俺だけFPS

水色の山葵

歌姫は一人で歌わないⅢ



 雑魚は捌けるようになってきた。俺とジルで雑魚を処理して、他が二体の守護者へダメージを与える。
 未だ二体の守護者は動いてすらいないが、このまま風船やスバルの火力が守護者に向けば、少なくとも状況は動くはずだ。


 そう考えていた矢先、それは起こった。


『沼地』
『豪雨』


 二体の守護者ゴーレムがそう呟いた瞬間、自然その物が俺たちに牙を剥いた。
 大地は沼と化し、天が洪水を降らす。


「環境変化! 状態異常、スタミナデバフ」


「雨は移動系スキルに対するデバフだぜ! 移動距離が半減してる!」


 致命的とまではいかないが、それなりに凶悪な環境の変化だ。
 状態異常じゃないからアイテムやスキルでもどうにもならない、しかも雨は視界を邪魔し、沼は脚を奪われる。
 数値で見える物以上に戦いにくい。


「スバル、一人で耐えなさい!」


 王錫とでも呼ぶのだろうか、宝玉を付けた杖を掲げた聖女から光が発生する。


物理結界フィランクス


「儂も少し本気を出そうか。氷結世界ジ・アイス


 それに応えるようにジルの持つ魔法の杖も光を放ち始める。


 黄金の光は天幕を創り出し、空色の光は地面を凍らせ固めていく。
 傘が視界を確保し、氷が足場を作りだす。


 後に聞いた話だが、聖女と魔導の長はこのように呼ばれる場合もあるという。
 生命創りライフルーラーそして全属性使いフルエレメンタラー。聖女は全プレイヤーの蘇生と街の守護結界を発動し続ける。
 魔導長官とはあらゆる魔法の開発に加え、現存する全ての魔術体系を心得た者だけが名乗れる役割である。


「よし、デバフは切れた! スバル、畳みかけるぞ!」


「ああ、本気で殴ってみようか!」


 雷の剣と、結晶を象ったような二つの刃が向き出た短剣。


「来い、麒麟の落雷!」


「行くぜ、インベントリ。赤、青、緑、黄、フルポテンシャルアップ。『尺骨の短剣』『幾星晶剣』『魔刀』三刀流十八枚卸!」


 黄金でできた剣から上った紫電の雷は、数倍の太さとなったその雷を天使へ落とす。
 二刀流に加えて、魔力で形成されたであろう半透明の刃を咥えた風船は、回転するように刃を振るい、18の斬撃をほぼ同時に放つ。


 堪らずと言った雰囲気で、二体の守護者ゴーレムは後ずさる。できた傷は直ぐに再生するが、しかし、蓄積されたダメージは少なくないはず。


「ならば、押して参ろうか」


 漆黒の騎士も攻撃を加える。剣から出る衝撃波のような物が悪魔へと追撃を加えていく。ジルも同じように攻撃を加えるが、しかしそれでもまだ動く気配がない。
 何がしたいのか。クソ、解る訳ねえ。


 なら、俺の結論も皆と同じ。銃弾を撃つだけ!


 雑魚を処理しろ。メイン火力に近づけさせるな。それだけが俺にできる仕事なんだから。火力じゃ俺は聖女ミルにすら劣る。
 だが、俺の戦い方は雑魚を倒すという役割とは相性がいい。回復弾があれば、MP消費でHPを回復させられる。称号スキルのお陰で雑魚を倒せば倒す程MPが回復する。銃で戦う俺は被弾しない。
 聖女は空中に張ったバリアの維持で片手間使ってる。ならHP管理も俺がやる。


 情報を入れろ。考えられる全てを計算しつくせ。敵の位置、敵の数、味方の体力、俺自身のHPとMP、敵の状況、手札、手駒、STMも。
 考えられるだけ全部考えろ! じゃないと一手で瓦解する。


 決して、俺たちは余裕がある訳じゃない。スバルも風船も、他のNPCも隠し玉の一つや二つくらいあるのかもしれない。
 けど、それは天人と魔人に使うべき札だ。雑魚に切らされるわけにはいかない。俺にはあの二体のボスを倒せるだけの攻撃力が無い。だから、それはできる奴に任せる。


 雑魚を通すな。通すならスバルに行ってる奴だけだ。だがそれも避けられるだけ避けろ。
 風船の歩みを止めれば、それだけDPSが下がる。スバルに雑魚を通せば、一撃の威力を重要視するスバルのバトルスタイルと噛み合わない。俺にあるのは二つの拳銃。一方はクリティカルで炎を付与し、もう一方は回復魔法の真似事ができる。


 ならば、出来る事を総動員し、出来ない事を出来るようにしろ。
 適材適所。その言葉を守ればいい。出来ない事をやる必要はない、出来る事だけして難易度十不可能可能とクリアしろ。
 俺の仕事は全体の管理。スバルにそう言われて俺自身もそれが適材だと思う。


「だから、俺が命令するから、聴け!」


「はっ!!良いぜ!使ってみろよ!」


「ブレインは君に任せると僕は言った」


「御意」


「我が力、使ってみればいい」


「今だけです。勇者が英雄ではないというのなら、それを証明してみなさい」


 ここにあるのは、全てのプレイヤーと全てのNPCを以てして最強と言える戦力。これで勝てないなんてありえない。


『海面』
『氷雪雨』


 そう呟く二体の守護者。
 水が地を満たし、腰辺りまで水が上がってくる。天から降る雨は雪へと変わり、雹が降る空へと変わる。そのサイズは拳大で当たればダメージを受ける。微々たるダメージだが、状態異常値が蓄積され最後には鈍足が付与される。
 だがそれは、予想外じゃないんだよ。


「二分だ! 最初の二分で雑魚が出た! 次の二分で地形と天候が書き換わった。そしてまた二分でそれが更に書き変わった!」


「なるほど。であれば、儂がするべくは……」


「わたくしがするべき事は……」


「ああ、ボスはまだ動かないなら二人にはアシストを頼む」


「火傘」


「光場」


 炎を薄くしたような壁を天へと張り、雹を防ぐべく展開する。
 光の足場が水上へとパーティーメンバーを引き上げ足場とする。


「悪いが、さっきの魔法より魔力と集中力を使う」


「わたくしもですわね。維持だけで手いっぱいです」


「ああ、大丈夫。アタッカーとタンク以外は全部俺が一人でやる」


 幸い、雑魚《MP》は無限に湧き出てくる。
 三体倒せば、味方一人のHPを30%回復させることができる。これは下級回復薬と同じ効果だが、MPが無限にあるのなら、回復量もそれに等しい。


 であれば、ヒーラーとバッファーと雑魚処理と司令塔を俺がやれば完封できる。


 戦闘開始から6分経過。二分毎に発動する特殊能力。更にもう一つだけルールを加える事ができる。守護者あいつらの頭の上にある輪っかとその中央から伸びる針のような物。




 そうだ、まるで時計の様じゃないか?




 問題は一周した時どうなるのかだ。戦闘終了? もう一度初めから? 違うな、その程度で難易度10な訳が無い。
 最大レベルのプレイヤーでもクリアできない可能性の難易度9、その更に上。だから、レベルすらも関係なく一切合切全部捧げてもクリアできない難易度のはず。


「次! 雪崩と竜巻! ミル!ジル!」


「ああ」


「ええ」


 三つの竜巻とフィールド全体を覆うような巨大な雪崩。


火炎防壁カグツチ


彼方空虚ソティス


 それを止めるのは、炎の神を象った巨大な火炎の壁と呼吸さえ止めるような無風の世界。
 MP残量1割以下。次の環境変化はこの二人の力では防ぎきれない。流石に難易度10、NPCの力だけで完封できる程楽な訳が無い。


「だから次は無しだ。時間は稼いだだろ、お前らの火力はその程度か!?」


「るっせえ初心者ルーキー


「ああ、今度は僕達の番だね」


「私の事もお忘れ無きよう」


 雷の剣の効果はさっきの一撃だけではない。


魔法書スクロール【大器早成】」


 HPが1を残し、全て消失する。まるで身体を埋め尽くしていたHPという力の全てが、剣へと移る様にオーラが移動する。


充填チャージ、反転攻勢、灰火剣術」


 赤いオーラ、そして燃えるような灰のオーラが、その身を包み込む。燃えるような色彩の剣は、同時に雷を宿す。


「ミル、頼むよ。それくらいの余力はあるだろう?」


「あまりわたくしを馬鹿にしないように。エア・バレット!」


 二人にだけ解る会話。後に発動したのは風の弾丸を象った魔法、その行先はスバルの背中。
 吹き上がり、飛び上がり、飛翔する。ただ、何故かそのHPが0になる事はない。


「正真正銘これが僕の全力だ。けど鳳凰まで使ったのはちょっと勿体なかったかな。身体負荷、体重増加、隕石落下」


 巨大化と重さの倍加、そしてダメ押し落下速度と重力加速度を倍にするスキル。


「こっちも撮れ高を貰わないとな」


 結晶でできた短剣を口で加え、もう一つの短剣をインベントリへとしまい込んだ。


「俺の職業は万能者。能力は全ての武装の装備可能。俺は二刀流使いじゃない」


 現れたのは、白と黒の対になるような双剣。


「三日月の双剣」


 音声認識で現れた二本目と三本目の短剣に次々とスキルが発動していく。
 紫色の短い短剣を拡大させるような刀身が伸びていく。身体全体を覆う様に、オーラが発生する。最後に拡張された刀身が炎に包まれた。


「十八枚卸」


 攻撃した回数は間違いなく18回。されど、魔人に起こったダメージエフェクトは26回。


「やはり、貴方たちを選んだ王命は間違ってなどいなかったのだと証明してくれた。だから、今度は我が王の力を私が証明せねばならないでしょう」


 鎧が剥がれ落ちていく。黒い装甲が、まるで脱皮のように剥がれ落ちていく。中にあるのは純白の鎧。
 汚れも染みも、白以外の色を失った世界で作られたかのようなその鎧は、まるで全てを拒絶するかのようだった。
 溢れ出すような純白のオーラが湯気のように立ち上る。それが、強力無比なステータスバフである事は俺でも解る。


「画龍点睛剣」


 呟くようなその言葉には、数字で構成された世界とは思えないほどにカゲという騎士の意思が籠っていた。


 龍の顔が描かれたような剣の刀身を、自らの心臓へと宛がう。


「我が命は王、我が信念は守護、そして我が魂は龍である!!」


 剣から溢れ出る純白の龍は、その刀身が振り下ろされるのを今かと待ちわびている。
 振り下ろされた瞬間、鎖につながれたように解放の時を待ち望んでいたドラゴンが今解き放たれる。


「エクス、カリバー!!!!」


 白龍は、フィールド全土を包み込む程まで巨大化し、二体の守護者の身体を包む。
 味方には一切のダメージを負わさず、全く逆にHPとMPを回復させる。対して敵には容赦せず、食らいつくさんと猛進する。


 守護者の身体は半壊し、立っているのが不思議なほどに壊れていた。出し尽くした。俺たちの持つ全ての火力を出し尽くした。もしもこれで、終わらないなら次の手は思いついていない。
 だからだろう。きっと、だから難易度10なのだろう。


『『一定量以上の損傷により強制的に第二フェイズへ移行』』


 針が回り始める。8と9の間だったその針が、速度を速め12時の場所まで一周する。
 そしてもう一度、動き始めた。


『『身体修復完了……天使化悪魔化術式強制進行……70%……』』
『『スキル解析……模倣……耐性獲得……』』

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