わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
67. 橘部長と分かち合いたいのです_1
私はてっきり、噂の女優さんと浮気していて、私を捨ててそちらに乗り換えたいから結婚式を延期したいのかと思っていた。延期して、その間に私と離婚して、花嫁だけを取り換えて結婚式するのかと。でも、そうじゃないみたい。
宮燈さんが息を飲んだまま動かないから「あのー、呼吸はしてくださいね?」と言っておいた。
綺麗な眉を下げて私を見ている。宮燈さんが泣きそうに見えるのは、いつもは表情のない瞳が潤んでるからだと思う。
……だめだ、顔がいい……。
芸術家が、持てる限りの技術でもって作り上げたかのような整った造形。青い蓮のような瞳、花弁のような唇。お手入れしてるの見たことないけど、きめ細やかなお肌。
美人過ぎない?
私の好みドストライクだからキラキラして見えるのかなー?
愁う美人は尚更美しい。宮燈さんは冷たい手で、私の頬を撫でている。何度も躊躇ってるのを見て、私は絆されてしまった……。
「そんなに言いたくないなら、言わなくていいですよ。コーヒーどうぞ。ここのダッチコーヒーは二十四時間かけて抽出してあるそうです」
私は自分の両手で宮燈さんの手を包んでそう言った。宮燈さんは、ほっとしたような、言うタイミングを失って困ってるような複雑な表情を見せた。私は(あ、宮燈さんもこんな顔出来るんだ)とちょっと驚いた。
自由亭を出て、出口に向かって坂道を下る。私は、二個目のハートストーンを探して下を向いたまま歩いていた。さっき見つけたのより、ちょっと大きい可愛いハート型の石を見つけた。
「やったー! 二個とも見つけました! ラッキー! これで私は幸せになれます!」
ちょうど人通りが途絶えたので、私が写真を撮ってはしゃいでいると、少し離れた場所に立っている宮燈さんが言った。
「桜はいま幸せか?」
「うーん、そうですね。好きな人とデートしてるから、いま幸せです。でも、その私の好きな人って、私にいっぱい隠し事してるみたいなので、これからどうなるかわかりません。……ただ……私は、ありのままを受け入れたいなあとは思っています。それくらいの覚悟はしました。妻なので!」
私が笑って見上げたら、宮燈さんは相変わらずの無表情だった。
「だって、病める時も健やかなる時も、ともに助け合うのが夫婦でしょ? 私は宮燈さんが苦労してるなら、それを分かち合いたいです。だって、もう私は宮燈さんにたくさん助けてもらってますから! 見て見て、このワンピース、今朝買ったんですよ」
私はコートのボタンを開いて、深いボルドーの冬らしいワンピースを見せびらかした。スーツで観光するのもやだなあと思って、ショッピングモールで買った服。ウエストに花モチーフがついていて、フレアな裾がとっても可愛い。
「可愛いでしょ? こんな風にお買い物が出来るなんて、宮燈さんのお陰です! ありがとうございます!」
裾を持ってひらひらさせていると、宮燈さんが「とても、可愛い」と呟いた。
そうでしょ、そうでしょ!
「バーゲンで安かったんですよ、これ!」と力説していると、家族連れが通りかかって、ハートの石を見つけて皆で写真を撮っていた。その人たちが出口の方へ行き、また坂道に二人きりになる。
宮燈さんが目を伏せた。ああ、睫毛長い。そう思って顔を眺めていたら、形の良い綺麗な唇を開いて宮燈さんが告白した。
「私は父親が死ぬのを待っている」
あまりにも静かに言うから、私はしばらく言葉が出なかった。
「…………どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。これを言って君に嫌われてしまうのではと怖かった。君に軽蔑されるのが怖かった」
社長の優しい顔とお母様の笑顔が脳裏に浮かんだ。義理の両親は私達を祝福してくれている。構いすぎなくらいに構ってくれて、申し訳ないくらい。だから、私は恐る恐る質問した。
「もしかして、宮燈さんの……実のお父様?」
宮燈さんが一瞬、私に視線を投げて、すぐに反らした。怖いんだろうなと思った。
「有り体に言えば、私は実の父親を憎んでいる。余命がないと連絡してきた身勝手さも苛立たしい。去年死んでいてくれたらよかった。早く死んで欲しい。結婚式など見せたくない」
出口に近いから、また家族連れやカップルが坂道を下りてきて、写真を撮ったり石に触れたりしている。私は邪魔にならないように宮燈さんの隣へ行った。
「……クリスマスイブに危篤になった親族って……実の……お父様だったんですね……?」
私がそう聞いても、宮燈さんは黙ったままだった。でも多分、その沈黙は肯定なんだと思う。
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