わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

31. 橘部長を疑うのは_2


 新幹線のグリーン車はシートがふっかふかで、とっても広い。私を海側の窓際にしてくれたので、通り過ぎていく工業地帯を眺めていると、橘部長が私の腕を引いた。

「どうしました?」
「婚姻届を出す時に戸籍を見ると思う」
「はい……それが何か?」

「私は父の実子ではない」
「そうなんですね」

 戸籍謄本を見るつもりはなかったけど、私が昨日、実家で見せたからそう言ったのだろう。何となく血縁がないのかなとは思っていたし、特に気にせず話を続けてもらった。

「父は、奥様と死別してからしばらく独りだったそうだが、私が10歳の時に母と再婚した。その時に養子縁組はしてもらったが、同時に私は相続を放棄する約束もしている」
「そう、ですか……」

 生前に相続の放棄は出来ないし、約束も法的なものにはならないけど、多分、親族にさせられたんだろうなと思った。それ以上は言いたくなさそうだったから聞かないことにした。
 話題を変えようと思って、私は、私が母と話している間に橘部長が何をしていたか聞こうと思って質問した。

「そういえば、さっきは後楽園も行ったんですか?」
「いや……」

 あれ、楽しくなかったのかな?一人にしない方が良かったかな?と思って横を見ると、橘部長は私の方を見ていた。

「実は、もう一度、君のご実家にお伺いしていた」
「え?!なんで?」
「負債についての話をしてきた」

 予想してなかったからびっくりして黙っていると、橘部長が説明してくれた。
 自分が以前、銀行に勤めていたため、口添えすればもっと安い金利のローンへ借り換えが出来るという事、そして、父が持っている縫製技術の特許をもっと売り込むべきだという事を話していたそう。

「時間が無くて、あまり詳細な話は出来なかったが、借り換えについては任せてもらうことになった。肩代わり出来ればよかったが、さすがに億単位は無理だ」
「……そこまでしてもらったら、なんか結婚詐欺みたいじゃないですか……」

「結婚詐欺に例えるなら、私が騙されている方だと?」
「あ、そうですね、そうなっちゃいますね。これで私が橘部長をポイ捨てしたら、結婚詐欺ですね!アハハ!」

 私はおかしくて笑ったけど、隣の橘部長の空気が冷えたのが分かる。やべっ、すべった。

「君が私を捨てる……」
「ちょっと、冗談で落ち込まないでくださいよ。いま想像してます?」
「……許さない」
「は?」

 腕を強く掴まれたから、肩がびくっと震えた。相変わらず無表情だけど目が怒ってる。うん、完全にすべった。
何故かはわからないけど、この人はやたらと私に執着してるので、もう冗談でも捨てるとか言わないようにしよう。

「想像で怒らないでください。謝ります。出来の悪い冗談でした、ごめんなさい。逆はあっても、私は橘部長を捨てるなんて考えられないです」

 ちょっと恥ずかしいけど、伝えておこうと思って言った。

「だって、大好きですから。さっき母と話してて思ったんです。私は……宮燈さんが大好きですよ。ずっと一緒にいたいです」
 
 私が笑うと、私の腕を掴んでいた力が緩んだ。ほっとしてるとキスされた。グリーン車は人が少なくて、たまたま見える範囲に乗客はいない。でも、公共の場でこんなことしないで欲しい。

「ん、む……やめてください、ん!!」

 自重しろ!と心の中で叫びながら口を閉じていたけど、息が苦しくなって開いてしまったから、深く口づけされてしまった。他のお客さんや車掌さんが通路を通ったら絶対見られてしまう。恥ずかしいと思えば思うほど、頭がくらくらして蕩けて、理性がなくなりそうだった。
やっと解放された時にはもう力が入らなくて、シートに体を深く沈めた。

「……うう、外でするのやめてください。恥ずかしいから」
「わかった。もうしない。桜のそんな顔を他人に見せるのは私もいやだ」

 きっと私はだらしない顔をしている。だって、キスが気持ちよかったから。
 何故か橘部長は私の手を離さなかったから、私たちは京都駅に着くまでずっと手を繋いでいた。



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