最終少女と適正者のアルカディア

とりあーじ

始まりの刻②

「本部群、機甲科中隊本部施設エリアに到着しました」


 無機質な合成音声のアナウンスに目を開いた。
 気づけば窓の外の景色は発着場のターミナルへと変化している。
 車内に表示されている時間を見るとまだ乗車から三分と経っていなかった。サキトは襲い来る眠気で思考のぼやけた頭をなんとか覚ましながら下車した。
 第三中隊本部はアナウンスの通り、機甲科の中隊本部施設群の一画にある。この都市に限らず、[メトロポリス]における軍施設は基本居住区の下、空を飛行する都市としては違和感があるが、いわゆる“地下”にあった。
 AFVの発進機構、兵器のモジュールが“島”下部の動力部に集中しており、結果としてその管理のため地下に軍の拠点が置かれている。
 本部群というのは、各部隊の本部施設が集まった場所の名称だ。
 サキトはリニアレールのターミナルから外に出ると、多くの施設が並ぶ広大な空間を、迷いなく歩いて行った。
 本部群のあるこの空間―――地下区画の全高は三十メートル以上、またどの施設の高さも十五メートル近くあり、端から端までおよそ五キロほどの距離だ。
 どの建造物も長方形の角ばったフォルムの施設で統一されていて、その外壁は黒光りする金属製。殺風景で綺麗さからはかけ離れた場所だ。ただ照明が常時点灯しているのでどの時間帯でも明るく、陰湿なイメージはない。
 ただ、機甲科をはじめ、[メトロポリス]航行の計画を立てる航海科、また対空兵器を操作し、戦闘を指揮する砲雷、戦闘科など多くの本部施設が集中したおかげで、わざわざ他の科の本部に出向くのにも苦労して数キロを徒歩で行くか、リニアレールを使わなければいけないという広すぎるゆえの弊害もあるのだった。
 ただ、運のいいことに第七中隊の本部は最寄りのターミナルからもほどほどに近い位置にあった。遠ければ来なかったところだ。
 それからしばらく歩くと、サキトは本部庁舎にたどり着いた。
 ゲートで認証機に身分証をかざしてロックを解除、建物内に入り、長い廊下を歩いて行く。まだ早朝で誰もおらず、前を通り過ぎる部屋の電気はどこもついていない。庁舎の中をサキトの歩く音だけが響いていた。
 カーペットの敷き詰められた床をしばらく歩くと、第七中隊長室と書かれた表札のかかった扉の前に着いた。
 入るのが途轍もなく億劫なサキトだったが、仕方なくドアをノックした。
「サキト・シヅカゼ三尉です。ただいま参りました」
「入れ」
 若くて、少しハスキーのかかった声。
 聞きなれた、嫌な声だ。
 サキトは嘆息一つして、失礼しますと言ってドアを開ける。


 木製の調度品と、中世風の装飾で飾られた部屋が広がっていた。
 両脇の、風情のある本棚には軍関係の書類だけでなく、書籍やちょっとしたアイテムが置かれている。
 正面には来客時に使われる豪華な椅子と彫刻の施された木製のテーブルが配置されていて、その奥に執務机がある。そこにはサキトに背を向けるようにして座る人の姿があった。
 サキトは慣れたように入り、部屋の中心に置かれたデスクに座る上官に敬礼する。
「参りました。ご用は何でしょうか」
 すると、椅子を回転させて、敬礼する彼に背を向けるようにして座っていた人物が振り返った。
「待ってたわよ、サキト」
 それはシルバーブロンドの髪の女性だった。
 目鼻立ちはくっきりしていて、切れ長の目じりはどこか妖艶さを感じさせた。
 また髪の色とは打って変わったエメラルドの瞳は、戦闘職種に携わる者としてか、眼光はやや鋭く、冷徹さもまた感じる。
 スタイルは抜群にいい。
 厚手の軍服のコートの上からでもわかるほど豊満な胸の双丘がくっきりと浮き出ていているが、全体としては引き締まっている。
 第七中隊長で、サキトの直属の上官であるリツカ・コトサキ三佐だ。
 完璧なプロポーションを持った彼女は、頬杖をついてサキトを見た。
「悪いね、こんな朝っぱらからたたき起こして」
「いえ、上官の命令ですので」
 当のサキトは間髪入れずにそう答えた。
「状況は聞いてある、疲れているだろう」
「いえ、上官の命令ですので」
 同じことを擦り返すと、部屋の中で少しの間沈黙が流れた。
(あからさますぎたか)
 たたき起こされたことをここに来るまでずっと根に持っていたサキトは、言葉には出さぬように、ただ明らかな抗議の意思を伝えようとしていた。
 すると、リツカもそれを察したようで苦笑混じりの嘆息を一つこぼした。
「悪かったわ、ちょっとからかってみただけじゃないの」
「いえ」
「そんな堅苦しくならなくていいのに、誰もいないんだしリツカでいいわよ」
 そう言って彼女は柔和な笑みを浮かべた。
「分かった」
 そうサキトも笑う。
 サキトとリツカは軍の機甲士養成学校の先輩後輩の関係だった。
 四つほど年上だったリツカは先に卒業し、多くの武勲を挙げて若年ながら三佐の階級をつかみ取り、何とも奇妙な縁もあってこうしてサキトは彼女の部隊に配属されていた。
 リツカは半分眠りながらサキトが書き起こした報告書を右手に持ち、それをじっと見ている。
「帰投中に[カーヴェイン]のはぐれ編隊の通常型ノーマル五機に出くわして戦闘、まあまあやったほうじゃない」
「まあ向こうはこっちに気が付いてなかった上、背後からの強襲戦だったってのもあるけどな。先手もらってたらこうもいかなかった」
「あら、いつぞやは高速型デストロイヤーに捕捉されていながら普通に迎撃してたと思うけど」
「……まぁ」
「ほんと変なところ謙虚よね。褒め言葉くらい素直に受け止めればいいのよ」
 バカじゃないの、とリツカは呆れたように言った。
 [カーヴェイン]には多くのタイプが存在する。
 サキトがトリニティで戦闘したあの五機は通常型ノーマルと呼ばれ、一番数の多い個体だ。また、強襲を戦闘スタイルとした高速型デストロイヤー、ロングレンジ攻撃から中距離で火器をばらまく重装型バスターなど多岐にわたる。
「ま、そんなところだな。結果的にトリニティは左腕大破で換装待ちってことだ」
 サキトがそういうと、リツカは更に呆れた表情を浮かべる。
「というか、もういい加減練習機おもちゃから機体変えなさいよ、いつまで使ってるのよ。確かに整備の手間もかからないし、量産機をバンバン使ってくれるのはありがたいけど、あんなのでも修理費バカ高いんだから、毎回壊されたらかなわないわ」
「トリニティは訓練機かつ武装が少ないことを前提に作られている分軽くて、空気抵抗が少ない、今のところあまり変えるつもりはないな」
「あのねえサキト、その薄すぎる装甲のせいで一度食らえば換装確定。コスパ悪すぎると思わない?」
「まあ確かに」
 トリニティは基本訓練が主な用途のために操縦のバランスを左右する装甲は薄く作られていた。それを実戦でも使えるように開発されたのがサキトの乗るトリニティであったが、追加されたとはいえ装甲は脆い。そのため一撃でも食らうと即修理は確実だった。
「あまけに今回は派手に食らってたおかげで、左腕のフレームから死んでるから左腕全とっかえ。明日の哨戒任務は他に当たらせるわ」
 サキトは思わず苦虫を嚙み潰したような表情になった。
 フレームは、機体の人体でいう骨を指す部分だ。そこからパーツをつけていく形になるため、フレームの損傷は深刻なダメージとみなされる。
 たった一撃で、AFVの内部機構をズタズタにした脅威の一発。あれがもし、あの時コックピット近くに被弾したら、そう考えるとぞっとしない。
 思ったより深刻だった状況に何とも言えない表情をするサキトに、リツカは微笑みを浮かべた。
「まあ幸いパーツが届くのは数日内よ。[インダストリアル]からの補給日が近くてよかったわね、練習機のパーツなんかうちに在庫なんて取ってないし」
 ただ、とまた続ける。
「そろそろ機体の変更は考えていいかも。装甲の薄さは多数相手には圧倒的に不利になるし、命取りにも繋がる。あなたの撃破数なら”調律師”のコア付きの機体は無理だけどそこそこのなら回せる。この空域はそもそも敵の数が少ないから今のままでもやってこれた、でもこれから危険空域に入ることになったら必ず痛い目に合う」
 そういうリツカの目はいつの間にか真剣な眼差しになっていて、どこか有無を言わせないようなそんな雰囲気があった。
 機体の変更はサキトも何度か考えていた。
 しかし、今までの戦闘パターンから大きく変わってしまう可能性が高く、新たなスタイルに慣れるまでに時間がかかることを考えると、どうしても二の足を踏んでしまうというのが今の現状だった。
 正式に機甲士となって二年近く、時には蔑まれる中で搭乗してきた[トリニティ]に限界を感じていなかったわけではない。
「そうだな、考えてみるよ」
 まだ何も決まってはいないがとりあえずそう答えた。
 リツカはその言葉を聞くと、ならよしとだけ答えて頬杖をつく。
「そういうことで、明日午後から予定されていたサキトの任務は取り消し。以降AFVのパーツ換装終了まで待機、分かった?」
「了解しました」
「じゃあ以上、これから戻っておやすみ?」
「さすがに疲れた、寝てくる」
 サキトは眠気にあくびを一つする。
「そう。じゃあまた」
 サキトはそのまま一度敬礼をして、部屋を出た。


 *


 サキトはもと来た道を戻りながら、次の機体を考えていた。
 機甲士は基本的には自らの意思でAFVを乗り換えるということはできない。ただ軍上官の判断、また敵撃破数の上下に応じての場合のみ変更が許されている。
 機体の変更はそう何回もできるものではない、慎重にかつ自分の戦闘スタイルに合った機体を選ぶのが必須になってくる。
「そんな簡単に決まるものじゃないし、おいおい決めるか」
 これで何度目かもわからない先延ばしが決定した。
 サキトが最寄りのリニア発着場についたのは、それから少し後のことだった。
 いつの間にか時間は五時を過ぎていて、他の科の兵士がまばらながらターミナルでリニアの到着を待っていた。
 ただ行先は違うので同じ車内に乗ることはなく、この時間にサキトが向かう方面に乗る人はまだ少ないはず。おそらく一人で静かな帰宅をすることになるはずだ。
 案の定、二分後に到着したリニアの車内は誰一人としておらず、まあそうだろうな、そう一言呟いて行きとは反対の席の窓際に座った。
 少ししてまた恒例の急加速によって耳が詰まり、また息抜きをする。
「これがなければ完璧」
 どうでもいいことを言って気を紛らわせながら、窓から外の景色を見る。
 朝日はもう完全に昇っていて、真っ白な雲が澄んだ空の蒼に綺麗に映えている。
 休めるのはありがたいが、この空を数日飛べないと考えると飛ぶことが日常のサキトにとって地上は違和感があり、何もかもが自由のように感じられるあの時間が無くなることは、どうしても虚しさがあった。
 安物の機体を使っていた宿命だと思って、ただ景色を見ていると不意に雲と雲の隙間で何かが光るのが見えた。
「なんだあれ」
 よく見ると、パイロットスーツと同じ青と白が基調としたカラーリングがされていた。
「AFVか。新型か?速いな。」
 背面には、見たことのない型の翼型のブースターが装備されていて、加速するたびにブースターの内部機構が展開、瞬間加速の速さがトップクラスの[トリニティ]を凌駕するほど高速で空を駆けている。
「凄い綺麗に飛ぶな」
 思わず見入ってしまっていた。
 一切無駄がない動き。背中の両翼からは青白い光の粒子が漏れ、雲面すれすれながら一度も触れ合わない。
 武装はつけられていた、機体全体を覆うかのような大きい盾と大型のレールガンを装備している。大型の装備をつけていると機体のバランスが大きく崩れる。ただ、その機体はそれを一切感じさせず、平然と優雅に飛んでいた。
 丁寧で超人的な操縦技術の光る飛行だった。
 ずっと見ていると、突然景色がさえぎられる。地下から都市部へ移動しているのだろう。この区間では外の景色は見えない。
 サキトは椅子に座り直し、先程の光景を思い出す。
 空という自由にあふれた場所を、滑らかに、気高く、美麗に飛んでいたあの機体。
 まるで、翼を大きく広げて飛ぶ美しい鳥のような、圧倒的な美しさだった。
「あんな機体に乗れたらいいのに」
 そして、再び目を閉じた。


 サキトがあの機体と再び出会ったのは二日後のことだった。





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