わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

40. 橘部長と夫婦喧嘩する_2


 喧嘩のきっかけは、私が珍しく熱を出して寝込んだことだった。

 夏季休暇で、論文に使う原典の翻訳作業もすすみ、アルバイトで自分の貯金も出来た。実家の借財に関しても、金利の低いローンへの借り換えが出来たらしく、お盆前にひとりで帰省した時に「おかげで見通しも明るうなったよ」と両親が言っていた。

 お盆には橘家のお墓参りにも行かせてもらって、ご先祖様に結婚をご報告した。そのお墓は橘家が所有しているという山の中にあったのだけど、家臣のお墓も敷地内にあって広くてびっくりした。今ではほとんど由縁が分からなくなってるそうなのだけど凄いなあと思った。あとめちゃくちゃ蚊にかまれた。

 宮燈さんは二週間に一度は京都に来てくれて、会えない時も電話したり、メッセージを送ったりと仲良くしていた。会えない分、私への執着が激しくなってるのを体で感じていたが、怖いので気のせいだと思うことにした。


 残暑も和らいできた季節の変わり目に、私は風邪をひいてしまった。健康だけが取柄だったのに、高熱で立ち上がれないほどだった。
 週末会う予定だったけど、これは無理だなと思ったから宮燈さんに連絡した。すぐに電話がかかってきて、平日なのに「すぐに行く」と言うから、「大丈夫だから仕事してください!私のせいで迷惑かけたくないから」と制して、かわりにお母様に来てもらうことになった。
 
 頭がガンガンして、寒気も酷くて、大丈夫とは言ったけれど心細かった。だから、おかゆを持参してアパートまで来てくださったお母様に甘えてしまった。

「夏の疲れが出たんやろ」

 たくさんのフルーツを綺麗に切り分けながら、そう言ってくださったお母様はとても優しかった。
 そして二日後、無事に熱も下がり、お母様に「ありがとうございました!治りました!」と電話をして、昼過ぎから研究室へ行った。八時頃に帰宅すると、そこに宮燈さんがいた。

「な、なんでいるんですか?!?!」
「君こそ、どこに行っていた?」

「研究室です。合鍵は渡すけど、勝手に家に入らないって約束しましたよね?!」
「私は何度も電話をしたのに、繋がらないから来た」

 電話?と思ってバッグを見ると無い。ベッドを見ると枕の下に置き忘れていた。そして、そのことに気づかずにいた。恐ろしい程の着信履歴があって、ひええと思って顔をあげたら、宮燈さんが無表情で私を見下ろしていた。

「熱を出している君とずっと連絡がつかなかったら、心配にもなるだろう」

 無表情だったが、怒ってるのが分かる。しかも、物凄く怒ってる。

「でも私、治りましたって連絡しまし……」とそこまで言いかけて気づいた。私が連絡したのはお母様で、宮燈さんじゃない。しまった……。

「私は連絡をもらっていない。その連絡は誰に?」
「お母様です……」
「私を忘れていたのか」
「忘れてたわけじゃないですけど……」

 いや、正直に言えば忘れていた。昨日まで熱があって、その間は頭痛が酷くて画面を見るのもいやで一切連絡しなかった。今朝、熱が下がりましたと一言メッセージを送ってから大学に行けばよかった。

「……でも、だからって勝手に家に入らないでください!約束守れないなら合鍵返して!」
「いやだ」

 宮燈さんはそれだけ言うと、無表情のまま家を出て行った。宮燈さんを怒らせてしまった。
 そう思うと苦しいくらいに胸が痛い。体が冷たくなっていく。

 忘れてた私が悪いのに謝ってない。
 心配してわざわざ来てくれたのに、ありがとうも言ってない。
 会えて嬉しかったのに触れてもいない。

 謝ろうと思って表に出たけれど、もう宮燈さんはいなかった。電話をしてもそれ以降は一切繋がらなかったし、ごめんなさいとメッセージを送っても既読のまま無視されていた。

 そして、その状態のまま、内定式を迎えてしまったのだった。



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