俺だけFPS

水色の山葵

歌姫は一人で歌うⅤ



 再び立ち上がった巨人は、周りに生えた樹木を掴み、自らの身体の一部へと吸収していく。植物を操る能力は顕在か、もっと拡張されているかもしれない。


 3m程度だったその巨体は更に拡大されていく。5mまで伸びた身体に加えて太さは二回りほど大きくなっている。
 そして身体は燃えていた。吸収した樹木を燃やしている。それが森に燃え移ったらどうするつもりなのだろうか。このゲームのリアリティを考えると多分燃えたらちゃんと燃え広がるんじゃないだろうか。


 ユニーククエスト。
 この世界のNPCは生活を営んでいる。それは人に頼り頼られ生きているという事だ。生きる者は誰であっても悩みを抱え、世界には無数の依頼クエストが溢れている。
 といっても運営がスーパーコンピューターを介して作っている物語シナリオである事に変わりはないのだが。


 問題は俺が強制的に受注させられたこのクエストだ。クエストには難易度という物があり、それが上がるほどクリアが難しくなり、報酬も良くなっていく。難易度は1~9まであって、難易度9は上級者レベル99でも厳しいクエストらしい。
 この依頼の難易度は幾つなのか。


『ユニーククエスト【歌姫の希望】の難易度は7です』


 絶望的な情報をありがとよ。


 炎を纏った巨人が俺へと向き直る。弱点が完全に消えた。炎が燃えてるせいで赤く弱点を表示するアーツスキルが機能しなくなった。
 覚えたばかりのスキルだが、スカイアイを発動する。これは一時的にTPS視点を獲得するスキルだ。
 俺は空中から見下ろす様に俺自身と周りを俯瞰的に観察する事ができる。


 ぽっかりと空いた胸の穴が印象的だが、そこに撃っても貫通するだけだよな。
 炎のせいで近づけないし。どう攻略した物か。


 炎タイプには水タイプって言うのが常識だが、そもそも森林の守護者の属性は水だからな。耐性があっても全然おかしくない。それ以前に俺には水属性の攻撃手段なんてない。
 ライトニングバレットは残り6発。最後の切り札だ。炎を纏っている今の状態で攻撃してもダメージはそれほど狙えないようだしな。


 森林の破壊者デストロイゴーレムって名前とは絶妙にマッチしてる見た目だ。


 通常弾を撃ち放つ。一発二発。クリティカルが出やすいように顔を狙ってみるがクリティカルが出たような形跡はない。
 炎の巨人は拳を振るう。手先を伸ばしての地中からの攻撃とは全く違う攻撃パターンだ。モロに受けたらHP消えそうだな。


 というか一旦距離を取ってポーションを呑む。このゲームの回復薬ポーションは飲んでも掛けても効果がある。飲むのに比べて掛けるのは80%程度しか回復量が無いらしいが、今は時間優先だ。
 取り出した三個のポーションを自分の身体に叩き付ける。このポーションは一つで30%のHPが回復する。これでほぼ全回復。


 炎の巨人はその体格を利用し、一歩で攻撃範囲レンジに入れてくる。
 ステップで回避できるように距離を取るが、一歩間違えばその攻撃は俺の身を焦がすだろう。状態異常貰いそうなんだよなアレ。
 絶対当たれない。


 回避しながら銃弾を少しでも多く当てる。
 結局俺にできる事は銃弾をぶち込む事だけだ。
 俺にはRPGに取り組んだ経験が無さ過ぎる。相手の姿だけを見て弱点や攻略法を連想するなんて事はできない。だから俺は俺の常識でしかゲームを出来ない。


「撃っても殺せない奴なんていない」


 チーターだって、スナイパーのヘッドショットなら大抵死んだ。


 撃つ。拳を避け、踏みつけをずらす。
 銃弾を当てる。腕、足、胴、腰、頭、側面、背面。全てを満遍なく攻撃しクリティカルを探す。


 そうしている内に発見した。胸に開いた宝石が埋め込まれていた穴に対して斜めに銃弾を撃ち込む事で、内部へ直接ダメージを出せる。
 その部位のクリティカル率はかなり高い。100%では無い物の、確実に50%以上はあると思う。


 こいつの攻撃を避けるのは難しい事じゃない。サイズがあり過ぎるお陰か、攻撃の速度はそれほど速くない。
 しかし、拳が振るわれるたびに地面の草木に炎が燃え広がり、行動範囲が狭まっていく。無論それは足による踏みつけでも同じことだ。
 森林の守護者を倒したことで、制限領域が無くなってはいるが森に逃げ込めば間違いなくこの炎は森全体を焼くだろう。それは俺が負けた場合も同じこと。


 考えていても仕方ない。


 撃て。弱点は解っている。この距離で俺が外す要素は無い。
 ライトニングバレット装填。クイックリロード、ホーミングサイト、クリティカルショット、ホークアイ全起動。
 最後にクイックショットで補正を掛ける。


 装填短縮、エイムアシスト、マガジン内弾薬のクリティカルアップ、二倍サイト。それをスキルによって発動させる。


 全ての弾を撃ち尽くすのに必要な時間は約2秒。回避しながら撃てるなら、その程度の時間を稼ぐことは難しくない。


 銃声は止まない。一発、二発と続いてく。


 全ての弾丸を弱点にクリティカルで撃ち終わった時、森林の破壊者の身体異変が現れた。炎の威力が減って行っている?


 違う、圧縮っ 光線!


 飛べ俺の身体!


 口元に圧縮された炎の極太の光線が俺のいた場所へ突き刺さる。
 発射速度は俺の銃弾のそれに及ぶ。直撃は避けたが、肩が焼かれた。痛覚は幸い遮断されてるから大丈夫だが、やっぱり状態異常だ。


 炎上状態。10秒に1のダメージを発生させ、スキルを発生させるのに必要なスタミナ量が1.5倍されるだと。
 俺のスキルは殆どスタミナを消費しないから後者の効果は捨て置けるが、スリップダメージはヤバい。ポーションを定期的に使わなきゃいけない。ってことはその分こっちの火力DPSが下がる。


 あいつのHPはどれだけ残っている? 分からない。
 大技を撃ってきたってことはそれほど多くは無いのか?


 幾つも浮かぶ疑問に答えてくれるような存在はいない。ヘルプの返事が無いってことはこれは答えられる回答じゃないんだろう。
 このゲーム、敵のHPバーもないしな。


 取り得ずポーションを砕いてHPを全回復する。


 やれることをしろ。無意味じゃないなら何れ終わる。
 リジェネ付いてたら知らねえ。


 もう切り札ライトニングは弾切れだ。
 通常弾。攻撃力は低いが、相手も決定打は持っていない。
 二度目の炎の圧縮が始まるが、一度見せた行動が二回も通用すると思うなよ。


「ここ!」


 タイミングさえ解れば、俺を追い続けている射線を置いてくるなんて簡単な事。引き付けて横っ飛びで回避する。
 VRゲームの上手さとは、物理法則と身体能力の異なる世界に如何に適用するかだ。無論経験や予測が関与しないとは言わない。しかし、世界に適応できているからこそ経験と予測が意味を為すのだ。


 次で仕留める。


 回避しながら銃弾を弱点へ叩き込み続ける。スタミナ管理を怠るな。FPSゲームには基本的にスタミナの概念は存在しない。だからこそ、俺が今一番重要視しなければならないのはスタミナゲージだ。
 炎上が付いてる、スキルは使うな。


 炎の収縮が始まる。またあの光線が来る。
 そのタイミングにスタミナの全回復タイミングを合わせ、一気に走る。


 その光線の絶対的な安置はお前の真下だ。
 そして、身体中の炎を集めて放たれるその光線モーション中、お前は炎のアーマーを失う!


 クイックショット起動。充填。マガジン内の弾丸のクリティカル率が上昇する。
 インビジブルムーブ起動!


「スタミナ重い! けど、届く!」


 身体を駆けあがる。
 銃を撃つゲームには大抵、有効射程というパラメータが存在する。その距離を越えて銃撃を行う場合弾の威力が落ちるって要素だ。だからサブマシンガンとかアサルトライフルで長距離を攻撃するのは推奨されない。


 しかし、この神ゲーの物理演算なら逆もあるんじゃないのか?


 強化された身体能力パラメータでその巨体を駆けあがる。膝を踏みつけ肩に手を廻し胴をよじ登る。
 対象を失った光線は俺が最後に居た場所へと着弾される。計算は既に終わっている。光線が発射されてから、身体に炎が復活するまでに必要な時間は約5秒。


「楽勝で全弾撃てる!」


 銃声が響く。その銃口が突きつけるのは結晶があった穴の中!
 一発、クリティカル増加。物理演算最大火力。
 二発、呻き声のような声を上げる破壊者モンスター
 三発、それでも俺はお前が倒れるまで撃つのを止める気はないぜ!
 四発、全弾クリティカル。全ての弾丸はクリティカル特有の音とエフェクトを表す。
 五発、ついにその怪物が膝を付いた。
 六発、それでもそいつはポリゴンへと戻らない。


 クイックリロード起動。六発の弾丸をぶち込むのに必要な秒数は2秒。 
 クイックリロードでのリロード時間は0.65秒。
 ツーサイクル。合計秒数4.65秒。


「お代わりだ! 遠慮しなくていいぜ!!」


 まるでアメリカの誰かさんシルバーみたいなテンションだ。あいつのテンションファイター癖が久しぶりに使った近距離武器ハンドガンのせいで移っちまった。
 けど、気分はいい。


 合計12発の零距離射撃を受けてもまだ……その怪物デストロイヤーは倒れない!


 四度目の光線。それは口元ではなく、胸への炎の集中。
 一度見て学習するのは俺もお前も同じってことかよ。面白い!


 円運動。遠距離武器の照準を狂わせるのに最も有効なのは、視界外への横移動だ。
 それに対応するには体の向きその物を変えるしかない。


 違う一点集中じゃない。胸へ集まったエネルギーの発光の仕方が口元の時と違う。
 全く別の、


「シャッガン!」


 爆発するように膨らんだそれは、拡散弾ショットガンのそれ。
 しかも射程と範囲はバカ程広い。


 避けきれるか?
 スイカアイ起動。ダメージを最小限に抑えるルートを見つけ出せ。
 左手は要らない。俺の攻撃に必要なのは愛銃と利き手だけ。


 左腕の肘と肩を犠牲にし突き進む。


『炎上効果上乗、10秒間ダメージ3へ上昇』


 今いいとこだ黙って見てろ。


 光線の発射から五秒間のアーマー消失は変ってねえ!
 なら突っ込むだけ。膝を折っている今のお前に駆け上がる時間は必要ねえ!


 零距離射撃。
 ダンッダンッダンッ。隙だらけの身体に鉛玉を叩き込む。後三発は無理か。
 俺の身体を吹き飛ばすために、巨人は腕を薙ぐ。それを回避するにはバックステップするしかない。
 ただ、バクステの間に一発挟む。零距離とは言えないがそれでも体力はカスダメで削らせてもらうぞ。
 よっしゃ素クリティカル!


 ただ、状況は良くはない。
 あの散弾は完璧には回避できない。極太レーザーに比べればダメージは抑えられてはいるが、それでも炎上が重ね掛けされる以上、好き放題は当たれない。
 ポーションを使い潰してHPを戻す。もう20、30本は使ってるな。在庫あと何個だっけ。












 劇的な起承転の最期が必ずしも劇的であるとは限らない。


 決してそれは止めに発射した一撃ではない。遠距離から雑に放った偶然の産物クリティカルショット
 それを受けて、怪物は地に沈む。


「勝った?」


 いや、光って、まだ。
 炎で包まれた巨人の今度は全身が発光し始める。


 劇的な起承転の最期が必ずしも劇的であるとは限らない。
 しかし戦いの最期とは、それがどんな結末であったとしても、当人に映るその景色は必ず劇的な物である。


 守護者から破壊者へと転じたその巨人の身体が内部から今にも破裂せんと膨らんでいく。


「最後の最後に自爆かよ!!」


 回避、防御、範囲、方向、読めな、幸運、ドロップ。ロスト。






 戦闘時間:1時間52分34秒。
 消費弾薬:通常弾5238発。
      雷撃弾ライトニングバレット6発。
 森林の破壊者の討伐を完了。
 デスペナルティ:装備ランダムロスト


『ユニーククエスト【歌姫の希望】が次の段階へ進みます』
『デスペナルティにより【始まりの銃】がロストします』
『ユニークアイテム【怒和の木仮面】を獲得しました』
『ユニークアイテム【命の果実】を獲得しました』

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