わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
29. 橘部長は朝から_2
今日、新幹線に乗る前に吉備津神社に行きませんか、と私が言ったので桃太郎の話になった。
「岡山にも鬼の伝説があったな」
「桃太郎のモデルになったと言われている吉備津彦と温羅ですね」
昔々、温羅という鬼がいた。鬼退治に朝廷から吉備津彦が遣わされ、戦いの末、温羅は討たれてしまう。首を埋めて骨だけになっても、温羅は唸り続けて、人々を困らせていた。13年後、吉備津彦の夢に出てきた温羅は、温羅の妻・阿曽媛に神饌を炊かせるよう告げ、その通りにすると唸り声はやんだという。
「温羅は妻に会いたかったのか」
「どうでしょう。でも妻でないと慰められなかったのかもしれないですね」
阿曽媛はどんな気持ちだったんだろう?
「神職の娘が、何故鬼の妻になったんでしょうね。悪い鬼に捕まっちゃったんですね、きっと」
「悪い鬼……」
「橘部長みたい。悪い大人」
私は笑ってそう言ったが、橘部長はやっぱり無表情だった。
朝陽で目覚めて時計を見たら八時だった。三時頃ホテルに戻って眠ったから、睡眠は十分だったみたいで、疲れもとれていた。緑茶のいい香りがする。橘部長はもう起きていてソファで新聞を読んでいた。
「おはよう」
橘部長はテーブルに新聞を置くと、無表情で私を見る。今日も美人だ。
私はベッドから飛び降りて、ソファまで走って橘部長に抱きついた。
「おはようございます!」
「急に来たら驚くだろう」
「驚くかなと思って」
私が笑うと、無表情だった橘部長の視線が少し緩んだ。
「……ああ、驚いた」
もっと動揺させたくて私からキスをした。
キスしてると疼いてくるから、本当に私の身体はおかしくなっちゃったと思う。またムラムラしてきたから、それを振り払うために言った。
「朝ごはん行きましょう!」
「……私は夜中に食べたから遠慮しておく」
「えーそうですか? フルーツだけでも食べましょうよ」
「では、部屋で食べないか?」
「ルームサービスですか? またそんな贅沢……」
結局、部屋で朝食をとることになった。手配してくれた橘部長にお礼を言って、ソファに深く腰かけてお茶を飲んだ。
美味しい~。
この土日は初めてアルバイトを休んでいる。休みの日の朝に、時間を気にしなくていいって贅沢だな、のんびり出来るなあと思っていると橘部長が私の横に座る。
「朝食は九時だ」
「はーい! ありがとうございます! んんん!?」
急にキスされた。びっくりして体を離したのに、すぐに抱き寄せられて、また唇が触れる。誘うように唇を舐められるから、口を開いた。舌を絡めて、混ざる唾液を飲み込むと、また芯が熱くなる。
変だ。私の体は変になってる。
また荷物みたいにひょいと抱えられて、寝室のベッドに放り出された。
視線をもらえるとうれしい。名前を呼ばれると切ない。指を絡めてるのが、気持ちいい。時々、キスしてくれると昂って、もう何も考えられなくなる。
……あれ?どうしてこうなった?
こうならないように朝ごはん行きましょうと誘ったのに……。
吉備津神社へ行き、岡山駅に戻ると母から連絡があった。新幹線に乗る前に、どうしても会いたいのだという。私と二人で話がしたいと言われたから、橘部長には岡山城に観光に行ってもらい、ホテルのロビーラウンジで待ち合わせた。
母が来て、席に着くなりいきなりこう言われた。
「桜、やっぱり母さん、結婚の事を考え直して欲しいんじゃけど」
なんとなく、そう言われるような気はしていた。
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