わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
76. 約束_1
稲佐山のホテルに戻り、部屋に入るや否や、宮燈さんがスーツのジャケットを脱いだ。無言でベストもシャツも脱いでいくから、「えええええっち!!!」と私が叫んだら「これしかないから短時間仕上げでランドリーサービスに出すだけだ……」と呆れられた。
そういえば宮燈さんって、たいていカードと携帯しか持ってない。私はさっき、戻る途中に自分が宿泊していたホテルに寄ってもらって荷物を取ってきたからいいけど、宮燈さんは着替えがないし、もうお店も開いてないから当たり前か……。私が悪うございました、すみません。
先にバスルームを使わせてもらったけど、アメニティがブルガリで「ブルガリってあのブルガリなのか……そうかこれがブルガリか……」と私にはイマイチありがたさが分からなかったが、多分すっごい高いんだろうなとは思った。
窓から見える夜景もとても綺麗で、湯船にお湯を張ってしばらくぼんやりと眺めていた。長崎港を囲む山の上まで家が建っているから、小さな港町は光るおもちゃ箱みたい。家の灯りひとつひとつは誰かが生きている証なんだなあと思うと、私を見つけてくれた宮燈さんに感謝しなくちゃなと思った。
しかし何故、スマホの電源を入れただけで位置情報がわかるのか……。一度、宮燈さんにスマホを預けたことがあるから、あの時何かされたんだろうな……と思ったが考えないことにした。別にやましいことないし、今回みたいに行方不明になったとか、火急の時じゃないと見ないだろう、多分。多分ね。
私がソファに座ってお水を飲んでいると、バスルームから出てきた宮燈さんは冷蔵庫からスパークリングワインを出してきてグラスに注いでいる。いつもあまり飲まない方だから珍しいなあと思った。そんなに大きくないソファだから、隣に座ってると体温を感じてしまう。改めて二人きりでいることが恥ずかしくて、私は聞かれてもないのに、今日見学したグラバー園の事を話した。
「グラバーさんは追われていた高杉晋作や伊藤博文を隠し部屋にかくまったりしてたんですよ、私全然知りませんでした! 商人のイメージだったのに、明治維新の土台を作ったのかと思うと、何だか印象が変わりました」
私の話を、時折相槌をうちながら宮燈さんが聞いてくれる。ワインのボトルが空になる頃には私の話題も尽きてしまって、ついに宮燈さんから抱き締められてキスされた。
「なんか、改めてって思うと恥ずかしいんですけど」
「もう何度もしてるのに?」
「……そうですけど……」
「桜はどうして欲しい?」
「……どう……って、優しく、してください……」
宮燈さんはワインに酔って、この雰囲気にも酔ってる気がする。声が甘ったるい。
羽織っていただけのバスローブを脱がされて、深く口づけされながら、私はこれまでのことを思い出していた。婚姻届を出した日の宮燈さんには、まだ焦りがあった。クリスマスイブの日も結局、食欲より性欲を優先してた。今は何かが違う。「私」を支配した宮燈さんは、どこか余裕すらある気がする。
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