婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪

茄子

02

 婚約破棄と言い捨てられてから10日。大分周囲が落ち着いてまいりました。もっとも表面上は、ですけれどもね。
 相変わらずパメラ様は私に絡んできては、私にいじめられたと言って泣いてダニエル様に訴えて、訴えられたダニエル様が怒鳴り込みに来ると言う日常でございます。
 けれども、今日は久しぶりに、本当に久しぶりに神殿に詣でることが出来る日でございますので、私の心も浮き立ってしまうというものでございます。
 神殿、正式にはマイゼンブルーム教神殿と申しまして、生命の神を奉った神殿となっております。
 この大陸のほとんどはこのマイゼンブルーム教が信仰されていると言ってもいいのではないでしょうか?
 他にも水の神や火の神もいらっしゃいますが、同時に信仰される場合が多いようです。

「ミスト様、お久しぶりですね」
「ヨハン様、お久しぶりでございます。お元気でいらっしゃいますでしょうか?なんでも冒険者の方について冒険に出ることもあるということで、私お兄様から聞きまして心配しておりましたのよ」
「何、若輩の身ではありますが人の役に立てるのであれば、と思って」
「素晴らしいお考えですわ。私は神殿にお勤めしている間はまだ幼かったこともあり冒険者の方々についていくこともできませんでしたけれど…」
「それは仕方がないことです。蘇生リザレクションができる巫女となれば丁重に扱われるのが世の常というものです」

 ヨハン様は相変わらず深く吸い込むような釣り目の黒い瞳にしっとりと濡れたような黒髪の美男子でございます。
 私が初めてお会いした時のまま、変わっていらっしゃいませんわ。
 けれども冒険者さんと一緒にお出かけになるようになったからなのでしょうか?記憶にあるよりも筋肉がついているようにも感じ、ますます私好みになったと感じて仕方がありません。

「今回いらしたのはせっかく還俗なさったのに、また神殿に戻りたいという相談だと伺いました」
「ええ、もしかしたらお噂でお聞きになっているかもしれませんが、私は婚約者に婚約破棄を言い渡されてしまいました」
「耳にしております。しかし、それはひどく一方的なもので、互いの家はまだ了承していないと聞きます」
「それも時間の問題かと思いますのよ。なんと申しましても婚約者のダニエル様には想う方がいらっしゃいますの。私がいてはお2人の仲を引き裂くことになってしまいますので、潔く身を引こうと思っております。それに、一度は神に捧げた身ですもの、やはり最後まで神に捧げるのがふさわしいかと思いますの」
「それは…、なんということだ」
「ヨハン様は私の還俗を祝福してくださったのに申し訳ないのですが…」
「私のことなどどうでもいいのです。ミスト様のお心を想うと、やるせ無い気持ちで胸がいっぱいになってしまいます」
「そう言っていただけるだけで嬉しく思いますわ」
「私はあの時、ミスト様は幼くして巫女になられたのだから還俗したほうが幸せになると思って後押しをしましたが、今となってはそれが間違いであったのではないかと…」
「いいえ、ヨハン様。還俗したおかげで友人もできましたし、よいこともございました。決して悪い事ばかりではありませんでしたわ」

 けれど、と私は続けます。

「この度の婚約破棄の件で、少なからず私自身も傷を負うことになりましたが、家にも迷惑をかけることになってしまい、正直居辛いのでございます。神殿に逃げるというのは言葉が悪く感じられてしまうかもしれませんが、救いの場なのですわ」
「ミスト様…。もちろん、神殿としてはミスト様がお戻りになりたいというのでしたらいつでもお迎えする準備が出来ております。何しろあなたはもうすぐ巫女長になるべきお人だったのですからね」
「子供のころから2年前まで、この神殿が私の家でございました。今では実家の方になんだか違和感を感じてしまうほどですのよ」
「ふふふ、それは大変ですね」
「ええ、最初はホームシックと申しますか神殿に還りたいとお兄様に泣きついたものです」

 ここにはもちろん従者達がいますが話しには入ってきませんので、2人っきりになったかのような錯覚を覚えてしまいます。
 こうしていると、還俗が嫌だと泣いて聖堂にこもった私をなだめにいらっしゃったときのことが昨日のことのように思い出されてしまいますね。

* * *

 あの日、ドラクル家の使者より還俗するよう国王陛下の勅命が届けられた時、私はあまりの理不尽さに、神殿の聖堂に逃げ込んで隠れて一人泣いておりました。
 私は7歳の時に神殿の巫女となり、15歳までの間ずっと巫女としての修行に明け暮れておりましたので、今更実家に戻るなど考えたこともなかったのでございます。
 それに、戻る理由がコンロイ家の子息との婚約でごしたから、余計に理不尽に感じ逃げ出してしまったのでございます。
 聖堂の隅に隠れるようにしていた私を見つけたのは、ヨハン様でした。
 ヨハン様、私の想い人はぐずる私にいら立つことなく、家に帰って家族と暮らすことがいかに素晴らしいのかということを教えてくださいましたが、私はこの神殿にてヨハン様と一緒に神様にお仕えする以上の魅力を感じなかったのは事実でございます。

「家族というものは大切にすべきですよ」

 私が心を動かされたのはヨハン様のこのお言葉でした。
 ヨハン様のお母様は流行り病でお亡くなりになってしまわれて、ヨハン様はその供養を兼ねて神殿にお入りになったのだとお兄様に聞いておりましたので、胸を打たれたと言いますか、これ以上ヨハン様にお寂しいお顔をさせたくなくて、還俗を承諾したと言ってもいいかもしれません。
 還俗してからも、私は神殿が恋しくて当初は足蹴く通っておりましたが、その足も次第に遠のくことになってしまいました。
 学園に通うことになってしまったからでございますが、それよりも、ダニエル様が神殿に未練のある女が婚約者だとは嘆かわしいとおっしゃられたので、自ずと控えるようになったというのが正しいのかもしれません。
 その間にもヨハン様は頭角を現していき、冒険者の方々に誘われるほどの腕前になって、首都の外に行くことも多くなるようになってしまい、ますます足が遠のいてしまったのです。
 けれども、ヨハン様が王都にいらっしゃる時はなるべく神殿に行くようにしていたのですが、必ずお会いできるというわけでもなく、空振りのことも多うございました。

 ヨハン様との出会いはお兄様がきっかけです。
 お兄様の同級生だったヨハン様が我が家に遊びにいらっしゃったところから、私の初恋が始まりましたのよ。
 そう、まさに初恋でございました。子供が何を言うのかと馬鹿にされてしまうかもしれませんが、この方こそが私が恋い慕う方なのだと、そう思ったのでございます。
 深く吸い込むような釣り目の黒い瞳も、しっとりと濡れたような黒髪も、私の心を捉えて離しませんでした。私の髪と瞳の色も美しいとよく言われますが、ヨハン様には負けると思います。
 ヨハン様はお兄様と一緒に私と遊んでくださいましたが、お母様を亡くされてすぐに神殿に入られてしまいましたので、私はその後を追う決意を固めたのでございます。
 幸い、私には魔法使い、それも癒しに特化した才能がございましたので神殿に入るのは難しいことではありませんでした。
 神殿での生活は決して楽なものではありませんでしたが、ヨハン様と同じ生活をしているのだと思えば、苦しさも喜びに変わるというものでしたし、なによりも時折ヨハン様とお会いすることが出来ました。
 最初、あまりにも幼いうちに神殿に入った私を心配して会いに来てくださっていたヨハン様ですが、10歳を過ぎたあたりからは、心配からではない意味で会いに来てくださるようになったのではないかと、そう思っております。

 幼い子供というのは、自分の気持ちを素直に言うことが出来る、貴族の子供として生まれた私たちにとっては貴重な時代でございました。

「ヨハン様、いつか私をお嫁さんにしてくださいませ」
「その時までミスト様の心が変わらなかったら」

 そう言ったのはいつの事でしたでしょうか?お会いしてすぐの時だったように思います。
 ヨハン様はあの時のことを覚えていてくださっておりますでしょうか?

* * *

 ヨハン様とお話しておりますと、ドアの外、通路側が騒がしくなってまいりました。
 何事かと警戒をしておりましたら扉が開き、そこにおられたのは司祭様でした。
 思わず席を立ちあがり頭を下げましたが、すぐに楽にして座るように言われてしまい、私もヨハン様もソファに座ることと相成りました。司祭様はヨハン様の隣に座っていらっしゃいます。

「レイン、久しくしておりますね」
「はい。司祭様におかれましてもご健勝そうでなによりでございます」
「この度の事、聞き及んでおります。レインが神殿に戻りたいというのであれば、私の名において受け入れましょう。そして今度はもう2度と還俗できぬよう枢機卿にも進言いたします」
「「司祭様」」
蘇生リザレクションを1人で行える巫女を手放すこと自体が間違いだったのです。この国の国王の勅命だったとはいえ、拒否すべきでした。今は新しい魔王が南の地に現れたという噂もありますからね」

 そう、この世界には魔法使いもおりますが、魔王という存在も、勇者という存在もあります。魔王自体は数人おり穏和な方もいらっしゃるので基本的に無干渉を貫いているのですが、新しく誕生したという魔王の性質が分からない今は、警戒して損はないという感じなのでございます。
 新しい魔王の誕生は魔物の活発化を誘発しておりますので、その分冒険者の仕事が増え、神官の出番も増えるという仕組みになっております。

「もし邪悪な魔王の場合勇者を招集し、魔王を倒して貰う必要が出てきます。その際にレインの蘇生リザレクションは役に立つことでしょう」
「…はい」

 もし本当にそういうことがあるのならば、私の力は眠らせておくことはないでしょう。婚約などそれこそ無かったことになってしまうかもしれません。
 それほどまでに邪悪な魔王というのは厄介な存在なのです。

「レインよ、今一度確認する。神殿に戻ってくるつもりがあるのだな」
「はい司祭様。婚約破棄になりました暁には、この身を再び神へと捧げる決意は出来ております」
「で、あるか」

 司祭様はそう言って頷くと、立ち上がり部屋を出ていってしまわれました。恐らくですが国王陛下に私の婚約の無効を訴えてくださるのでしょう。
 私は恵まれておりますね。

「邪悪な魔王か、厄介ですね」
「けれどもまだ噂ですし、実際に魔王が誕生したからと言って邪悪とは限りませんわ」
「そうですね。何分冒険者について戦っていると思考が偏ってしまっていけません」
「ふふふ、でも少し羨ましいですわ」
「羨ましい、ですか?」

 首をかしげるヨハン様に、私はコクリと頷く。

「だって、首都の外に出ていくのでしょう?どんな場所なのか興味がありますわ。私は所詮籠の中の鳥でございますもの」
「ミスト様…。もしよろしければ私の冒険譚をお聞かせいたしましょうか?」
「まあ!よろしいのですか?ぜひお願いいたしますわ」

 その後、面会終了の時間いっぱいまで私たちは楽しい会話を続けました。
 久々にお会いしてお話をいたしましたが、やはりヨハン様はお変わりなく素敵なお方だと思いました。

 そうそう、先ほど司祭様が私のことをレインと呼びましたが、あれは洗礼名となっておりまして、立場が上の方々、司祭様以上が神殿の関係者を呼ぶ際に使うことが多いものでございます。
 神より賜った名前の方を優先するというものでございますね。
 私の予想ですが、いずれヨハン様も司祭様になられて、私のことをミストとではなくレインとお呼びになる日が来るのではないかと思います。
 ちなみに、神官や巫女、司祭や枢機卿の結婚に関してですが、禁止されているわけではございません。
 神に仕えているという建前上、控える方々が多いことは確かですが、それではせっかくの魔法の才能が途切れてしまうかもしれませんので、特に枢機卿の方々はあまり知られてはいませんが結婚為さっている方がほとんどでございます。
 巫女に関してですが、蘇生リザレクションをするには処女でいなくてはいけないという制約がございますので、あまり歓迎されていないのですが結婚が禁止されているわけではないのですよ。

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