転生ヒロインに告ぐ!この世界はゲームじゃない!

茄子

22 私の目覚め(ケーテ視点)

 深い、深いところに落ちていく、沈んでいく。ゆっくりと、ゆっくりと落ちていく。

 コポリ、と開けた口から黒い空気の塊があふれ、一瞬だけ浮かび、溶けるように消えていく。

 ふと、目の前に泡が落ちてきて浮かんでいく。泡の元は黒い人。体も顔も何もかも黒で塗りつぶされた人。
 何かを叫んで必死に上に上がろうと手足を動かしてもがいている。このまま沈んでいくままにしていれば楽なのに、眠ってしまえば楽なのに。

 どうしてこうなってしまったの?

 私はただ昔のように姉妹のように過ごしていたころに戻りたかっただけなのに。2人で絵本を読んで憧れたころの様になりたかっただけなのに。

 コポリ、とまた口から黒い空気の塊があふれ、溶けて消えていく。

 どうしてあんなことをしたのでしょう。それがあの方のためになるとどうして思ってしまったのでしょう。
 気にしていないと言って笑ったあの人の目に嘘はなかったはずなのに、勝手に正義を気取って取り返しのつかないことをしてしまった。

 黒い人が私と同じ位置まで落ちてきた。私に気が付かずまだ必死にもがいて、もがけばもがくほど落ちていく速度が早くなっていっているのに、どうして気が付かないのでしょう?

 上を見上げれば、光が揺らめいて泡が昇って消えていく。
 もうずいぶん遠くなってしまった。手を伸ばしてももう届かない。

 レーテ姉様。私は、本当に…本当に貴方と、昔のように戻りたかっただけでした。レーテ姉様、ごめんなさい。

 ごめんなさい。





『なら起きなさい!』

 突然聞こえた声にビクリと落ちていってた意識が浮上する。

『まったく、貴方は昔から本当に変なところで馬鹿なんだから。ほら、いきますわよ』

 そう言って手を伸ばすフロレーテ様をただ見つめるしかできず、でも決して目をそらさずに見つめる。

『貴方には私を手伝って貰います。こんなに迷惑をかけたのですから、馬車馬のように私のために、国のために働きなさい』

 もうそんな資格はありません。私は知らずに貴方を貶めていた。無意識とはいえなんていう大罪でしょう。このまま深く沈んでいってしまいたいほど、私は、もう…。

『ほら、ケーテ!一緒に話したじゃない、2人で多くの人が笑顔になれる国にしようって。いくら私でも1人では無理ですわ、協力してちょうだい。ほら、早く手を取って』

 そう言って伸ばされた手の距離が先ほどよりも少し離れてて、咄嗟に自分の手を伸ばしてその手をしっかりと握る。

『まったく。寝坊助は相変わらずですわね。ほら、ケーテ行きますわよ』

 そう言ってどんどん上に昇っていく。泡がはじけて光が少しずつ強くなっていく。

「レーテ姉様、私は」
『ケーテ。お前はケーテでしょう?私の、従妹のケーテですわ』
「いいのですか?私は取り返しのつかないことを」
『ならなおさらこんなところに逃げないで、起きて頭を下げなさい。償いなさい。逃げるなんて、私達には許されませんわ』

 バシャリ、と水面から上がり、水底に足をつけてまっすぐに立つ。深く暗い水の底はもう見えない。

『早く起きなさい、寝坊すケーテ』
「えへへ。レーテ姉様、起きたら真っ先に会いに行ってもいいですか?」

 待ってる。といってフロレーテ様は笑いながら光の中に消えていく。

 腰まである水をかき分けて見えない岸に向かって歩き出す。岸なんてどこにもみえないけど、まっすぐに歩く。

「私はケーテ。ケーテ=メックラム。ウアマティ王国王弟息女。王女フロレーテ様の従妹」

 何度も何度もそう呟いていく。相変わらず途中でコポリと黒い空気の泡がこぼれて、消えていく。
 それでも歩いていく。
 待っているから。私が本当に大切にしたい人が待っているから、ただひたすらまっすぐ歩いていく。

























 ふと、目が覚める。

「ここは?」

 見慣れない天井、硬いベッドではあるけれどもしっかりとした毛布。寝たまま首を動かせば簡素な机と椅子、反対側にはシャワー室とトイレに続くドア。足元のほうの壁には外につながるドア。

「反省房、ですね」

 そう、私はミレーヌ様への行いを反省するためにここに連れてこられた。
 けれど随分眠っていた気がする。

 ゆっくりと体を起こして時計を見れば6時を指しているけれども、朝なのか夜なのかまではわからず、ベッドを下りて外へ続くドアに近づく。
 随分と体が硬い。まるで何週間も眠っていたみたいな感覚に眉間にしわを寄せる。
 反省するために反省房にいるのに、眠りっぱなしなど意味がないではないか。
 短い距離のはずなのに、いつものように動かない体のせいで時間をかけて辿り着いたドアを、コンコン、とノックする。
 外から靴音がしてあちら側から開く除き窓が開けられ、私の姿を確認した職員の方が驚いたように目を開く。

「ケーテ様、お目覚めになったのですね」
「はい」
「体に支障がございませんか?」
「随分と体が硬くなっているようで、少し体を動かしてほぐさないといけない感じです」
「記憶のほうはいかがですか?」
「記憶?」

 職員の言葉に思わず首をかしげてしまう。
 その私の様子に何を思ったのか、ドアの鍵を開けて職員が部屋の中に入ってくると、私にベッドに座るように指示をだして、本人はベッドから少し離れた場所で立ってこちらを見てくる。

「この反省房に来た経緯は覚えておりますか?」
「……すみません。ここにいる理由はわかるのですが、階段から落ちたところから記憶がありません。でも、不思議とここにいるのはミレーヌ様に行った悪質な行為を反省するためというのはわかっております」
「そうですか」
「あ、ミレーヌ様への賠償金…慰謝料についても私の私財で支払うと理解しております」
「わかりました。2つ質問いたしますがよろしいでしょうか?」
「はい」

 職員はコホンと咳払いすると、こちらを観察するような目でじっと私を見ながら口を開く。

「貴方は誰ですか?」
「ケーテ=メックラムですわ」
「ミレーヌ様とセイラ様へはどう思っていますか?」
「ミレーヌ様には大変申し訳ないことをいたしました。許されるのならばご本人の前で頭を下げてお詫びをさせていただきたく思います。セイラ様へも、ご本人の意思を無視して勝手に思い上がった行動をしてしまいご迷惑をおかけしてしまい、申し訳なさでいっぱいです。けれど、私の私財も身分も命を持って償っても構いません、どうか祖国はフロレーテ様には責が及びませんようお願いをしたく思います」

 まっすぐに、背筋を伸ばしてそう伝えれば、職員の方はふっと笑みを浮かべて「わかりました」と言ってドアのほうへ向かっていく。

「後でお食事をお持ちいたします。約一か月眠っていたのですから、お腹がすいたでしょう」
「え!?」

 ドアから職員が出て行き、再び鍵がかけられる。
 離れている靴音を聞きながら、軽いパニックに襲われてしまう。

 一か月って、反省房で反省する日数ではありませんか。

 それを眠って過ごすとは、本当になんて我ながら情けない。
 どんな顔をしてここを出ればよいのでしょうか。

 それでもとにかく寝ていたのならと、シャワー室で体を清めるために行動する。シュミーズドレスは着たままだったのでしょうか?
 どちらにせよ洗濯に出さなければいけませんね。

 身にまとっていたものをすべて脱いでシャワー室に入りハンドルをひねり少し集めの温度に調整してシャワーを浴びる。
 いつもなら髪や体を洗ってくれる侍女がいるのだけどここにはいないから、備え付けのものを使って自分で洗っていく。途中目に泡が入ったり、髪がからまってしまったりと苦戦しながらなんとか洗い終えて、体もなんとか洗い終わって泡をすべてシャワーで流し終えて、大きなバスタオルをまとって部屋に戻る。
 髪から冷えてしまった水がポタポタとおち、体はタオルをまとっていない部分は濡れたままで徐々に冷えていく。
 慌ててバスタオルで体の濡れている部分を拭いて、そのあとに髪の水気をタオルで吸い取る。裸なので流石に寒くなってきたので慌てて下着を身に着けてシュミーズドレスを着る。
 でもまだ髪は濡れており、ドレスの背中の部分が濡れてしまった。
 また慌てて髪にタオルを当てて必死に水気を吸い取っていく。侍女がやっていたように丁寧に包んで叩く行為を繰り返していくと次第に水気も薄れていく。
 櫛で髪をとかしているとドアがノックされ鍵が開くと、ワゴンに食事を乗せて先ほどの職員の方がやってきた。
 髪を梳いている私に気が付いたようだが何も言わずに勉強机の上にお皿などを乗せていく。

「胃に優しいものをご準備いたしました」
「ありがとうございます」

 私を思っての行動に素直に嬉しさがこみあげてくる。

「それと、セイラ様とフロレーテ様が面会を希望なさっております。どうなさいますか?」
「フロレーテ様と面会します」

 迷うことなくその言葉が出てくる。以前の私ならセイラ様を優先していたでしょうに、不思議ですね。

「かしこまりました。時間が決まりましたらまたお知らせに参ります。洗濯物をお預かりしますが?」
「あっごめんなさい。今用意します」

 そういって慌てて洗濯袋の中に脱いだものとタオルを入れて職員の方に渡す。

「お願いします」
「……本当に、変わられましたね」
「え?」
「いえ。ではお預かりいたします」
「はい」

 そう言って部屋を出ていく職員の方を見送った後に、テーブルの上に用意された食事に目を向ける。
 野菜を軟らかく煮たスープと、暖かいミルク、それにやわらかいパン。
 本当に私のために用意してくれたのだとわかって心が温かくなる。
 椅子に座ってゆっくり味わって一口ずつゆっくり食べていく。温かい食事に体の中から体があったまっていく。

 どうしてでしょう、こんなに暖かな気分になったのがひどく久しぶりな気がしますわ。

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