わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
79. 補う_2
明け方に結局二回して、目覚めたらもう太陽が昇っていた。シャワーを浴びたのか、濡れたままの髪でソファに座っていた夫が振り返った。無表情だが美人だ。
「おはよう」
「おはようございます!」
ベッドからぴょこっと起き上がってソファの方へ行こうとしたけれど、足に力が入らなかった。全身が痛い。もう一度ベッドに寝転んで天井を眺めた。こ、これはえっちが激しすぎて動けなくなるやつでは……。最近は論文を書いてばっかりだったから、バイト三昧だった頃より筋力が落ちてるのかもしれない。
「私、筋トレしますね」という唐突な私の言葉に「頑張りなさい」とだけ答えて、宮燈さんが立ち上がる。ベッドの端に腰かけて言った。
「朝食は、和食と洋食のどちらがいい?」
「和食がいいです」
「わかった。部屋で食べよう」
「ありがとうございます。一番食べたいのは宮燈さんが作った玉子焼きですけどね。そうだ、同居したら私にお料理を教えてください」
私は昨日、夕飯を食べながら思っていたことを話した。すると、なぜか宮燈さんの纏う空気が冷たくなった。
「……教えられるほど上手ではないから」
「上手ですよ!とっても。私も覚えて作りたいです」
「私は……料理するのはあまり好きではないんだ……」
なんだかちょっと意外な気がしたから、私は黙った。お料理好きじゃないのに、上手なんだ。変なことではないかもしれないけど違和感があるなあと思ったから、私は宮燈さんの所まで這って行って聞いた。
「何か辛いですか? 昨日も言いましたけど、辛いなら分かち合いたいです」
私の身体がベッドにゆっくりと沈んだ。押し倒されて、もう何度目かわからないキスをして、またシーツが乱れていく。喘ぐ声はもう掠れそう。それでも、求められると敏感に反応してしまうから、私は素直に受け入れた。
「ん、……宮燈さん? どうしたんですか?」
「面白くもない話だが、君には……話してもいいのかなと思う」
私の胸に顔を埋めてる姿は甘えてるみたいにも見える。宮燈さんは小さな声で、感情をのせずに話してくれた。
婚外子ということで同居していた祖父母や親族からは蔑まれて、料亭の隅で下働きをさせられていたから料理を覚えた事。小学校から帰るとすぐに手伝いをさせられていたから、ほとんど勉強が出来なかった事。でも従業員さんたちは同情的で優しくしてもらったから辛くはなかった事。
「母親の再婚でやっとそこから抜け出せたと思っていたら、新しい家族にも受け入れてもらえず、父が帰宅して母が母屋に呼ばれた日は、一人で作って食べることも多かった。だから、別に私は料理が好きなわけでないんだ……」
辛くなかったわけがない。
自分のせいじゃないのに。
私が宮燈さんをぎゅーっと抱き締めたから、宮燈さんが笑った。
「君の胸で窒息死するのはいい死に方かもしれない」
「あわわ、ごめんなさい。ねえ宮燈さん、私、お料理学校に通ってもいいですか?」
「構わないが?」
「私、頑張って宮燈さんよりお料理上手になって、たくさん『美味しい』って言わせますね! 期待しててくださいね!」
私がそう言うと宮燈さんは「楽しみにしている」と言って、とても優しく頬にキスをしてくれた。杉岡さんも言ってたけれど、きっと私たちはよく似ている。私も、自分さえ我慢すればいいと思っていた。
「私の足りない何かを埋めてくれるのは、君しかいない。愛してる」
「ありがとう、宮燈さん。私も愛してます」
内々定通達の日、宮燈さんに「愛が足りない」と言ったのは私。そして、何故かわからないけど、宮燈さんに愛が足りないなら、私が補いたいと思った。
結局、性愛に溺れている私たちは、朝ご飯を食べるのが遅くなってしまった。朝食の後で宮燈さんが言った。
「チェックアウトを遅くしたから」
もともとここはロングステイを楽しむためのホテルで、通常のチェックアウトも十二時と遅め。レイトチェックアウトにすると十四時。
「えええええっち!!!」と叫んでる私は、また宮燈さんにひょいっと抱えられてベッドに放り出された……。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
1980
-
-
1258
-
-
17
-
-
4503
-
-
1
-
-
3426
-
-
0
-
-
381
-
-
52
コメント