わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
53. 橘部長が甘くてびっくりする
「私も会いたかったです。お待たせしてごめんなさい」
本当に冷えきってるから、急いで鍵を出して家に入り、暖房をつける。宮燈さんがコートを脱いだらスーツだったから、また用が済んですぐ新幹線に乗ったのかなと思った。
「体が温まるようにスープ作りましょうか」
「君がいい」
「え?」
「温まるなら、桜がいい」
相変わらずの無表情で宮燈さんがそう言って、重装備の私の冬服を脱がせていく。油断していて、トレーナーにジーンズという全然色気のない恰好だったから後悔した。「準備してへんとあかんよ」と言っていたなっちゃんはやっぱり正しいと思っていた。
突然過ぎてなされるがまま。宮燈さんも脱いで、ひんやりした手で触れてくるから、その手を握り返した。
「いつから待ってました?」
答える気がない時は、いつも宮燈さんは無言になる。大学から移動するバスの中でスマホを見たのが最後だったから、もしかしたら、長く待たせたのかもしれない。
「ごめんなさい」
「君はもしかして、お仕置きされたくてわざと私を無視してるのか?」
「えええ?そんなことするわけ……んっ!」
立ったまま、宮燈さんが身を屈めて唇を重ねてくる。冷たかった。頬も冷たいから両手で包んだ。でも口の中は熱くて、ずっとキスしてると私の身体も火照ってくる。ぼんやりしてるとまたひょいと抱えられてベッドに押し倒された。
「あの、ご親戚はもう大丈夫なんですか?」
「持ち直したからな。することもないし、私は君のそばにいる方がいい」
ちゅ、と軽く耳にキスをされて戸惑った。二人きりになると宮燈さんはいつも甘いけど、今日はさらに甘い気がする。
「今日は会えないと思ってました……。宮燈さん、私のこと……忘れてるから……」
「私が君を忘れる?」
「連絡……しても返して、くれないくせに」
「私が君を忘れるはずがないだろう?」
「だって、返事」
「すまなかった。詳しくは言えないが私用の携帯を持ち込めない場所にいることも多い」
土日もお仕事なのかな……。他社に訪問するときとか、入口に鍵付きロッカーがあって、そこに電子機器は全部預けないと入れてもらえない企業もあると聞いたことがある。そういう所に行ってるのかもしれない。仕方ない。仕方ないけど、やっぱり寂しい。
「わかった。でも、寂しい……宮燈さん、好き」
私がそう言うと、宮燈さんの表情が少しだけ変わった。
あれ?何か複雑そう。
お仕事だから仕方ないのに私がわがまま言うから迷惑に思ってる?
自分で言ったことを後悔していたら、宮燈さんが質問してきた。
「近くにいたら不安にならなくてすむか?」
「……うん。多分。わからないけど……遠いのは時々辛い」
私が正直にそう言うと、宮燈さんが笑った。久しぶりに笑った顔を見たから、その威力にびっくりした。なんて綺麗なんだろう。その綺麗な顔で宮燈さんが囁いた。
「早く、一緒に、暮らしたい」
そんなこと言われるなんて、思ってもみなかった。もう、あと三ヶ月もすれば私も東京に引越して一緒に暮らすことになる。新居はどうするのかという相談をしたときに、引越代がかからないように私が中目黒のマンションへ転がり込むことになった。通勤にも便利だし。駅まで三分とか神かよと思った。
甘々新婚生活? 全然想像がつかない。宮燈さんは、家でもあまり喋らずに静かにしてそう。
「私も、早くずっと一緒にいたいです」
私が笑ってそう言うと、安心したような顔をする。早く東京で一緒に暮らしたい。初めて行った時は、あんなに「東京」が嫌だったのに。宮燈さんがいてくれたら大丈夫だと思える。
宮燈さんがいなくなったら、私は生きていけるのかな。失うのが怖い。そう思うと、何だか自分が弱くなったような気がした。
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