始する。ゴブリンとホブゴブリンにそれを止める手立てはない。
 銃声が止んだ時、ゴブリンとホブゴブリンの殆どは身体に穴が開き沈黙していた。


 どうやら、あの女の行動で勇気づけられたのは俺だけじゃないみたないだ。


「残るはテメェだけだ! ダブルウェーブスラッシュ!!」


 飛ぶ斬撃は、しかしその肌を切り裂くことはなかった。チッ、装甲まで強化されてやがるのか。


「ダメなのか……」


 隊員の誰かの呟きは静寂の中を良く通った。


「大丈夫!! 時間を稼いでください、終わらせます!!」


 その呟きを消し去るかの如く良く通る女の声が響き渡る。


「任せろ!!」


 やってやるさ。


「「「「うぉおおおおお」」」」


 少女の言葉でこの場の全員の諦めが吹き飛んだ。
 隊員達は盾を取り出し少女を護る。


 鬼人が動き始める。その動作は速い。
 抜刀からの横へ一閃。範囲攻撃+遠距離攻撃。そもそも剣の刀身が5m以上に伸びている。止められるか? いやこれを回避すればあの女がいる場所に直撃する。隊員たちの盾じゃ防ぎきれないだろう。
 ならば!


「止めるっきゃねえ!」


 シャドウステップとクリティカルカウンター、そしてリモートアームズ展開。
 魔法の鞄から剛腕の大剣と毒蛇の大鎌を取り出しリモートアームズに装備する。
 リモートアームズ=モードマテリアル。物理的干渉能力を、込めた魔力分だけ発生させる不可視の腕へと昇格したこの腕は既に俺の三本目と四本目の腕に他ならない。
 魔力操作は勿論相棒だから、俺は心置きなく技に集中できる。


 四本の剣が巨大すぎる大太刀を受け止める。吹き飛びそうな衝撃と圧力。俺は魔力を武器と足腰に込める事で踏ん張りを強化する。


「弾け飛べええええええええ!!」


 その四本の剣は巨大な大太刀を弾く事に成功する。


 勇気のつるぎと命名したその剣は護りの剣。そして最強の威力を誇る攻撃のスキル
 四本の剣に黄金の光が宿る。
 このスキルで弾いた攻撃力分のエネルギーが四本の剣を包んでいるのだ。
 つまり、このスキルの本当の能力は相手の攻撃を四倍にして相手へと返す事にある。


「四刀流、ブレイブソオオオオオオード!!」


 大威力の四回の斬撃は鬼の腹を切り裂き吹き飛ばす。


「後は頼んだぜ、嬢ちゃん」


 この技、魔力消費が尋常じゃないのが唯一の欠点だな。
 俺はその場にぶっ倒れた。


「強大かつ強力な最強の鬼神、数多の鬼を従え、数多の酒を呑みほす汝の名は、酒吞童子! 森羅万象を読み解き在るべき姿へ帰り、たまえ!!」


 鬼の、いや酒吞童子の身体は光に包まれていく。しかし、悶え苦しむ最後の力を振り絞り酒吞童子が角の一本を少女へ飛ばした。


「お前ら! 死んでも止めろ!!」


 隊長の声を合図に隊員の全てが腰を落とし踏ん張る。
 盾の数は二行かける十五列。最初の盾は盾通しの間をこじ開けるようにして簡単に突破される。
 二列目の盾、三列目の盾とどんどん突破されていく。
 そして最後の盾は隊長ともう一人の盾。


「止まれええええええええ!!」


 今までで一番粘っているが角は盾通しの間をこじ開けていく。盾が弾かれ、その角が少女へ届きそうな直前、隊長が盾を捨て少女を突き飛ばした。
 隊長に角が刺さる。誰もがそう思った瞬間、分離している角を含めた酒吞童子の身体全てが光の粒となって消滅した。


「助かった、のか?」


 酒吞童子の消滅と同時に入り口の青い膜が解除され上の階への扉が出現した。
 それを見て俺は立ち上がり、隊長たちへ近づいた。


「ああ、俺たちの勝ちだ。ナイスガッツ、隊長」


 隊長の肩を叩くとその場を歓声が包んだ。
 笑っている者、泣いている者、様々だが皆一様に嬉しそうな表情だった。






 なあ、相棒はあいつがあんな化け物になる事も予測してたのか?


 そんなまさか、僕は最善を尽くしただけだよ。


 ま、そういう事にしといてやるよ。


 本当だって。



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