俺だけFPS

水色の山葵

魔王狂騒曲 第一章 【拝謁】

「それじゃあそろそろ俺は落ちますね」


「ちょっと待ってくれないかな、ミズキ君」


 そう声を掛けてきたのはスバルだった。後一秒遅ければログアウトボタンを押していたであろうタイミングで、ギリギリその声は俺に届いた。
 あぶねえ、あと1mmで届いてた。


「せっかく僕らが解放した新世界だよ? 撮影もしておきたいし、良かったら一緒に初見の世界エリアに行ってみないかい?」


 疲れがヤバいが、確かにこのゲームで他のどのプレイヤーも見た事がない初めての景色を見れるというのは俺にとって相応の蜜となる。というかそれを逃す手はないな。眠気も疲労もふき飛んだ。


「行きます!」


 そうして、俺、スバル、風船の三人での魔界探索が始まった。と言っても見て帰ってくる程度らしいが。
 このゲームは初というのを重要視しているように思える。例えばエリアボスの称号スキルは、初討伐ボーナスで貰える場合が殆どだし、もしかしたら初到達で何かしらのスキルやアイテムがもらえる可能性もあるかもしれない。


 開いたゲート。歌姫を含めた王族が引き上げた後もそれは開きっぱなしだ。それを潜ればきっと魔界と天界というエリアに行けるであろうことはRPG歴の浅い俺でも解る。


「わたくしもご一緒してあげない事もないですよ」


「魔界に行くのであろう? 数百年前の物だが記録上では、悪鬼羅刹の巣窟と言われておる。姫を救ってくれた礼じゃ。少しでも力になろう」


 ミルとジルも参加するようだ。これだけリアリティに溢れる世界観なら、王命とかで調査が出されているのかもしれない。
 戦力が増えるのはいい事だ。スバルと風船も同意し、五人で門をくぐる事に決定した。


 門は二つ。
 一つは黄金に輝き、聖堂のような物が映し出された光景が写る。
 もう一つは漆黒。空は暗雲に包まれ、大地は枯れたような酷烈な風景が写っている。


 第二世界第三世界と言うが、魔界が第二で天界が第三なら順番的にまずは魔界に行くべきだろうとスバルが提案する。
 否定する者は居らず、俺たちは漆黒の門を潜り抜けた。


「は?」


 ポジションチェンジと同様な不思議な感覚に身を任せ、枯れた大地へと脚を踏み出す。
 それは誰の声だったのだろうか。きっと今の俺の表情を表すにしてもその声以上に的を得た表現は中々ないように感じる。


「余はカイゼル・EXエクス・スミス。貴公等には感謝しているぞ、お陰で封印が解けた。だから褒美だ、受け取るがよい」


 そう言って、黒炎と黒雷を両手に持った角が生えた少年はそれをこっちに投げつけてきた。


「超防御壁!」


 そう叫ぶと同時に装備事巨大化したスバルが俺たち全員を守る様に盾を構えた。


「ほう? 中々の魔法耐性だ。まあ関係ないがな」


 炎と雷は、まるで閉じ込められていた空気が破裂した風船の如く、巨大な炎と雷が放出される。


「やばいな。一撃でHPが全部持っていかれた」


 HPが通常の数十倍あるはずのスバルがそう言うのだ。もしもスバル以外がまともにあの攻撃を受ければ足趾は間違いないだろう。


「何してくれてんだよ!!」


 俺たちのずっと上空、一度の跳躍では絶対にいけないほどの距離まで登った風船が、その落下の勢いを短剣に乗せスキルを発動させる。


「十二枚卸!」


 縦方向の回転切りが決まる。


「速度は中々。しかし、惜しむべきはそもそもの重さが全く足りん事だろうな」


 短剣を腕でガードする。スーと赤いダメージエフェクトができるが、それだけだ。しかもそのエフェクトも一秒後には消え去った。
 防御力も一級以上。まずいな、勝てるビジョンが浮かばない。


「チッ」


 大きくバックステップし、風船が俺たちの位置まで引いてくる。レベルダウンの枷が外れた状態のトッププレイヤーでも攻めあぐねる程の防御力という事か。


「ええ、だからわたくしはここに居るのでしょう」


「じゃろうな」


 聖職者の装いの少女と、とんがり帽子の魔法使いが前へ出る。


「帰りなさい。門の向こうへ。救世主を死なせるわけには行きませんわ」


「お主らが生き返るのは知っている。しかし、この者を止めるのが我が王命であるならば」


 大抵のプレイヤーはNPCを下に見ている。そりゃそうだ、人に作られた存在に人が遜る方が難しい。
 だからデスペナを回避するためにこの二人を犠牲にするのは別に大した事じゃない。


「解ってんなら黙ってろよNPC」


「そうだね。こんなイベントを人に盗られて堪るものかよ」


 二人プレイヤー二人NPCの肩を掴む。


「「どけよ」」


 どう見ても狂っているだろう。絶対に死ぬような相手に笑みすら浮かべながら立ち向かう。
 これがゲームじゃなかったら、これを現実だと思っている人NPCからすればどう見ても狂っている。
 なんでエネミーが喋るんだろうか。それともこいつはNPCの類なんだろうか。俺はそんなことを考えていたが、どうやら二人にはそんな事は今はどうでもいい事らしい。二人の最強トッププレイヤーはNPCを押しのけ前へ出る。


「「ジルフェードミルティアス下がってろ下がって下さい」」


 肩を掴んだまま、全力で投げ飛ばす。レベル99のSTRがあれば人間一人を投げ飛ばす事も難しくないらしい。勿論相手のVITが低ければだが。
 悲しきかな、二人のNPCはどちらも後衛。VITが高いとはとてもではないが思えない。


 投げ飛ばされた二人のNPCは、口を開けたまま門までストライクで放り込まれる。


「悪いけど君もだよ、ミズキ君。ここは君の強さレベルじゃまだ早い」


「そう言うこっ、た!」


 風船が目にも止まらぬ速さで俺の前まで移動してきて、そのまま腹を蹴り飛ばした。
 ペインレスシステムで痛みは感じないが、圧倒的ステータス差には俺はただ吹き飛ばされるしかない。景色前へ進んでいく、空中で抵抗できない俺は一瞬で門の中まで吹き飛ばされた。


 獰猛な笑みを浮かべる二匹の猛獣の背を見る以外にもう俺にできる事は何も無くなった。
 門の奥からでもその景色は見えるようだ。もう一度入る事は可能だが。ステータス差を考えれば戦力外なのはどう見ても明らか。もう一度入って邪魔する程俺は無粋じゃない。


 その剣閃の悉くは通らず、雷も炎も連撃もカウンターも魔力の刃もあらゆる攻撃が通用しない。
 その魔法の悉くが身を貫く、黒い雷と黒い炎が身を焼き焦がす。動きを鈍らせ、掠っただけでHPを奪い取る。盾で受けようが魔法耐性を上げようが意味はなく、ただそれが現実であると証明するように荒々しく命《HP》を奪いつくすだけ。


 避けても避けきれず、防いでも防ぎきれない。大人と子供のような純粋な力の差。それを埋める手段は今は、まだ無い。


 二人の身体がポリゴンとなって消えていく。どうやらあの敵はこっち側には来ないようだ。
 だから俺は死なない。とでも言うつもりなのだろうか?


「何故、もう一度やってきた?」


「見るため」


「何を?」


「次勝つ方法!」


 マイクロショット起動。再現弾丸チャンスバレットはもう消えた。だからもうチートみたいなあの力は使えない。
 今の俺の全開はここまでだ。


「銃弾なら躱せないとでも思っているのか?」


 完璧にヘッドに放った一発は首を曲げる動作だけで簡単に避けられる。
 だけど、それならそれでいい。ポジションチェンジ起動。


 後ろに目は付いて無いだろうが!


「目だけで世界を見る事など、どれだけ愚かな事であるか」


 なら、もう一発。今度はファントムショットだ!
 見えないなら避けられないだろ。


 見える弾に混ぜた見えない弾。しかし、それらは掴まれた。銃弾を素手でつかむとか漫画かよ。


「だから、目を奪う事に意味は無いと言っている」


 サークルムーブで近づけ、近づけはゼロレンジバーストが使える。零距離なら避けられない!


「その武器で、自ら近寄って来て何をすると言うのか」


 引き金を引くよりも早くカイゼルの拳が腹に突き刺さる。全身に力が入らない! 引き金が引けない!


 吹き飛ばされながら、銃弾を撃つ。


「面白れぇなあ!!」


「何度言わせる。それは余に通用せん」


 手を出し掴む。目に頼ってはいない? じゃあ頼んなよ!
 カイゼルは銃弾を掴み取る。その瞬間、弾丸がカイゼルの額を捉える。


「なんだと?」


 ただそれだけではピンピンとしていて、ダメージエフェクトすら出ていない。
 カラクリは簡単。二発撃っただけ。一発目に狙ったのは両目の間。それを掴むように出した手のせいで、弾丸が隠れる。
 そして、その弾丸の真後ろから飛来するもう一つの弾丸に気が付かない。


「そうか。声で銃声を掻き消した訳か」


 大声で意味のある言葉を発せば、人間の意識はそっちに集中し他の音を無意識に聞き流す。絡めてが如何に強力なのかを俺はついこの前教えられたばかりだ。


「見事だ。次にまみえる時を楽しみにしておくぞ」


 隆起した岩に背中を強打され、俺はそのままHPを全損した。

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