婚約者が浮気したので、私も浮気しますね♪

茄子

ミスト=レイン=ドラクル 01

「お前が権力をかさにきて、いたいけな少女を虐める女だとは知らなかった!」

 少年の罵声が朝の登校ラッシュ中の車止めに響き渡る。
 マグリット王国侯爵家序列7位のコンロイ家の長男のダニエル=コンロイ様が下級生の男爵令嬢、パメラ=タミラス様をかばうように抱き寄せながら吠えているのだ。
 吠えられているのは私、マグリット王国侯爵家序列第3位ドラクル家が長女、ミスト=レイン=ドラクル。
 今この学園内において最も序列が高いという自負があるのだが、目の前の2人にはわかってもらえないらしい。
 後ろに立つ従者が何か言いたそうだが、扇子を振って待機を指示して婚約者であるダニエル様に向き直る。

「失礼ですが、私には心当たりがございませんわね」
「言い逃れできると思うな!パメラにしてきた数々の仕打ち、忘れたとは言わせない!パメラがどれほど苦しんできたか…お前には血も涙もないのか!」
「…はぁ」

 心当たりはないが、思うところはある。
 ダニエル様が浮気・・・・・・・・しているため、周囲から冷たい目で見られていたり、事故で落ちて来た・・・・・・・・植木鉢の破片が足をかすめたり、何もないところで・・・・・・・・転んだりと、パメラ様は何とも災難続きなのは確かだ。

「ぐすっいいんですダニエル様。私が悪いんです。きっと、私がダニエル様に大切にされているから嫉妬して…。だからあんな風にっ…ぐすっ」
「ああパメラっ君はなんて慈悲深いんだ!…それに比べてミスト!お前には心がないのか!」
「……もう行っていいでしょうか?」

 危うく罵詈雑言を言いかけてしまいましたが、それを言ってしまえば私が今まで積み上げてきたイメージが台無しになってしまいますので何とかこらえました。
 罪を認めないどころか(実際にしていませんし)、この場を離れようとした私に、何かを決心したかのように、ダニエル様は眼光を鋭くして高らかに宣言をする。

「お前との婚約は今この時を持って破棄する!」

 こんな格言がございます。「一度口から出た言葉は戻らない」

 マグリット王国は大陸の西側に位置する国となっておりまして、西に海、東に魔物の闊歩する大森林、北に絶壁を保有する天然城塞に恵まれた国となっております。だからといって、南には多数の国がありますので油断はできません。
 我が国は絶対王政の国となっておりますが、現国王は賢王と評判の王で、統治も穏やかなものとなっております。
 戦争もこの60年ほど起きてはおりません。
 もちろんのごとく国内は貴族制となっておりまして、貴族の中にも序列というものが存在しております。
 大公家はともかくとして公爵家は5つ、侯爵家は15、伯爵家は75、子爵家は375、男爵家は1125ほどございます。貴族名鑑を覚えるだけでも一苦労というものですね。
 さて、同じ爵位の中にも序列というものはもちろんございまして、伯爵位以下の序列はよく変動しますが、公爵・侯爵家の序列はそうそうに変動はいたしません。
 つまり私が言いたいことというのは、序列が下のコンロイ家から序列が上のドラクル家の者に対して婚約破棄を言い渡すなどあってはならないことなのです。

 しかし、そのあってはならないことは今この場で行われてしまいましたので、もちろん周囲は声音からざわめきへと様相を変え、各家の従者が慌ただしく動き始めました。
 この噂は社交界にあっという間に広がる事でしょう。私はめでたく傷物になってしまいましたね。これでは還俗した意味がなくなってしまいました。
 とはいえ、婚約破棄に関しては特に異論はないのですよね。
 婚約自体が義務のような物でしたし、お相手は見ての通り婚約者の前で堂々と浮気をするような方ですので、夢を見る間もなく冷めてしまいました。

「婚約破棄、ですか…それは私の一存では承服することは出来かねます」
「この期に及んでなんだというんだ!」
「私共の婚約は家の利害関係が関わってきますので、互いの両親の許可が必要となりますでしょう」
「親の威を借るつもりか!」
「事実です。ですが、私個人と致しましては婚約破棄に対してどうこういうつもりはございません」
「なんだと」
「お好きになさってくださいませ、ということでございます」
「そんなことを言って、よくもパメラを虐めてくれたな!」
「そのような覚えはないと申しているのですが、お聞き届けくださらないのですか?」
「黙れ!お前のような卑怯な女が婚約者だったなどとは我が身の恥だ!」

 そういってダニエル様はパメラ様を連れて車止めから出ていかれました。

「お嬢様」
「お父様とお母様、お兄様にもこのことをお伝えしてください。私はそうですね、とりあえず今日はこのまま授業を受けることと致しますわ。家に帰っても針の筵ですもの」
「かしこまりました」

 それにしても困りましたね。この婚約のために将来の設計図を描き直しましたのに、また描き直さないといけないようです。

* * *

 本日は本当に、大変な一日となってしまいました。
 噂を聞き付けた友人達からの同情の言葉を聞いたり、好奇の目にさらされたりと、気を張らなくてはなりませんでした。とはいえ、皆様私に同情的というか、常識的に考えてダニエル様側がおかしいので、あちらの味方をする方々はいらっしゃいませんでしたわね。

「本当に、ダニエル様には困ったものですわね」
「まあまあリーン様、私はこれっぽっちも気にしておりませんので大丈夫ですわ」
「まったく大丈夫じゃありませんわよ。ミスト様はこの婚約のために巫女の地位を捨てて還俗なさったのではありませんか、あのままでしたら巫女長にもなれましたのに」
「婚約が無事に破棄されましたら、また巫女に戻ることもできますわ」

 むしろその方がいいのですが、今は言わないでおきましょう。
 私の周りには今親しくさせていただいているお友達が集まっており、食堂で昼食を頂いている最中でございます。
 リーン様は伯爵家序列19位のルスバン家の長女でいらっしゃいます。人情家で、世俗に疎い私に何かと親切にしてくださっている方でございます。

「巫女に戻るのもよろしいですが、その前に婚約破棄が成立するかが問題ですわ。還俗させてまで結んだ婚約ですのよ?コンロイ家が承諾するとは思えませんわ」

 そうおっしゃったのは伯爵家序列63位のオーベック家の長女ジャンヌ様でいらっしゃいます。信仰深い方で、巫女であった私に親切にしてくださるお優しい方です。

「そもそも、序列の下の者が上の者に婚約破棄を言い渡すこと自体が間違っておりますのよ」

 侯爵家序列4位のフローリン家の長女、ロベルタ様が憤慨したようにおっしゃいます。ロベルタ様は私と立場が近いこともあり最も親しい友人と言えるでしょう。
 ロベルタ様の婚約者様も浮名をよく流す方なので、今回のことは我が身の事のように憤慨なさっておいでなのです。

「皆様、お心遣いありがとうございます。けれども本当に大丈夫ですのよ。今年に入ってからダニエル様がパメラ様と親しくなさっている様子、親密になっていく様子は間近で見てまいりましたし、もう覚悟はできておりますの」
「「「そんな」」」

 皆様本当に心苦しそうなお顔をなさいますが、本当に大丈夫なのです。それにこうも堂々と浮気を宣言された挙句に、婚約破棄を申し渡されましたので私も覚悟が決まったと言いますか、決心がつきました。

「それに私も、思うところがございますのよ」
「どういったことでしょうか?」
「リーン様、私も心に思う方がいないわけではございませんのよ」
「まあ!」
「驚かせて申し訳ありませんジャンヌ様、けれどもこの想いは、婚約が決まった時に封じようと決めていたのですわ」
「けれど今回の件でそれを封じる気がなくなったのですわね」
「その通りですわロベルタ様。私もこの心の想いを貫いてみようと思いますの」

 私のお慕いする方は神官のヨハン=ルイ=ヒュノー様とおっしゃいまして、お兄様の幼馴染で昔からの知り合いでございます。
 私が巫女になることを決めましたのも、ヨハン様が神官になったのがきっかけでございました。
 初恋の人の傍に居たかったという不純な動機でございましたが、お婆様がこの国の王女でいらっしゃいましたので、神殿では好待遇を受けることが出来ました。
 それに、いくら不純な目的で神殿に入ったとはいえ、お務めをおろそかにするようなことはございませんでしたので、その分余計に地位を上げていくのは早かったと言えますわね。
 魔法の才能があったことも幸いでした。
 こう見えても癒し魔法は得意なんですよ。

「そうですのね、ミスト様がそうお決めになったのでしたら私どもは応援いたしますわ」
「「ええもちろん」」
「皆様ありがとうございます」

 そう言ったとき、背後で食器が無様にもガシャンと割れる音が聞こえました。
 驚いて振り向けば、そこには器用にも転んで食器を割りつつ、スープのお椀を頭に被ったパメラ様がいらっしゃいました。

「あ、ぁ…酷い」
「まあパメラ様どうなさいましたの?」
「どうしてっどうしてこんなことをするんですか!」
「なんのことでしょう?」
「今朝のことが気に入らないからって。こんな酷いことをしなくってもいいじゃないですかっ」

 いえ、私思いっきりあなたに背中を向けていましたし、話しをしていましたので音がするまで貴女の存在に気が付いてすらいませんでしたけど、本当に脳内がお花畑になっていらっしゃいますね。

「何のことかわかりませんわね。そもそも給仕に運ばせればよろしいのにわざわざ自分で歩いて食事をとりに行くなんて、非常識だとは思いませんの?」
「なっ!そうやって私を馬鹿にして楽しいんですか?」
「……はぁ」
「ぐすっどうしてこんなことを…」

 いつも思うのですが、この人の頭の中には本当にどうなっているのでしょうか?悪いことは私のせいにしてますよね。
 その言い分を信じるダニエル様も相当脳内お花畑だと思いますけれど。

* * *

 学園が終わり家に帰りますと、これまた大騒ぎになっておりました。わかっていたことですけれどもね。

「ミスト、大丈夫か」
「大丈夫ですわお兄様。心配には及びません」
「ミストォ!すまないこの俺があんな婚約を承諾したばっかりに、お前にこんな気苦労をかけてしまって!」
「いいんですのよお父様、私は気にしておりませんわ」
「ミスト、よい機会です。この機会に慰謝料をたっぷりふんだくってやりましょう」
「お母様、悪いお顔になっておりますわ」

 侯爵家ですが、我が家はそれなりに仲が良い方だと思います。ちなみに、私とお兄様は異母兄妹になっております。お母様は後妻ですわね。
 そうしている間に緊急の家族会議の開催ですわ。お題はもちろんダニエル様との婚約破棄についてでございます。

「家長として、今回の婚約破棄については申し訳ないが簡単に承諾することは出来ない。すでに婚約が調ってから、コンロイ侯爵領とのやり取りが発生しているからな、突然やめてしまったのでは支障が出てしまう。とりあえず徐々にやり取りを減らしていくようにはするが、どれほどかかるかは今の時点ではわかりかねる」
「旦那様、それだけではございませんわ。今朝のことはすでに社交界に広まっておりますのよ。今日のお茶会では他家の奥様方にお気の毒にと言われてしまいましたわ」
「だから僕は最初からこの婚約には反対してたんだ。巫女長になれるかもしれなかったミストを呼び戻す価値なんかないって言ったはずだよ」

 過熱していく言い合いを聞いていますと、私が大切に思われていることが分かってよいのですが、喧嘩に発展しそうなので止めたほうがいいかもしれませんわね。

「あのぉ、ちょっとよろしいでしょうか?」
「…どうしたミスト」
「お父様、私もすぐに婚約破棄が出来るとは思っておりませんので急がなくても結構ですわ」
「そうか」
「お母様も、社交界の噂になってしまっていることでご迷惑をおかけして申し訳ございません。けれどもダニエル様が浮気をなさっているという噂自体は、学園内ではもう周知の事実でございましたので、いずれはこうなっていたかと存じます」
「貴女はそれでいいというのですか」
「何も思わないと言えば嘘になりますが、ああも堂々と浮気をされていては止めるのも馬鹿らしいと申しますか……」
「僕としてはコンロイ家にももちろんだが、ダニエル様自身にも償いをして欲しいものだ」
「お兄様、そのことなのですが後ほど相談がありますのでお時間を頂けますでしょうか?」
「構わない」
「ありがとうございます。お父様もお母様も、本当に私のことはお気になさらないでくださいませ。今朝、婚約破棄を言い渡されたことで私も決心がつきましたもの」
「決心とは何だ?」
「正直に申し上げます。私には想う方がいるのです。その方を想い続けるために、婚約破棄が整いましたら、私を神殿に還しては下さいませんでしょうか?」

 私の言葉にお母様が思わずというように、口に手を当てて目を見開いてしまわれました。
 せっかく還俗したといいますのに、神殿に還りたいというのは、お母様の中では思いもよらない言葉だったに違いありません。
 見ればお父様も驚いているようです。けれど、お兄様はどこか納得なさっているようですわね。還俗させられると決まった時にいらっしゃったお兄様に、還俗したくないと泣きついたことがございますので、気持ちをわかってくださっているのかもしれません。

「私のこの癒しの魔法で少しでも多くの方々を御救い出来るのでしたら、巫女としてのお役目を最後までまっとうしたいと思っておりますの。元々、そのつもりで巫女になったのですし、それこそ初志貫徹というものではありませんでしょうか?」
「ミスト、巫女になれば家との縁は切れてしまうのですよ。今回貴女を還俗させることが出来たのは特別な事だったのです、2度目はないのですよそれでもいいというのですか」
「構いませんわお母様。家族で無くなってしまうと言っても、心の中ではいつまでもお母様はお母様ですもの」
「ミス、ト」

 あらあら、お母様の涙腺が崩壊してしまいました。ちょっと言いすぎてしまったかもしれませんね。けれども本心ですので仕方がありません。
 最初の動機こそ不純なものでしたが、私に癒しの力があることは事実。
 侯爵令嬢ではその力を行使できるのは貴族の、それも高位の方々に限られてしまいますが、巫女に戻ればもっと多くの方々を御救いすることが出来ます。
 ヨハン様のように、私も崇高なる志を持って神にお仕えしようと思うのですわ。
 それにちょっとだけですが、冒険者の方にお付き合いして冒険に出るというのにも興味があるのですよね。基本は神官・女神官がいくのですが、巫女も行く場合がないわけでもありませんもの。
 ちなみに、魔法を使える方は魔法使いと呼ばれますが、その中でも神殿に属する魔法使いは主に神官と呼称され、癒しや防御の魔法に特化しております。
 その中でも巫女という立場は神の代弁人とも呼ばれる立場になりまして、より一層高い治癒魔法が使える存在となっております。
 具体的には蘇生リザレクションも扱えるようになっているのが巫女と呼ばれる地位の者になっております。

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