婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪

茄子

ヨハン=ルイ=ヒュノー 01

 俺の想い人は、手の届かない高嶺の花で、決して手に入る人ではなかった。

「ミスト様、お久しぶりですね」
「ヨハン様、お久しぶりでございます。お元気でいらっしゃいますでしょうか?なんでも冒険者の方について冒険に出ることもあるということで、私お兄様からお聞きして心配しておりましたのよ」
「何、若輩の身ではありますが人の役に立てるのであれば、と思って」
「素晴らしいお考えですわ。私は神殿にお勤めしている間はまだ幼かったこともあり冒険者の方々についていくこともできませんでしたけれど…」
「それは仕方がないことです。蘇生リザレクションができる巫女となれば丁重に扱われるのが世の常というものです」

 ミスト様は俺の同級生の異母妹で、俺にとっても妹のようにかわいい子だ。一生懸命でついには巫女長にまで上り詰めようとしたときに、この国の国王の勅命によって還俗させられてしまったが、今でももったいないと思う。

「今回いらしたのはせっかく還俗なさったのに、また神殿に戻りたいというご相談だとお伺いいたしました」
「ええ、もしかしたら噂でお聞きになっているかもしれませんが、私は婚約者に婚約破棄を言い渡されてしまいました」
「耳にしております。しかし、それはひどく一方的なもので、互いの家はまだ了承していないと聞きます」
「それも時間の問題かと思いますのよ。なんと申しましても婚約者のダニエル様には想う方がいらっしゃいますの。私がいてはお2人の仲を引き裂くことになってしまいますので、潔く身を引こうと思っております。それに、一度は神に捧げた身ですもの、やはり最後まで神に捧げるのがふさわしいかと思いますの」
「それは…、なんということだ」

 ミスト様を幼い時から見て来た俺は、それこそ兄同然の身として還俗には反対派だった。神殿に戻ってくることには賛成だが、ミスト様が傷ついて戻ってくるというのであれば問題じゃないか。

「ヨハン様は私の還俗を祝福してくださったのに申し訳ないのですが…」

 祝福など建前上だけでしたけどね。

「私のことなどどうでもいいのです。ミスト様のお心を想うと、やるせ無い気持ちで胸がいっぱいになってしまいます」
「そう言っていただけるだけで嬉しく思いますわ」
「私はあの時、ミスト様は幼くして巫女になられたのだから還俗したほうが幸せになると思って後押しをしましたが、今となってはそれが間違いであったのではないかと…」

 反対していたとはいえ、7歳からの神殿勤め、一度外の世界を見たほうがいいと思っていたのは事実。けれどもそれが婚約を伴うという事であれば後押しではなく反対を押し通すべきだった。

「いいえ、ヨハン様。還俗したおかげで友人もできましたし、よいこともございました。決して悪い事ばかりではありませんでしたわ、けれど、この度の婚約破棄の件で、少なからず私自身も傷を負うことになりました。家にも迷惑をかけることとなってしまい、正直居辛いのでございます。神殿に逃げるというのは言葉が悪く感じられてしまうかもしれませんが、救いの場なのですわ」

 その言葉に気の毒な想いが湧き上がってくる。

「ミスト様…。もちろん、神殿としてはミスト様がお戻りになりたいというのでしたらいつでもお迎えする準備が出来ております。何しろあなたはもうすぐ巫女長になるべきお人だったのですからね」
「子供のころから2年前まで、この神殿が私の家でございました。今では実家の方がなんだか違和感を感じてしまうほどですのよ」
「ふふふ、それは大変ですね」
「ええ、最初はホームシックと申しますか神殿に還りたいとお兄様に泣きついたものでございます」

 7歳の時も、家が恋しくて泣いていましたよね。懐かしい思い出です。
 そんな感じにミスト様と話しをしていると通路側が騒がしくなり何事かと目を向ければ、扉が開き司祭様が入室していらっしゃった。
 思わず立ち上がって礼をすれば、すぐに楽にするように言われソファに座り直せば、司祭様が俺の隣に座ることとなった。なんなんだこの状況は。

「レイン、久しくしておりますね」
「はい。司祭様におかれましてもご健勝そうでなによりでございます」
「この度の事、聞き及んでおります。レインが神殿に戻りたいというのであれば、私の名において受け入れましょう。そして今度はもう2度と還俗できぬよう枢機卿にも進言いたします」
「「司祭様」」

 枢機卿様のお一人であるシャルル枢機卿様は大公家の出身だから、未だにその影響力は強い。きっともう還俗することはないだろう。そのことに安心していると話が進んでいく。

蘇生リザレクションを1人で行える巫女を手放すこと自体が間違いだったのです。この国の国王の勅命だったとはいえ、拒否すべきでした。今は新しい魔王が南の地に現れたという噂もありますからね」
「もし邪悪な魔王の場合勇者を招集し、魔王を倒して貰う必要が出てきます。その際にレインの蘇生リザレクションは役に立つことでしょう」
「…はい」

 もっとも、勇者を招集すると言ってもすでにこちらに向かっていると聞いている。神殿としては勇者に恩を売っておくためにもミスト様を神殿に戻したいのだろう。

「レインよ、今一度確認する。神殿に戻ってくるつもりがあるのだな」
「はい司祭様。婚約破棄になりました暁には、この身を再び神へと捧げる決意は出来ております」
「で、あるか」

 司祭様は頷くと立ち上がりそのまま部屋を出ていってしまった。色々これから動かれることだろう。

「邪悪な魔王か、厄介ですね」
「けれどもまだ噂ですし、実際に魔王が誕生したからと言って邪悪とは限りませんわ」
「そうですね。何分冒険者について戦っていると思考が偏ってしまっていけません」
「ふふふ、でも少し羨ましいですわ」
「羨ましい、ですか?」
「だって、首都の外に出ていくのでしょう?どんな場所なのか興味がありますわ。私は所詮籠の中の鳥でございますもの」
「ミスト様…。もしよろしければ私の冒険談をお聞かせいたしましょうか?」
「まあ!よろしいのですか?ぜひお願いいたしますわ」

 子供のような純粋な笑顔を向けられてしまった。
 その後面会の時間いっぱいまで出来る限りの冒険談を、衝撃が少ないようにオブラートに包みながら話せば、大層喜んでくれた。

 ある日司祭様に呼び出されて執務室に行けば、ミスト様と婚約をしないかという話を持ち掛けられてしまった。

「それは、あんまりではありませんか!」
「うむ、そなたには無体を強いることになるが、神殿の為にも耐えて欲しい」

 まだ婚約破棄も整っていないのに婚約の話しを持ち出されては、ミスト様が混乱してしまうに違いない。それに、俺としても婚約などしてしまえばさらにあの人に手が届かなくなってしまう。
 最近になってやっとあの人への足掛かりをつかんだというのに。今婚約などしてしまえば一生手に入れる機会など無くなってしまう。
 本当に迷惑な話だ。

 そんなことを考えて神殿内を移動していると、神殿にやって来たミスト様とお会いした。

「ヨハン様」
「ああミスト様、今日もおいでだったのですね」
「はい司祭様にお話がありまして参りましたの」
「司祭様に、ですか」
「ヨハン様、司祭様がどうかなさいましたの?」
「いえ、少し…。もしかして私との結婚のことでいらっしゃったのでしょうか?」
「え!」
「…やはりそうなのですね。おかしなものです、神殿もさぞや必死なのでしょう。次こそはもうミスト様を手放さないようにと。迷惑な話ですよね」
「めい、わくですか」
「ええ」

 ミスト様にとっても俺にとっても迷惑甚だしい話しだ。
 しかし、ミスト様はなんだか少しショックを受けたような顔になっているな。どうかしたのだろうか。
 ああ、そうか。俺が迷惑だと言ったことに驚いているのだろう。普段こういうことは言わないようにしていたからな。

「それにミスト様のお心のことを全く考えていないではありませんか。婚約破棄を迎えようとしている最中だというのに次の結婚の話などもちだして」
「いえ…大丈夫ですわ」

 本当に大丈夫だろうか。顔色が少し悪くなっているような気がする。

「それに相手が私などではミスト様がお気の毒というか」
「まさかそんなことございませんわ!」
「ミスト様はお優しいですね」
「そんなことはございませんわ。ヨハン様こそお優しくていらっしゃいます」
「私ですか?私など優しくなんてないですよ。心に想う人がいても何もできないような臆病者ですから」
「想う人がいらっしゃるのですか…。そ、その方はどのような方なのかお聞きしても?」
「そうですね、努力家で泣き言を言わないで一生懸命な可愛らしい方です。それこそまさに神に愛されるにふさわしい方なのではないかと思っておりますよ」
「そう、ですか。……その方とうまくいくといいですわね」

 ああ、ミスト様はお優しくていらっしゃる。やはり私のような者と婚約して神殿に縛り付けるのは良くないのではないだろうか。

「いえ、その方は今大変な時期ですので、私にできることなど話しを聞いて差し上げることぐらいなんです」
「そうなのですか。けれどもきっとその方はヨハン様に救われていると思いますわ。私がその方ならヨハン様にお話を聞いていただけるだけでうれしいですもの」
「そうでしょうか!」
「ええ。その方とはいつお知り合いになったんですか?」
「神官になる前です。まだ幼いころだったのですが、あの時からお可愛らしく、今思えば私の初恋だったのかもしれません」
「初恋ですか」

 あの日、遠目に見たあの日から、俺の心は彼女に囚われてしまっている。けれども…。

「成長するにつれだんだんと自覚をしていったのですが、ミスト様もご存知の通り母が亡くなってしまい私は神殿に。もうその方とお会いすることもないと思っていたのですが、しばらくしてまたお会いすることが出来るようになったのです」
「それはきっと縁があるというものなのでしょうね」
「けれども、ここ最近その方の周辺では色々心穏やかではいられない出来事が続いてしまいまして、私が何かの一助でもできればと思いこうして思い悩んでいるところなのですよ」
「そうなのですか、きっとそのことをその方にそのままお伝えになればよろしいと思いますわ。きっとその方もヨハン様のお心づかいに感謝されますもの」
「そうでしょうか?」
「ええもちろんですわ」
「……では、ミスト様。私は」
「ミスト様、失礼いたします。司祭様がお戻りになられました」
「あ、はい。…ヨハン様、お時間を頂きありがとうございました。それでは失礼いたします」
「え、ええ…」

 足早に立ち去っていくミスト様の背中を見送って、彼女も随分と大きくなったものだと改めて思ってしまった。
 今回俺に婚約の話しが来たように、あの人にもいずれ婚約の話しが来て、そして結婚してしまうのだろう。
 そのとき俺は平静でいられるだろうか?
 巫女長の婚約者となれば、公認で恋人を持つことが、浮気をすることが許されている。通常ではありえないことだが、それだけ巫女長の蘇生リザレクションが強力ということだ。
 ……ああ、だめだ。こんなことを考えてはいけない。こんな考えはミスト様に対しても失礼なことだ。

 司祭様から話があってから数日間、俺は悩みに悩んである結論を出した。
 それはミスト様に対してとても不誠実であり、想い人に対してもとても失礼なものだ。だが、このままあの人を忘れることなどできないのだから、今はこの方法しか思い浮かばないのだ。
 そんなことを考えながら歩いていると、落ち込んだ顔のミスト様がいらっしゃった。

「私だってこんなにお慕いしておりますのに」
「誰をお慕いしているのですか?」
「え!」

 随分と驚かせてしまったらしい。猫の子供のように飛び上がるように驚かせてしまった。

「司祭様がお戻りになられたので呼びに来たのですが、失礼ながら聞こえてしまいました」
「あ…、その…」
「誰をお慕いしているのでしょうか?」
「その…。わ、私がお慕いしているのは神様でいらっしゃいますわ」
「神様、ですか」
「ええそうですわ。それ以外にいらっしゃるわけ、ありませんわ」
「…そう、ですか」

 やはりミスト様は敬虔な信者でいらっしゃる。不純な俺に付き合わせてしまうのは申し訳ないのではないだろうか。

「し、司祭様がお戻りになったのですわよね」
「そうです。こちらですよ」
「はい」

 やはりこの話しは断って…。いや、しかしそれでは俺の心が引きちぎれてしまうかもしれない。ミスト様には悪いがここは…。

「ヨハン様が呼び出しのお使いに出されるだなんてお珍しいですわね」
「共に外に出ておりましたので」
「そうだったのですか。どちらに行っていらっしゃったのかお伺いしてもよろしいのでしょうか?」
「王宮に言っておりました。ミスト様の婚約破棄の件で」
「まあ、それはご足労をおかけいたしました」
「構いませんよ」
「それで、どうなったのでしょうか?お兄様からはもう間もなく婚約破棄が出来ると聞いたのですが」
「ええ、本日をもって婚約は白紙撤回となりました」
「破棄ではなく白紙撤回ですか?」
「それと、ミスト様には申し訳ないのですが神殿としては、今回のことで国にミスト様に新たなる婚約を申し立てることとなりました」
「まあ!」
「私とミスト様の婚約です」
「なっそんなのあんまりですわ!」
「……そうですね」

 やはりミスト様はこの婚約に乗り気ではないようだ。それはそうだろう、婚約破棄になったと言ったその口で新しい婚約を告げられたのだからな。

「ヨハン様はもちろん拒否なさいましたのよね?」
「いいえ」
「え!?そんな、だってヨハン様には想う方がいらっしゃるのではありませんか」
「だからです!都合がいい」
「そんなっ。…私との白い結婚を利用して愛人をお作りになるおつもりですのね、そんなの私に対しても愛人に対しても失礼ですわっ」

 図星を突かれて一瞬言葉に詰まってしまう。

「ミスト様、私はっ」

 揺らいだ心を縫い留めるようにミスト様を壁に追い込んでじっとりと見つめる。

「嫌われても、欲しいものを手に入れると決めたのです」
「……ぁ」

 そう、たとえあの方に嫌われても手に入れたいと願ってしまったのです。
 そうしてそのまま司祭様の執務室に行くと早速婚約白紙撤回の話しと新たなる婚約の話しが始まる。
 反論するミスト様に、頭を冷やせと言わんばかりに司祭様が出ていってしまい、従者すら出ていってしまった。

「……ミスト様」
「ひゃいっ」

 給仕しようと立ち上がったミスト様に声をかける。

「そのままでいいのでお話を聞いてくれますか?」
「は、はい」
「私が今回の結婚を受け入れたのは私にとっても都合がいいからです」
「はい…」
「確かに私はミスト様のことを妹のようにかわいがっていますが、恋い焦がれる方は別にいます」
「……はい」
「ですがその方は私などでは手の届かない高嶺の花。それでしたらいっそのこと結婚してしまったほうが踏ん切りもつくと思って受けたのです」
「そうですか。……いったいどなたかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「ヨハン様の想う方ですわ」
「……第一王女殿下です」
「まあ!」

 流石に驚かせてしまったようだ。けれどもやはりと思う。烏滸がましいにもほどがある身分差の恋だからな。

「……」
「ミスト様?」
「…ばからしくなってきましたわ」
「はい?」
「私、ヨハン様が好きでしたのよ!ですけれども今は好きではなくなってしまいました。所詮は初恋は実らないというものでございますわよね!」
「は、はあ」
「もう結構ですわ。私も好きな方を探して見せますわ!結婚もちゃんとお受けいたしますのでご安心くださいませ。ええ、逃げも隠れも致しませんとも!」

 いったいいきなりどうしたというのでしょうか?まあ、前向きになってくれるのであれば俺の心も軽くなるというものです。

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