わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
56. 橘部長の隣にいるのは_2
さっきのニュースは、スポーツ新聞の単独スクープを持ってきて放送していた。ひとまず、すっぴんのまま一番近いコンビニまで走って、新聞を買う。
怖いから、家まで帰って紙面を広げる。さっきのニュース映像と同じ写真が載っていた。記事によると先月から数回食事に行っていたようで、ようやく撮れた写真らしい。
なんだろうこれ。
そうか、これはきっと夢なんだ。とてもとても幸せな夢を見ていて、きっともうすぐ目が覚める。そして、私はやっぱり奨学金は全額を実家の借金返済に吸いとられて、アルバイトは掛け持ちして何連勤もしてるんだろう。寝不足になりながら論文を書いて、就職活動も失敗して、きっとハードモードの人生を歩むんだろう。そうに違いない。
しばらく待ってみたけど、目覚める様子はなかった。なら受け入れるしかない。これは現実。単純な話で、宮燈さんは心変わりした。
先月、会えなかった間、この女の人とは会っていたんだ……。私とはこそこそと食事に行くしかないのに、この人とは堂々と都内のレストランにデートに行ってたんだ。
「あれ、わたし振られるってこと? 別れようって言われちゃう? 結婚式直前に離婚? みんなに報告しないうちにバツイチ?」
そもそも私は、本当に宮燈さんと結婚していたんだろうかと疑惑が生じた。区役所でもあっさりと受け付けられたせいか、実感がわかなかったし。
急に怖くなって、勝手に涙が出てきたから、そのまま泣いていた。
私は今、宮燈さんのお陰で人並み以上の生活をしている。少し高価なお化粧品も下着も買えるくらい。ご飯だって、遠慮無く好きな物を食べている。小麦粉に水まぜてレンチンして食べたり、もやしを主食にしなくてもいい。
私はこれまでの人生で我慢することの方が多かった。欲しいおもちゃも食べたいお菓子も、可愛いお洋服も。でも、どれだけ頑張ってもこれだけは我慢できない。
宮燈さんと別れるなんて嫌。
何もかも捨てていいから、宮燈さんだけは失いたくない。
どうしよう、どうしようと思考していたら、テーブルの上に置きっぱなしだった私の携帯端末が振動した。見れば宮燈さんからだった。
出たくない。でも、出なくては。
「おはようございます」
『おはよう、桜。……すまないが、週末の約束が守れない』
今週末は京都で結婚式の打合せがあるはずだった。もう来月に迫った私たちの結婚式。
「わかりました。じゃあ、いつものように私とお母様で参りますね」
『そのことなんだが、結婚式を延期したい』
「なんで?」
『言えない』
「なんで?」
もう一度繰り返したが、返事は無かった。言うつもりはないらしい。ぶん殴ってやりたい。
『父から呼ばれているので切る』
「待って」
『すまないが、時間がない。また連絡する』
そう言って一方的に電話を切られてしまった。
「私が……」
握りしめたスマホから、バキッと音がしたけど気にしない。割れたのはケースだ。本体じゃない。
「私が黙ってると思ってるの?!?! ふざけんな!!!」
以前使っていたチープなファンデーションを出してお化粧をしなおした。内定式にあわせて買った、一番いいスーツを着て、最小限の荷物を持って私は家を出た。
東京へ行く。
行って確かめてやるんだから!
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