わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

70. 橘部長を守りたいのです_2


 契約なんか無くても、お母様も宮燈さんもきっと口外するつもりなんかないのに。契約させられた時、何か言われたりしたのかな、どんな気持ちだったのかなと想像すると何だか悲しくなってきた。
 そーっと隣にいる宮燈さんを見たけど、怖いくらいに無表情だった。初めて会った時みたいに生気がなくて無機質。多分いま、感情が動くのを我慢してるんだと思う。きっとこうして何度も何度も我慢してきたんだろう。

 結婚した日に、お母様から言われたことを思い出した。"ずっと親の都合でしんどいばっかりで申し訳ない"と。

「秘密保持契約の際に、父は貴女の存在を知りました」
「はい?」

 考え事していたら、いきなり自分に話題が飛んできたので驚いて顔をあげた。
 戸籍謄本を取り寄せたから、息子が結婚していることをそこで知ってしまったらしい。嫁に会いたい、結婚式の写真を見たいと言い、死の間際にある父親の願いを叶えるために、娘は腹違いの兄に接触した。それが十二月。

「姉はファザコンと言われても仕方ないくらい父が大好きですからね。父を許して欲しいと何度も言われてるのでしょう?」

 森羅さんがそう質問すると、宮燈さんが無表情のまま頷いた。何だかむかむかしてきたので思わず言ってしまった。

「宮燈さんの言う通りです。話になりません。もう帰りましょう」

 私がそう言うと、森羅さんが机の上に置いてあるスマートフォンを指差した。

「帰る前にあと少しだけ。実は姉と電話が繋がっています。父はもうほとんど口がきけませんので代わりに話がしたいと」
「一家揃って自分勝手すぎてびっくりしました!」

 宮燈さんは無表情だけど明らかに嫌がってるから、私は立ち上がって電話を手に取った。

「妻の桜です!」

 自分で言っておきながら、かなり照れた。つ、妻かあ……。
 電話の向こうは山崎深湖なんだろう。若い女性の声で『来月結婚式と聞きました。晴れ姿を見せたいですよね?』などと言うから、さっきグラバー園でぶっちぶちになってた私の堪忍袋の緒は木っ端微塵になったと思う。

「伝えてください、お父様には二つの事を感謝しています。宮燈さんに素敵な名前をくださった事と、命をくださった事です。お父様がいなければ、私は宮燈さんに会えませんでした。でもねえ、その二つだけです! 何十年も放っておいたくせに今更どうして都合のいいことを言ってるんですか? 結婚式が見たい? 育てる苦労もしてないくせに良いとこ取りしたいんですか? そんな権利はありません! 私達の邪魔をしないでくださいねっ!!」

 一気にしゃべって電源ボタンで通話を切って、勢い余って腕を振ってスマホをソファに向かって投げ飛ばした。ごつっと鈍い音がして、端末は絨毯の上に落ちた。

 ……しまった……心の声が駄々洩れ……というか、ぶちまけてしまった。

「あ、すみません……勝手に切っちゃいました。あとうっかり投げました、ごめんなさい」

 私がそう言ったら森羅さんが笑い出した。宮燈さんはちょっと驚いた表情をしていたけど、しばらくして目を伏せていた。あれは多分、笑いを堪えている。めちゃくちゃ恥ずかしい……。


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