転生ヒロインに告ぐ!この世界はゲームじゃない!

茄子

18 純粋な善意だからこそ、憎い(フロレーテ視点)

 セイラ様がお戻りになった。
 もう猶予はない…。

 従者を使って部屋に呼びつけた人物が来るのを、私はただじっと応接室のソファに座って待っている。緊張からか手に握った扇子は震えている。

「お越しです」
「そう、通してちょうだい」

 従者にそう伝えればすぐにドアが開き呼びつけた人物、ケーテが入室してくる。
 私に呼ばれたことが嬉しいのか、その顔にわずかな緊張はあれども悲壮感は一切なく、むしろ嬉しさがにじみ出ている。

「お座りなさい」
「はい。…フロレーテ様、今日はお部屋にお招きいただきありがとうございます。このように二人でゆっくりお話しするなんていつぶりでしょうか。私思わず嬉しさのあまり準備に時間がかかってしまい、お待たせしてしまって申し訳ありません」
「そのようなことは今はよいのです」

 私の言葉にケーテは首を傾げ少し考えてから、パチン、と両手を合わせる。

「もしかしてセイラ様のことですか?久しぶりに学院にお戻りになったんですものね。嬉しいですわ、3人でお茶をいたしましょうか?それともお泊り?」
「ケーテ!!」

 なぜこの子はわかっていないの。王族としての腹芸も謀略も出来るというのに、なぜこんなにも理解していないのか。
 扇子を両手で握りしめ、怒りで震える私にケーテは怯えたように目を見開いて合わせた手をそのまま口持ちにもっていく。

「お前は自分が何をしたかわかっているのですか?」
「何のことでしょう?」
「お前はっ、お前がしたことは悪質以外の何物でもない行為です!」
「何をおっしゃってるのです?」

 本当にわかっていないケーテの態度に怒りのあまり涙がにじんでくる。

「お前がミレーヌ様に対して行ったことは犯罪です!」
「何を言っているのですか?」

 きょとりと、本当に理解していないという顔のケーテにひゅっと息を飲み込んでしまう。

「ミレーヌ様はカイン様にまとわりついてセイラ様のお心を煩わせたのです。私たちはただ少しミレーヌ様に警告しただけですわ」

 悪意なく、なんの悪意なく純粋に好意で警告したというケーテの態度に今までの思いも混ざり合って自分でもおかしいぐらいに怒りで体が震えてくる。

「一つ間違えば命を失っていたかもしれないことが警告なものですか!学ぶことを妨害することが警告なものですか!ショックのあまり寝込むようなっ食事にあのようなものを入れることが警告なものですか!」
「何をおっしゃってますの?ミレーヌ様は亡くなっておりませんし、学習用具もすぐに新しいものに変えてますし、ショックと言ってもカイン様を自室に誘い込んだりしているではありませんか」
「ケーテ!いい加減にして!」

 私の叫び声にビクリと体をすくませる態度は、幼いころから変わっていない。この子は好意を向けた対象のことについては本当に悪意なく、悪行を行う。

「もし死んでいたらどうするつもりなのです!」
「それはミレーヌ様の運がなかった、ということですわ」
「校則に学ぶことを阻害してはならないとあるのに、お前はこれを犯しているのですよ!」
「すぐに新しいものが用意されましたので問題ございませんでしょう」
「カイン様を誘い込んだのではありません!ショックのあまりカイン様以外に怯えているのです」
「本当に怯えているのでしょうか?これ幸いと思っているかもしれませんわ」

 駄目だ…。どうして、どうしてこの子は昔からっ昔から…。

「どうしてお前は私を貶めようとするのです」
「え?」

 幼い頃はよかった。ただ二人で城の中で過ごすだけでよかった。成長するにつれ、私たちの間に見えない壁が、溝が出来ていった。

 驚いた顔のまま、こちらを見つめてくるケーテを自分を律するために扇子を握り締めながらきつく睨みつける。

「自覚がない分お前は質が悪いのです」
「私はフロレーテ様を陥れたことなどありません!」
「お黙り!そう、そうね…」

 そう、この子は無自覚に、本人は私のために行動していると純粋に信じている。

「例えばお前は城下に慰問するとき王族にもかかわらず装飾のほとんどない簡素なドレスを着て行ってましたね」
「ええ。貧しい、言い方は悪いですが清潔ではない者たちに接することもございますので、汚れて捨てても構わないように飾りを省いたものを作らせました」
「そうね、それ自体は構わないわ。でもお前、そんなドレスを着て私の代理もかねて城下に慰問に行ったとき、貧しい子供に教会でこう質問されたのよね」

『王女様は、お誕生日に何をもらったの?』

「覚えておりますわ。あれは教会でフロレーテ様のお誕生日のお祝いの想いを込めて賛美歌を歌った後のことでした。ちょうどフロレーテ様のお誕生日のあとでしたもの」

 懐かしそうに笑みすら浮かべるケーテに扇子を握る手に力がこもる。

「お前はこう答えたそうね。『とっても美しい宝石の付いた首飾りをプレゼントされておりました』と。続くお前は何をもらったのかという質問には『ドレスを一着仕立てました』と答えた」
「それに何か問題がございますか?」

 問題がないわけがない。城下に定期的に慰問するケーテの質素なドレス姿の印象が強い平民にとって、高価な美しい首飾りを強請る王女と、質素なドレスを仕立てる王弟息女。
 平民の心証がどちらに傾くかなどわかりきったこと。
 現に翌年の私の誕生日の祝いの挨拶の際、平民の何割かが私の衣装に冷めた目を向け祝うわけではなく静かに傍観していた。彼らはただ祝賀に配られる食品を受け取りに来ていたにすぎない。

「おととしはお前はさらに最悪な言動を平民に向けて言ったのよ」

『フロレーテ様は城下に降りるよりもすべきことがあるのですよ』

「事実ではないですか!フロレーテ様は学ぶべきことが多く、また執務もなさっておいででした。ですから私が代理として城下に降りて」
「それを知っている民がどれほどいるというのです!代理などお前は慰問するたびに言っていましたか?違うでしょうっ。民の間で、それまでの印象も相まって私のことを『民を顧みない贅沢な暮らしをする王女』と噂が広まったのです!折悪くその数か月前に領地の税金を着服し使用人を痛めつけ殺害した貴族の処刑があったばかりでしたから余計にそんなうわさが広まりました!」

 ただでさえ、平民にとって上流階級のスキャンダルは格好の話しのタネ。
 同じ王族でも平民に優しく接するケーテと城から出ることのない私を比べることも娯楽の一つだったのでしょう。

「そんなのフロレーテ様の考えすぎです!私はただフロレーテ様のお役に立ちたいと思って民に接していたにすぎません。教会への慰問も神にフロレーテ様との仲をどうか以前のようにしていただきたいと祈っていたにすぎません」

 ひどく悲しそうに言うケーテに怒りで震えが止まらない。
 わかっていない。この子は本当に変わっていない。

「なら、ならどうして私とお前が留学することになったと思っているのですか!」

 次期女王と言われている私が3年も他国に留学するなど、国内で何かあると言っているようなもの。

「見聞を広めるためでございましょう?外交関係を深めるために」
「国内で広まった私の悪評を消すために身を隠すためです!お前も留学することになったのは私がいなくてもお前がいるだけで私の悪評が広まるからです!」
「そ、んな…ひどい」

 ショックを受けたように震えて涙すらにじませるケーテに握り締めていた扇子がミシリと嫌な音を鳴らす。

「今回の件も、今後の対応を誤れば国交すら危うくなるのです。わかっているのですか、ケーテ!」
「ひどい…私は、ただフロレーテ様のために、セイラ様のためにしてるのに…そんなふうに悪く受け取るなんて、あんまりですわ」
「っ!」

 バキっと音を立てて扇子が折れる。

「ふざけないで!もしミレーヌ様の命が失われるようなことがあればっ。我が国の王族がこの国の貴族を殺めたとなれば、国交に関わる大事になるのです!私が居ながらそのようなことになれば、私の立場が悪くなるのです!」

 手にあった扇子を思わずケーテに投げつける。運悪く額に折れた部分が当たり、額の目の上の部分から血が流れていく。

「きゃぁっなっ、痛っ…なんで?」

 血の流れる部分を手で押さえながらケーテは涙を流しながら私を怯えた目で見てくる。

「もうお前の顔など見たくありません!部屋で反省なさい!……早く出ていきなさい!」
「っ!」

 私の言葉にケーテは涙を流し、震えながら立ち上がり従者が傷の手当てをしようとする手を振り切って部屋を飛び出していった。

「ぁ」

 飛び出していった姿に、言い過ぎたと思って後を追って応接室を出たが、ケーテはすでに居間を通り抜けて廊下に出て行ってしまっていた。

 怪我の手当てをしてければ。

 そう思って従者に回復魔法を使えるものの手配をさせようと思った瞬間。

『きゃぁぁぁあぁぁぁっぁぁ』

 重厚な扉越しにも聞こえた悲鳴は…。

「ケーテ!」

 バンっと音が鳴るほどの勢いでドアを開き左右を見渡しケーテの姿が見えないことに青ざめる。咄嗟にケーテの部屋へ行く途中にある階段に向かって走り出す。

「ワッ!?」

 途中、ペレト様が部屋から出ようとしてドアにぶつかりそうになりながら、謝る余裕もなく階段を下りて踊り場まで行くと。

「あ…」

 階段の下で倒れているケーテの姿があった。
 私以外にも駆け寄ってきた寮生の一人、アイトリー様がゆっくりケーテを抱き起して声をかけている。

「ケーテ様っ」
「ぁ…」

 気が付いたのか、ケーテが踊り場にいる私を見て力なく片手を持ち上げ私を指さす。

「フロ、レーテ様が……っ」

 そこで力尽きたように腕がどさりと床に落ち、ケーテの意識がまた途切れてしまったようだ。

「ケーテ様?誰か!早く医師を!」

 そう言ってから、アイトリー様はまだ踊り場で立ちすくむ私を見上げて眉間にしわを寄せる。

「あ、…私…私が」

 あんなことを言わなければケーテはこんなことにならなかったのに。あんなことを言ったから…。

 体が震えてその場にへたり込む。

「フロレーテ様」
「ひっ」

 肩に置かれた手にビクリと震えて手の先を見れば、アルスデヤ様やペレト様達が心配そうに私を見下ろしている。

「わ、私…そんなつもりじゃ」

 ただ、私はケーテに理解してほしかっただけなのに、間違ってしまった。方法を誤ってしまったんだわ。

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