わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
38. 向日葵
体を離されて、テーブルにうつ伏せながら深呼吸をしてると、段々と意識が戻ってきた。腕にかかっているだけの浴衣を肩まで引っ張りあげる。
いつの間にか行為に没頭していた。恥ずかしい。
「……だめです。お行儀が悪いですっ!こんな所でするのは……」
私がそう言うと、「じゃあベッドなら何度でもいいんだな?」と返され、また抱えられて私室へ連れていかれた。
疲れきって「ほんとに死にます!やだ!」と拒否してやめてもらった。
時計を見れば、八時過ぎ。九時半の新幹線だから、見送る支度をと思ってフラフラしながらベッドをおりようとしたら、腕を引かれた。
「お見送りしたいから、もう準備しないと」
「許されるならもう一度抱きたい。ここで休んでくれて構わないから」
淡々とした声。他人が聞いたら感情が無いと思うような宮燈さんの声。
でも私は知っている。こんなに熱を込めて頼まれたのは初めてだ。ベッドに戻って、横たわって私を見ている宮燈さんに口づけた。
「もう……仕方ない旦那様ですね」
私が笑うより前に、宮燈さんが笑った。
え、大好き。
"お願いされた最後の一回"が終わっても、ずっと二人でベッドにもぐり込んでいた。
「もう一度『好き』って言ってください」
「……いやだ」
「もーなんで? いいじゃないですか! 減るもんじゃないのに!」
あの告白以降、宮燈さんは全然『好き』と言ってくれない。
「わかりました。いいです。毎日『好き好き』って言いたくなる位惚れさせてやるから!」
「……もう十分好きなのだが」
「はっ! 今言いました?! しまったーー! 録音しておけばよかった!!」
騒いでいると宮燈さんの電話が鳴って、『もう義仁さんは支度が済んだで。ええ加減母屋に来てくれへん?』とお母様が電話の向こうで怒っていた。
宮燈さんはスーツを着て、私は浴衣のままで母屋へ行った。
「もう! 宮燈さん、桜ちゃんに無体したらあかんよ!」
お母様がぷんぷん怒っていて可愛い。宮燈さんは無表情のまま「桜をお願いします」と言っていた。お母様が私の方を見て笑った。
「桜ちゃん、見送ったら着替えよか。これ似合うんちゃうかて、たーんと服買うてあるんよ」
「え? え?」
「向日葵もよう似合うてるなぁ。義仁さんと宮燈さんから桜ちゃんのこと聞いて、向日葵みたいやな思うて準備してん」
名前は桜やけど、笑うと夏の向日葵やねぇ、とお母様が言った。
東京へ戻ってしまう夫たちを乗せた車を見送って、ゲートが閉まるとお母様が言った。
「桜ちゃん、おおきにね。宮燈さんがあないに嬉しそなん初めて見るわ。ずっと親の都合でしんどいばっかりで申し訳ないなあて思うてん」
「……こちらこそ、何もかもお世話になりっぱなしで」
「お金の事なら気にせんといてね。うちも宮燈さんも個人資産はあるし、橘の家は余っとるし。うちと宮燈さんは遺留分含めて相続放棄する事になってるさかい、義仁さんが元気な今のうちに使うてまお思うてん。ふふふ!」
法律に保護された遺留分まで放棄させられるなんて、と思ったがお母様は面白そうに笑っていた。ふわふわの天然に見えて、芯は強い方なのかなと思った。
「あの子が笑うてくれるなら、その方がよっぽどええんよ。桜ちゃんの前では笑うんやろ?」
「……はい」
「ええねえ。愛やねえ」
愛か。愛なのか。多分、愛なんだろう。
この後、何故か夜遅くまで着せ替え人形にされて、両手に持ちきれない位の服を貰って、車で送ってもらって自分のアパートに帰宅した。
「クローゼットに入りきらない……」
なっちゃんを呼んで、セレクトしてもらおう。お母様の暴走にちょっと途方に暮れつつ、あの母子、顔も中身もそっくりだな、と思っていた。
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