わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
65. 橘部長の秘密保持契約_1
グラバー園は、幕末、日本の近代化に貢献したスコットランドの貿易商人トーマス・グラバー邸の敷地を整備した広い公園。旧グラバー邸以外にも、旧リンガー邸や旧オルト邸などの西洋建築内に当時の様子が再現されていて、随所が博物館のようになっている。斜面にあるから、一番上まで登って、降りていくのが順路。
「ここ! ここに来たかった!!」
順路の始まり、てっぺんの建物である旧三菱第二ドックハウス。ここで餌を買って、鯉の餌やりをしたかった。
「ガチャガチャタイプなんだよね!」
カプセルに餌とおみくじが入っている。画期的過ぎる。
丸々と太った鯉が、口を開けてガボガボと水面で餌を奪い合う姿は、やっぱりエキサイティング! これで200円ってコスパが良すぎる。面白いけれどやり過ぎたら鯉さんの健康によくないので、私は一回で我慢した。
それから、かの有名なグラバー園のハートストーンを独りで探したが、皆が写真を撮っているのですぐにわかってしまった……。
「三菱財閥の相談役とかカッコイイなぁ。あとキリンビールの基礎を築くとか、グラバーさん色々凄すぎ」
確かに、女子高生にとってはたいして興味ない人物かもしれない。案内を読みながら、修学旅行ではグラバー園そのものより、園を出た通りにあるお土産屋さんで盛り上がったなあと思い出していた。
朝が遅めだったので、展示を見学したあとは園内のカフェでゆっくり休憩することにした。軽食をとり、カステラとコーヒーのセットをオーダーしてのんびりしていると端末が振動した。見れば宮燈さんからで私はお店の方に断って外に出た。
「こんにちは」
私が電話に出たことに驚いたのか、宮燈さんが沈黙した。
「どうしました? 長崎駅に着きました?」
『……そうだ。君はいま南山手に?』
「そうですよー! 長崎港が見えてとっても綺麗です!」
また宮燈さんが沈黙した。戸惑っているんだろう。
『……桜は怒ってないのか?』
「はいー??? どの口が言ってますか? やっぱり殴るのはグーの方が良かったですかねえ? ……怒ってるに決まってるじゃないですか!」
耳元からベキッと嫌な音がしたので、手に込めていた力を緩めた。もうスマホケースはない。さすがに本体を壊すのはやめておきたい。
私の姿は見えないだろうけど、何かしら感じ取ったのだろう。宮燈さんが『すまない……』と謝っていたので、「悪いと思ってるなら、もう少し説明をお願いします」と伝えた。
『秘密保持契約があり、話せることが限られている。私が話すと契約違反になる』
唐突すぎてワケがわからない。わからないから、私は率直な感想を述べた。
「意味わかりません。もう離婚しましょう、そうしましょう。何かわからないけど、私に言えないことをしでかしたんですか?」
『……言ったら君に嫌われる』
子供みたいな声で、子供みたいな事を言うから驚いてしまった。
「話し合えない時点でもう嫌いになりそうなんですけど、わかってます?」
『……確かにそうだな』
だめだこりゃ。顔も見えないから表情が読めないし、とりあえず長くなりそうだったので私は言った。
「もしよろしければ、直接お話しませんか? 私がいる場所はわかってるんでしょう?」
私がそう言うと、宮燈さんは『すぐに行く』と言って電話を切った。そして、私が席に戻って「ザラメ美味しいなぁ~」と思いながらカステラを食べていたら、宮燈さんがお店にやって来た。急いで来たのかな。髪が少し乱れてて色っぽかった。移築され、現在は喫茶室になっているこの旧自由亭は、とてもレトロで素敵な建物。きっと百年前でも私の夫はモテモテだっただろうなぁ。宮燈さんは今日も綺麗だ。
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