婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪

茄子

07

「あ、あの…重くないですか?」
「まさか。羽のよう…とは言いませんが軽くて心配になるほどですよ」
「まあ、クスクス」

 逆に真実味があるお言葉で、流石だと思ってしまいますわ。私のような箱入り娘と違って、きっとシャルル枢機卿様はいろいろな経験をなさっているはずですものね。

「ほら、腕を突っぱねていては腕が疲れてしまいますよ」

 そういって、シャルル枢機卿様は私の頭をすっと自分の胸に寄せるよう力を入れると、ポスリ、とシャルル枢機卿様の胸に私の顔がのっかってしまいました。

「あ、あの」
「ふふ、かわいいですねレイン」
「これは、その…どういう状況なのでしょうか?」
「私がレインを愛でている状況ですよ」
「愛でて…?」

 聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまいましたが、口にしてみるとなんだかこそばゆい言葉ですね。
 それにこうしていると、シャルル枢機卿様の心音が聞こえてきて安心します。…少しドキドキしていらっしゃいますね。もしかしてシャルル枢機卿様も緊張なさっているのでしょうか?
 私だけこの状況にドキドキしているわけじゃないのですね。

「はは、レインは言いたいことが顔に出てしまうタイプですね」
「そうでしょうか?」
「ええ、普段は違いますが今は随分と無防備ですよ」
「困ってしまいます」
「そうですか?」
「はい、ドキドキがシャルル、様に伝わってしまいます」
「私もドキドキしていますからお互い様ですよ」
「…そう、ですね」

 シャルル枢機卿様の心臓がさっきよりもドキドキしている気がします。
 その音をもっと聞きたくて耳を近づけると、優しく髪を撫でられて心地よくなって目を閉じてしまいました。

「シャルル様は、何か特別なお香を使っていらっしゃるのですか?」
「いいえ、特には」
「でもなんだかとっても優しい香りがします」
「そうですか?レインも甘い香りがしますよ、とっても」
「甘い香り…自分ではよくわかりませんけど、花のような香りでしょうか?」
「そうですね、蜜のような甘い香りです」
「シャルルすう…シャルル、様は月夜のような優しい香りです。だから何か特別な調合をしているのかと思ったのですが…」
「そうですね、しいて言うのであれば、育てている薬草や花を掛け合わせている香を使っていますね。明日にでも届けさせましょう」
「いいのですか?」
「ええ、貴女にならかまいませんよ」
「嬉しいです」

 そこで、うとうとと眠くなってしまい、私は目を閉じたまま夢の世界に飛び立ってしまいました。
 だから気が付かなかったのです、眠った私を見て、シャルル枢機卿様がため息を吐き出してぎゅっと抱きしめていらっしゃったこととか、胸元だけではなく、鎖骨などあちこちにキスマークをお付けになったこととか、唇にキスなさったこととか、知らなかったのです。

 翌朝目が覚めますと、私はベッドの上に居ましたが、横にはシャルル枢機卿様がいらっしゃいました。どうやら私がシャルル枢機卿様の服を離さなかったので一緒に寝てしまわれたようです。

「シャルル、様、あのっ…お、起きてくださいませ」
「……おはようございます、レイン」
「おはようございます。そのごめんなさい、私がシャルル様の服を掴んでたせいで」
「構いませんよ、おかげで可愛い寝顔を堪能できました」
「寝顔って…恥ずかしいです」

 思わず顔が真っ赤になってしまいます。

「巫女見習いが呼びに来るまでもう少し時間があるでしょう?ほら、おいでなさい」
「え?」

 そう言って腕をひかれたかと思うと、ベッドの中、シャルル枢機卿様の腕の中に戻ってしまいました。

「あの…」
「ちゅっ…かわいい恋人との時間を堪能させてください」
「は、はい」

 なんだか恥ずかしいですね。恋人というのはこういうことをするものなのでしょうか。
 世間一般の恋人というのが分かりませんので、比べられませんけれど、今度リーン様達に手紙を書いて聞いてみたほうがいいかもしれませんわね。
 その後、30分ほど抱き合ったまま過ごしていますと、シーラが来まして「お邪魔しました!」と言って出ていってしまいました。あの子は朝のお勤めを放り出して何をしているのでしょうか?
 そう言いましたら、シャルル枢機卿様はまた「クスクス」と笑っていらっしゃいました。

「いいですかシーラ、巫女見習いとはいえ朝のお勤めをおろそかにしてはなりませんよ」
「はい、けれども恋人の方々のお邪魔をしては馬に蹴られて死んでしまうということわざもございますし…」
「まあ!そうなんですの!?で、でしたら私はヨハン様の恋路の邪魔になって馬に蹴られてしまうのでしょうか」
「いえ。それはありません」
「そ、そうでしょうか?だといいのですけれども」

 そんな恐ろしいことわざがあるんですのね、もっと勉強しておかなければいけませんわ。
 それにしても、今朝から皆様なんだかそわそわしているというか、落ち着きがないというか、目が泳いでいるというか…どうしたのでしょうか?
 主に私の首元あたりを気にしているようですが…、確かにキスマークというものがたくさんありますし、ちょっと目立ってしまいますけれども、そんなにおかしいのでしょうか?

「シーラ」
「はい」
「このキスマークというのはそんなに変なものなのでしょうか?皆様気になさっているように感じるのですが」
「変ではないですが、あまり堂々となさっているので目のやり場に困ってしまうというか…」
「そういうものなのですか?ではショールか何かを首に巻いて隠したほうがいいでしょうか?」
「そ、そうですね!その方がいいです!」
「では用意してくださいな」
「ただいま!」

 シーラはそう言って衣裳部屋の方に走って行ってしまいました。そんなに慌てなくてもいいと思うのですが、どうしたのでしょうか?
 そうそう、昼食時にシャルル枢機卿様よりお約束のお香が届けられましたので早速用意されたショールに馴染ませていきます。
 そうしてこれを巻くとシャルル枢機卿様と一緒にいることが出来るようで、なんだか安心できますものね。
 そんなことを考えながらいつも通り治癒を行っていると、順番待ちの後方のほうが随分と騒がしくなってきました。

「何事です、急患ですか?」
「勇者様がまた大けがを負われてっ」
「巫女長様っ至急こちらにいらしてください、腕がちぎれかけております!」
「今参ります!」

 わっと周囲がざわめき立ちます。勇者一行は確か新しく誕生した魔王が邪悪なものかどうかを見極める旅に出ているはずですのに、どうしてこう何度も危険な目にあってしまわれるのでしょうか?
 魔法使いのテレポーテーションがなければ死んでいたかもしれません。
 勇者様のところに行きますと、そこは血の匂いが充満する、赤い血煙の立つ凄惨な現場でございました。
 私は早速回復の呪文を唱え始めます。

「生命の神のお力をお借りしたく存じます。この者に神の祝福をお与えくださいませ。Dnuow llams a erotser dna evren eht ot kcab mra nrot eht erotser.」

 呪文を呟いて勇者様の唇にキスをすれば、生命の神の魔法が勇者様の体をかけ巡り傷が修復されていきます。
 この勇者様は何度もこうして傷つきながら私たちを守ってくださっているのです。
 頻度で言えば二週間に一回は来られますね。それほどまでに勇者家業というのは苦難の道なりなのでございましょう。
 ふわりと暖かな薄緑のオーラが勇者様を包み込みそれが体に浸透しきったあたりでゆっくりと勇者様の瞳が開かれます。

「……ミスト、様?」
「ああ勇者様、お目覚めになってよかったですわ」
「俺はまた…。すみませんいつも迷惑をかけて」
「いいえ構いませんわ、これがお役目ですもの」

 勇者様の苦痛が和らぐのでしたらこのぐらいどうということはございません。
 私は頭の奥に感じる頭痛を無視してにっこりと微笑みを浮かべます。魔力を一気に使うときに感じる、通称魔力痛ですが、この程度を我慢できずに何が巫女長なのでございましょうか。

「ミスト様、俺の体は大丈夫なのでしょうか?」
「念のため今夜は神殿にてお休みになってくださいませ。明日出立なさった方がよろしいかと存じます」
「そうさせていただきま…」
「なにか?」
「あ、いえ…なんでもありません」

 なぜでしょうか、勇者様のお顔が少し赤いように感じます。怪我は治しましたがもしかしてご体調が悪いのでしょうか?

「あの、勇者様?」
「なっなんでもありませんから」
「そ、そうですか?ではお部屋の準備をさせますので少々お待ちくださいませ。皆様もどうぞお休みください」
「助かります」

 ……もう赤くなっていらっしゃいませんし、気のせいだったのかもしれませんね。
 そういえば、今回の勇者一行には第一王女のドロテア様がお忍びで参加なさっておられました。
 今も心配そうに勇者様を見ておられますね。
 もしかしてドロテア様をお庇いになったから勇者様がこのような怪我をなさったのでしょうか?
 その可能性も無きにしも非ず、というところかもしれませんね。その証拠に先ほどからドロテア様が勇者様の手を放さずに握りしめていらっしゃいますもの。
 これは、ヨハン様は失恋確実なのでしょうか?
 いいえこれは憶測ですわね、そもそも恋愛経験の少ない私にはわかりませんわ。

 その日の夕食は勇者様一行とご一緒に頂くこととなりました。
 シュミーズドレスの上にフレンチジャケットを羽織っただけの簡素な恰好ですが、普段はフレンチジャケットも羽織りませんので、これは勇者様一行がいらっしゃるからですわね。

「南に出現した魔王の影響で魔物が活性化しているせいか、強力な魔物が多くなってきているような気がします」
「まあ、そうなのですか」
「司祭様方にもお伝えしましたが、魔王自体が邪悪であるかについてはまだ調査中です。ただ、やはり魔物の活性化に関しては厄介ですね」
「冒険者をはじめ勇者の皆様には感謝しておりますわ」
「つきましては、我が勇者パーティーの力の底上げを考えているのですが」
「まあ、力の底上げですか?私に言うということは治癒系の能力者を参加させようとお考えでしょうか?」
「そうですね、今までも何度かお力をお借りしておりましたが、恒常的にいてくれた方がこちらも安心して戦えるというものです」
「そうですね、冒険者様、それも勇者様のご一行に付き添えるとなりますと、人選が限られてしまいますね」

 私はナイフとフォークを置いて頬に手を当てて思い当たる巫女・御子を思い浮かべていきますが、どの子も戦場で正しく魔法を発動できるか些か不安な子が多いように感じられます。

「そこで、巫女長様に我がパーティーに加わってほしいと思っているのです」
「私、ですか?」

 突然の申し入れにキョトン、と首をかしげてしまいました。

「申し訳ありません勇者様、私は何分他の冒険者の方のお供もしたことのない身でございますし、戦う術を持っておりませんので、通常の戦闘では勇者様方のご迷惑になってしまいます」
「俺がお守りします」
「勇者様はもっと多くの方をお守り下さませ。私でよろしければ、ここでいつでも勇者様のお帰りをお待ちしておりますので」
「……そうですか。では、誰か心当たりのある人はいないでしょうか?治癒能力に長けている人が良いのですが」
「そうですね、手前味噌になりますが私の婚約者のヨハン様は、すでに何度も冒険者の方と旅に出ておられますし、攻撃魔法と剣術の腕もそれなりと評判でございますわ。それに、ヨハン様は空間魔法のテレポーテーションも使えますし、お連れするにはよろしいのではないでしょうか?」

 それに、勇者一行にドロテア様がいらっしゃるのでしたらきっとお喜びになりますわよね。
 ヨハン様の想い人がドロテア様だということには驚きましたが、確かに高嶺の花、手に入ることのない方でいらっしゃいますものね。
 私と結婚して浮気するというか、浮気心を向けるにはちょうど良い方だと思いますわ。
 実際のところ、ヨハン様の報われる確率はどのぐらいなのでしょうか?
 お話を聞いている限りですとそれなりに親しくしていらっしゃるようですが、今こうして勇者様を見ていらっしゃる視線は熱を帯びていると私でもわかるものでございますし、見込みはないのかもしれませんわね。
 御気の毒様と言えばよろしいのでしょうか?それともこれからの頑張り次第なのかもしれませんわね。
 ともあれ、勇者様のご一行に私が参加することはなくなったようでようございました。
 武術の覚えなど全くございませんし、攻撃魔法も使えますが、そこまで得意というわけではありませんものね。
 攻撃魔法が得意と言えばシャルル枢機卿様でいらっしゃいます。10年ほど前に魔人が現れた際に勇者一行に加わって治癒魔法だけではなく、攻撃魔法でもご活躍なさったと吟遊詩人の歌に聞いた覚えがございます。
 今度その時のお話を聞いてみるのもいいかもしれませんわね。
 シャルル枢機卿様は蘇生リザレクションは使えませんが、そのほかの治癒魔法はこの神殿でも特に秀でていらっしゃるんですのよ。

「そういえば、ヨハン様はミスト様の婚約者でいらっしゃいましたよね」
「はい、といいましても形ばかりの物でございますけれども」

 お恥ずかしい限りでございます、といえば勇者様は何とも言えないお顔をなさいました。何か変なことを申しましたでしょうか?

「そういうのは、あまりよくないのではないでしょうか?神殿が貴女をもうこの神殿から出さないようにする策だったとしても、心の通わない夫婦などむなしくはないのですか?」
「そうですね、心が通っていた方が良いのかもしれませんが、心が通っていた方が苦痛が伴うのではないでしょうか?なんともうしましても、巫女や御子は純潔を維持しなければなりませんもの。夫婦となって思い合っている者同士が、そう言ったことを一切禁じられている方が苦痛なのではないでしょうか?」
「それは…そうかもしれませんが。だからといって、公認の浮気相手がいるというのもどうかと思います」
「勇者様はお優しくていらっしゃいますのね。こちらにつき合わせるのですから、相手に恋人を容認することは、いわばこちら側からの謝礼のような物ですわ。私共の側も恋人を持つことをいたしますし、持ちつ持たれつということでどうぞご理解いただけませんでしょうか?」

 私の言葉に勇者様は渋々頷かれましたけれど、これは納得なさっていない様子でございますわね。

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