わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

幕間 橘常務の奥様_1


 月曜日、いつも通りの時間に出勤してきた橘部長を出迎えた俺は、挨拶のあと長崎土産の五三焼きを手渡された。のん気なもんだなと思いつつ御礼を言った。

「こちらこそ、ありがとう」

 そう言って、部長が笑うから唖然としてしまった。
 橘部長が笑った?
 瞬きして見上げると、いつものように無表情だったから見間違いかと思った。だが、その違和感は午前中ずっと続いた。笑ってはいないが、視線に感情がある気がする。淡々と仕事をこなしていても口調も違う。どこか浮かれているような雰囲気すらある。
 これは、別人なのでは……と思ったが、芸能人並みに整った容姿の持ち主はそうそういないから本人だろう。

 橘部長は俺に「報道は事実じゃない」ということは連携してくれた。もうひとつ「妻とは仲直りした」ということも言われたが、見ればわかるのでそれ以上は聞かなかった。
 戸惑いつつも、昼休みになったので、定期的に開かれる部長次長と若手との昼食会に送り出したあと秘書室へ戻った。デスクに座った瞬間、秘書課庶務係の女子社員が数人寄ってきた。

「杉岡さん、あの噂って真相はどうだったんですか?」
「橘部長と女優さんとの熱愛報道!」

 金曜日の朝からも質問責めにあっていたが、「知らない」「聞いてない」と答えていた。仮に知っていても答えるはずがないのに、その事に考えが及ばないのか、彼女らは何度も同じ質問をしてくる。うんざりした。
 答えるのも面倒になって愛妻弁当を片手に社員食堂へ行くことにした。
 社食はまだ込み合っていたが、窓際の席がちょうどよく空いたので座らせてもらって弁当を広げる。一口目を食べる前に「秘書部の杉岡さんですよね?」と声を掛けられた。かなりイラっとしてしまった。

「何か?」

 声の主を睨みつけるように顔を上げると、そこには可憐な美女が立っていた。妻よ、これは浮気心ではない。単純に感想だ、感想。

「あの、少しお話してもよろしいですか?」

「用件は?」


コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品