わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
41. 橘部長から逃げ出す_1
宮燈さんは時折、少し離れた場所にいる私を見る。でも、目が合うたびに私の方から反らしてしまう。もう私の事なんか嫌いになってるんじゃないかと思うと、怖くて視線を合わせられない。私を見ないで欲しい。
どうしてすぐに謝らなかったのか、自分でも馬鹿だなあと思う。
前日まで寝込んでいたから、服とか食器とか散らかしていて、そんな自分の家を見られてしまったのが恥ずかしかった。
宮燈さんは心配して来てくれていたのに。
八時に京都にいたってことは、終業後すぐ新幹線に乗ったんだろう。そして、きっとあの後、東京に戻ったに違いない。お金も時間も無駄にさせてしまったと思うと、泣きたいくらいに申し訳ない。ごめんなさいとのメッセージを無視されているのも、辛かった。でも自分が悪いから仕方ない。
結婚……というか、お付き合い自体が初めてだから、当然好きな人と喧嘩するのも初めてで、どうしていいか分からなかった。夏休みいっぱいでアルバイトも辞めて、今は研究室へ通うだけの生活なので、なっちゃんに気軽に会えないし、誰に相談していいのかすらも分からなかった。
お母様に相談しようかなとも思ったが、そうすると「私が気ぃ利かへんさかい喧嘩してしもうた。私が宮燈さんに連絡しとけばよかった」と自分を責めそうだったので、私たちが喧嘩している事は黙っている。
食事にもあまり手をつけず考え事をしていたら、一般職採用担当の斎木さんが私の隣に来て笑って言った。
「橘部長の事、そんなに気になるなら話しかけてくれば?」
「ええ? いえ! 気になるとかそんな事ないです」
「そう? さっきから橘部長ばっかり見て可愛いなあって思ってたんだけど。大学の先輩でもあるし、話しやすいんじゃないの?」
「あはは、いえいえ。橘部長ってモテるなあって思ってただけです」
私がそう言うと、林さんが口を挟んできた。
「確かにね。去年も同じ光景が繰り広げられてたよ」
「でも、終始あの調子で冷淡だからさあ、私は苦手なのよね」
斎木さんがそう言うと、林さんが笑った。斎木さんは新婚さんだから、その事をからかって林さんが言った。
「斎木さんは旦那さん以外に興味ないからでしょ」
「そんなことないよ。美形だなとは思うよ。でもさ、冷たくて苦手って言ったら宮様ファンに『冷たい? クールなのよ、そこがいい!』って言われた!あはは」
「ああ、そうなんですかあ……」
適当に相槌をうちながら、誤解されたまま好かれたら、そりゃ宮燈さんも居心地が悪いだろうなと思った。
宮燈さんは冷たくなんかない。表情が無いからクールに見えるだけで、むしろ怖くなる程の熱情を込めて私を抱き締める。
しばらく触れられてないな、と思うと胸が痛い。
「でもさあ、噂では橘部長に彼女が出来たらしいよ。頻繁に京都に行ってるから、地元で縁談でもすすんでるんじゃない?ってファンの子が予想してた」
「言われてみれば、橘部長が私用の携帯を見てる回数が増えたかもしれない。うわあ、そういう事かぁ!」
それを聞いて、心臓がビックーー!と跳ねた。
ファンクラブ恐るべし。
それに、仕事中にスマホ見てること、林さんにバレてるじゃん!
気を張ってしまって、これで春からやっていけるのか不安で、何だか疲れた。親睦会のお開きはまだだったが、林さんと斎木さんに挨拶して、先に帰ることにした。もう寝よう。
食堂から宿泊棟の間には小さい中庭がある。雨でも濡れないようサンルーフがあり、今日初めてここに来たけど素敵な場所だなぁと思っていた。中庭で少し休もうかなと思っていたら先客がいた。
宮燈さん、そしてその横に女。
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