最終少女と適正者のアルカディア

とりあーじ

襲来と躍動①

「んーーーっ。こいつらのどれかだよな」
 自室のデスクで仮想ディスプレイに向き合うサキトは、大きく背伸びしてぼやき気味に言った。
 サキトのそこまで大きくないデスクの上には、あふれんばかりの機体データが空気中に投影されていて、薄青く光るディスプレイが暗闇の中で作業を続ける彼の顔を浮かび上がらせていた。
 軍のデータベースに登録されているAFV全機体の中から、機動力、瞬間速度の高い機体をソートでピックアップしたものの、想像していた通り該当する機体は多く、新機体の選別はかなりの重労働で、こうして丸一日がつぶれようとしている。
 ただ、サキトが思っていたよりも早く終わろうとしていた。
 シンカーやリツカの言う通り、トリニティの装甲は脆く、その装備は雀の涙ほどしかない。今までサキト自身も問題視していた部分ではあったが、速度と機動性、また装甲の厚さと装備の積載数の確保は、同時に実現することは現実的に難しいというのが実情だった。
 そこで新型の機体に絞って検索をかけていると、丁度良い機体がいくつかヒットしたのだった。
 しかし、
「カタログスペックだけじゃじゃ何も言えない」
 サキトはそこに大いに頭を抱えていた。


 軍のデータベースには、開発側から提示されるカタログスペックだけではなく、実際に機甲士が運用し、その機体の良点や問題点を記したレポートも記載されているはずなのだが、新型機なだけあって資料数がない。
 そもそもAFVはそう簡単に変更できるものではないし、新型機が出たとして機甲士も信頼度が低いため、現行機から乗り換えようとはなかなかしないのだ。
 カタログスペックでの数値が優れていたとしても、実戦においては逆にアンバランスになっていて使いづらいということはザラにある。かといってレポートでの評価が絶対というわけでもないのだが、一度軍の整備の統括を担う、中央指令部が掲載を認めているレポートなだけあって、信用できるというのは間違いなかった。
「全機一回動かしたいッ」
 現段階では評価しようがない。開発者お手製のカタログを信用するな、この言葉は養成学校時代から何度も言われ続けたことだ。レポートがない以上、全機一回ずつは巡行から戦闘機動まで試してみたいというのが本音だ。
 しかし、途方もなく時間がかかる。ほかの機体を動かすには、その部隊による試験運用という形になる。
 トリニティの損傷で、サキト本来の任務を他の機甲士に押し付けている状況の中、他の機体の試験運用で、その分本来の任務への復帰が遅れてしまう。サキト自身、偵察の負担の重さを知っているため、なるべく早く復帰したくはあった。
 ただ、機体の選定はサキトの生死にも直結する。そこは、あまり手を抜きたくない。
「リツカに一回相談するしかないか」
 サキトの所属する第七中隊の実機配備、任務割り当ての責任担うのはリツカだ。
 試験運用にせよなんにせよ一度話を通す必要はあった。
「めんどくさい…、すこぶるめんどくさい…」
 サキトは椅子に深く腰掛け、がっくりとうなだれた。
 ただ、悩んでいても仕方ない。サキトは立ち上がると通信機の受話器を取り、ダイヤルを押した。
 コール音はほんのわずかに流れただけで、受信時のノイズがなる。
「はい、第十三基地隊第七中隊本部です」
「こちら、第七中隊所属シヅカゼ三尉です。リツカ・コトサキ三佐にお繋ぎいただけますか」


 *


「で、私に泣きつきに来たってわけ?」
「相談に来ただけだ、ほかの何でもない」
「おんなじことじゃない、リツカせんぱーいって」
「やめろよ何年前の話してるんだ!」
 リツカはブロンドの髪を揺らして、ふふっと蠱惑的な笑みを浮かべた。


 サキトは進捗の報告と相談がてら、リツカのもとに訪れていた。
 来る前、リツカにアポを取ろうと連絡した際は、職務遂行中につき少しだけなら聞いてあげる、と言われていたが、サキトが到着したころにはすでに終わらせていたようで、ダッシュで終わらせたんだから感謝しなさいとその豊満な胸を張って声高に述べていた。
 リツカとサキトは養成学校で先輩と後輩として親しくしていた間柄だったが、軍に入ればその関係も変わってしまうだろうとサキトは少し残念に思っていた。ただ、直属の部下としてリツカのもとに配属されたサキトを見て、彼女は以前と何ら変わらない態度で接している。軍人としては、あまり適切ではないかもしれないが、それでも嬉しさは大きいのだった。
「小さいときはあんなに可愛らしかったのに、会いに行ったらリツカせんぱーいってすぐ来てくれたり」
「もういいじゃないか早く本題に移ろうと思わないか」
 サキトは恥ずかしさで真っ赤になり中隊長室の来賓世のソファに座り込んで顔を覆った。それを見たリツカのにやけはどんどん増していくが、そうね、とそこで話を切る。
「昔のお話はまた今度にして、サキトの新型機の話だったっけ」
「そう」
 サキトはやや赤みがかかった顔から手を離すと、対面のソファに座ったリツカの方を向いた。
「数機にまでは絞り込んだ、これがそのデータなんだけど」
 サキトは自分の端末を目の前の調度品の机の上に置いた。サキトが端末のディスプレイをタッチすると、空気中に五機の機体のデータが仮想ディスプレイ上に投影された。
「目星をつけたのはこいつらだな」
「見たことないわね、新型?」
「そう、どれもまだ出て新しい方のはず」
 リツカは先ほどまでの一人の女性としての表情から、一人のエースパイロットとしての表情に変えた。機体のスペックや装備一覧の文字列を真剣な目つきで読み進めていく。
 時折、何かを考えるように目線をそらして宙を眺めては、また戻して読む。これをしばらく繰り返し、二分ほどしてディスプレイから目を離した。
「レポートが出てないほどの新型機なのね。大体言いたいことは分かったわ、試験運用の話ね」
「やっぱり分かったか」
「当たり前でしょう。これでどれがいいと思う?みたいな話だったら養成学校に送り返すところよ」
 リツカはあごに手を当て、足を組んだ。
「シンカー君が取り敢えずそれなりのアドバイスしといたって言ってたけど、それが顕著に表れているわね」
「聞いていたのか」
「シンカー君は今第十三航空機動都市の主力要因として私が預かってるのよ。私が優秀すぎたせいで“島”の戦闘指揮所のAFVの指揮を任されるようになったから。それで昨日彼にたまたま会ってその時に聞いたわ」
「指揮⁉いつの間にそんな出世してたんだ」
 サキトは驚きの表情を浮かべる。
 固有機を持つほどの機甲士になることはかなり難しいが、現役の機甲士でかつまだ三十も越えていない若い女性が指揮を任されるなんて聞いたことがない。何十年と現場で戦い続けてやっと就くことができるのが指揮の職務だ。それなのにリツカはもうその地位に達している。
 当の本人は、まんざらでもない様子でさっきまでの真剣な面持ちはどこへやら、サキトの顔を見上げるように、少し体を前に倒した。
「すごいでしょ、私」
 軍服の胸元から僅かに谷間が見え、サキトは一瞬見入ったが視線をそらした
「もう変なこと言えなくなりそうだ」
「別に大した変わりはないわよ、たかだか指揮するだけなんだから」
 リツカは満足そうにそういうと姿勢を戻す。
「どれも高機動型で、装甲はそこそこ固め、装備はトリニティに比べるとはるかに増した機体だし、割と無難なものを選んだのね。まあこんな新型機ばかり持ってくるとは思わなかったけれど」
「…前々から思うところはあったんだ。今までは運が良かっただけで、少し腕が開いていただけで、体勢が違っていただけで…って」
 他の機体なら耐えきれる、一発の電磁加速砲の弾頭で粉々に破砕される装甲。何度も死を感じた光景だ。
「新型機なだけあって、ほかの機体に比べると出力は高い。速度だけでいうならばトップクラスだったトリニティほどの速さは出なくとも十分速いし、何より慣れるのも早いはずだって」
「まあ、戦闘スタイルは変わらないでしょうし、カタログのスペックとはいえバランスよさそうだからどの機体を選んでも後悔はしないでしょう」
 リツカはまた目の前に浮かぶデータのスペック表を眺める。
「一度全機取り寄せて、試験運用してみましょうか」
「でも、いいのか?俺のシフトが全部すげ変わるだろ?」
「大丈夫。レポートもまともに取れてない機体を試しで使うんだから、かなりの需要にはなるわ。メーカーにもそれなりの恩を売れるし」
 また、
「だから、遠慮なく私に頼りなさい、できることなら、何でもしてあげるから」
 そう言ってリツカは微笑んだ。
 リツカはサキトに優しすぎる。
 養成学校の頃も、軍に入隊してからも。いつでも話を聞き、いつでも何とかしてくれる。
 いつも助けられてばっかりで、その度に何とも言えない歯がゆさを感じている。ただ今は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう」
 サキトは照れくさそうに笑ってそう言った。


 *


「サキト、少し時間ある?」
 サキトが仮想ディスプレイの投影を切って、端末を上着にポケットの中にしまっていると、リツカが不意に言った。
「空いてるけど、どうかしたのか?」
 サキトはきょとんとする。
「いえ、時間があれば少し付き合ってほしくて、だめ?」
「全然いいよ、どこ行くんだ?」
 サキトがそう言った瞬間、リツカの表情がまるでおもちゃを前にした子供のように嬉々としていた。
 嫌な予感がする。
 サキトは思わず冷や汗をかいていた。


「んっ、んぅぅぅぅうううううう~~~、おっいしいいぃぃ」
 店内の中にリツカの歓喜の声が大きく反響していった。そして、周囲の視線が二人の座るテーブル席に鋭く突き刺さった。
「サキト、おっっいしい。パフェ最高!」
「ヒタキにせよ、リツカにせよ、どうして俺の周りは公共の場所で叫ぶ奴らばっかりなんだ!」
 目を喜びで光らせるリツカに対して、サキトは大きくため息を吐いた。
「いやぁ、スイーツ最高!」
「聞けよ!頼むから聞いてくれ…」
「おいすぃ」
 胃がキリキリと痛み出したサキトに対して、パフェを口いっぱいに頬張るリツカは全く気に留めず堪能している。
 第七中隊本部を離れて、リツカに連れていかれた着いたところは、居住部のスイーツ店だ。リツカとリニアレールに乗っていたため、他の隊員に会うたび取り敢えず敬礼され、その後サキトの階級章を見て困惑している者や怪訝そうにする者、中には面白がるようにサキトの肩をたたいて去る者と多種多様な反応を返されていた。それだけで十分勘弁してほしい感じではあったが、先ほどから美味しさに感極まって叫ばれるのが一番辛い。
 そして、
「人のお金で食べるものほどおいすぃものはない」
「ほどほどでよろしくお願いします…」
 たかられていた。
 しかも、テーブルの上には目の前でリツカが絶賛するパフェと同じ容器が既に四本も並んでいた。
「パフェばっかり食って飽きないのか?」
「全部味違うでしょ。飽きるわけないじゃない」
「……。」
 確かに、リツカの頼んだパフェは全て味のバリエーションが異なるパフェだった。幸せそうな顔で食すリツカの顔を見ていると、サキトも何か欲しくなりメニューを取った。
「モンブランにしようかな」
「私、もう一個違うの食べる」
 そう言うリツカに、サイトは苦笑した。
「まだ食うのか」
「いいじゃない別に」
 そう言って、少し頬を膨らませる。
 その幼げな仕草に一瞬心臓がはねた。リツカはおそらく十人隣を通れば、八人が振り返るほど美人だ。端正に整い、魅惑的な印象のあるリツカのその表情は、そのアンバランスさと共に引き立てられる言葉に表せない魅力があり、思わず思考が止まる。サキトは、その間ずっとリツカの顔を呆けたように見る。
 すると、リツカは怪訝そうに首を傾げた。
「サキト、どうしたの?」
 その声で我に返ったサキトは、急いでメニューに視線を戻した。
「いや、何でもない。すみません、オーダーいいですか?」
 するとたまたま定員が近くを通ったので、誤魔化すように声を掛けた。


 それからしばらくして、テーブルの上のパフェグラスは七本を超え、食後のコーヒーが二人の手元にあった。サキトはブラックコーヒーを、リツカはカプチーノを注文してそれぞれカップを口元に運んでいた。
「そういや、シンカー達は今日いないのか?」
「ええ、直線120キロ離れた、仮称ニルトリス空域に“島”の四分の三の部隊引き連れて遠征中よ」
 サキトがふと質問すると、カップの縁を唇につけながら答えた。
「さすが固有機持ちだな。二個大隊を指揮とは恐れ入る」
「うちの“島”にはシンカー君くらいしか固有機持ちの機甲士がいないからね。実力もあるけど、弱冠エースパイロットが敵の部隊を殲滅、っていうニュースのほうがそれなりに箔が付くっていうのもあるけどね」
「いい広告塔でもあるってことか」
 苦々しげにサキトは呟いた。命のやり取りである戦闘が名声や利益獲得の道具のように扱われているのはどうにも受け取り難かった。
 そんなサキトに少し口元を緩める。
「サキトが固有機持ちになったらおんなじことになるわよ、企業からの猛烈アピール、“島”からのスカウト、機甲士からの恨み嫉み。おっそろしい世界だわ」
「ううぇ、千年の幻想も覚めてしまいそうな現実だな」
「安心して、サキトが固有機を持てたら私の元から絶対離さないから」
「ぐふっ」。
 気管にコーヒーが流れ込んで、激しくむせたサキトは胸に手を当てる。
「ゲホッ、ゲホゲホッ」
「何むせてるのよ」
「い、いや。グホッ、何でもないっ」
 呆れるようにサキトを見るリツカに手を振ってそう返した。
 そう、とあっさり言ってリツカは再びカプチーノを飲む。それにならってサキトもコーヒーカップに口をつけた。
 すると、


 ヴイイイィィィィィィィン、ヴイイイイィィィィィィィン。


 カフェの窓を震わせるほど、鋭く響く警報音が高らかに鳴り響いた。サキトとリツカは手元のコーヒーカップを勢い良くテーブルに置いて立ち上がった。スピーカーから流れる警報音の続きをただ待つ。
 すると、警報の終わりとともにアナウンスが流れ出す。


 《襲来警報、繰り返す襲来警報。敵機推定一個大隊が進行方向三時の方向より接近。戦闘員は直ちに配置につけ、繰り返す直ちに配置につけ》


 そのアナウンスを聞くと同時に、リツカは自身の通信端末を起動しダイアルを操作する。
「こちら第七中隊リツカ・コトサキ。状況を知らせ」
 状況確認をとるリツカを尻目に、サキトは店員に自分たちが軍属であることを説明し、支払いは後に来ると説明を入れる。
 しばらくして、通信を終えたリツカはサキトの方へ向いた。
「サキト、行きましょう」
「ああ」
 サキトとリツカの二人は店内から飛び出すように駆け、自らの持ち場に向けて急いだ。



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