わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

71. 橘部長と仲直りする_1


 私が投げ飛ばした携帯端末は画面が光っていたから、多分着信しているんだろう。でも、端末を拾い上げた森羅さんは、それを無視して私に向かって言った。

「貴女の言う通りです。こちらの都合で振り回してるのは僕たちだ。すみませんでした」
「うん、それはそう。もう関わらないでください。迷惑しか被ってないです。あなた達のせいで、こっちはしたくもない夫婦喧嘩になりました!」

 私が怒ってそう言うと、森羅さんは微笑みながら「僕はまた貴女に会いたいけど」と呟く。何その口説き文句。しまった、顔がいい。うっかりほだされそうになったが、気を取り直して宮燈さんに言った。

「帰りましょう」

 立ち上がった宮燈さんは私の髪に触れる。そういえば自由亭で会ってからずっと、宮燈さんは髪とか頬とか、少しだけ私に触れてくる。なんだか雰囲気がえっち。
 ドキドキしながら夫を見上げていると、森羅さんが笑いながら言った。

「さて、僕の出番は終わりかな。じゃあ佐世保に戻ります」
「佐世保?」
「イルミネーションのロケで、暗くなるまでの待機中に抜け出して来たんですよ。それと、この部屋は僕が連泊する予定だったんですが、宿泊者を兄に変更しておきます。佐世保にもホテルをとってあって、今夜はどっちか気が向いた方に泊まろうと思ってたので」
「嫌ですよ! 余計なお世話です! ねえ宮燈さん?」

 そう叫んで見上げると、宮燈さんは無表情で「桜は捕まえたから、もう東京へ帰りたい」と言った。捕まえたって言い方が動物みたいだから抗議しようと口を開いたけど、それより前に森羅さんが言った。

「この部屋が嫌ならコネクティングルームの方を使ってください」


 同階のもう一つのスイートルームは、ロイヤルスイートの約半分の広さだったけど、それでも十分に豪華だった。フロアを貸し切りにするためにとっていた部屋だから、こっちは手付かずらしい。

「まあ、自由にしてください。家に兄を呼んだのは僕だし、それを撮られたのは姉が甘かったからだし、確かに僕らのせいで心配と迷惑をかけました。勿論支払いは僕が済ませておきます。もう会うことはないでしょうが、お元気で」

 そう言い残して、宮燈さんの異母弟はニコニコしながら部屋を出て行った。私は、怒涛のような情報量で思考回路が焦げ付きそうだった。しばらく黙ってから小さな声で聞いてみた。

「ここ、使わせてもらいます?」

 宮燈さんは無言だった。帰りたいのかな。質問の答えを待つ間、テラスから一望出来る長崎港を見るともなく眺めていると、隣に来た宮燈さんが呟くように言った。

「姉の方と違って、弟は変わっている。世間一般的には父親がよそに子供を作っていたら嫌がりそうなのに、面白がっている……」

 それを聞いて、変わってるのは宮燈さんも一緒だから遺伝なのでは、と思ったが茶化すのはやめておいた。

「……嫌になっただろうか。……巻き込んですまなかった」
「いえ……ちょっと情報過多でびっくりしてるだけ。そのうち処理します」

 私が宮燈さんを見上げてそう言った時、突然部屋の電話が鳴った。フロントからだったらしく、時間差をつけて30分後に部屋を出てもらい、掃除等の準備が出来次第、宮燈さんがチェックインするように言われたそう。
 長崎はちょうど春節祭で、そのせいか昨日も駅近くのホテルは満室だった。今日は土曜日だし、長崎市内で広いお部屋を準備しようとしたらもう難しいと思う。
 きっと森羅さんは戻ってこないだろうし、このまま空いてしまうのもお部屋が勿体ない……と貧乏性が出てしまい「タダなら使わせてもらいましょう!!」と私が言ったら、宮燈さんが少し笑って頷いてくれた。あれ? 何だか空気が違う?


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