わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

69. 橘部長を守りたいのです_1


 最上階ロイヤルスイートは、百平米はありそうで、八人掛けのダイニングテーブルにはフルーツや飲み物が置いてあった。洗練され過ぎて変な形のソファを見て「これはなんのためにあるんだろう……」とぼんやりしてると、宮燈さんが私の肩に手を置いた。

「桜、ここで聞いたことを口外しないと約束して欲しい」
「わかりました。必要なら契約でもなんでもします!」

 私が食い気味に言ったから、森羅さんは「信用します」と言って少し笑っていた。イケメンにつられて返事をしたわけではない、決して。

 テレビの前のソファではなくダイニングテーブルに三人で座ると、まるで会議。「念のため、録音します」と言って森羅さんが自分のスマートフォンをテーブルに置く。少し俯いた顔は宮燈さんに似てるなと思った。
 ……しまった、美形と美形が向かい合っている……。私は(眼福すぎて話が頭に入ってこないかも)と思ったので、とりあえずテーブルに飾られた花を見ておくことにした。

「結論から言います。僕がお二人を呼んだ理由は姉と話をして欲しいからです」
「話にならない、と何度も伝えたはずだが……」

 宮燈さんは、表情はほとんど変えなかったけど、あからさまに嫌そうな声でそう言った。

「……やっぱりそうですよね」

 森羅さんは綺麗な顔で笑ってるけど、私にはなんだか面白がっているようにも見える。立場的には仲介役なんだろうと判断したので、思い切って私は言った。

「順を追って説明してもらえませんか?」
「そうですね、そのためにも僕はわざわざ来たんだし……発端は、十一月に僕の父が余命三ヶ月だと宣告された事でした」


 
 俳優である山崎雄輔が京都へロケに来るたびに、宮燈さんの生家である祇園の料亭に通っていたそう。そこで宮子さんと恋仲になるが、映画の撮影が終わると二人の関係も終わってしまった。
 所詮は現地妻的な女だったわけだが、その後、宮子さんは妊娠が発覚して未婚のまま出産した。認知はしないが金は払うということで、多額の口止め料を渡したそう。

「子どもの存在を知っていながら、父はそれを認めなかった。無かったことにして、その後、自分は別の女、つまり僕の母と結婚して、姉と僕をもうけた。ここまではよくあることです」
「昭和初期じゃあるまいし、そうそうあることでもないでしょ」

 また心の声が駄々洩れしてしまった。森羅さんは「うん、まあそうだね。ごめん」と笑っていた。イケメンに騙されそうになってたけど、こいつもグーで殴っといた方がいいんじゃないかなって気がしてきたが、我慢した。

「三十年以上、存在を無視してきたくせに、余命を宣告された父が何を思ったのか、いきなり兄の存在を家族に暴露しました。死ぬ前に懺悔したくなったのか、もうまともな判断が出来なくなっていたのか僕にはわかりません。結婚前の事とはいえ母は激怒して、すぐに宮子さんと兄を呼んで秘密保持契約書にサインさせました。母は清廉なイメージで売ってる女優だから特に醜聞を嫌うので」

 秘密保持契約(Non-disclosure agreement)、企業秘密や個人情報などを第三者に漏洩しないと約束すること。宮燈さんの場合は「親子であることを絶対誰にも言うな」という民法上の契約。


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