わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
55. 橘部長の隣にいるのは_1
一月、私の魂を込めた卒業論文が完成した。締切直前になって附論を追加したり、お正月に橘の家に行って、そのあとは卒論完成まで会わないと約束してたにも関わらず突撃してきた宮燈さんに邪魔されたり、色々あったが、とにかく完成した。
卒論を提出して、私は泣いた。本当に涙が出てきた。辛かったけど、頑張ったなあと自分を褒めてやりたい。二、三日は腑抜けた状態でひたすら眠り続けた。
ゼミのある金曜日に、私はようやくベッドから起き上がった。
宮燈さんと付き合うようになってから、何故か独りの部屋が寂しく思えて、私はいつも消音でテレビをつけている。音があると気になるし、でも色んな画面に切り替わるとにぎやかしになるので、民放の朝のニュースバラエティ番組にチャンネルを合わせていた。
今日も学食で朝ご飯を食べようと、身支度をしてお化粧をすませた頃、テレビ画面は芸能ニュースを流していた。
「大人気女優 山崎ミコに熱愛発覚!」の文字に山崎ミコって聞いたことあるなぁ~と、私の頼りない芸能人の記憶を辿っていたら、画面に私の夫が出てきた。
全く理解が出来なかった。
もう一度確かめた。
やっぱり画面に私の夫が映っている。
あっれれー? おっかしいぞー?
でも私は、遠くだろうがシルエットだけだろうが、何故か宮燈さんはわかる。不鮮明なゴシップ記事の白黒写真。黒い目隠し線はあるけれど、あの横顔は間違いなく私の夫、橘宮燈である。うむ。
私はあまり働かない頭で、リモコンを持って音量を上げた。画面が切り替わり、写真も別のものになる。女性アナウンサーの声が何故か遠くに聞こえる。
「このあと、ミコさんは、この男性を伴ってミコさんのご実家へ帰られたそうです」
「へええ、結婚秒読みと言ったところでしょうか」
へええ、その人、既婚者ですけど、大丈夫?
画面は、さっきと違って正面のカラー写真だった。距離はあるけれど、二人並んで歩いている様子が写っている。見間違いだよね、他人の空似だよねと心のどこかで思っていたのだけど、その写真の人物が着けている瑠璃色のネクタイピンは、私がクリスマスに宮燈さんに贈ったものだった。
あの螺鈿細工のネクタイピンは、伝統工芸士が作ったオリジナル商品で、京都にある店舗でしか手に入らない。
それに気づいた時に真っ先に思ったのは、「おめー浮気相手と会うときに、妻からの贈り物を身に着けてんじゃねーよ」だった。
「バカじゃないの? しかも写真撮られて。何してんの?! もっと上手くやんなよ! 全国放送じゃん!!」
テレビに話しかけたって、勿論返事などない。女性コメンテーターが何か話していたが耳に入らなかった。男性アナウンサーが合いの手を入れている。
「お相手は上場企業の役員。写真でもわかる通りイケメンだそうですよ」
はい、追撃ありがとうございます。
宮燈さんの隣にいる山崎ミコは、つばが広めの帽子にサングラスをしていたが、とても美人なんだなとわかる。私が今使ってるファンデーションの広告塔がこの女優さんだったなと思い出して、とりあえず全部洗い落とした。
なぜ、そんな行動をとったのか、自分が自分でわからない。
どうしていいか、わからない。
たいていの事は考えれば答えが出た。どんな時も。でも今は全くわからない。
宮燈さんに確かめればいいの?
何と聞けばいい?
いまなんかテレビに出てましたけど、あれってあなたですかと質問するの?
メッセージで? 電話で? それとも東京まで行く?
何も頭に浮かばない。
混乱しながらも、私は大学に電話をかけた。不夜城と呼ばれるうちのゼミには、たいてい徹夜明けの誰かがいる。案の定、ドクターの先輩がいたので「死んだおじいちゃんが危篤なんです」と言ってゼミを欠席すると伝えた。先輩が何か言ってたがすぐに電話を切った。
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