婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪

茄子

番外 勇者ゲラルド

「勇者様、何度も申し上げますが、蘇生頼りの戦闘はお止めになってくださいませ。こちらの身が持ちませんと申しますか、お仲間の方々もご心配なさいますでしょう」
「分かってはいるのですが、申し訳ありませんミスト様」

 いつものように魔物との戦いで死んでしまった俺はミスト様のリザレクションで復活を遂げた。ついでにちぎれた右腕も治癒してもらった。
 ミスト様は年齢に対して幼さの残る顔立ちや身長で、紫色の瞳に、藍色の髪の毛が美しい美少女だ。
 初めてお目にかかった時はまだ巫女長ではなく只の巫女であったがその当時から蘇生を一人で行える貴重な人材だった。俺はその時からお世話になっている。
 ミスト様はヨハン様のことが好きでそのことは神殿の誰もが分かっていることだったが、小さな恋の物語として、誰もが温かく見守っていた。そもそも、巫女なのだから淡い恋で止めておくか白い結婚を強制されるだけなのだから報われない思いだ。そのことを可哀そうだと思ったこともあったが、本人はヨハン様を想っているだけで幸せなのだと俺に話してくれたことがあるので、それでよかったんだろう。
 ミスト様がすぐに巫女長になり、ヨハン様と白い結婚のための婚約ををすることになった。意外だったのは、その時にはもうミスト様の中ではヨハン様はただの白い結婚の相手であって想い人ではなくなっていたことだ。何があったのかはわからないが、ミスト様も大人になったのかもしれないと、その時は兄のような気分で話を聞いていた。
 実際、俺とミスト様は話す機会は結構ある。蘇生や治癒をしてもらったときは神殿に泊まることが多く、その時に急ぎの用事がない限りミスト様と夕飯と共にすることがほとんどだからだ。

「今月に入って二回目の蘇生ですよ。もう少しご自愛いただきませんとこちらも蘇生し甲斐がないと申しますか、蘇生しても意味がないように感じられてしまって悲しく思えてしまいます」
「本当に申し訳ない」

 まるで兄に小言を言う妹のようだと思うのは不敬だとは思うが、実際俺としてはそんな気分なのだから仕方がない。
 一度還俗しているせいかなのかはわからないが、ミスト様はほかの巫女よりも命の重さというものをわかっているように感じる。他の巫女や御子は義務のように淡々と治癒を行うから実は苦手なんだよな。
 まあ、いちいち肩入れしていたら心が持たないっていうのはわからないでもないから、淡々と作業をこなすのもわかるんだが、もう少し感情を持って接して欲しいものだとは思う。
 その点、ミスト様は平民にも人気の治癒魔法の使い手だ。

「それで、ミスト様はシャルル枢機卿様とはどうなってるんだ?」
「どうと言われましても、恋人になりましょうと言われてからお会いしておりませんので何とも言えませんわね」

 その言葉に愕然としたのは言うまでもない。シャルル枢機卿様は、ミスト様の学園の送別会で爆弾発言を落としただけで、その後は放置しているというのか?
 そもそも、ヨハン様がドロテア第一王女殿下と付き合っているという噂が広まるきっかけになったのもシャルル枢機卿様だったと聞いている。上の人たちは大変だと思って噂を聞いてはいるが、目の前にいるミスト様が関わっているとなれば話は別になって来る。

「だって、恋人宣言から二か月経ってるんですよ!?その間音沙汰無しなんですか?」
「そうですわねぇ、まあお忙しい方でいらっしゃいますし、私の方も暇ではありませんので…」
「そう、ですか。ミスト様はそれでいいんですか?」
「そうですわね、いいか悪いかと言われれば、わからないといった具合でしょうか?だって、私ってば失恋したばかりでございましょう?」
「ああ、ヨハン様がドロテア第一王女殿下とお付き合いをなさっているという噂ですか?」
「まあ、その噂が事実かは別と致しまして、ヨハン様はドロテア様を好いていらっしゃるのは事実でございますわ」
「そうなんですか」

 俺は思わずミスト様の顔色を窺ってしまう。美味しいはずの料理が急に味がしなくなったような気分だ。

「まあ、所詮は私の勝手な想いだったわけですから、こうなってしまうのは自明の理だったのかもしれませんわね」
「しかし、白い結婚とはいえ、ヨハン様とは婚約為さったのですよね?そのことはどうお考えなのですか?」
「どうとも。恋人を作るのでしたらどうぞご自由にという感じですわね。それに…」
「なんですか?」
「私分からなくなってしまいましたのよ。だってずっと好きだと思っていた方を急に好きじゃなくなってしまったんですもの。自分自身が不思議で仕方がありませんわ」
「それは、失恋のショックというものでは?」
「そうなのでしょうか?」

 巫女としてこの神殿で大切に守られてきたミスト様には難しい話しなのかもしれない。
 そもそもヨハン様がミスト様の想いに応えていれば、もしくはもっと早くに、それこそ還俗したときにでも想いに答えを出していればこんなことにはならなかったのかもしれない。

* * *

 ミスト様の助言により、ヨハン様がパーティーに加わってからは、随分戦力も安定してきたように思える。
 本当はミスト様を神殿から解放するためにもミスト様自身にパーティーに加わってほしかったんだが、断られてしまったのだから仕方がない。
 何度目かになるミスト様とヨハン様の関係に関する会話はいつもと同じように着地点が見えない。いや、見えているのだがその着地点に納得がいかない。
 最近ではミスト様でなく巫女長様と呼ぶこともある。少し俺と巫女長、ミスト様の間に距離が出来始めてしまっているように感じてしまうのだ。それはどうしてだろうか?
 俺の心の中に別の誰かが入り込んでいるからかもしれない。
 それはドロテア王女だ。
 身分違いの恋だとわかってはいるが、そのひたむきな様子に心を打たれてしまったというべきなのかもしれない。
 我ながらチョロイと思ってしまうのだが、好きになってしまったのだから仕方がない。
 とはいえ、ミスト様のことも気がかりなのに変わりはない。可愛い妹を見守る兄のような気分だ。
 もっとも、シャルル枢機卿様とはうまくいっているようで、たまにノロケ話のような物も聞かされる。それがちゃんとした恋愛なのかは俺にはわからないが、少しずつミスト様がシャルル枢機卿様に心を開いていっているのなら、それでいいんじゃないかと思えてしまう。
 失恋の痛手を新しい恋で埋めるというわけではないが、今のミスト様にはきっとそういうものが必要だと思う。多少強引でも、そういうのが必要だと思ってしまうほどに、ミスト様は一時期酷く消耗していた。

「ミスト様、すみません」
「またですか!ドロテア様、申し訳ありませんが場所をお譲りください。ilupop eailif menoitirtnoc tnabaruc di etna eativ cnah inimoh sueD enimod」
「……相変わらず見事ですね」
「勇者様のおかげで私の治癒魔法のスキルもぐんぐん上がっていっているように感じますわ」

 ちぎれてしまった両足が再生されたのを確認して思わず素直な感想を言えば、呆れたように返されてしまった。
 流石に今月はこうした大怪我をする機会が多かったから呆れられてしまったのかもしれない。
 だが、ドロテア第一王女の前で敵に侮られるような無様な真似ができるわけもなく、どうしてもこうして大けがをしてしまうのだ。無茶なことだとはわかっているが、情けないな。

「ヨハン様が付いていながらこのようなことになって、推薦した身と致しましては情けなくて涙が出そうですわ」
「すまない」
「ヨハン様は悪くないんだ。俺が悪いんだ」
「もちろん一番悪いのは勇者様ですわよ」

 ヨハン様は恋人になったドロテア第一王女を最優先で守っているのだから、俺が後回しになってしまうのは仕方がない。俺がもっとうまく立ち回ればいいだけの話しだ。
 それに好きな女を守りたいのは男なら当然だしな。

 そう、思っていたんだ。ヨハン様とドロテア第一王女は相思相愛なのだと、そう思っていたんだ。

「私、知っておりますのよ」
「何をですか?」
「ドロテア様の本当のお気持ちを」
「本当の気持ち?」

 ミスト様に、真実を聞くまでは本当に応援すらしていたんだ。
 けれどもドロテア第一王女の、ドロテア様の本当の気持ちを知った今はとにかくドロテア様のところに行きたいという思いが勝ってしまった。

「ヨハン!どういうことだ!」
「っ勇者なぜここに!?」
「ドロテア王女に無体を働いたと聞いた!一体どういうことだ!」
「恋人同士なのに無体とは随分な言い様だな。ドロテア様、俺達は恋人同士で全て合意の上ですよね」

 目の前で見せつけられるように口づけを交わされ、思わず目の前がカッと赤く色づく。

「何をしている!ここをどこだと思っているんだ!」
「だったらお前がどこかに行けばいいだろう勇者」
「ふざけるな!泣いているドロテア王女を置いて行けるわけがないだろう!」
「これは歓喜の涙だ、なあ、ドロテア様」
「ぁ…はぃ…私、は……私は…、ちが、…違うっ」

 ドロテア様の様子がおかしい。

「私は、私が慕っているのはヨハンではありませんっ!」
「ドロテア様何を言うのですか。私以外の誰を慕っているというのですか」
「それはっ…」
「ドロテア王女!言ってくれ、俺を好いていると、慕っていると!」
「っ!…ど、うして」
「頼む、言ってくれ」
「ふざけるな!ドロテア様、惑わされてはいけません!」
「私、は……勇者を、慕っています!」

 その言葉で十分だった。もうそれだけで俺は目の前の男を、ヨハンをぶっ飛ばす理由を得たも同然だった。
 ぶつかり合いの末、ゼロ距離からの攻撃に吹き飛ばされてしまったが、俺はこれでも勇者だ。この程度では死ぬようなことはない。
 戦っていくうちにだんだんとヨハンが押されていくのが分かりこのまま、と思ったところでヨハンが離脱していってしまった。どこに向かって行ってしまったのだろうか。
 だが今は、

「ドロテア王女!」
「勇者…私はっ私は…貴方が好きなのです」
「俺も、ドロテア王女が好きだ」

 俺たちはボロボロの廊下で初めて口づけを交わした。
 その翌日、俺たちは国王の指示で神殿に泊まりこみ襲撃に備える。襲撃してきたヨハンはもはや人間ではなく魔人と化していた。仲間だと思っていたのにもかかわらず、こんなに悔しいことは今後起きないだろう。

 そう思っていた。それなのに、俺はそれ以上に悔しい思いをする羽目になってしまった。

* * *

「ミスト様ぁ!」
「巫女長様がぁっ」

 目の前で起こったことが信じられずに俺は呆然と、ボロボロになったテントを眺めていた。
 魔人による後方の攻撃。これは南の魔王の魔人ではなく、他の魔王の魔人の手によるものらしい。
 だがそんなことは関係ない。俺は護っていたはずの妹のような少女を奪われてしまったのだ。あんなに一生懸命で、こんな戦場でも明るくふるまって、皆を鼓舞していたあの少女が、ミスト様が魔人に連れ攫われてしまった。
 ちょっとした油断だったのだという。手薄になったその瞬間を狙われて、最初からミスト様だけを狙っていたのだという。
 それはあっという間の蹂躙で、戦う術をほとんど持っていない巫女や後方部隊に対処が出来るわけもなく、ミスト様は連れ攫われてしまった。

「どうしてっミスト!」

 シャルル枢機卿様の嘆きの声が耳に響いてくる。やっと幸せになれるのだと。なんでも受け入れる覚悟がやっとできたのだと、そう先日話したばかりだというのに、人並みではないかもしれないが、それでも幸せになるのだとそう笑っていたミスト様の姿は今此処にない。

「くっそぉぉぉぉぉっ!」

 剣を大地に突き立てて声を上げる。もっと後方に気を配っておくべきだったんだ。巫女長なんて出てきているのだから、他の魔王にとって良い餌でしかないのだから、もっと守っておくべきだったんだ。
 俺が守ってやらなくちゃいけなかったんだ。

「なんでだよっなんでミスト様ばっかりがこんな目に合うんだよ!」

 魔人に攫われた巫女や御子は凌辱されその資格を失うというのが定説だ。あんな幼気の残る少女がそんな目に合うのかと思うと自分自身への怒りで目の前が真っ赤に染まっていく。
 そして、俺ですらこんなに悔しがっているのだから、シャルル枢機卿様はどれほどの悔しさを感じているのだろうかとその顔を見れば、何の感情も浮かんではいなかった。先ほどまでの悲痛な叫び声からは想像もできないほどの、無の表情。
 まるで何もかもを捨ててしまったかのような顔にぞっとしてしまった。

「シャルル枢機卿様」
「……大丈夫ですよ。ミストは無事です」

 ただそう、冷たくシャルル枢機卿様は呟いた。

 それからというもの、シャルル枢機卿様は人が変わったように魔物を退治していった。流石はかつて魔人を打倒した人なだけはあると、勇者である俺などいらないのではないかと思えるほどの活躍だった。
 魔物を倒して一日でも早くミスト様を探しに行きたい、そう言ったのはいつだったかはもう忘れてしまった。けれども、シャルル枢機卿様を支えているのはその思いだけなのだろう。

「ぐわっ」
「ilupop eailif menoitirtnoc tnabaruc di etna eativ cnah inimoh sueD enimod」
「た、助かります」
「すぐに戦闘に戻ってください」
「はい」

 シャルル枢機卿様はその強大な治癒能力で俺の怪我をあっという間に治癒するとすぐに戦闘に戻っていってしまう。最前線で、足がちぎれても、腕が吹き飛ばされても、すぐさま戦闘に復帰させられる様は、まるで地獄絵図のようだと誰かが言った。
 確かにそうなのかもしれない。だが誰もそれに文句を言うことは出来なかった。この戦闘で一番動いているのはシャルル枢機卿様なのだから、それこそ自身の腕が吹き飛んでも自身で治癒しすぐさま戦闘に復帰する。そんな様子を見ていれば、何も言えなくなってしまう。

 そうして約三年の月日が経ち、魔物の討伐もひと段落ついた時、シャルル枢機卿様は枢機卿の任を辞してミスト様を探す旅に出ると国王陛下に申し出た。
 止める声ももちろんあったが、それでもシャルル枢機卿様は意志を変えることはなかった。
 俺はドロテア王女と結婚し、伯爵位を賜ったが、今もドロテアと一緒に魔物の残党狩りに出ている。それが俺たちにできるミスト様への償いだと思っているからだ。

 だからもう会うことがないと思っていた人に出会えた時、俺は思わず夢を見ているのだと、そう思った。

「勇者様、ドロテア様!」
「「ミスト(様)」」

 あの戦いから数十年、勇者家業も引退して伯爵として執務を行っていた俺たちのもとにやってきたのは、記憶にあるよりも少し成長したミスト様と変わることのないシャルル枢機卿様だった。

「お久しぶりですわね」
「どうして」
「そのお姿は?」
「魔人になっちゃいました」

 その言葉に、呆然としてしまう。やはりあの時攫われたミスト様は巫女の資格を奪われ魔人にさせられてしまったのだろう。
 だがシャルル枢機卿様はどうしてだ?後を追ったのだろうか?

「ふふふ、驚いてますね。その顔が見たかったんですよ。もっと早く来てもよかったんですけれども、こちらも何かと忙しかったものですから」
「ミスト様、すみません俺があの時っもっとちゃんとしていればっ」
「いいんですよ。私が望んだ結果です。それに私は今とっても幸せなんです。子供も生まれたんですよ」
「子供…」
「はい、アドルフ様との子供です」

 そう言ってミスト様はシャルル枢機卿様を見る。確かアドルフというのはシャルル枢機卿様の名前だったか。

「幸せ、なんですのね」
「ええ、ドロテア様。私はこうなってよかったと思っておりますわ」 

 よかった、と泣くドロテアの肩を抱いて俺も思わず涙がこぼれ出てしまう。
 詳しい内容を聞くつもりはないが、今が幸せだと言ってくれるならそれでいい。ずっと後悔していたことがこれでやっと報われた気がする。

「勇者様、ずっと私のことを気にしてくれていたんですよね。ありがとうございます」
「いや。いいんだ」

 ミスト様が幸せならそれでいい。

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