婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪

茄子

02

 ミスト様の婚約者となって約3か月、俺は何度か巫女長となったミスト様と会いながらも、冒険者の随行員として国の外に行くことも多くなった。
 その中で出会ったのがお忍びで冒険者をしている第一王女、ドロテア様だった。最初はなんて世慣れしていないお嬢様が魔法使いになったのかと思ったが、すぐに分かった。彼女こそが俺の愛しい人であると。

「ドリー、つらくはありませんか?」
「大丈夫ですよヨハン」

 ドロテア様の本名を呼んでは問題になってしまうので、ここでは愛称のドリーと呼んでいる。ドロテア様は生来の魔法の能力の高さを遺憾なく発揮し、もう間もなく勇者パーティーに誘われるのではないかと言われるほどになっている。
 そうなってしまえば、一介の冒険者の随行員でしかない俺ではまた手の届かない存在になってしまう。

 そう考えていた数日後、ドロテア様は勇者一行にやはり誘われ、旅立ってしまわれた。俺はこうして何も出来ずに神殿でドロテア様の無事を祈るしかできない。
 勇者一行が旅立って一週間ほどが経った、大怪我をしたというような話しは入ってきてはいないが、今日も今日とて祈りを捧げていると、巫女たちが集まっている方が騒がしくなって居ることに気が付く。
 誰か急患が来たのだろうか。もしやドロテア様に何かあったのだろうか。
 そう思うといてもたってもいられず、巫女達の治癒場に行くとそこには腕がちぎれかけた勇者が居り、無事な方の手をドロテア様が握っていた。
 それを目の当たりにして思わず目の前が真っ赤になった。それは一瞬のことだったが、間違いなく俺は勇者に嫉妬したのだ。
 俺がいない間に何があったのかはわからないが、ドロテア様の目は勇者に対して仲間以上の感情を抱いているように見える。思い過ごしかもしれないが、俺の勘がそう告げている。

 その翌日、ミスト様経由で勇者一行の随行員をしないかと誘われて、俺はすぐさま頷いた。ドロテア様も馴染みの神官である俺が随行するのには安心してくれたようだ。
 旅をしていると勇者が気さくで信頼のおける男なのだということが分かって来る。ドロテア様が惚れてしまうのも仕方がないと思えてしまえるほどだ。

「なあヨハン様、ヨハン様は巫女長と婚約者なんだよな」
「ええ、そうですよ」
「建前だけの婚約者なんてむなしくはないか?思い合って婚約するだけじゃないことは、貴族に触れ合うこともある俺にもわかるが、巫女長とヨハン様の婚約はあまりにも理不尽だと思うんだ」
「それは…そうおっしゃられても決まったことですから」

 それに、これはお互いに利点があってのことだ。ミスト様は気が付いてはいないようだが、シャルル枢機卿様に惹かれているように思える。あれほどの男前なのだから、惹かれずにはいられないのだろう。
 シャルル枢機卿様も自ら恋人役を名乗り出たほどなのだし、ミスト様に対して少なからず想いはあるのだろう。
 そう考えればこの婚約は悪いことではない。

「俺には理解できないな」
「私も最初は否定的だったんですけどね、だんだんと言いくるめられてしまったというか、都合がよかったというか…」
「都合がいい?」
「いやまあ、そこはいろいろあるんだ」

 苦笑で誤魔化してみるが、勇者の目は疑わしいものを見るような物だった。

「何の話をしているのですか?」
「ドロテア様」
「ヨハン様の婚約についてだよ」

 勇者のパーティーということだけあり、ドロテア様も身分を隠すことなく参加しており、俺もドリーと愛称で呼ぶことはなくなってしまった。今思えばあのころが一番楽しかったのかもしれない。

「ああ、白い結婚が前提の婚約のことですね。王宮としてもああも素早く完璧に蘇生リザレクションを1人でこなせる巫女長を引き留めるのに必死だったのですわ。まあ、最初の婚約の時はそのことよりも国益を優先してしまったのですが、魔王が現れたかもしれないとなってはそうも言ってはいられませんもの」
「そういうものなのかな、婚約や結婚っていうのはもっとこう、好きあったもの同士がするものだっていうのは俺が庶民の出だからだろうけどなあ」
「勇者はそのように思うのですね」
「ああ、そう思うよ」
「そうですか。私もそう思います」
「ドロテア王女もか?やっぱりそうだよな」
「ええ、けれど私は第一王女ですから、そのようなことは夢のようなことなのでしょうけれども…」
「そうか。…例えばだけど、ドロテア王女と婚約できるのはその、勇者の俺とかでもできるものなのか?」

 その言葉にハッとする。勇者が功績を上げればその可能性もあることに今気が付いた。魔人でも倒せばそれこそ王女と結婚できる資格を手に入れることが出来る。
 ギリっと奥歯を噛みしめながらも笑みを絶やさないように気を付ける。

「可能性はあるんじゃないですかね、ねえドロテア様」
「そ、そうですわね。魔人を倒したり魔王を倒せば功績が稼げますので報奨としてそういう場合もあります」
「そうか…、そっか」

 その時嫌な予感がした。もし勇者がドロテア様を好いているのなら、功績を稼いで求婚するのではないだろうかと思いいたってしまったのだ。
 そんなことがあっていいのだろうか。俺はずっと長くドロテア様を好いているのに、こんなぽっと出の男に奪われていいのだろうか。そんな理不尽があっていいのだろうか。
 そう考えたら次第に頭の中に黒いシミが広がっていくようだった。

 あの後からぐらいだろうか、勇者は少しだけ無茶をするようになって怪我の頻度も高くなっていった。
 テレポーテーションで神殿に戻りミスト様に手当てをされる回数も増えた。
 これは功績を焦っているからとみるべきなのか、魔王城が近いからとみるべきなのか難しいところだ。

「見てくださいヨハン様、あの耳飾り素敵ですわ」
「いいですね、ミスト様に似合いそうです。店主、その耳飾りを見せてもらえますか?」
「かしこまりました」

 ミスト様の誕生日が近いため、今日は2人でお忍びの買い物にやってきている。所謂誕生日プレゼントの買い物というものだ。
 最近のミスト様は成長期ということもあるのだろうが、妙に色っぽさを増して道行く人々の注目を知らずに集めている。
 巫女長という立場ではあるが、ミスト様は貧富の差など気にせず治癒に当たっているため、国民からの、特に平民からの人気が高く、街を歩けばあちらこちらからサービスだと声をかけられてあっという間に両手がいっぱいになってしまうほどだ。
 今日の俺はその護衛というところだろう。

「シャルル様と来た時はお忍びでしたのでこんなにはしゃげませんでしたのよ」
「それはそうでしょう」

 枢機卿様が街に下りたともなれば大騒ぎになってしまうのは仕方がないので、お忍びになるのは当然だ。
 本来なら巫女長のミスト様もお忍びで街に出るのが習わしなのだが、ミスト様の場合は平民に好かれているのでこうして大っぴらに出歩いても問題はない。

「ミスト様ぁ、うちのジャガバタなんですがおひとついかがですか?」
「それならうちの串焼きもどうぞ」
「なんだいあんたたち、ミスト様だって年頃のお嬢さんなんだよ。甘いお菓子のほうがいいさね」
「うふふ、皆様お気を使わないでくださいな」

 こうしてみると、神殿での神聖さと色っぽさが消えて年頃の少女のように見えるから不思議なものだ。

「ヨハン様、先ほどの耳飾りありがとうございます。誕生日の宴に付けていきますね」
「ええ、そうですね」
「そういえばまた明日より冒険に旅立たれるのですってね」
「はい、今度は魔王城の近くまで行く予定になっております」
「まあそうなのですか、お気をつけていってくださいませ」
「はい」

 そうして買い物を切り上げて、もちろん俺もミスト様も両手いっぱいのお土産を抱えてだが、神殿に帰還した。
 街中ではもちろん巫女長を護衛する神官が付いているからこそできる所業だな。両手がふさがっている状況など戦場では死ねと言っているようなものだ。

 再び冒険に出て数日が立ち、俺は1人で夜の火の番をしていた。
 その時、ふと耳に聞こえる声に周囲を見渡したが人影は見当たらず、俺は勇者たちを起こすべきか一瞬考え、起こさずに声のしたほうへ歩いていくことにした。

『おいで』
「お前は何者だ」

 声が聞こえた方向に居たのは、ローブを目深にかぶった長身の男、だと思われるが仮面をかぶっているせいで声がこもってよくわからない。

『魔王、とでもいえばいいだろうか』
「魔王!」

 咄嗟に杖を構え魔法を展開しようとすると、魔王はスッと手を横に薙ぎ払う。その瞬間体が横に吹き飛び、木に叩き付けられた。
 実力が違いすぎる。

「何をしに、きた」
『お前、魔人にならないか?才能がありそうだ』
「ふざけるなっ誰が魔人などになるものか!」
『そうか?今のままでは恋する女を手に入れることが出来ずに指をくわえてみていることしか出来ぬであろう』
「っく」
『魔人になれ、私の手下となるのだ、手下の恋路ぐらいは応援してやろう。他の魔人を退治させる功績でも建てれば王女と結婚できるのではないか?』
「それは…」

 確かにそうだが、これは魔王の誘惑だ。乗ってはいけない。
 そう考えた俺の目の前に抱きしめあう勇者とドロテア様の姿が浮かび上がり、そのまま口づけをしていく。

「やめろっこんな幻術は通じない!」
『これは幻術などではない。このまま行けば辿る未来だ』
「嘘だ!いくら勇者とは言えドロテア様を簡単に手に入れられるはずがないだろう!」
『ではこうしよう、私が勇者に休戦協定を持ちかける。もちろん魔物の討伐にも協力するという条文をつけてな。十分な功績になるだろうなあ』
「なにを」
『魔人になって私に手を貸すか、それともただこのまま指をくわえて愛する女が他の男のものになるのを見ているだけか、選ぶがいい』

 ふざけるな、という声は出すことが出来なかった。喉の奥に張り付いたかのようにその言葉が出てこなかったのだ。
 魔人となってしまえば神殿に入った瞬間すぐに判明してしまうだろう。
 そうだ、こんな取引は無意味だ。

「魔人になったことなどすぐに判明する」
『この耳飾りをやろう』
「これは…」

 先日ミスト様に贈ったものとよく似た物だが、抗魔の術式が組み込まれている物のようで、魔素?を隠す力があるものだとわかる。

『これを付けていればわかるまい』
「……なぜこんなことを」
『お前が俺の役に立ちそうだからだ』

 こうしている間にも、目の前の幻影は深くキスを交わし合い服を脱がしあっていく。

「やめてくれ」
『決めるのはお前だ。その耳飾りを付けた時が魔人の契約の時だ』
「やめてくれ!」
『決めるのはお前だ。だが、このままではお前の望みは叶わない、永遠にな』
「っ!」

 咄嗟に手の中の耳飾りを強く握りしめた。
 幻影は裸で抱きしめあう勇者とドロテア様へと変わっており、噛みしめた唇から血の味がする。

「こんな未来、認めない」

 俺の方が早くに彼女と知り合っていたのに。俺の方が早くに彼女を支えて来ていたのに。
 いきなり現れた勇者に奪われるなんて、許せない。
 その思いで心の中が真っ黒になり、耳飾りを自分の耳に知らずにはめていた。

『これで契約は相なった。魔人ヨハンよ、せいぜいあがいて踊るがいい』

 そういって魔王は銀色の光を残して闇の中に消えていってしまった。
 ポタリ、と目から涙が一粒だけ零れて落ちていった。

 ミストの誕生日、馬車で王宮に向かう。

「……はあ」
「どうしたミスト」
「ヨハン様、ガラにもなく緊張してしまって」
「まあミストは神殿に引きこもっているからな、仕方がないだろう」
「ええ、ヨハン様にもお付き合いただき申し訳ありません」
「婚約者の仕事だからな、このぐらいどうということはないさ」
「ありがとうございます」

 魔人になってから、俺は今まで神官として取り繕っていた仮面を徐々に剥がしていっていた。ミストに対しても様付けを止めたり、敬語を止めたりするようになった。
 ミストもそれで構わないと言っているのだからもっと早くからこうしておけばよかった。
 王宮に入ってすぐさまドロテア様を見つける。どんな時でも真っ先に目に入ってくる俺の愛しい人だ。
 挨拶を受けてそれが一通り済めば、お役御免と言わんばかりにミストの傍を離れてドロテア様の傍に行く。

「こんばんはドロテア様」
「まあ、ヨハン様。巫女長はよろしいのですか?」
「はい挨拶も一通り済みましたので、俺の役は終わりですよ」
「そうですか、ご苦労様です」
「よろしければ少し一緒にバルコニーで風にでもあたりませんか?」
「そうですわね」

 ドロテア様は警戒心無く誘いに乗って来る。パーティーメンバーだからだろうが無警戒すぎる。
 もっとも、これも計算の内だ。
 バルコニーには案の定誰もおらず、2人っきりの空間が完成した。人よけの結界を張るまでもないかもしれない。

「いい風ですわね」
「ええ」
「どうかしましたか?」
「ドロテア様には好きな方はいらっしゃいますか?」
「えっ」
「俺にはいます。高嶺の花で手の届かない人なのですが…」
「そう、ですか」

 この雰囲気と俺の言葉に、ドロテア様は誰のことを言っているのか察したようだ。

「ドロテア様、俺は…」
「ヨハン、その先をどうか言わないでくださいませんでしょうか。その先を言われてしまえば私は貴方に答えを返さなくてはいけなくなってしまいます。そしてそれはきっと貴方を傷つけてしまう」
「それは…つまりそういうことなのですね」
「貴方のことは好いておりますが、そういう対象で見たことはないとだけ言っておきましょう」
「……わかりました」

 そんなことわかっていたさ。だが、ここで諦めたのでは魔人になった意味がない。
 俺は無理やりドロテア様の手と腰を掴み抱き寄せて唇を奪う。

「無礼者っ」

 柔らかく甘い感触に酔いしれる暇もなく、頬に熱が走り打たれたのだと知覚した。

「無礼者でも構いません。俺は、俺はドロテア様を愛しております。お傍にいるだけでいい、ドロテア様が勇者を好いているのは気が付いておりますが、それでもお傍に居たいんです」
「なにをっ…何を言っているのですか、世界が危機に瀕しているかもしれないというときに、勇者に恋などしている暇があるというのですか」
「そんなもの関係ありません。俺は、ずっとドロテア様を見ていたからわかるんです。愛しているからこそ、ドロテア様が勇者を愛しているとわかってしまうんです」
「……そのようなこと、あるはずもないでしょう」
「いいえ!ではどうして俺を拒絶するのですか!勇者を愛しているからでしょう」

 俺は魔眼を使ってドロテア様を追い詰めていく。俺を傍に置かないのは勇者を愛していると認めるような物だと誤認させる。

「それとこれとは話が違います」
「いいえ!勇者を愛していないというのならその証にこの俺を傍においてください」

 ドロテア様の腕を取って開いた手で顎を掴み顔を固定して、真っ直ぐに目を見るように仕向け、魔眼を強く見せつける。

「……わかり、ました」
「ドロテア様!」
「私が勇者を愛していない証にお前の恋人となりましょう」
「ありがとうございます!」

 魔眼の力とはいえ、これでドロテア様は俺のものになった。こんな喜ばしいことがあるだろうか。
 勇者よ、悔しむのならこの場に参列できない身分を悔しむんだな。

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